ニルフと黒蹴の探偵(?)物語 2
「まずこの撮影の事だが・・・どこまで理解している?」
「えっとー、実は中を観光できる飛ばない船と間違えて乗っちゃったので、実はあんまり分かんないんです。
うち貧乏なので、テレビもネットもほとんど見なくって・・・」
「なるほど、だから私の事も知らないんだな。日曜昼のドラマの悪役と言えば私、世界に誇る日本の役者といえば私、と言われているな。
将来テレビに携わる仕事に付くというのなら、覚えておくといい。黒蹴」
「なるほど! 勉強になります!」
黒蹴に手を引かれて着いた先は、大きな屋敷の中だった。
その中に入るとすぐにシャツに白い鉢巻をした作業着の兵士がおじさんを部屋に案内する。
座るよう言われたソファはとてもふかふかで、部屋の装飾も豪華だ。
やはりこの人、この世界の王か。
若干格好がフランクな気もするが、城に帰るなり召喚者に抱き着こうとしたり玉座の上で踊り狂ったりする壮年の王も居るんだし、普通の範囲か。
「そっちの・・・。ニルフ、か。
ニルフは何か聞きたい事はあるか?」
しばらく黒蹴と話していた王様が、俺に話を振ってきた。
せっかくの機会だ、聞いておいて損はないだろう。
『あの・・・』
「お、片言だが日本語が出来るんだな。なおさら良いぞ。なんだ、なんでも答えてやろう」
『あなたは・・・この国の王、なんですよね!』
目を丸くした王様の後ろで、黒蹴が噴き出した。
*
「あら、あなた達が間違えてこの飛行船に乗っちゃったっていう方たち?」
数分後。
スタッフ用の動きやすい黒のTシャツとジーパンに着替えた俺の目の前には、30歳くらいの大きな胸のすごく綺麗な女性がいた。
長い黒髪を肩から胸に向かって流している。赤い優雅なドレスを着ていて、前かがみになると胸が零れ落ちそうだ。
「良かったわね、臨時のバイトに入れて。
しばらくすれば物資補給の飛行船が来るから。いいお小遣い稼ぎだと思って、それまでの辛抱よ!」
綺麗な女性はニッと笑って頑張ってねと言って部屋に入っていく。REIさんと言うらしい。
その後も綺麗な女性達に「新しいスタッフさん?」って聞かれ、その度にハイと答える。
『いやー、目の保養だなー黒蹴ー』
「もう、一鉄さんがうまく話を通してくれたからいいですけど。のんき過ぎませんかニルフさん。
今どういう状況なのか、ちゃんとわかってます?」
『一鉄っていうんだな、あの俳優さん。王様じゃなくて俳優さんだったんだな』
「そうですよ。僕も監督かと思いましたが、俳優さんです。いやそうじゃなくって!」
『わかってる、わかってるって。つまりさ・・・。
つまり、今俺達は異世界に居る。
それも恐らく黒蹴の知るニホンという世界に。
一鉄さんに聞いた話を黒蹴に分かりやすく説明してもらったところによると、どうやらここはドラマの撮影現場。
ドラマ原作のファンだという金持ちの力を借りて、絶海の孤島に建てられた西洋風の屋敷 (ニホン領土)に飛行機で来たらしい。金持ち所有の飛行船で。
その金持ちの友人だと言う男もいるそうだ。
子役の子供も数人。
ちなみに、さっきの赤いドレスの女優さんは主演女優らしい。
入っていった部屋で撮影中とか。
あのガラスの嵌った黒い箱で撮影というものをするらしい。
頭の中の代わりにあの箱で記憶したのを保存して、民衆たちに見せるって事でいいんだよな?
俺達は巨匠と言われる(?)一鉄さんのごり押しで、そのままエキストラ兼スタッフとして働かせてもらえることになったそうだ。
黒蹴が持つニホンの知識で、いろいろつじつまを合わせたそうだぜ。
どうやら俺達は今、『外国から来た友達(俺)を貧乏な学生(黒蹴)が日本を案内しようと街を巡っていた所、無料で見れる観光場所と間違えてこの飛行船に乗り込んでしまい、途方に暮れていた所を知り合いである一鉄さんに助けられた』という設定らしい。
一鉄さん、黒蹴を息子の友達に似てるって思ったから助けたとか言ってたけど真相はどうなのか分からない。
案外、気に入ったから~とか、そんなのかもな。
ちなみにこの会話中に、黒蹴は日雇いの雑用スタッフと間違われて仕事に駆り出されていった。
俺もすぐに荷物を運ぶようにと、頭に白いタオルを巻いたムキムキの若い人に言われた。
このドラマの撮影としてこの島にいるのは、スタッフ20人、俳優8人。監督1人。助監督1人。
俳優が少なめだが、シーンの関係でこの人数で撮影らしい。
ほかに屋敷の管理をしている壮年の『執事してました!』って感じのおじさんが1人いた気がする。
金持ちの人が臨時で知り合いの友達とかを雇って手伝ってもらってるらしい。
ここはニホンの領土にある、南の孤島のデカい屋敷の一軒家。さっき一周していたが、大きめの貴族の屋敷くらいはあった。
屋敷は孤島の中央に位置する山の頂上に立っている。
屋敷の周りには森が広がっており、その先は崖。ぐるりと崖が屋敷と森を取り囲んでいる。
山自体はそう高くないとはいえ、屋敷の裏部分は崖に沿わせるように建てられている。
つまり屋敷の裏側の窓の下は崖。しかも裏側の窓から覗いて左側には、崖に落ちる滝がある。
屋敷からの距離は70mほど。
滝の水しぶきによって崖の下を確認することは出来ない。
屋敷と向こう岸を分断する崖には5mほどの橋が架かっているが、重機などは通れないと一鉄さんは言っていた。
あの、鉄の自走する箱の事だな。
そして橋を渡って海岸に向かったとしても、そこは絶海の孤島。
うっすらとニホンの本土が見えるくらいだそうだ。
なのでここへの交通手段は船か飛行船。
しかし一回の飛行にお金がたくさんかかるので、俺達だけを送る訳にはいかない。
ということで、今のこの状況です。
ま、仕事終われば自由にしてていいって言われたし、後で泳ぎにいきますか!!!
バカンスしつつ撮影なんて、当たりを引いたと喜ぶ俳優たちを尻目に、俺は体をほぐして重い荷物を持ちあげた。
その時、緑の髪をした背の高い目つきが少し怖い男にぶつかられて舌打ちされる。
俺に荷物を運ぶ指示をしていたムキムキの若い人が、すぐにその人に謝って俺の頭も掴んで下げさせた。
「気を付けろクソが。アンタらは代わりの利くスタッフだろうが、俺は1人しかいないんだ」
「すいませんケビーさん。こちらの不注意で」
2人の会話を聞くに、どうやら俳優の1人らしい。くすんだイケメンって感じ?
くすんだイケメン・ケビーは俺を睨みつつ立ち去って行った。
なんだあいつ。俺は、あいつが自分からワザとぶつかってきた事に気づいていた。
てかずっと魔物相手に戦ってきてたらそれくらいなんか分かる。理由は分からんけど感覚?
「ふう。悪かったな、無理に謝らせて。あの男、ケビーっていうんだが結構素行が悪いことで評判なんだ。
外国風の顔立ちって事で今回のドラマに抜擢されたそうなんだが、主役じゃなかった事が理由で不機嫌らしい。気を付けろよ」
どうやらムキムキさんも、ワザとぶつかってきた事に気づいていたようだ。
俺は大丈夫だと頷いて、仕事をつづけた。
荷物を運び入れた先では、上座に座る一鉄さんの前で、先ほどの赤いドレスの女優さん・・・REIさんが若い俳優さん達を侍らせて、官能な動きで長弓を引いてクネクネしていた。
なんか、ファンタジー物のドラマらしい。
「あたし、エルフの長の役なのよ」
休憩中に横を通りかかると、汗にぬれたままのREIさんがそう教えてくれた。
エルフ、か。漫画好きのピンキーが会いたがってたな。
「よし、今日の撮影は終わりだ!!!」
監督の一声により、皆が歓声を上げて各自の部屋に戻っていった。
屋敷の一階は大広間。食堂や厨房、風呂などがある。
2階は元々、使用人たちの部屋。今はスタッフの部屋として使ってるらしい。
3階は中央に衣装部屋があり、周りを囲むように7部屋の客室と主人の部屋が一部屋ある。
一鉄さん達俳優はここに泊まるそうだ。当然だが、スタッフ部屋より豪華で広い。
主人の部屋は家の一番奥。崖側の真ん中の部屋だそうだ。
今日一日スタッフの荷物運びばかりしていたせいで、ほとんど一鉄さんとREIさんしか覚えてないや。
俺は伸びをして黒蹴を探す。幸いすぐに見つかったが・・・。
『なにやってんの黒蹴』
「あっニルフさん。ちょっと捕まっちゃって」
4人の、7歳くらいの少年少女たちに袖を引かれてタジタジになっていた。
*
「わー! 海だー!!!」
「ありがとうお兄さん!」
「じゃあ俺達泳いでくるから、ちゃんと荷物見とけよ!」
「待ってよみんなぁ・・・」
俺達は橋を渡って山の麓に降りた先にある、広い砂浜に降り立っていた。
この砂浜、島を一周するほどに広いらしい。
残りの部分はちょっとした磯になっていて、貝とか魚釣りとかできるらしい。
で、黒蹴のシャツの裾をつかんで離さなかった4人の子供達は、俺達を海に連れ出すとそのまま監視(という名の荷物番)を押し付けて全員で泳ぎに行った。
目の前では、熱血スポーツマンタイプ男の子がクールな男の子と泳ぎ対決をし、かわいいフリルの着いた水着を着た女の子と丁寧な雰囲気の男の子が浅瀬でいい雰囲気になっている。
それを見ながら、黒蹴が不満げに呟いた。
「ほんとに勝手なんですから」
ブツブツいう黒蹴の横で、俺は・・・。
『んじゃ、黒蹴。荷物番( `・∀・´)ノヨロシク!!!」
しゅたっと服を脱いで海に駆け出した!!!
「ちょ!? ニルフさああぁぁぁぁああん!!!
*******!!! ***!!!!!」
後ろで置いて行かれた黒蹴が悔し気に何か叫んでいるけど、海に潜った俺にはもう聞こえない!!
『ひゃっほー! 久々の夏だぁぁあああ!!』
魚のような泳ぎで全力で海を進む。そのままクール君と熱血君を追い越すと、2人のものすごく驚いた顔が見えた。
はっはっはっは!!! 何者も俺には追い付けない!!!
そのまま小さな岩礁を一周した俺は、浜辺に戻ろうとしていた2人をまた追い抜かして浜辺に上がる。
ちょっと黒蹴のいた場所とは離れたようだな。黒蹴がこっちに向かって手を振りつつ走っている。
はっはっは、そんなに手を振って、俺の泳ぎっぷりに感動したのか? 俺は優雅に黒蹴に手を振り返した。
そして目いっぱい肺に空気を吸い込んで・・・。
『海、サイコーーーーーーーーーー!!!』
「ウルッサイこの歩く卑猥物!!!」
後頭部をとても硬いもので殴られた。