プロローグ
小さな頃からヒーローに憧れてた。
いい大人になった今でも変わらずに日曜の朝はテレビに噛り付いている。
まあ無職になった今、曜日の感覚が薄れて見逃してしまうこともあるが録画体制は万全だ。
そんな時は昼前に見直す。
そういえば、シリーズ化されている某改造人間は無職や学生が多かったな。
25歳、無職。
それが今の俺の肩書きだった。
ヒーローにでもなれそうだな。
大学を出てから2年、特に職に関心を持たなかった俺はアルバイトを転々として暮らしていた。
親との確執は若干あったが雇ってくれる会社がないのだから仕方がないということで、なあなあになり今に至る。
ハローワークを利用して職を探そうともしたが、まともな職歴をもたない俺を雇ってくれるところはなかった。
理不尽だなあ、と今更ながら思う。
職歴を作るには職歴が必要って、堂々巡りじゃないか!
新卒を逃した人間には人権がないのか?
同世代の友人たちは次々に会社で役職に就き、結婚をし、子を産んだ。
もともと所帯染みたことに関心はないが、遊ぶことができなくなる知人が増えるたびになんだか物悲しくなる。
俺は一人暮らしのアパートのトイレに篭もりながら考えた。
なにをやったらいいんだろうか。
どうせ今からまともに生きていくことなんて出来やしないだろう。
考えても出てくる答えは一つだった。
世界を変える。
それしかないのだった。
冗談でそんなことを考えながらトイレを出た。
夜中でトイレに篭ることとそこで考え事をするのは小さいころからの習慣だ。
正面にある冷蔵庫からビールを出そうとしたらなかった。
気分がすぐれない時は散歩をするに限る。
ビールを買いにいくついでに散歩でもしようか。
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近所のコンビニまでは案外近かったので歩いて30分ほどのコンビニに向かった。
深淵の闇に佇むコンビニはなんだか情緒があって駐車場の隅から見入ってしまった。
コンビニの前では深夜定期便のトラックのドライバたちが道路情報を交換しているのか何人かで談笑しており、その近くでは5、6人の高校生がタバコを吸いながら酒を飲んでいる。けしからんことだけど、俺は口を出せない。
注意したって悪いことしかないからね。
俺はそれらの間を縫うようにして入り口に向かった。
――その時だった。
「おいこら! 待てやキモオタ」
男子高校生の声が聞こえた。
キモオタの自覚があった俺は振り返る。
一見したらキモオタには見えないと思ってるけど多少は、ね。
しかし、そこにはどこから現れたのかわからないが(もしかしたらトラックの影で見えなかったのかもしれない)、同い年くらいの小太り男がいて高校生の集団に絡まれていた。
洗っているのかどうかわからないジャージに母親が買ってきたと思われるトレーナー、メガネにハゲかかった長髪がいかにもな雰囲気を醸し出していた。
「今言ったこともっぺんいってみろよ!」
どうやらキモオタと呼ばれている男が言ったことが気に障ったらしい。
というか声をかけるなよ、と言いたいところだがもっぱら独り言でも言っていたのだろう。
俺も一人暮らしが長いからよく口走る。
「こんな夜中に子供がウロウロするなと言っているんだ。だいたい親は知っているのか? 高校生なら他にやることがいくらでもあるだろう」
違ったようだ。
真面目に注意してたのか。
俺にはできないことだ。いつからだろうな、思ったことを口にできなくなったのは。
「誰にも迷惑かけてねーだろうが! アンタの汚い頭のほうがよっぽど迷惑だよ。やっぱハゲってクソだわ」
リーダー格の少年がそう言うと周りからドッと笑い声が起きる。
スクールカーストで言うとサッカー部あたりで最上位に位置する人間かな?
これはキモオタさん発狂ものだよなあ。
揉め事に巻き込まれるのが困るようでトラックのドライバたちは気付いたらいなくなっていた。
「ちょっと揉んでやれよ」
リーダー格が指示を出した。
すると、その左右を固めていたスクールカーストでいうと中位から上位の運動部A・Bあたりの奴が前へ出た。
アルファベットで言うなら運動部Aが男を羽交い締めにし、Bが激しく男の腹部を殴りつけた。
殴られたキモオタの口からは唾が吐き出され、周りは汚そうにそれを見つめる。
あいにくこの場はコンビニ店内からは見えないようで店員が駆けつけてくることはなかった。
そういえば学生時代俺もよくされたな。
格闘技をやっていたから簡単に外してやり返すことはできるけど、それやっちゃうと俺が悪いことになるんだよ。
結局口が上手くて人数が多い方が正しいんだ。
当時は教員に叱られたり停学程度で済んだけど、今なら慰謝料治療費、下手をするなら投獄だもんなあ。
「殴って気が済むならもっと殴ればいい。その代わり帰って寝なさい」
キモオタがそう言って煽ると、傍観していたスクールカーストで言うと帰宅部上位あたりの女が、「これ使わない?」と火のついたタバコをリーダー格に手渡した。
「言い出しっぺがやった方が面白いだろ」
リーダー格はタバコを女に渡しキモオタの目の前に立たせた。
流石にこれはダメだろう。
俺が止めるしかないんだろうな。
思うより早くに体が動いていた。揉め事が起こっているその場へ走り出した。
どっちに絡まれるのも困るから、早くビール買って帰りたかったんだけどなあ。
「そういうのはやめにしよう。ほら、あんまりやり過ぎても後味悪くなるだけだし」
「お前誰だよ、おっさん」
俺がそう言ってスルリと間に入るとリーダー格が嫌な顔をした。
「俺は赤井空だけど、そうじゃなくて! 親とか先生にばれたら困るでしょうが。こんなとこでやめといたら?」
「おっさんもこいつの仲間かよ。汚いもの同士お似合いだな! もしかしてホモかよ」
そう言って高校生たちは笑った。
ていうか俺って汚いおっさんだったんだな。
イケメンなお兄さんくらいなら許してやろうかと思ったのに。
「そうやって特定の嗜好の人を笑う」「黙ってろよ!」
ふいに蹴りが飛んできた。運動部Bだ。
押し出すような蹴りは俺の下腹部に直撃しかけたが、左半身を後ろに引いて受け流す。
俺はそのまま引いた左半身を前に進めBの鳩尾を軽く殴る。
Bはそのまま崩れ落ちて俺の前に跪いた。
「のは良くないよ。俺は違うけどね」
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「すいませんね、僕のせいでご迷惑かけてしまって」
「いいですよ、俺もあんまり夜にウロついてる高校生見るの好きじゃないんで。あ、これアザっす」
高校生を追い払った後、キモオタさんもとい田中さんは俺にお酒をご馳走してくれた。
と言ってもコンビニのカップ酒だけれど、久しぶりに人と飲む酒はうまかった。
今は近くの河原に座って軽く話しているところだ。
ちなみに俺はホモじゃない。俺はホモじゃない。
大事なことなので。
「子供がタバコ吸ったり酒飲んだりするのって普通のことなんですかねえ」
田中さんが話し出した。
この田中さん、俺はただのキモオタだと思っていたけど、案外すごい人だった。
20歳でホームページ製作やらシステムの構築保守管理の会社を立ち上げ、今は年収4000万円なんだそうな。
年齢は35歳。
人は見かけによらないねえ。
「わかりませんけど、俺の時代はこんな感じでしたよ。まだ25ですけど」
「そんなもんなんですかねえ。僕が高校生だった頃にはヒーローなりたくてですね。ま、もちろん子供が考えるようなものではなくて、もっと具体的なものだったけど、」「俺もです!」
趣味が合う人にはあったことがなかった。
人生初めてのそんな話をしながら小一時間ほど経った時だった。
眠気は急に押し寄せてきた。
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線路だった。
目が覚めた時、俺は線路の上にいた。
正確にはレールに寝かされていた。
どうしてだ? 横には田中が寝転がっている。
河原で酒を飲んでいて眠ってしまって……。
何が起きたのかよくわからない。
頭がはっきりした時音が聞こえた。
ガタンゴトンと電車の走る音だ。
俺は急いで田中を線路から退けようとしたが重い。
重すぎる。
「目が覚めましたか?」
田中が俺に問いかけた。電車が迫っている。
もう間に合わない。
俺は田中を蹴り線路の外に出して、終わった。
田中は助かったんじゃないかな? たぶん。
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「ここは……どこだ?」
気がつくと見たことのない湯船に浸かっていた。
それほど大きくない風呂で俺は裸だった。
ワケガワカラナイヨ。
さっきから何が起きているのかさっぱりだ。
『目が覚めたか?』
「誰だ!」
声が聞こえた。
どこか遠くかもしれないし近くかもしれない。
もしかしたら耳元で囁いているのかも。
そう思って振り向くが誰もいない。
俺の周りは朝焼けの雲のようでもあるし深いの闇のようでもある。
例えるなら閉じた瞳のような。
『フフフフ。そんなところには私はいやせんよ』
それでも声は聞こえ続ける。
「どこにいるんだ! 姿を現せ!」
俺は立ち上がり叫んだ。
『まあ、そう興奮するな。自分がどうなったかわかるのか?』
「どうなったかって、わかるわけないだろう。酒を飲んでから意味がわからないことばかりだ」
『よく聞けよ。お前は死んだんだ。田中という男が居ただろう? あれがお前を線路に運んで心中しようとしたんだ。睡眠薬を使ってな』
なんだよそれ。だってあの日あったばかりだぞ? 心中ってのはもっとなんというか家族とかとするもんだろう。
でも、俺死んだのか。
心残りがないというわけでもないけど、職探しもしなくて良くなったのならそれはそれで良かったのかもしれない。
『お前のことだから心中っていうのは家族とするものとか思っているかもしれんが、それは偏見だ。ストーカーが無理心中しようとするだろう? そんな感じだ。お前にも心当たりがあるんじゃないか? あの男と妙に話が合ったりお前がしようとしたことをあの男がしたりしただろう。あれはあの男がお前の全てを監視していたからだ』
「なんだよそれ。意味がわからない! わからないことだらけだ」
『私にもお前ら人間が考えていることなんかわからん』
そう言うとよく分からない声は少しの間黙った。
『お前は世界が救いたいと言ったな』
言ってないけど、言ったのかな? 独り言でならいつか言っていたのかもしれない。
本気ではなかったけど、死んだ今となってはもう少し本気で行動していけばよかったかな、とも思う。
『お前は自分を騙した男を救った。私がお前の世界を見る限り、現実ではそんな行いをする人間はいなかった』
そんなものなのかな。俺だって気付かずに助けたわけだし医者とかならいそうな気もするけど。
『先着一名様ということで、私の気まぐれでお前の願いを叶えてやることにした。ちなみに私は……そうだな、お前らの中では神と言ったらわかりやすいかな。そんな感じだ』
さらっと言ったな。
そして、返事をする前にまた意識が途切れた。
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目の前が眩しい。
閉じた瞳の中にまであふれてくる光で俺は目がさめた。
朝日で起きるのなんて何年ぶりだろう。
カーテンを閉じたままの我が家では昼間でも薄暗い。
とりあえずもう少し寝たいからカーテンを閉じよう。
そう思って立ち上がろうとしたら立ち上がれなかった。
ん?
手に力が入らない。
いや体が重いのか。
風邪でも引いているのかも。
いやな夢も見てしまったし。
心なしか天井も見慣れたものとは違う気がする。
というか。
ここはどこだ!?
首も回らないし、足も思うように動かない。
寝返りすら打てない。
そうだ。人を呼ぼう。
「あ゛ーん。あ゛ーん゛!」
ん!?
声が出ない。
何者かに拘束されているのか。
猿轡はないみたいだが。
「s@udqyw@t?」
目の前に突然巨大な女の顔が現れた。
金髪碧眼、顔立ちも整っているようにも見えるが、それは俺が東洋人だからだろう。
これはもしかして俺……、転生したのか。