ニルフと黒蹴の探偵(?)物語 3
痛む後頭部を押さえつつ振り返ると、とても活発そうな俺と同い年くらいの女性が、右手に拳を握りしめたまま仁王立ちしていた。
長い黒髪をポニーテールにしていてとても愛らしい。
背は、俺と同じくらいか。薄い青のビキニの上に、前の開く上着のようなものを着ている。
その女性は「がるるるるる」と闘牛のような恐ろし気な顔と呼吸をしてこちらを睨んでいたが・・・。
スッと視線を下に向けると。
「ぎゃあぁぁああああ!!!」
すごい悲鳴を上げてそのままビンタ!!! 俺は左頬にけっこうな衝撃を受けてグルンと回る!!!
目の前に星が飛ぶ! ドサっと砂浜に顔が埋まった感覚。地に着いた右耳からは、走り去る軽やかな足音が響いた。
叩かれた左頬に手を当てて、右腕を地につけて体を支えて起き上がる。
ちょうど上半身を起こした時、俺をすっぽりと覆うように影が落ちた。
でかい。
かすれる目をこすって見上げると、夏の強い日光で逆光になった一鉄さんが半裸で俺を見下ろしていた。
『ぎゃぁぁああああああ!!!』
「ギャーはあの子のセリフだ馬鹿! なに全裸で悠々と泳いでんだお前は! さっさとコレ着ろ!」
顔にぶん投げられた白い布を広げる。
タオル?
「ほら! だから言ったのにニルフさん!!!」
一鉄さんから遅れる事数分。やっと黒蹴が俺のところにやってきた。
なんだ、何の話だ!
一鉄さんは黒蹴の姿を見て身を返し、そのまま屋敷の方に体を向けた。
そして混乱する俺に
「ここはお前さんの国とは文化が違うってことだろうな。これからは気を付けろよ」
そう言い残すと、徒歩で歩いて帰っていった。
入れ替わるように黒蹴が俺の前に立って肩をつかんでブンブンふりまわわわわ待って感想が追い付かない、首と頬が痛い。
「ちょっとニルフさんなんで全裸で泳ぎに行っちゃったんですか!?」
『え、いや普通そうじゃなかったっけ? ほら旅してる時の水浴びとか』
「いやいやいや海で泳ぐのと水浴びは別でしょう。ほら、あの子供達もちゃんと水着着てますし。
ニルフさんの居た世界では着なかったんですか?!」
『いや俺も子供の頃は着てた気が・・・するな。なんか知識はある。
でも大人になってからは着たって知識がないような・・・? 周りの大人は着てたか・・・?
いや子供が着るのは、攻撃してくる魚に対しての防御の意味があったんじゃなかったっけ?』
「・・・攻撃する魚・・・? ニルフさんって大人になってから、無人島にでも住んでたんですかね?」
『俺もそんな気がしてきた』
タオルで尻を隠して荷物の場所に戻ると、4人の子供たちが俺達を待っていた。
俺達は皆で荷物を持
「なんで俺らが持たなきゃならないんだよ」
「子役に持たせる? 普通」
俺と黒蹴は2人で皆の荷物を持って、屋敷に戻った。
『なんか砂浜から屋敷への道、黒くて硬い石みたいなので覆われてるな。滑らかで歩きやすい』
「アスファルトっていうんですよコレ。石油ってのを固めて出来て・・・た気がします?」
『いや聞かれても』
そんな会話を繰り広げる俺達を後ろから見ていた、4人のうちの大人しそうな男の子。
「アスファルト・・・別名『土瀝青』っていうのはね、原油の一番重い炭素成分の・・・あ、原油って分かる?
うん、そっちのお兄さん分かってるなら後で教えてあげて。
それを減圧蒸留装置で抽出・・・うん、原油から機械で分けた、一番重い炭素のやつがアスファルトだよ。
この道路のはゴムとか加え・・・入れてるね」
全くそんなことも知らないの?
そう言いたそうな顔をしつついろいろ教えてくれた。
しかも俺達の様子を見つつ、所々を言い直してくれてる。7歳児に教えられる16歳と17歳。
とっても恥ずかしい。
隣の黒蹴は何か聞かれる度に壊れた機械みたいに首をブンブン上下に振ってるけど、ちゃんと後で教えろよ?
この子、博識な上に話してる途中に「僕も持つよ」と、俺が落とした浮輪を運んでくれたりしちゃう紳士だった。
ちなみにこの子以外の3人は既に走って屋敷に戻ってった。もう見えない。おいこら最初に保護者が居ないと怒られるーって黒蹴にタカってたの何だったんだよ。
「・・・それでこの屋敷は昔、海外の貴族が財宝を隠したとか言われてるのを買ったって聞いたよ。
何でも錬金術に通じてたとか、悪魔を呼び出す実験をして富を得たとか。
なんでそんないわくつきの物を買うのかサッパリ分からないんだけど、面白そうだったからね」
山の中腹を超える頃には、話は屋敷の歴史についての話になっていた。
遠くにうっすらと屋敷の屋根が見える。
それにしてもよくしゃべるな。
この子、あの4人の中で飛びぬけて頭がいい。ほかの子の前で話さないのは、きっと話が合わないんだろう。
「そうなんだ。じゃあ君はこの屋敷の持ち主のお金持ちさんと知り合いなんだね!」
「え!? えっと・・・そういう訳じゃ・・・ないよ!」
ん? 急にしゃべり方が子供っぽくなった?
見え始めた橋のこちら側には、肩まで伸ばした薄茶の髪を大きく外に跳ねさせたツリ目の女性が、腰に両手を当ててこちらを見ていた。
*
男の子がツリ目の女性に連れていかれたのを見送った後、俺達も屋敷に戻った。
屋敷の扉を開けると、スパイシーないい香りが漂う。
中央ロビーではたくさんのスタッフが入れ代わり立ち代わり忙し気に動き回っている。
なにしてるんだろう。
「よし俺達は風呂に行ってくる。皆もマネージャーに見つからないようにな!」
「うん!」
「わかってる」
「はーい♪」
あ、あの3人だ。どうやらこの子達はこっそり屋敷への潜入に成功したらしい。
俺達(に持たせた荷物)の事を忘れて勝手に解散しようとしてる。
「ちょっとまって皆、この荷物どうするの?」
「何だ居たのか荷物持ち。部屋に運んどけ!」
言いつつ走り去ろうとする熱血君を、黒蹴が慌てて後を追っていった。
廊下の向こうから「部屋ってどこぉ!?」という声が小さく聞こえる。
俺は荷物を持ったままロビーの人の流れに沿って歩いてみた。ら。
『お、食堂か』
広い食堂があった。
中では俺と同じ服(黒い半そでTシャツと薄茶のジーパン?)を着たスタッフの人達が、厨房に立った何名かのスタッフから料理を受け取ってはテーブルに着いている所だった。
一鉄さんやREIさん達は居ないな。
腹に手を当てると、キュ~と切なく泣いていたので俺も料理を受け取る列に並んでみた。
あ、ちゃんと荷物はテーブルの下に置いたよ。場所取りも兼ねて。
お金とかもってないけど、スタッフ用の食事だとしたらきっと兵士と同じ配給制だろうし。
『(違ったら、給料前借しなきゃな)』
考えていると俺の順番が来て、白いトレーの上に大きな皿と小さなサラダとスプーンが乗せられたものを渡される。
大きな皿の上は・・・白い穀物の上に、茶色いスパイシーな香りのソース?煮物?スープ?がかかってる。
あ、もしかしてこれ、黒蹴がニホンで食べていたっていう『米』と『カレー』ってやつか!
いつも黒蹴とピンキーが食べたい食べたいって言ってたな、米。
黒蹴喜びそうだなモグモグ辛ぁっ!
*
「キャー!!!」
甲高い女性の声が、孤島の屋敷に響く。
血に塗れし部屋に集うは、屋敷を訪れし客人方と、彼らをもてなすモノ達。
そして。
「そこを退いてください!」
1人の、探偵。