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へたれこむイヴに、緩はけがれのない微笑みをかける。そんな天使の微笑むとも思える緩に、イヴは、
「やっぱり意味がわからない」
「やっぱりですか。わたくしもよくわかっていません。心一さんに言われた言葉なので」
要領を得るのに足りすぎる説明した緩を背後にし、すぐさまイヴは心一を捕らえた。
「ねぇ、心一」
「なに、イヴ。あ! パンツ見せてくれんの? ありがとうございま――へぶれっ!」
「すこしは自重しなさいよ!」
鬼の形相を期待に満ちた顔で出迎えた心一の頬に、またしても厚めの教科書が、先ほどよりも強めにクリーンヒットした。
「ったく、心一はまったく懲りないんだから。緩もむやみに心一の言葉を鵜呑みにしちゃダメよ」
すっかりご立腹のイヴに、緩が尋ねる。
「大丈夫ですよ。それよりもイヴさんは、いまの心一さんはきらいですか?」
「な、なによ。藪から棒に」
「なんとなくです。どうですか。わたくしは、どこでも自然体でいる心一さんは尊敬しています」
「わたしもべつにきらいなわけじゃ……そうだったら、こんな部になんか…………」
もぞもぞ口ごもるイヴ。
「ならよかったです。それでこそ、わたくしたち『第二手芸部部員』の三人の結束でしょうか」
「そ、そうね」
ご満悦といった表情をする緩。
緩を傍目になにか、キョドっていた様子のイヴは安堵する。
そこに聞こえてくる微かなこっちに近づいてくる足音。それに即座に反応する男がいた。
「!」
――こ、この足音は!
「第二手芸部! 今日こそ観念してもらうから!」
勢いそのままに開かれたドアは全開になり、バァン! とけたたましい音がする。
入ってきたのは、ポニーテールに纏めた、ロングの黒髪が麗しい。正義感の強そうな美のつく少女――淡瀬護流だった。
身長は、心一よりも少し高いだろう。そこそこのモデル体型をしている。
「あれ? 境心一はどこ?」
護流は、部内を見渡す。だが、心一が見当たらない。
「心一ならそこよ」
「え?」
イヴが人さし指で、下を指し示す。
あっけらかんとする護流は、恐る恐る床に視線を向ける。
そこに――
「ちょ、ちょっと、どこで寝ているのだ!」
「愚問だよ。このアングルは、ぼくの専売特許だからね」
心一は仰向けで寝転び、ドアに頭を向けて待機していた。
急いでスカートを押さえる護流に、心一は起き上がりもせず、呻る。
「ふむ。パンスト越しのピンクパンツは、どんな色よりも栄える。それも護流ちゃんのだから、尚更そう思える。普段は大人パンツで見栄を張っているが、やっぱり護流ちゃんは、こういうモコモコパンツのほうが似合っているよ!」
冷静な分析をし、天を仰いでグッドをする心一。
護流は年中無休、黒のパンストを穿いている。パンチラ妨害策として。
「護流ちゃんって呼ぶな! 私は列記とした生徒会長なんだけど! くっ……冬場だと思って油断した」
わなわな震えながら、心一に指を突きつけ、悔しがる。
彼女は、心一たちより一個歳が下。この三学期から本格的に後任となった生徒会長だ。護流は、小学校四年から、中学校の今まで六年間をすべて生徒会に携わってきてきたほどの、超がつくレベルで正義感を掲げてきている。
「こいつはそんなやわなやつじゃないでしょ。わかりなさいよ。幼なじみなら」
イヴの指摘に護流は、たじろぐ。
そう。心一と護流は、家も近く、家族ぐるみと関係は深い
「うっ……そこを言われるとなにも言い返せない……。私だって、わかってはいたけど……。しかし、こうも寒いと挨拶運動をする身として、防寒対策は必須で。かといってジャージを着用しようものなら」
「そうなのよねぇ」
二人はため息を吐きながら、横たわる心一をジト目とも言える目つきを向ける。
「だ、ダメだよ! ジャージとか穿いたら! そんなことしたら、ぼくの生きがいがなくなるじゃないか!」
ガバッと起き上がって二人の元に歩んでいく。
目尻に涙を浮かべるほどの、必死な訴えをする心一。
「わかったから、マジ泣きしないでよ。きもちわるい」
ぷいっとよそ見をするイヴ。
正義感を提示している護流の身としては、泣き脅し程度で引き下がるわけにはいかない。舐められないよう、涼しい顔つきで、負けじと苦言を呈した。
「後輩で幼なじみの私として言いますが、あなたにプライドとかないのか? どうなんだ、そこらへんは」