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心一が更衣室に向かって、手招きをした。瞬間――
「か、金色さん……?」
護流はイヴの姿を一目見て、ぱちくりさせた。
驚くのも無理はない。
更衣室から現れたイヴは、藍色の修道服に身を包んだ「シスター」だったからだ。
「話はあちらのほうから伺っているので、ご安心ください」
両手で銀色の十字架を握って、シスター・イヴは言った。
なにやら、イヴから四人ともに強烈な違和感が生まれる。
「じゃあ、さっそく裁定を頼むよ」
にこにこ笑顔を取り繕った心一の言葉に、イヴは顔を横に振った。
「ここに悪はありません。あるのは、罪だけ。ああ、神よ。迷える子羊たちにも幸あるご加護をお恵みください」
膝立ちになり指を絡めて、天に願いを乞う。
しかし、そこで護流が気づいた。
「あ。金色さんの目が据わってる。まるで悟りを啓いて、無の境地に至ったみたいに」
そこに心一がきゅぴーん、と瞳を太陽のようにきらめかせて、イヴを背後から抱きついた。
「そっかぁ。イヴ、やっぱりシスターは白で、緩ちゃんみたいなお尻をきちんと包むタイプのパンツじゃないとダメなの?」
「そんなことはございません。それを証拠にわたしは、心一が見た白のローレグのままでございます」
立ち上がり、裾をまくりあげて心一に着用していることを見せる。
「金色さん。あなたは、どちらかというとこちらサイドの人間じゃなかったっけ!?」
いままでのイヴからは考えられない行動に護流は、びっくりしていた。
大胆に、まるで緩がやる行為をイヴが肯定的にやる。
こんな展開、心一にとっては大チャンス。逃したり、無駄にしたりするはずもなく、心一は調子に乗って、
「なでなで。なら、この伸びる脚を愛でても怒らないよね。だって、神の使いだもんね――ってノーブラっ!」
まくりあげて露出した脚に心一が飛びついた瞬間、イヴは真反対の悪魔にでも取り憑かれたように、首に下げていた十字架で、心一のエラに引っかけ、吹っ飛ばした。
「どさくさに紛れてどこさわろうとしてんのよおおお!」
「金色さん……? 正気に戻って……」
護流がおどおどとイヴの表情を確認する。据わっていた青い目も元に戻っている。
「わたしは最初からずっと正気よ。修道服を着たていどで人格が変わるわけないでしょ。おまけに本物でもないし」
「それも、そうだよな。あるわけないか……」
おおごとにならずによかった、とホッと胸をなで下ろし、頬をぽりぽりかく。
安心し切っている護流に、嘆息してからイヴが告げる。
「そんなことよりも生徒会長さま、時間はいいの? 十七時だいぶ回ってるみたいだけど」
「え、ウソ!」
護流は、特別に認可されている手首の裏側につけている腕時計で時間を確認した。
「ホントだ! くっ……また出直すしかないのか。境心一! また明日も来るから」
「待ってるよ。明日もいいパンツ穿いてきてね。よろしく!」
「うるさい!」
怒鳴ってそそくさと踵を返し、ドアノブに手をかけた護流に、
「待ってください!」
「な、なんですか? 私は急いで、」
呼びとめられ、困惑する護流が振り返ると、緩が頭を下げていた。
「出来心とはいえ、スカートめくりの件、謝りますわ。ごめんなさい」
礼儀正しく護流から顔が見えないくらい深く、ずっと頭を下げている。
それを見かねて護流が心一に発した。
「一回だけ試着するって約束、保留で」
「特別だからね、護流ちゃん」
護流は、そのまま緩に返事をせず部室をあとにした。きっと許したという意味合いなのだと、緩も理解しているはずだ。
……………………。
……。
ふぅー。
護流の足音が途絶えたのを確認したところで、四人ともが安堵の息を吐く。
「どうにかきょうも、のりきったわね」
イヴがフードを脱いで、まとめていた金髪をナチュラルにかき乱す。
「けっこうキツイんですね。この巫女の着付けは」
お腹で結んでいるヒラを解きながら、そう感想を漏らす。
そんなやり取りを聞くと、心愛が目を丸くして、心一に問いかける。
「ココいつも思うの。どうして、まもるおねえちゃんと、おはなししないんですか?」
「うん? そうだね。ぼくたちのこの『第二手芸部』という部活動は、すでにずっと風前の灯火だからだよ」
信頼する兄である心一の説明を受けても、やはり心愛には納得できなかった。
「でも、まもるおねえちゃんなら、きっとわかってくれるはずです。まもるおねえちゃんは……」
心愛は、護流のことを陰ながら尊敬している節がある。だからこそ、兄には及ばないが、信頼を置いていた。
自分が存在しているこの場所を奪うはずがない、と思えば思うほど言葉にできず、もどかしさだけが心愛の中で大きくなり、歯切れが悪くなる。
「そうかもしれないね。けど、認められれば、それはそれで護流ちゃんが来てくれなくなるだろうし、いまの関係がちょうどいいと思ってるんだよね。ほら、ぼく、護流ちゃん好きだしさ、パンツ的に」
心愛の想いを察したかどうかは、わからない。どうであれ心一は心愛の頭に手を乗せて、なでた。
「おにいさま……」
「じゃあ、ぼくたちも帰ろうかな」
心一もイヴも緩も、知っていた。
護流と、まともに取り合ったら勝ち目がないことを。
それだけ淡瀬護流という、生徒会長の名を借りた『正義の味方』を認めている証拠だった。
▽
一方、第二手芸部を出て生徒会室に向かっていた護流は、とぼとぼ規律正しく歩いていた。
「はぁ……」
――また、はぶらかされてしまった。
外は十七時だというのに、もう夕日が沈みかけている。それと同様に護流の心も沈みかけていた。
心一にはぶらかされるのは、一度や二度のことじゃない。
それでも護流は、諦めずに彼らのいる第二手芸部に足を運ぶ。
それがたとえ、ドアをくぐった瞬間から抗う術なく、とっくに魔物の胃の中だったとしても。
食べられていた、呑みこまれた。空気に呑まれていたとしても、だ。
それはなぜか――。
「ふふ」
さっきあったことを思いだして、護流は小さく笑う。
花柄パンツを頭に被った――これが本当の『頭がお花畑』だな。
「ぷっ、ふふ。お花畑……ぷぷぷ」
それに気づいてしまい、また護流は密かに独り、くすりと笑う。
可愛らしく、こらえるように。
冷たい廊下。そこにかかる笑い声と出てくる白い息が空気中に舞った。
おかしいと思えば、思うほど笑いが腹からこみあげてきて、護流はしばらくのあいだ笑っていた。
彼らはやっとのけたのである。自然に、疑われることなく、執行者の首を取ったのだ。
護流は、第二手芸部に足を運ぶことを、楽しみで息抜きの一環となっているから。
それを彼らはまだ知らない。




