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「天使だ……」
「……え?」
わたくしがお辞儀を解くと、心一さんが唐突に鬼気迫った顔で呟いたのです。
「そうね。その意見にはわたしも同意せざるをえないわ」
「え? イヴさんまで? え? え? わたくしなにか変なことでも……」
場違いな発言でもしてしまったのかと戸惑っていると、
「よーし。じゃあ、天使の生誕記念にそれー」
「んなっ!?」
一瞬、自分の周りになにが起きたのか、わかりませんでした。
心一さんがわたくしの前に立つなり、ばんざいをしたのです。横にいたイヴさんは、さぞかし驚かれていました。
「ほほお、麗しいほどの《白》だね。フリルのついたレース柄。生地が繊細のせいか、透けそうだ。清楚なお嬢さまなのに、じつに大人っぽいデザインを穿いているんだね」
その場でしゃがみこんでしまった心一さんが、なにやら感想を述べています。そんな心一さんを見て、イヴさんが胸ぐらを掴みかかりました。
「あんた、緩がどういう家柄なのか知ってるでしょ! それでいてもいままで何人もの部員を取り逃がしたか……」
イヴさんはさぞかしお怒りのようです。しかしなぜ、心一さんが怒らせているのか、わたくしには見当もつきませんでした。
ただわたくしの衣服を乱しただけですのに。
「これで緩が辞めてしまったら、心一、あんたのせいだからね!」
「ええ! ゆ、緩ちゃん――いや、天使さま、その……上下お揃いですか?」
ですが、どうやらイヴさんのお怒りの理由はわたくしにあるようですので、
「心一さん。これがかの有名な『スカートめくり』ってやつですか!」
「ゆ、緩……?」
「殿方にスカートをめくられますと、モテモテの証だと前の学校では流行っていました。しかし殿方はいませんでしたので、お友達とめくられる練習はしたことがあります」
わたくしがそう経緯を話しますと、心一さんは意気ごんだ顔つきに変わって、
「スカートめくりは男の義務なんだよ! そして女は見せるのが義務だからね! ぼくは義務をまっとうしたしたまで」
「そうだったのですか! 初耳です」
「間違った知識を植えつけるな! そんな義務世界中のどこにもないわよっ!」
「ないなら作ればいい! この部室内だけでも!」
「ぜったい作らせないからね! たとえ世界がひっくり返ろうともわたしは反対よ!」
「ぼくは築く! 下護王国を!」
「なによ、下を護る王国でパンツキングダムって!?」
「――素敵です。ぜひわたくしも入国させてください!」
今度はわたくしが心一さんの手を取って、ぎゅっと握りました。
「ごめんね、緩ちゃん。パンツキングダムは女子禁制なんだ。パンツとは男のロマンだから」
「そうなのですか……」
顔を逸らされ、断りを入れられました。決まりでしたら、仕方のないことなのかもしれません。
手を離して、一歩下がったところで不意に心一さんが提案してきました。
「――どうしてもと言うのであれば、入国できる方法はないこともない」
「本当ですか! わたくしなんでもやりますわ!」
藁にもすがる思いで懇願しました。
「えっと、もう一回パンツ見せて? よく見えなかったから」
「のわりに分析早かったわね」
「? これでいいんですの?」
わたくしは心一さんがくまなく見えますようにスカートをたくし上げました。
すると突然、心一さんが下半身を押さえてうずくまってしまいました。
「あたたたたた……」
「どうかなさいましたか!」
「心一、あんた何歳? ネタが古すぎるんだけど。知ってるわたしもわたしだけど」
「うぅぅ……心配しないで緩ちゃん。男はたまにこうなるんだ」
「なにか対処法はないんですか」
「あるにはある。だけど、それには緩ちゃんの手助けが必要なんだ。さすがにそこまで介入させるわけには」
顔色をにじませながら、助けを躊躇する心一さん。緊急を有する場面でも、他人を気遣えるとはこんなできた殿方が世にはいるのですね、お父さま。
「あるのでしたら、遠慮なくおっしゃってください。わたくしにできることがあるのであれば協力いたします」
「わかった。方法は小さく三個ある。手、口、そして緩ちゃんのパ――てんがっ!」
イヴさんは、軽快に片方の上履きを脱いで、心一さんの後頭部をはたいたのです。その反動で心一さんはわたくしの胸に飛びこんできました。
「ツッコんだら負けだと思って黙って様子見してたけど、それ以上言うと次は手加減しないからね!」
捨て台詞になってしまうのでしょうか。イヴさんは上履きを持ったまま、「ふんっ!」と鳴らし、部室をでていってしまいました。
あまり怒っているふうにも窺えませんでしたし、すぐに戻ってくる気がしました。
「大丈夫ですか?」
「いてて……あ、緩ちゃんのおっぱい、大きいだけじゃなく形もいいね」
心一さんの顔が目と鼻の先にあります。よほどお気に召したようで跳ねるように何度もうずめています。
「あ、ありがとうございます」
お礼を交わしますと、ひとしきり楽しまれたようで心一さんは顔を上げました。大きいだけでお邪魔だと感じていましたが、こういうときに役に立つものなのですね。
「ひとまずパンツキングダム開拓は置いておくとして。この際、ぼくが直々にこの『パンツ部』について教えこむとしよう」
「はい。心一さん。よろしくお願いしますわ」
わりかしストーリーは決めているのですが、ブレますね。
次回は5月20日です。よろしくお願いします。
友城にい