ニルフの異世界召喚記(3)
魔王の城は、人里離れた山の中にあった。
というか山全体が城と同化している。
これ街を治めるとかそういう用に作ってなさそうだな。
「おらぁ! 俺が魔王だ! 勇者だとぉう!? 俺がボッコボコにしてやらぁぁあ! さっさと上がってこいやぁぁ!」
って言ってる感じだな。城が。
勇者より先に最深部に忍び込む。
魔物は俺に気付かない。途中で勇者PTを追い越したが、そいつらも気付かなかった。
俺は王座の部屋の屋根裏っぽい所に忍び込む。
魔王は骨を模した真っ黒の鎧を着込んだ、2m以上の大男だった。
魔王は杖を手に持ち、王座に座って居眠りしている。部下はいない。
しかしここで杖を奪うような真似はしない。
チャンスは一瞬。
魔王と勇者達が戦う瞬間だ。
3時間後、扉の向こうから魔物の話し声が聞こえだす。何かに焦っているようだ。
2時間後、扉の前が静かになった。
1時間後、戦闘音が近くなってきた。
そして今。
扉がバーン! と勢いよく開かれ、輝く鎧に身を包んだ4人の男女が現れた。
勇者PTだ。
魔王がゆっくりと目を開ける。
戦闘開始。
魔王が大きく杖を振り、何かを唱える。魔王より前の空間が全て、火の海に飲み込まれた。
しかし勇者達の周りにだけ光る膜が張られている。彼らは無傷だ。膜の中には3人。
そのまま後ろから魔王に切りかかる影が1つ。見事な気配の消し方。
上から見てるからよく分かるが、あの場にいたら気付く自信はないな。
そのまま影・・・赤男は大剣を一閃した。
しかし魔王はそれを杖で受け止める。
大剣は赤男か。なら双剣は?
青女は鞭、白男は弓、黄女は長い杖を持っている。
(双剣の気配は感じません。おそらく彼らとは別の者が持っているのか、置いてきたのか)
霊鳥も分からないようだ。
魔王と勇者達の戦いは混戦になりつつある。
いつのまにか魔王が部下を山ほど召喚し、それを魔法でなぎ倒していく勇者達。
魔王は赤男と戦っている。
このままあの2人と勇者PTを上手く分断できれば。
俺は目の前にある天井のデカい梁を見つめる。
俺、魔法使えないけどこれ落とせると思う?
(力いっぱいやれば大丈夫ですわ! )
俺は懐に忍ばせていた霊鳥の扇を手に持つと、直径5mほどの梁に力いっぱい振り下ろす。
爆風が生まれて梁が砕け、眼下で戦う勇者達に降り注ぐ。
煙が収まると、見事に後方で魔王の手下と戦っていた勇者3人は、瓦礫に埋まっていた。
まあ勇者だし死なないでしょ。防御呪文あるみたいだし。
「お、おまえらぁー!」
赤男が叫ぶ。完全に魔王から目を逸らしている。
その隙を魔王は逃さず、杖で殴りに行く。
しかし赤男は目を逸らしたまま、それを大剣でガードする、が。
2つの武器がぶつかる寸前、間の空気が爆発して2つの武器が宙を舞う。
俺はそれをシルフに頼んで運んでもらい・・・。
「うふふふ・・・。また会いましたわね。約束通り、武器は頂きましたわ。
それではごきげんよう」
≪女≫の姿で会釈して、両手に杖と大剣を持って姿を消した。
霊鳥の隠密魔法さまさまだな。
さっきの武器を飛ばしたのは、魔法ではなく扇の効果だ。
ある程度の距離ならば、狙った場所に爆風を呼び出せる。
こっそり(俺を召喚した国の)王都に戻り、植物園の鳥の絵から空中庭園に移動する。
噴水に武器を捧げると、目がくらみそうなほどの光を鳥の彫像が放った。
あと1個だ。
*
魔王と勇者の戦いは、勇者が勝ったらしい。
あの後、また魔王が大量の部下を呼び出し、仲間もいない、武器もない赤男は完全に撃つ手が無くなった。
そして素手で戦うも限界が近づき、魔王の魔法で消し炭になるという瞬間。
最初に仲たがいした≪目つきの鋭い男≫が、大勢の仲間を引き連れて魔王の間に押し寄せたそうだ。
どうやらあの≪目つきの鋭い男≫、勇者では無かったようだが奴隷を使う能力に長けていたようだ。
しかも強制的にではなく仲間として接するという、人として稀有な能力。
つまりはツンデレ?
そのおかげで戦局がひっくり返り、見事魔王は倒された。
そして1つ分かったことがある。
魔王を倒しても、元の世界に帰れないらしい。
それを知った勇者たちは意気消沈し、今は城でちやほやされて過ごしているそうだ。
目つきの鋭い男は別の国にいる。そこで奴隷たちと一緒に暮らしていくらしい。
そしてこの男も、双剣の所有者では無かった。
ならば残り1つの双剣はどこに行った?
答えは・・・
「双剣ならここにあるぞ」
空中庭園から出た途端、植物園の賢者じいさんに捕まった。
賢者じいさんは鳥の翼のモチーフがついた2本の短剣を、俺に見せる。
『いいのか、じいさん。てか気づいてたのか』
「いつも寝ている場所だ。何かが違えば気付く。
それに精霊達も、何かを隠そうとしていたしな」
(精霊が人をかばおうとするなんて・・・)
霊鳥が、フッと呟いた。
じいさんは、そのまま話し続ける。
なんだか久しぶりに知り合いに会ったかの様な、饒舌さで。
「お前は精霊に好かれる体質だな。だからこの植物園が見えていたのか。
初めてお前を見た時は驚いたぞ」
『なんでじいさんが持ってるんだ?』
「ふん、それはソイツに聞いた方が早いだろう。
居るんだろ? 霊鳥。お前の住処に連れて行ってもらおう。
話はそこでする」
(いいのか? 霊鳥)
(・・・仕方ありません。このまま置いていくことも可能ですが、正体が分からなければ不安も残ります。わたくし達に双剣を見せた事を信じて、連れて行きましょう)
「話は決まったようだな。いくぞ」
俺達は黒い鳥の絵から、空中庭園に抜けた。
*
「さあ、正体を話してもらいましょう」
人の姿を取った霊鳥が言う。
賢者じいさんはクックと笑い、
「久しぶりだな、その姿。だがまずは封印を解こう」
そう言って、双剣を噴水に捧げた。
途端、噴水の上の鳥彫刻から光があふれて噴水が爆発。
周りが煙に包まれ、水が辺りに飛び散る!
上に飛んだ水が雨のように降り注ぐ中、爆発の煙が収まった。
そして俺の目の前には、
植物園の絵に描かれていたのと同じ、黒い鳥がいた。
鳥の大きさは、大体5mほどだな。
「ようやく、正体が分かりました」
大きな黒い鳥が、賢者じいさんに語りかける。
「あなたは勇者に倒された邪悪な王の、手下の男ですね」
『それって・・・』
「そうだ。何百年ぶりかだな、霊鳥よ」
ん? おかしくない?
だって勇者に倒された邪悪な王って、魔王じゃないの?
「いいえ、邪悪な王は人間の王。彼は人間です。おそらく元、ですが。
魔法で寿命を延ばしているのでしょう」
「ふん。あの時は、まさか勇者が魔族から出るとは思わなかった」
つまりヤンチャをした人間の王があまりにもアレだったので、魔族側から勇者を召喚して黒霊鳥と協力して倒したと。
「では、わたくしの魂をこの場に隠したのは」
「礼などいらん。次にまたどちらかの王が妙な事を始めれば、お前の力が必要になるからな」
いつのまにか人の姿になっていた黒霊鳥が、うれしげな穏やかな顔を浮かべて賢者じいさんを見る。
じいさんも、まんざらではない顔をしている(様にも見える)
何百年もの確執が溶けて流れた瞬間だった。
まあ賢者じいさんが意地張らずに黒霊鳥に言ってれば、すぐにでも無くなっていたんだろうけども。
ん?
ところで俺はどうすれば元の世界に帰れるの?
俺は2人を見る。
黒霊鳥が俺の考えに気付く。
「大丈夫ですわ。わたくしがいつでも、元の世界に返して差し上げれます。
体を取り戻してくれたお礼、ですわ」
「もう行くのか。元気でな」
俺はこの世界に、未練なんてないしな。
早くみんなの元に帰りたい。
黒霊鳥が鳥の姿に戻り、大きく翼をひろげる。
俺はそれに包まれ・・・そして光が目の前にはじけて・・・
*
気が付くと、でかい木の根元に寝ていた。
上には沢山のシルフが舞っていて、俺の周りは背の高い雑草に囲まれている。
またここか。
俺は初めて召喚された日を思い出して、軽く笑う。
そのとき、周りの雑草がザッとかき分けられ、ピンク色の狼耳がピョコンと飛び出した。
「あ! こんな所にいた! 皆、ニルフが見つかったよ!」
ピンキーが仲間を呼ぶ。
「びっくりしましたよ! 転移魔法使ったらニルフさんだけ居なくなってて!」
黒蹴が広場の周りにある森から走ってくる。
「無事で何よりだ」
銀はいつのまにか俺の横に立っていて、手を差し伸べている。
「もう! ニルフさんが居なくなったって聞いて心配しましたのに!
こんな所でお昼寝ですか!?」
若葉が怒りながらも、俺が大切にしているハープを持ってきてくれる。
俺の周りには2匹のシルフが舞っている。蕾を2つ付けたような頭と胴に、緑色の透明な鉱石のような腕。
シー君とフーちゃんだ。
あれは、夢だったのかな。
ふとシー君を見ると、手のひら程度の黒い鳥羽を風で飛ばして遊んでいた。
俺は軽くハープを弾き、そして皆に話を始める。
『ちょっと聞いてよ皆。今、すごい夢を見たんだ』
シルフを介した拙い言葉で、俺が見た夢の話を。
これで終わりです。
ありがとうございました!