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機動装甲(仮)~クローズアウト・エンジェルス・イン・スタンディングアーマー~








鉄の箱がある。


いや、正確には“鉄”では無い。

繊維化されたチタニウムと各種の非・金属系先端材料によってコンポジットがされた複合装甲成形材によるチャンバー。それがこの“箱”の正体である。



箱の、《奥行き》と《高さ》と《幅》。


斜め前方に傾けた、角の丸い延べ棒のような細長い台形の形状をしている“箱”の内部寸法は、奥行き三メートル、高さが二メートル、幅一.五メートルだった。


しかし“箱”の内部は、その中にさらにもう一層“殻”を作るように、外部視界映像と各種機能情報を映すためのテレビジョン・モニターと、スイッチ、操縦桿類の操作盤等の密集によって、埋め尽くす様に覆われている。


これらは度重なる改造によってどんどんとその数を増して充実していった訳だが、どうも設計者の予想以上に体積が嵩んだらしいそれらによって、前からも左右からも上からも圧縮がされた事により、残された内部空間は心許ない限りであった。

ついこないだまでは、まだ下方向に若干のゆとりがあったのだったけども、今は昔。

今では“箱”の下面からも、一週間前に生残性向上の為のイジェクション・シート(射出座席)が実験的に組み込まれた関係で、空間はさらに圧迫されていたのだ。



その箱の中には、実に窮屈そうに体をやり過ごした状態で、一人の長身の兵士が梱包・封入されていた。



…正確には“乗り込んで”いるのだが。





箱は、移動していた。


いや、正確には箱自体が空を飛んで…あるいは地面を滑って…動いているのではない。


箱は、機械に取り付けられているのだ。そして、兵士はその機械を操縦していた。フット・ペダルと操縦桿で動かしているのだ。今、前へと前進している。



ただ、機械…マシンの構造だが、それは奇妙だった。



その機械は、高さがおよそ六メートルの大きさをしている。

そして、最初のインプレッションとして、まず手足と胴体がある事が分かる。


それから、右腕の先のマニュピレータに巨大な小銃ライフルを持っている、カーキグリーン単色で全身が塗られていて、胸の装甲に〈45ー8141〉と番号がレタリングされている、左肩の装甲には“01”(ゼロワン)と黒いペンキで書かれている、反対側の肩には“U.N.T”と白いペンキで雑に書かれている、それだけだ。いや、それだけで十分だった。


それが、歩いている。


人型に似たマシンが、直立して、腕を振りながら、二足歩行で夜の森の中を歩いているのだ。

闇夜の密林の中、よくみると同型は樹影の向こうにもう二つ居た。全部で数は三台だった。…小隊なのだ。




つまり、そのマシンは、準・人型の、まるでロボット…いや、これは、まさしく“ロボット”であった。




しかし、素直な人間の形をしている訳では無かった。



外装は、まるで黎明期のステルス戦闘機の様でもあり、或いは、戦車というよりは装甲車だった。

ぱっ、と見ただけでも見て取れる様な、薄手の装甲板。まるでボール紙のようなそれがロボットの全身に張り付けられていて、中途半端な幾何学模様の…迷彩色のマス・プロダクトな現代アートが、動くオブジェとして出来上がっていたのだ。


これは、このロボットが、今から七ヶ月程前に急造でこしらえられた“決戦兵器”である事に由来を持つ。



正式名称・Mk42〈シミター〉、兵器としての分類は“直立式装甲兵器”SAスタンディング・アーマーと言う。



詳しい事情は追々言及するが、ともあれ作業用の人型重機…スタンディング・ユンボ…の外装カウルを装甲に取り替えて、戦闘用にしただけの本機である。

主機のパワー不足で重装甲化出来なかったその都合上、大きく露出している機体各部のシャシー・フレームとその間接部とも相まって、お世辞にも、余り強そうには見えない。



細長い手足と、縦に潰れた胴体。

そしてさらに、手足の付け根は、胴体から左右へ離れた位置でオフセットに装着がされていた。人型のようで人型ではない様な、アンバランスだ。


その印象を強調する様に、胸の装甲は、上から見て二等辺三角形のデルタ型に前へと張り出している。

これの上側には、センサーやカメラ等を内蔵したロボットの頭……まるで大昔のプロペラ戦闘機の水膨れ風防ブリスター・キャノピーのような形状をしている……が乗せられていて、そして裏側の下面には、まるで戦闘へリコプターの様に、口径二十ミリのバルカン砲が旋回装置…ターレットに装着されており、その黒光りする砲口を歩行の度の上下振動にふらふらと揺らしながら、斜め下方へと向けている…つまり火器管制がホットになっていない…のだ(砲口はオレンジ色のキャップで閉められている)。


そして頭部から、その後方…バルジ状になっている胴体の“背中”が異様に膨らんでいる事も分かるだろう。

ここに、前述の“箱”…即ちコクピットが、半埋没する形で埋め込まれていた。

その大きく盛り上がった“瘤”の左右には、さらに武装が装着されている。

正面から右側には口径三十五ミリのマウザー機関砲が、反対の左側には、ラックに固定された赤外線探照灯サーチライトが、今まさに暗赤色に点灯した瞬間だった。



改めて、およそ、人間らしくないシルエットだ。

まるで童話の絵物語に出てくる愚鬼ゴブリンのような……否、正しくそれだろう………等と、この機番01の、小隊の指揮官でもある搭乗者の兵士は、こんな感慨の度につい思い出す子供の頃の思い出とかに、笑みともため息ともつかない表情を浮かべるのがいつもの癖になっていた。

……ちなみにこれが重要であるが、この“ゴブリン”という印象を、この兵士は気に入っていない訳ではなかったりする。



それは、齢二十七を過ぎて、こんなスーパーロボットのパイロットになってしまったよくも数奇な己への嘲りや慰めでもあっただろうし、或いは、子供の頃、大好きだった絵本の中の、一番のお気に入りだった子鬼達への好意の感情を思い出しての物だったのかも知れない。



また、もっと単純に…例え名ばかりであっても、劣勢に追い込まれている自陣営に所属する一士官として、その“最新鋭兵器”を操縦して任務に就く、という事への誇りを、少なからずとも自覚していたのは確かだった。



また、こうとも思った。

森の木立を軋ませながらかき分け、密林のさらに先へと前進をする三機の〈シミター〉の機影は、確かに御伽話の世界から、このすっかり血生臭くなってしまった現実(こちら側)へと迷い込んだ子鬼達の様だ…ーとも、






はたまたこうだろう。

その自分達こそが、血に飢えた悪鬼そのものなのであろうか、と……














SAの一歩当たりの歩幅が、三メートル。

この〈シミター〉の小隊は、現在、分速百八十メートル…時速に直して十.八キロで巡航をしている。当然というか、最高速ではない。


ゆっくりと、探索をしている状態だ。

三機の〈シミター〉が、隊長機の01を先頭に、やや相互が離れたデルタの陣形で、各機のセンサーで密林の中を走査しているのだ。それぞれの探知半径を、互いに埋め合っている。


前進を続ける機体の脚部…下半身とは別に、二秒間隔で上半身を左右旋回させて、赤外線探照灯で森の中を照らし出してもいる。

照射された暗赤色の光線が、木々の枝葉を黒色の影絵に変えながら、延びたり、縮んだり、または左右へと振られたりする。

それが三機分、だ。


しかし、最もこれは、もしやしても“敵”を探すための物ではなかった。


確かに、〈シミター〉の探照灯は、所詮は民生品でしかない原型機から手が加えられていないが為の余りにも頼りない主機からの給電量と、元々防衛用に緊急で開発がされたMk30で切り捨てられたスペックの…センサーモジュールの最小化と、短期間での間に合わせの大量量産による…都合の弊害によって性能が貧弱になるしかなかった頭部センサーの探知・捜索性能の穴埋めに、侵攻・駆逐用にコンセプトが転換されたMk36以降から装備がされた物だ。

だがそれ以前に…人類が地球外へと進出を始め、宇宙の果てに星を見つけ、そして移民を行い、あまつさえその惑星で戦争を始めている時代の…つまり現代の技術としては、あまりにもアンティークが過ぎる物であった。アクティブ式の投光暗視装置なんて、今時、戦争博物館でも珍しい代物だ。如何に物資欠乏の末の民生品転用でも、限界と限度という物がある。


だから、この投光器は、ごく普通かつまともで、一般的で常識的なシミター乗りからはこう揶揄されている。“自殺装置”であると。


意味はこうだ。

敵影に対し直に赤外線を照射して貧弱な性能のセンサーでも感知を可能にさせる、という原理であるところの…つまり己から大量の赤外線を焚く事を意味するこの投光器の使用は、まず第一に、相手からは容易に逆探知が可能であり、もし、対峙した相手が、長距離からの大火力投射が可能なホバー戦車、或いは装甲戦闘ヘリコプター、…そして、“今であっては”…敵のSA。それら等であった場合は、〈シミター〉の射程外からの、先制・アウトレンジ攻撃によって、一方的にこちらが撃破される事が必定であろうからだ。

確かにSA同士の接近戦ではこの投光器は効果がある。だが、そうした状況は度々発生していたのが現実だ。



しかし、今回ばかりは、この小隊は…この隊長の発想は、“逆”の意味で、この自殺装置を使用していた。




         ・・・・・・・・・・

平たく言おう。今、敵に見つけてもらう為に使用をしているのだ。





正気なのかって? ある意味正気では無かったろうね。




   ・・

だが、効果はあったらしい。







《…ー二時方向より探知波検知、飛翔体反応。ATM(対戦車ミサイル)!》


「手筈通りだぞ、3、2、…ーパージ!!」






その瞬間は、一瞬だった。



三機の〈シミター〉が停車し、装備していた“自殺装置”…ー赤外線探照灯を、その懸架ラックとの固定ボルトに仕込んでおいた炸薬を点火させた事で一斉にパージ!


赤い光線が、サーチライトの断末魔の様に空中の夜空へと錯綜した。しかしライトにはバッテリーを繋いであるので、機体から切り離されても十秒は照射を続ける計算だった。


直後、急発進。

唸りを上げた〈シミター〉の機体が、安普請そのものな外観からは想像できない華麗な素早さで機動…躍動して、各が、点灯を続けながら宙に舞った探照灯から待避をした。


同時に、念のためバルカン砲には電源が投入された。丁寧に観察をすると楕円形に六本の銃身が束ねられている事が分かるバレル部分が、水平状態に可動したのだ。それから各機の砲口が、一様に同じ方角へと示された。




そして、遠くから風切り音が聞こえた、次の刹那には…















…ーBAGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!!!













大爆発!      

密林に火の球が炸裂し、併せて数トンの高性能火薬によるオレンジ色の爆炎と共に、森の夜が一瞬、昼になった!



木々は爆風に凪がれ、木の葉は燃えて、土は炎に焦げ、抉られた。

そして、たった今の爆発…正体は、強力な対戦車ミサイルによる飽和攻撃だった。飛来数は、三十二をカウントしていた。

そのミサイルの付随能力である金属片威力効果によって、森は一瞬の内に切り刻まれてもいた。爆発地点から600メートル以内は、無傷な木など無かった程だ!



もちろん、投棄されたサーチライトたちは、発されていた赤外線を追いかけてきたミサイルの正確な命中によって機械の天国へと旅立っていた。欠片も残らない程に、消滅していた。

但し、150ミリのAPFSDSさえも防御可能な現代戦車を跡形無く破壊できる威力の対戦車ミサイル…しかも、それが合計32発も殺到して、無事でいれる工業製品があれば教えて欲しい。

しかし…









「どうだ!?」



《こちら02、やってやりましたよ!》


《03健在、生きてますっ》



「よおし」








だが…〈シミター〉の三機は、その機影をオレンジ色に照らしたまま…

ーー無傷だったのだ!







「作戦、開始ィ!」







…〈結社〉の保有する主力SAには標準装備されている、中型赤外線ミサイル・SSー11bによる飽和攻撃。

これは、〈UNT〉が〈シミター〉を投入した事に対しての、〈結社〉の対抗策、基本戦術だった。



SA、つまりスタンディング・アーマーを実用化し、今回の戦争に投入した事で、〈結社〉は序盤の勝利をモノにした。


条約によって惑星上での大型軍事兵器の開発・生産が禁止されていたこの星で、惑星開拓用に普及していた民生品である二足歩行重機…スタンディング・ユンボを武装化しただけのスタンディング・アーマーが、植民惑星・アルドアースに於いて、自前での“自給自足”…量産製造と大量調達が可能な唯一の兵器となれた事がその要因だった。この惑星に於いては、地球本星から莫大な時間と金を掛けて持ち込むしかない他の在来兵器では不可能な、使い潰しの利く、数で押し切る戦術を可能にしたのだ。


その結果、開戦から一ヶ月後…今から一年前の決戦に於いて、〈結社〉は集結した国連軍に対して勝利を納めた。


この戦いでは、戦法とSAに装備する武器、何よりもやりよう次第で、SAは重戦車が相手でも、爆撃機が相手でも五分程度には戦える事が立証された。

その上〈結社〉が動員した大量のSAに対し、開戦の混乱の中、国連軍が投入できた僅かな戦力では太刀打ちが出来なかった…と伝えられている。



だが、対する残存国連軍…〈U.N.T〉も、例え急造品とはいえ、一応はそれに対抗可能なSA〈シミターMk30〉を開発した事で、押し切られるばかりであったこの惑星・アルドアース各地の戦線はようやく停滞。

今思えば一瞬ではあったが、超・短期間で大量配備した〈シミター〉での数の均衡によって、戦争を膠着状態にまで持ち込む事に成功している。



〈シミター〉は、敵SAに対する近接戦闘を前提に作られた初のSAである。

開戦序盤、圧倒的な数の集団戦による肉薄してのクロスレンジ戦闘で、ごく少数の戦力を逐次投入する事しか出来なかった〈国連軍〉の戦車・歩兵・航空航宙部隊すべてへ悪魔的な被害をもたらしたSAという兵器。それに一刻も早く対抗する為の、軍事史史上初の格闘型歩行戦車として採用された。


戦局は決しつつあった。

結社の快進撃の前に少なからぬ民衆がそれを受け入れ…或いは支持し、駐在企業もどの陣営に付くかの二者択一を迫られる中、それぞれの支配地域の分社がそれぞれの勢力に協力をするというダブルブッキングの形でありながらも国連軍が協力を取り付けた現地法人の大手重機メーカー各社の努力によって、予備役と徴用兵が出鱈目に動員された結果ハンビーさえも不足していた各前線の部隊へと〈シミター〉は急速に普及をした。元が普及品の重機なので、特別な訓練の手間もかからない。そしてなにより、安い。新鋭兵器ながら、一瞬で、数の面での主力となった。


そして肉薄しての接近・格闘戦に於いて、〈結社〉の保有するSA・“フリッター”と〈シミター〉とは、そもそも原型となるスタンディング・ユンボが同じで大して基本の性能差が無く、即ち、より完成度が高いはずの〈フリッター〉の性能面での優位性は、特定の条件下では殆ど無かったのだ!



こうして国連軍は一番長かった夏をなんとか乗り切り、そして冬が過ぎれば、〈結社〉に対して有効な反撃が出来る事を内外に宣撫していた。



そんな状況に対して、〈結社〉が取った対策法が、前述のそれであった。

目的は、SAたる〈シミター〉の優先破壊、撃破。


まず、〈フリッター〉の運用法を改める事から着手した。ミサイルを主兵装にしてのアウトレンジ攻撃を基本戦法として、それを敵SA隊との遭遇時に全弾投射して確実に撃破・殲滅するという、なりふり構わない必殺戦法を採用。そもそも相手に接近をさせない事によって、〈シミター〉の唯一の優位点を完全に相殺。


威力についても、申し分ない。


大勢における優勢を得れた事と、序盤の快進撃の内にある程度のレベルの兵器の生産体制を整える事が出来た〈結社〉は、SSー11bの生産が可能だった事も理由の一つである。

元々は対水上艦・対宇宙艦用の極めて高威力なSS−11bであったから、それの飽和攻撃ともなれば、まず、基本は軽装甲兵器たるSAの〈シミター〉如きなどは確実にしとめられる事が期待できた。


数の面でも問題は無かった。

そもそも、国連軍の〈シミター〉と〈結社〉の〈フリッター〉とは、その配備数が3:7と大きくフリッターが優勢で、一機づつ互いがつぶし合ったとしても、最後は〈結社〉側が生き残るという試算がされていた。さらに〈シミター〉は前線にこそ優先して配備がされてはいるが、しかし国連軍のグリーンゾーンには充足出来ていないのが当時の状況であった。即ちもし押し切ってしまえば、後はどうとでもなろう事は国連軍も、〈結社〉も同じ認識を持っていた。


そして何よりも、〈シミター〉の初期型に点在した類種の欠陥の存在も、その戦法を有効たらしめた。

〈Mk30シミター〉の初期型は、何よりも生産を優先した為に、コクピット周りの廃熱系統に致命的な弱点を有していたのだ。


そしてSS−11bは、高性能な熱源追尾型ミサイルであった。






秋の半ばだった。


これによって、国連軍…〈UNT〉の戦線は完全に瓦解した。


所詮は機動歩兵代わりの〈シミター〉ならともかく、虎の子である戦車部隊や航空戦隊からも甚大な被害が生じる様になり、エア・ランド・バトルの根底が完全に麻痺した状態になった。


主力がこれなのだから末端は尚の事悲惨で、装甲車どころかテクニカルすら無い国連軍の各地の守備隊では、〈結社〉のSAに対し、全くの無力であった。




蹂躙されるしかなかった〈UNT〉は押しに押され、今では遠い過去の栄光たらん〈シミター・ショック〉から七ヶ月経った今、遂にはアルドアースの八大陸の内、一番小さな最後の一大陸を絶対防衛圏として、どうにか死守する状況にまで追い込まれていた。

そして、〈結社〉は、その残された最後の大地・パンゲアまでもを、海岸線を中心に、全体の面積30%を占領するにまで追いつめてきているのである…



新しい年の夏を迎えた今、ジングル・ベルの歌が両陣営で流行っている。こちらが勝ち、こちらが負ける。そういう意味だった。











ーー今回、兵士たちに与えられた命令も、ある種の苦し紛れからの物に違いがなかった。



〈結社〉・パンゲア上陸部隊への打撃作戦。

大陸南西部の海岸地帯に橋頭堡を構築しつつある〈結社〉部隊に対して、この日の夜、各地の戦線で一斉に逆襲を行うことでその指揮系統を一時的に麻痺・混乱させる、というのが目的の、残存が五つある国連軍戦車大隊の内、二つを動員しての大規模作戦である。



しかし、最初から絶望視がされていた。



動員される部隊は、残存国連軍各軍のSA決死部隊が主力とされた。

部隊を構成する兵士の大勢は、今の残存国連軍の多数派ではない発展途上国や中進国からの拠出部隊のなれの果てか、もし地球本星主要先進国の軍に所属していたような人物であっても、敗退によって本来の役職を失ったり、なにがしかの累に問われているような各種の敗残兵…つまり“訳アリ”である。ーー例外はあろうとも、

支援の筈の戦車部隊も、ある程度の示威を行った時点で速やかに撤収、撤退…今回の出撃直前に、キャンプの司令から01が告げられた話だった。


任務の本当の意味も、パンゲアにまで逃げてきたアルドアースの旧支配階級…地球にツテのある、かつての富裕層や有力者等を、パンゲア内陸の、グランドロック宇宙港から脱出させる為の陽動作戦に過ぎない。


そして、こんな体ではあったが、もしかしたら、この作戦が最初で最期の反攻になるか、ともの噂であった。






ーーこの小隊の隊長…兵士は、生き残るために、〈結社〉のその戦法を無効化する手に打って出た。






要するに、サーチライトを巨大なチャフ・フレアーにしたのだ。



今のこれは、敵陣営が運用するミサイルの特性と、その運用戦術。最後に〈シミター〉のセンサーの探知限界性能から逆算したタイミングだった。



チャフやフレアー、それからデコイ等を、内蔵した人工知能により高い精度で見破る能力を持つ、高性能“すぎる”SS−11bは、最終誘導時での特定のパターンの最大発熱物ーー或いは、特に強力な赤外線放射物ーーに対して必中する設定のAIアルゴリズムだ……忘れたくても忘れられない苦い経験則から、01が分かっていた事だった。


そして、モーターやアクチュエーターではなく、全身の酸素反応式人工筋肉で駆動し、最低限の電力さえあれば動作が可能なSAは、エンジン出力の欠乏という代償と引き替えに、機体本体からの熱放射が極端に小さい、という特徴を持つ。



この二つを有効に用いれば?



ヒントは、宇宙雷撃艇がミサイル戦を行う際に使う赤外線爆雷の存在だ。

少し前まで宇宙掃海艇のキャプテンをやっていた01からしてみれば、象の鼻の穴の数を数えるよりも、思いつくのも実行するのも簡単な事であった。




さあ、〈結社〉はそのやり方で効果を上げてきた。でも、もし失敗したら?









「熱紋、残像照合っ」


《02フォックス1! バッチリです、ヤッコサンのケツはまるみえですぅ!!》


《03、目標確認…だいぶ前の借りは返してやる!》





すかさず、次の行動も素早かった。

爆炎が背後で収束する瞬間、立ち止まることなく散開した三機の〈シミター〉は闇の向こうの“獲物”へと狙いを向けていた。



機関砲の射程は互いに圏外。そして相手の携行ミサイルを使い切らせただろう事によって、向こうは第二波を撃てなくなっていた。これが第一の目的だ。相手の戦術を逆手に取ったのだ!



だが、時間はない。

相手達がミサイルを使用した事で、そのランチャー(発射器)には、まだ熱が残っている。

つまり、これも目的だった。逆に利用してやるのだ。これに照準さえすれば……

しかし僅かな時間である。あっ、と言う間に、それは消えてしまうだろう。

現に今、各〈シミター〉のコクピット・正面モニターに映し出されているだろう最大望遠の熱源分布画像では、ドットの荒い画面上の、しかしくっきりと白色に表示された敵SAの機影が、急速に元のグレーへと冷却されようとしていた。

だが、今この瞬間までは、その膨大な熱紋が、貧弱な〈シミター〉の赤外線センサーでもありありと見て取れる事が出来る!








「各機、特種兵装許可。存分にやってやれ」


《ラージャ》《了解》







隊長である兵士の仰々しい宣言と共に、反撃の時間が訪れた。

しかし只、三機の〈シミター〉は、左腕のマニュピレータ…動作肢を前へと突き出し、その前腕部装甲の肘側を横へと回転させる…それだけをした。


すると、その左前腕・外板部ハードポイントに懸架された、〈合衆国〉製M−74マルチアロー・対戦車中型有線ミサイル。〈シミター〉一機につきチューブが三つで、計三発。




これが、本機・〈シミター・Mk42〉の必殺武装である。







「撃ち方始めェ!」






発射!

甲高い轟音と共に、連続して発射音が轟いた。

一機から二発づつ…計、六発。


高性能なロケットモーターを内蔵しているため、その航跡に白い軌跡が続く、という事は無い。

目標への誘導も、手動での誘導ではなくミサイル側の内蔵コンピュータが勝手にやってくれる設定だった。

但し、リアルタイムでSA本体から照準の補正がされる為、たとえば〈シミター〉の兵士らが先ほどやった様な“手品”を逆に受ける恐れは全く無いのである。


只、ミサイルの後端の、目視照準誘導時用のフレアマーカーが点灯したことによる六つの光点……一瞬で初期加速から巡航速度にまで達したマルチアローの弾体が、密林の闇の向こうへと吸い込まれていった。






「全機。ワイヤー排除、前進っ」





ーー発射から一秒経ったかどうか、という瞬間だった。

高速誘導弾であるマルチアローが敵への必中軌道に入っただろうタイミングを見計らって、その命中の成否を確かめるより早く、兵士は、次なる命令を繰り出した。


その指示通りに、僚機である二機の〈シミター〉も…いや、隊長から命令の言葉が発される同時の瞬間には、ミサイルの誘導ワイヤーを機体から排除する操作を執り行っていた。ピッタリと息が合っていた。



同時に、〈シミター〉の走行が開始される。

02の機体が一歩早く、駆けだしていた。小隊全機も、瞬きの差で走り始めていた。

スタンディング・アーマーの巨大な脚部が土くれの地面から引き剥がすように持ち上げられて、足部の裏から土飛沫を散らばせながら、その一歩前にあった苔まみれの倒木を真っ二つにして踏み破った。そして〈シミター02〉の機体は跳ねるように浮き上がった!





《ヒャァッホー!!!!!!》





〈シミター02〉のパイロットは、元々戦闘機乗りだった。


残存国連軍の中で、指折りのエースだ。

悲惨な撤退戦の中で、仲間達と共に目覚ましい活躍を続けて、何度も勝利を飾ってきた。

紛う事無き英雄であった。


だが、一週間前に、撃墜された。幸い02自身は傷一つ無かったが、後席のフライトオペレーターを喪った。心を許せる親友の一人だった。


敵を討ちたかったが、しかし乗れる戦闘機が無かった。

02がベイルアウトした地点は前線地帯で、回収されたキャンプは、航空基地では無かったのである。




迷った末、SAのパイロットになる事にした。

セスナに毛が生えた程度の対地軽攻撃機に乗るつもりなんてさっぱりだったし、この小隊の隊長…01に、熱心に口説かれたから、というのもあった。




だから、バーテンダーのシェイカーの様にコクピットが上下に大きく揺さぶられるSAのこの乗り心地だって、02にとってはレジャーランドのメリーゴーランドでしか無かった。精々、“カウガール”のロデオとも言えない程度の物だったのだ。









……ーーSHYURUSHURUSHYURU……


−−BAHAAMMMMMMMMMM!!!!!!!!!!







まもなく、森の向こうで閃光が閃いた。

密林を縫い、闇を突き抜けて飛翔していった六発のマルチアロー・ミサイルが、炸裂した瞬間である!



だが、どれだけ命中したかは定かではない。

〈フリッター〉の機関砲で迎撃されたのかも知れなかったし、ミサイルが不発弾だったのかも知れない。M74・マルチアローは当たれば必殺とはいえ、絶対の物では無かった。





しかし、隊長…01の狙いは、相手がミサイルに対応している内に、シミターの得意レンジである接近戦に持ち込むという算段だ。



今のところは、計算通りだ。




〈シミター〉隊は、高速で走行していた。

林の木々をかき分け、地面を踏みならし、人工筋肉が伸縮する作動音を上げながら、夜の森を走っていた。




密林を突破する瞬間だ。



時速は、五十キロ。巡航速度の約四.五倍。

十二億年手付かずだったアルドアースの密林で、SAはどんな兵器よりも速く移動できる。


       ・・・・

夜雲が晴れて、一つ目の月光に照らされていた森がさらに明るくなった。夜空には、二つの三日月が浮かんでいた。


このアルドアースの二つの月と、環境破壊の進んだ地球では地上から見ることが出来なくなった満点の星空からの光に、濃緑色のスタンディング・アーマーは、夜の闇の中でその装甲を輝かせていた。

その機影を木立の狭間に滑らせながら、密林の地形を突破して走破する〈シミター〉の勇姿は、確かに機甲兵器の血筋を継ぐ物のそれであった。




高速の、疾駆を緩めない〈シミター〉。

およそ七百メートル以内と推測される敵部隊とのエンゲージは、やがて遠くない瞬間の筈だった。







…ーHYUN,KYUN,CYUN!!!







《ワーオ、お出迎えだぜ!》



「マリアはこっちにツいてるさ! 紛れ当たりも致命傷にはならん、このまま突っ込むぞ!」



《こっちも歓迎してやりますよ!》






程なく、密林の奥から機関砲弾が飛来してきた!

〈結社〉側の、反撃である。

だが、散発的だ。まばらに飛んできた曳光弾も、森の暗がりに蛍光色の破線を引いてから、あらぬ方向のどこかへと残光を消すだけだった。



理由がある。

SAーースタンディング・アーマーーーは、マシンのその大きさや、エンジン出力と機体パワーの関係で、巨大で、重くて大量の電力を消費する高性能なレーダーやセンサー等を装備出来ないのだ。だから、索敵性能が…在来の装甲兵器と比較して、だが…低い。


そして同様に、装備出来る火器にも限界があったから、搭載火器の効果射程というのも、ミサイル以外の機関砲等は知れた物だった。そしてそもそも、ミサイルだって、システム化された専用車両に比べれば有効には扱えない。



SAは、あくまでも歩兵や軽車両の延長でしか無いのだ。




だから、高速で走行を続ける兵士達の〈シミター〉達に対して、当たるはずもなかった。運悪く掠めたとしても、装甲板に溶接された整備フックが弾けて取れるか、〈シミター〉の外装のペンキが剥げる程度である。




01の意図に相手も気づいたらしい。この射撃には、焦りの色があった。







《火器セーフティ解除、ぶちかましてやるぞ…!》






03は、元戦車兵だ。


六年前、高校を卒業してからの長休みで、気まぐれにアルドアースへ観光に来たのがきっかけだった。


自然に、圧倒された。

どこまでも広がる未開の惑星の大地に、03は一目惚れした。

…この星に、住みたいと思った。


だから、祖国のアルドアース駐留軍の戦車兵、という道を選んだのも、開拓労働者としての移住以外の選択肢は厳しいこの星に、手っ取り早く定住するための手段だった。それから自分の親に対して、この星で安定して生活をする…という言い訳の為の、ただの方便でもあった。精々、良い給料と安定した生活の一石二鳥くらいにしか思っていなかったのが本音であった。



時間は流れて、03は良質な日常を謳歌していた。

生活基盤が出来てから、親をこの星に呼び寄せた。地球では絶対に出来ない政府要員の家族としての高い生活水準は、今でも、良い親孝行になれたと思っている。

恋人にも恵まれて、五年目の誕生日の日の夜、ダイアモンドの指輪と共にプロポーズの言葉を贈られた時には…人生の絶頂を感じた。






ただ、全てはもう無い。

〈結社〉の最初の蜂起地だった都市の駐留部隊だった03は、利口な公務員として、あの日、命令通りの不本意な撤退を受け入れるしか無かった。


その時、両親を連れて帰る事は叶わなかった。今でも後悔している。二日寝ずに行進して最寄りの駐屯地にたどり着いた時、最初に休憩に入った食堂のテレビの速報で、運が悪かった他の政府職員とその家族と共に、〈結社〉に同調した暴徒によってグロテスクな肉塊へと変えられた父親の遺骸を見せられた時、怒りを感じるよりも呆然となった事を、03はまだ思い出せる。


だからその日の夜、まだ街にいるという母親と恋人から怯えた声で電話があった時、言葉で言い表せない程にどんなに安心したのかも、混乱する頭で、どうやったら政府側の人間の家族と発覚せずに脱出できるか必死に考えた事も、まだ頭に染み着いている。

街の空港にさえ逃げ込めば、アルドアース自治政府のチャーター機で脱出出来るという噂話を聞いて、迷うことなく自分が飛びついた事も…



だから、朝、その空港が戦場になったというニュースを聞いた時には気が狂いそうになった。


〈結社〉の、本格的な侵攻だった。

結局、守備隊の治安部隊と政府軍は敗北し、空港は失陥した。


恋人と母親がどうなったのか、

その後、戦車を扱える貴重な人材として転戦に次ぐ転戦をする事になった03は、掴むことが出来ていない。だから、その事はまだ希望でもある。




焦りと苛立ちを募らせるのとは逆に順調に戦歴を重ねていった03は、いつしか優秀な戦車兵として才能を開花させていた。

日々増え続ける各国連合軍…後の国連軍の被害に、人材の供給が追いつかなかったというのもあった。

開戦から二週間半で射撃手から車長になり、二ヶ月が経つ頃には、小隊を率いるコマンダーになっていた。




だから、五ヶ月前のあの日も忘れる事が出来ない。

〈結社〉の小拠点に対して、最新の〈Mk38シミター〉一個中隊と共同で攻撃を仕掛ける、という事だった。



部隊は壊滅した。

SS−11bを用いた〈結社〉の新戦術によって、肝心の〈シミター〉部隊が何も出来ないまま駆逐されてしまったのがその原因だった。


…待ち伏せだった。

道もない未開の砂漠地帯。そのど真ん中にある目的地から十七キロも離れた地点で、秘匿のため、五日前から単独で行軍していた自分達が待ち伏せを受けたのだ。

後で知った事だが、軍内部に公然と内通者がいる事は国連軍の上層部も認知していた事らしい。



03の率いる戦車隊も全滅した。


随伴のシミター部隊をSS−11bによって撃破され、護衛を引き剥がされた丸腰の戦車隊に、敵SAがクロス・コンバットを仕掛けてきたのだ!


必死に抵抗をしたが、戦車とSA、という兵器の強弱の関係以上に、たった四両の、青田狩りの促成栽培で徴用した間に合わせの戦車兵と、何倍にも数で勝り、なによりも鉄の実戦経験で鍛え抜かれた歴戦の精鋭SA部隊、という取り合わせがその敗因になった。


ミサイルの飽和攻撃…現代戦車に標準装備されるファランクス自動迎撃榴弾装置によって、それは対応できた。

03も、自分の車両単独で少なくとも二ダースはSAを破壊したのもおぼろげながら記憶している。一体あの戦場に何機いたのだろう…きっと、地獄に巣喰う悪魔の数よりも多かったに違いない。

それでも突然の奇襲に訳も分からないまま混乱するしかなかったこちらに対して、その隙に高速で肉薄した敵部隊は冷静に、格闘戦で狩っていった。

SA如きの携行武装では、大型戦車を撃破する事は困難な筈だった。だが相手達は新兵器を装備していた。

対戦車大型地雷を転用した、SA用の刺突爆雷。これも後で知った事だが、別戦線では既に確認がされていた物だった。そんな情報は聞かされていなかった。

それによって03達が乗っていたヘラクレスMBTは、撃破されたのだ!




戦闘が終わり、ただ一人生還した03は、強制的な療養が終わった直後、SA乗りに転向した。

理由は、再び戦場に戻る為だった。今では戦車の数は欠乏していて、もう戦力の再生が出来る様な余剰車両は無い。だから復帰してからの自分は、後方での指揮官として安穏な仕事を就く……その事を告げられたからだ。

いくら憎かろうと、SAなら、数があった。




〈シミター03〉の車内には、十二人の内、集める事の出来た八人の部下達の認識票が釣り下げられている。



左手の薬指にはめられている指輪からも、ダイアモンドは消えていた。

それどころか左腕全体が大きく焼けただれていて、グローブの下の左手首はケロイドになっている。

あの日、被弾して炎上した乗車の中に閉じこめられた彼女は、じっくり三分間蒸し焼きにされた。だから、03の全身は、火傷の跡で覆われ尽くされている。






復讐…というのが、今の03の原動力だ。






《…02、機影目視、タリホー!》


《3号車、我も敵発見セリ。攻撃許可を》



「01了解、いよいよだな…」






やがて、密林の奥向こうに、敵SA…〈フリッター〉の、グレー色ーーロービジ・カラーーーのボディがうっすらと見えた。



機体の望遠で確認している兵士達なら、より具体的に分かるだろう。


…炎上する草木に照らされて、全部で九機が確認できる。

その内の一機は完全に破壊されていて、残骸となっているらしい。もう一機は左腕が取れていて、もう二機は右腕が、そして煤まみれのと、さらに一機は半擱座の状態で地面に倒れていた。そして無傷なのが三機………マルチアローは多少の成果は出せた様だった。




だが、この七機、もしかしたら八機残っているのだ。

向こうもこちらを目撃したらしく、残存機が隊形を切り替えて散開を開始した。

そして、先ほどよりも距離が詰まった事で、彼兵士らから発せられる機関砲弾の火線も、弾幕と言えるほどに濃密に…狙いが正確になってきていた。





《02、右端のイキの良いのを頂く。横取りすんなよ!》

              ・・・

《こちら三号車、取りこぼしの七機共は全部自分が処理する事を提案します》


《何ィ?》



「01から各機へ、焦るな焦るな。仲良く山分けにしよう。獲物は平等にあ…」



《ならばオレはっ!》


「《あっ!!》」





〈シミター02〉が先走った。

右肩のマウザー砲と、胸部側の二十ミリバルカンによる同時掃射!

これを、敵部隊の中で唯一無傷だった、隊列右端の〈フリッター〉に照準して発砲したのである。


射撃を開始した事によるマズル・フラッシュが、走行中の〈シミター02〉の機体を炎の色に点滅させる。

ミニドラムを叩くようなリズミカルな破裂音の二重奏と共に、橙白色の発砲炎の光が、夜の密林を明滅させた。

発射された曳光弾の雨が、まるで時期外れの流星群の様に、夜の密林をキャンバスにして…流れていった。


とても勇ましい姿だった。

無機物である筈の〈シミター02〉に、まるで、獰猛に獲物を追う黒豹のような生物感が確かに宿っていた程に。

これは戦闘機のドッグ・ファイトならば正解だった。エースの勇敢さだ。02は敢闘勲章が貰える事は間違いなしだ。

だが…





《そらそらぁーー!!! …あ?》





問題があった。勇ましく〈シミター02〉から飛んでいった機関砲の弾丸が、標的の〈フリッター〉に直撃しなかったのである。


正しくは当たりもしていたのだが、一秒に百発撃てるバルカンの、十発撃って一発当たるか当たらないか、という割合だった。しかも、02の狙い通りの…〈フリッター〉のコクピットには直撃せず、その周辺の装甲板を不規則にバシバシと叩くだけで、有効弾という奴になっていなかった。



理由は、簡単だった。


このような不整地では、例え二足歩行でも、走行時のSAの機体の揺動が激しくなる。そして、特に機体各部の固定マウントに懸架された機関砲などは、上下左右に、揺れる。そして、その分だけ発砲した火線は狙い通りには飛ばなくなる。


一応、火器管制装置などと名前の付いた物もSAには搭載されているが、元々がちょっと高級なテクニカルでしかない〈シミター〉に、高度な照準補正能力を持った火器システムは実装されていなかった。


つまり…スタンディング・アーマーは、特に完成度の低い〈シミター〉は、動きながらの攻撃の命中率が極端に落ちるのだ。



そして、途端に敵からの弾雨が〈シミター02〉へ集中し始めた。


最初は02からの勢いに仰け反っていた相手達の〈フリッター〉は、冷静に反撃の応射を返す様になったのだ。


それだけではなく、他の小隊機にもより正確に弾が飛ぶようになってきた。


〈シミター02〉の発火点からその位置を特定した敵部隊が、02に隣接しているだろう01、03にも、相対位置を予測して攻撃を加える事を考えついたのだ!




《02、教えた筈だぞ!》


《チクショー、こんなのかったるくてダメダメだぜっ》



「ああー、なんてこった…」




ともかくも、〈シミター〉小隊は困難に陥った。


飛んでくる弾丸が、各機の装甲を叩き始めていた!


ランダムな、跳弾と鋼の板が喰い破られる音とが連続していく。しかし、依然、各機は走行を続けていた。


敵からの銃火は苛烈だ、しかし立ち止まれば、なおのこと蜂の巣だ。

そんな中〈シミター02〉は、アクロバティックな高速走行を始めた事で、なんと飛来する全弾の回避に成功している。しかし、同じく走行を続けている筈の01や03には、到底真似できるマニューバ…機動では無かった。第一、そもそもどうやったらああ動くのかが理解出来なかった。




「うっ、くっ、あぁっ…とと」




真綿でゆっくりと首を絞められる感覚だ。だがまだ自分は正気を保っていられる。あの時の恐怖に比べれば…

だから冷静に、兵士は訓練不足の新兵のように喚きながら機体を停止させる事はしなかった。一刻も早く敵の元にたどり着く為に増速もさせていた。だが、しかし飛来する機関砲弾によって乗機である〈シミター01〉の装甲が悪戯のようにノックされる音に、01は己でも情けなく思いながらも慄きの苦悶を上げていた。



一応、Mk42の“箱”…コクピットの最終防護殻は、三十五ミリ程度の機関砲弾までなら防げる様に改善がされている。しかし、例えば機体の四肢までもが同じレベルに防弾化されている訳ではない。馬力のキャパシティ・オーバーと資材不足という名の不本意な軽量化の為、シミターの防御力は最低限の物だ。この程度の攻撃でも、他の部位ならば余裕で貫通する。

そして、装甲の下のシャシー・フレームに張られた人工筋肉を破壊されるということは、即ちSAの搭乗員にとって“死”を意味していた。

機体の自走が不可能になり擱座をすれば、モンド映画の首狩り族同然と聞く〈結社〉の狂信的な戦闘員によって、とどめを刺されるのを待つだけになるからである。




「ぬぅ、ぐ…」




勉強をしたからこそ、兵士はこのSAという兵器を過度な信用はしていない。


この〈シミター〉がロールアウトした当初、機体全身のカウルとフレームと同様に、鉄ではなくアルミ系の軽合金によってこの“箱”は構成されていた訳だ。製造に当たったメーカーの軍事兵器に対するノウハウの欠如が原因だったが、だが、しかし元々が土木重機の設計である。戦闘用の兵器としては余りにも防御性能が欠落していたが為に、〈Mk30・シミター〉の初陣となった《エンガノ海岸での戦い》に於いては散々な実戦証明となったらしい。


まあ結果、Mk30はMk42となり、アルミ製だった《箱》も複合装甲の塊に強化がされて、立派な重装甲スペシャルという訳だった。

今、兵士が乗っている〈45ー8141〉なんかも、六ヶ月前に〈Mk30〉の状態でキャンプに納品されてから一回も実戦を経ずに、そのまま改造がされて〈Mk42〉になった個体だ。



しかし兵士は、この“箱”の事を《蛹の皮》と呼んでいた。何故かって?




「踏まれれば潰れる、って…きゃ!?」




まさにたった今、兵士の頭の上くらいの位置で大きな打撃音が響いた!

おそらく、〈フリッター〉の固定武装の最大火力、ボフォース四十ミリ機関砲の着弾…直撃を受けた音だろう。




「ひぃ」




四十ミリのAPDS(高速徹甲弾)に対してなら、まだギリギリ抗甚する!

だが、それも一回限りの事までだ。

もし(奇跡的に)同じ箇所にもう一回当たったなら、間違いなく貫通して…




「02!」


《オバサンの悲鳴なんさ聞きたくないですよ、隊長!!》




その言い様はないだろう、とか、少しむっ、とした、とか、やっぱりもうちょっと言い様が、だなんて、…まあともかく、


女神様は好きだが、兵士は無信教だ。別に今の時代では珍しくもない。

だが死ぬときはふわふわでふかふかの白いベッドの上で死にたかったし、あの世に行くなら天国に行きたかった。普通でしょ?

ブッダイズムで言うところの善行は積んできたつもりだったが、しかし計算違いというのがあったかもしれない。第一……まだ死ねない! 私も、敵を討つまでは!





《バカヤロー!》




同じ災難に逢っていた女がもう一人いた。

口では悪態を吐きつつも、しかし03は冷静だ。


目を動かし、機体のモニターに表示されている各数値を、まず確認する。

そして標的である〈フリッター〉との距離、その位置を確認。同時に〈シミター03〉の機体を“停車”。…《シミター03》は静止したのだ。



《03!》



驚いた。同時に02は03の正気を疑った。敵の目前で立ち止まったのだから!

そして停止した〈シミター03〉へ、すぐさま相手からねらい打つような弾丸が飛んできたが、花火大会のような曳光弾の雨の中でも、03は動じなかった。


はっきりとした、意志があった。

この挙動は、機体を安定させて、機体右腕の“最終兵器”の命中率を高める為に必要な動作なのだ。

余りにも、リスクが高い武装だった。迂闊に使えば、逆に自分が撃破される恐れもある。…だから、それを戦車乗りの基本技能の一つでクリアーさせる。


詰まるところ、隙を見せた分だけ、相手を必殺出来る。

Mk42の持つこの“主砲”に対する自信と、経験則に基づいた確信があった。だからどんなに飛んできた弾雨に機体を掠められようとも、または現実に被弾をしたとしても、実際、まさに今、装甲に穴が開いていっているとしても、それを中断する事はしなかった。




《見てな》




ガンスティックを操作して、レティクルを動かす。

〈シミター03〉のコクピット、モニター上の赤色の十字が、映像上の〈フリッター〉のシルエットに重ねられた。

この際、横方向の移動には〈シミター〉の胴体旋回部を使い、縦方向の移動は右動作肢付け根の回転で対処した。

他の関節は固定を掛けている。戦車と勝手が違うのはやはり慣れないが…

ともかくこれで、〈シミター03〉の機械としての余計な動き…ノイズは最小限に留められた筈だ。


そして…




《ファイア》





ーー閃光が迸った。


一際甲高い轟音、打ち付けられた教会の鐘のような、その残響が森の奥にまで吸い込まれていく。


〈シミター03〉の右マニュピレータに装備された、コッカリル・90ミリ速射砲が発砲された瞬間だ。消耗した戦車戦力の代わりに、残存国連軍が肝煎りでMk42から装備させた兵装だった。


その反動で〈シミター03〉は三歩、後ろに下がり、砲のマズルからは駐煙装置で留められていた白煙が吹き出される。人工筋肉の展張力が瞬間的に限界に達した事で、速射砲を握る右のマニュピレータはだらり、と力なく垂れ下がった。これが弱点だ。砲自体は速射砲なのに、SAでは連続しての発射が出来ないのだ。


密林は砲の発砲光によって真っ白に塗りつぶされて、しかし次の瞬間には夜に戻っていた。




静寂が、訪れた。敵も味方も、戦うことを忘れてSAは立ち止まっていた。ヒーロー・コミックのヒールに、ストップウォッチで時間を止められた気分だった。




だが、一つ変化していた事がある。





《…あ、》





02に対して射撃をしていた、そして03が狙いを定めた〈フリッター〉が、一撃で大破していた。



ぽっかりと、SAの右半分が消え失せていたのだ。よく見ると、だいぶ離れた地面へとSAの右動作肢だけが飛んでいく瞬間だった。



右半身が吹き飛んだ〈フリッター〉は、直後に破損したエンジンが炸裂!そして、大音響と共にバラバラに吹き飛んだ。




砲の威力は絶大だった。




敵SA部隊が、電流が走ったように硬直した。

その瞬間、一瞬だけども銃火は止んだのである。






《陸戦兵器ってのはこう使うんだよ、空戦じゃないんだ飛行機ヤロウ!》


《せ、戦車乗りは棺桶の中でオネンネしてやがれっ!!》


《…もう一度言ってみろ。味方でも撃ってやる!!!》



「みんな、洒落にならんのはやめてくれ!」




言葉とは裏腹に、女達は喜んでいた。



互いには分からないが、皆、顔が笑っている。宝物を見つけた悪童の気分とも言おうか…



自分達がこうして集まれたのを、幸運だとも、それぞれが静かに噛みしめてもいたのだ。





「ーー突撃!」





満を持して、兵士…01は叫んでいた。


同時に、フット・ペダルと機体の操縦桿を一気に踏み込ませる。…コクピットが揺れた。前進を再開した〈シミター01〉の歩行は次の瞬間には突進に代わり、それは隊列両翼の02、03も同様だ。


三匹の〈子鬼〉は獲物に食らいつく為に…ー小隊は強襲を開始したのだ。




「《うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!》」




今度は01も03も機関砲とバルカンの斉射を放っていた。

林の木々を掻き切って、三機分の、蛍光オレンジの色に輝く曳光弾の航跡が、無数に、猛烈に〈フリッター〉隊へと浴びせられていく!



これに相手達はたじろいだ。

目に見えて動きが鈍り、休む間もなく、自機を掠めたり装甲で弾けたりする弾雨に、打ち返す事も忘れたのか、あたふたするようにその場で慌てた。

この距離であれば有効射になれたから、撃つ甲斐もある。現に、機関砲弾が全身にまんべんなく命中した〈フリッター〉の一機は、その動作がぎこちなくなったのが確認できた。人工筋肉が損傷・破断したのだ。



既に、我彼の距離は三百メートルにまで迫っていた。

互いに、はっきりと目で見る事が出来る。苛烈な銃弾の応射によって、密林には派手な花火大会の臭いが充満している事だろう…



そして今、〈シミター〉各機の時速は六五キロを突破した。機体の構造限界が出せる最高速度だった。






《おおっと!》





負けじと、〈フリッター〉隊も応射を仕掛けてきた。

突然、滝のような弾雨が02に降りかかった! ーータイミングと目標標的を協調しての斉射、統制射撃だ。一機だけ動きが鋭敏で高速な02を、これから開始される肉薄戦での優先脅威と判断しての行動だった。


だが、それが当たる事はついに無かった。

たった一週間で基本の操縦を覚えたとは思えないような腕前だった。機体の動作モードを自在に切り替えをして、前進の加速度にランダムに変化を付ける。単純なようで、遊びではなく効果的なマニューバとするにはセンスを要する。

そしてその最低限の動きも的確に直撃弾を避ける物だったから、〈シミター02〉には弾丸が掠める事も無かったのだ。



そして次の瞬間、特に執心して02をねらい打っていた〈フリッター〉の一機が火だるまに変わった。


03が、再びコッカリル砲で射撃をした瞬間だ。的確な援護だった。




《ヒャァ、たまんねぇぜ!》




その03へ、再び火線の矛先が変わろうとした。

しかしその間に割ってはいる様に、〈シミター02〉が躍り出た!





《イヤッホーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!》





跳躍した02も、よく見ればコッカリル砲を両手のマニュピレータで構えていた。何をするのか…




《バキューン!》




撃った!

反動で、着地していたシミターの左脚部を軸に〈シミター02〉は横方向に一回転をした。この砲撃が命中する事は無かったが、しかし〈フリッター〉隊は目に見えて動揺をした。


もう一度撃った。また回転をした。まるでスコープドッグのターンピックだ。強力な反動のせいで、マニュピレータの保持能力は限界だ! 照準なんて、出来るはずも無い状態だった。それを02は、砲の発射時に〈シミター〉の機体自体を反動の逆ベクトルにねじ込む事で乱暴な解決をしていたのを03は目撃した。

最後にひらり、と機体が舞って着地した時、一時的に筋力を喪失したその両腕は慣性のまま、ターンを決めたバレリーナの様に捩れていた。


この攻撃も、当然、直撃弾にはならなかった。


だがこの時の一撃は、大きな意味をこの小隊にもたらした。

こちらに向かい、斉射を続けていた三機の〈フリッター〉の間に着弾したのだ。

大爆発によって、このSA達は失敗したテーブルクロス引きの様にひっくり返され、派手に転倒をした!




そして、向こうからの機関砲火が途切れた。02と03は、もう、どうやって相手達を虐め抜いてやるかを思案している筈だ。




この時、対峙距離は100を切っていた。





いよいよ、スタンディング・アーマーがその真価を発揮する瞬間がやってきた。




即ち、白兵戦…“殴り合い”の開始である。





「各自、距離七十で自由戦闘に移る。生本番の始まりだ!」



《応っ》《了解》




この任務での、最後の指示である。

01はそう決めていた。艇長時代以来久しぶりの感動だった。見込みに間違いは無かった…この最高にイカしたヤツラならば、これ以上何の言いようがあろうか!





《やーってやるぜグレイ野郎!》





02は挑戦を挑む少女だ。

こうして軽口を叩くのも、内心のプレッシャーとストレスを効率よく戦意に変える為のテクニックだ。


あの日以来の久しぶりの実戦。〈結社〉を討つチャンスが意外と早く巡ってきたこの事に、自分が焦っているのも百も承知だ。だが、この気分は心地良いものでもあった。仲間たちと共に戦場の空を駆け抜ける…あの感覚だ。


背中を預けられる戦友というのも、そう出会える物ではない。

己の実力で、応えたかった。







(…さぁ、地獄に送られる覚悟は良いか)







03は、表情が深い女だ。身のこなし方というのを知っていて、どんな感情をどんな時に出せばいいのかもちゃんと分かっている。

だから、一見ふつうな様に見えても、その心の底は煉獄のマグマよりも煮えたぎっている。それは、何もかもを灰に変えられる温度だった。



まず、手始めだ。今死ぬことは、出来ない。だから、この兵士達の“仲間”になった。


だから何の感慨も得ることは無い。

しかし、振動するコクピットの中の、“箱”のチューブフレームに吊り下げたアルミのドッグタグが、全周視界を得るためにモニターから離さない己の目の隅で、画面からの光によって鈍色に輝いた気がした。半ば焼け溶けていて、金属構造が劣化した事で光を返さないメルト・グレーの色に変色してしまっている筈のそれが。

……03は、一瞬、己が涙を滲ませたというそれに気付く事はなかった。



不意に、ノイズが入る。



さっき、不本意にも自分の素を晒してしまった程に、自分の感情を揺さぶってくる02という子供にも…どちらかというと良い感情は持っていない。うるさい奴というのも、第一印象だった。







ただ、長い付き合いになるとは思った。










《そうれきたー!》






02は、もっと早く、もっと高く…を実行していた。

距離60。一足早く敵との直接戦闘を開始している。

今はジグザグに機体を滑らせ、飛んでくる弾火は己の四歩前へと置いていき、掠めもしない自分の発砲では、しかし的確に敵部隊の機動を奪って…そんな派手なアピールで相手達を混乱に陥れていた。


02のせいで身動きの取れなくなった、残る〈フリッター〉達は02を三度ねらい打とうとしている。しかしその機関砲火はやはり02に当たる事は無かったし、全員で同じ標的をねらっている様で、実際には各自がバラバラの判断や焦りの感情で撃っていて、横の連携や冷静さは失われていた。

ーー敵部隊の統制が、崩壊したのだ。

これにより、小隊の突入は成功せんとしていた。


戦闘機乗りだった自負は心の中に残してある。空戦では、如何に己の得意マニューバへ相手を誘い込めるかがデッド・オア・アライブの分水嶺だった。それを忘れなければ、こんな事は別に奇跡じゃない……そしてかつての愛機のように自在に動いてくれる〈シミター02〉を、02はいつしか相棒の様に愛してもいた。


だが、向こうも何もしない訳にはいかない。迎撃のために走って接近した〈フリッター〉の一体に対して、〈シミター02〉は斜め方向へとダッシュをする。相手からの、自分を追ってくる銃火のその射線軸をさらに置いてけぼりにしながら、一気に肉薄を仕掛けたのだ!





《ケツの穴がまるみえだぜ!》





02は速かった。

自分を追いかけてくる火線も、一歩遅い。

だから、横方向に回り込んだ02に対し〈フリッター〉が転回して向き直ろうとしたまさにその時にその背後を取った〈シミター02〉は、高出力エンジンの排気グリルなどの脆弱部が集中してさらけ出された無防備な相手の背中へと、バルカンと機関砲の集中射撃を浴びせた!




《そらぁ!!》




砲口から、炎が吹く。そして放たれた光の雨が、〈フリッター〉の背部で燃えて輝いた。

猛烈な弾雨の直撃により、五発に一発の割合で弾薬に混ぜられていた焼夷榴弾が着弾時に発する鮮やかな火炎光で〈フリッター〉の機影は逆光に塗りつぶされた。

そして次の瞬間、耐えきれなかった装甲グリルを貫通して被弾したガスタービンエンジンの水素燃料が炸裂! 大爆発によって〈フリッター〉は撃破され、四散したのである。




《おおーっと!?》




しかし、スコアマークの記入を新しい愛機に初めて出来る事に喜ぶ隙は失われた。

たった今、〈シミター02〉の後方から飛来した機関砲弾の火線が偶然、背中の盾になってくれた密林の樹木の幹を食い破り、それは真っ二つに粉砕され、折れた。


だが不幸にも、倒れてきた木の上半分が影になった事によって〈シミター02〉のセンサー視界が完全に遮られる瞬間があった。


だから、その残骸が倒れきった次の瞬間、背後へと向き直った02の正面コクピット・モニターに、格闘戦用アサルト・ナイフを右手に展開した〈フリッター〉の一機が大写しで迫っていた事に彼女は戦慄した。



機体のマニュピレータは、まだ筋力が戻っていなかった。つまり、格闘での対処が出来ない。



シミターの装甲ごと両断された己の肉体を幻視して、02は目を瞑り掛け…




《あっ!?》




だが、02はさらに驚く事になる。


なぜなら次の刹那は、斬りかかってきた〈フリッター〉の横っ面に、突如、横殴りの機関砲火が浴びせられた瞬間だった。


攻撃の威力に〈フリッター〉は仰け反り、逃げるように一歩、退がった。


02が、背部視界の映像をサブ・モニターに映して確認をする。すると、そこには二機の〈シミター〉…シミター01とシミター03が、連携して高精度な停車射撃を始めてくれた事実が確認できる。



立ち止まった01と03には、熾烈な弾火が降り注いでいた。だが躊躇することなく、アシストをしてくれたのだ。



ーー隊長達からの援護だ。かたじけない!




《サンキュ!》




02は目前の〈フリッター〉から距離を取り、再び、苛烈なドッグ・ファイトを開始した。









「ありがとう、03。さあ、私たちも行こうか」



《ラジャ、サー》




形式通りの返答を隊長である01に返し、安堵した時の癖である左手首の小指の関節を鳴らした03も、これから近接戦闘に移る覚悟を固めていた。


距離40。

戦車戦ではあまり経験したことの無い距離だ。だからこそあの時の恐怖が蘇る。ーー直掩についてくれている01の機影位置を常に確かめながら、共に弾幕を展開しながら03はふと思う。


こんな距離で砲撃戦を撃ち合った事も無くはないが、その時は、前線指揮官の誤判断で敵戦車部隊と異常に接近してしまった“ミス”だった。

SAに乗り込んでからの戦歴も、肉薄戦を体験した事は今日まで無かった。

あの日と同じの、すぐ間近に見える敵SAのシルエット……だが03は、戦意は萎えてはいなかった。




《ッ!》




決めた。一気に突っ込んでやる。

戦車乗りだった頃は、己に割り当てられた車両の能力と特徴を理解して、それが最大に有効になる様に操ってきた。それで部下を生き残らせてきたのだ。

ならば今はどうだ。今の己はSA乗りの筈だ。



SA程度では搭載機関砲の発砲時反動だけで、その機動力が何割にも低下がする。だから射撃をやめた。同時にスロットルを一段階上げる。最大速度。高速で突入する為だ。



スタンディング・アーマーの最大の特性を、これから実践してやる。




《…ー行くぞ!》




ーー左右の操縦桿を捩り、フットペダルは踏み込んだまま。

突進する機体を、己を立ちはだかる様に移動してきた〈フリッター〉の一機との直撃接触コースへと向ける。


走行を続ければ、このままSA同士が衝突をしてしまう、という意味だ。

だが、躊躇う事は無い。右の操縦桿をガンスティックのモードへ変更し、モニター画面上に白色のスクエアで表示された機関砲の射線を、その敵影に被せた。


戻していたバルカンとマウザーのセーフティをカットして、トリガーを引く。

スクエアが赤色になる。同時の発射音の猛烈な轟音が、機体のフレームと装甲越しに03の耳を重低音につんざいた。


モニター画面では〈シミター〉の頭部カメラの直下と右横から、機関砲火の航跡が光線の様に延びていくのが分かる。その銃火が一点で交差する焦点の先に、〈フリッター〉の上半身があった。バシバシとなっていく命中の瞬間、敵SAの上半身が電球になった様に光って、火花が迸っていた!


突進を続けた〈シミター03〉を、03はさらに踏み込ませた。

そしてその時、ガンスティックから操縦桿のモードへと再び切り替えをして、マニュピレータを直接操作のスレイブ・モードにーーシミターの腕を突き出す様に繰り出していた。

そのマニュピレータのアームは何かを掴むように開いている。それが意味する事に気付いて、〈フリッター〉も身構え、誘うように両腕を前へ構えた。そして……




《ぉお!》




接触の瞬間、二機のSAはがっし、と組み合っていた!



取っ組み合いの開始だった。

衝突時の全衝撃が掛けられたSAの両腕が、バネのように伸縮した。それから半歩分の間合いを取って、つかみ合う互いのマニュピレータが鈍い音を立てて軋む。そうしながら機体の脚部には全力のパワーが投入されて、双方は踏ん張った脚で地面に轍を轢いて…押し込み合う!


二機が張り合う事で、互いにそれ以上の機先をさせないつもりだった。


今、動きがあった。

一旦手を離し、次の瞬間に〈シミター03〉の右腕部コッカリル砲を掴んだ相手のマニュピレータのパワーが高められ、肉厚の薄い速射砲のバレルがメリメリと潰れて、割れた。マウントが可動した三十五ミリマウザーの射線軸は、絶妙に相手のコクピットから離されている。03は舌打ちをした。これではオダブツができないじゃないか…ー



一瞬、互いが離れ合った。同時だった。

そしてもう一度組み合った時には、SAの胸部が擦れ合うほどに肉薄をしていた。


それが、ゆっくりと離れる。〈フリッター〉の方が腕動作肢を伸ばしきり、肩部関節を前へと回転させた事で無理矢理に空間を空けたのだ。その意図は…



《くっ》



〈フリッター〉の胸部マウントに装備された四十ミリボフォース機関砲が、その銃口を〈シミター03〉のコクピットへと向ける瞬間だった。

至近距離の発砲ならば、シミターの装甲で最大厚を誇る“箱”であっても、まず貫通する威力のそれが、ゼロ距離で突きつけられようとしていた。


二機の後方で輝いた爆発の閃光に、まるで嗤うかのように〈フリッター〉のグレーの装甲が明滅した。勝負はあった、と勝ち誇っている様に見えた。


この事実を理解した時、03には力が漲ってきた気がした。心の松明に油脂が挿されたのだ。生命力がメラメラと燃え上がり始めた。

今まで死に損なってきた自分を、目前の相手は明確に殺そうというのだから!


だったら、それをねじ伏せてやる。





《うおぉ!!!!》





フットペダルを離した。そして操縦桿を同時に引く。


〈シミター03〉のパワーモードを、一気に三段階下げた。

急に力が虚弱になった相手に、〈フリッター〉は有り余る力を止める事が出来ず、半ば押し倒す形となる。


その瞬間、発砲音が響いた!

ボフォース砲の発射だった。だが、それは狙うべき相手を射止める事を叶わなかった。押し倒した衝撃で、マウントに吊り下げられた機関砲の銃身が上方へと振り上がっていたからだ。〈シミター03〉のコクピット装甲を掠めたそれは、夜空の高くへと光の航跡を撃ちだしていった。


咄嗟の事に、〈フリッター〉のパイロットは混乱していた。

トリガーを引いたのにも、迷いは無かった筈だった。先ほどの瞬間にとどめを刺すつもりでいたから、まさか避けられるとは思いもしなかったのである。


それを見逃す03では無い。


コクピットの床を破かんばかりにフットペダルを踏み込み、操縦桿を前に倒す。

もう一度パワーを最大にして、タックルの様に機体をぶつけてやる!

相手の両腕もホールドして、万歳の形で持ち上げてやり、動きを封じた。

そしてお返しだ。

ガンスティックのモードにするまでも無く、トリガーを引くだけ。

〈シミター03〉は、〈フリッター〉の胸部周辺にバルカンの掃射を浴びせたのだ!


再び、派手な火花が飛び散った。解体工場の溶断機の様に…

〈フリッター〉の頭部カメラも、その下のボフォース機関砲も破壊された。インプットもアウトプットも失われたのだから、もう、射撃攻撃を仕掛けることは出来ない。

だが、コクピットハッチは健在だった。

一秒に百発の速度で殺到した弾丸に引っかかれた事でペンキが禿げて、チタン系の黒がかった金属色にその地金が露出していた。〈シミター〉よりかなり装甲が厚い〈フリッター〉のコクピット装甲は、至近距離の二十ミリバルカンでも貫通出来ない程なのだ!


そして、下がるにも下がれなくなった相手は、再び前へと馬力を強めた。

ーーまだ戦うつもりであった。



こうして取っ組み合いは続くか、と思われた。


だが、限界だった。

SAの機体の、全身の人工筋肉が限界に達していたのだ。

互いのパイロットは、過負荷による急速な劣化によって破断までもを始めた人工筋肉の、どんどん機体関節部が赤色に埋め尽くされていくコクピット内のコンディション・パネルに顔を青くした事だろう。


だから、次の瞬間もまもなくであった。

展張しきった二機の人工筋肉がギシギシと悲鳴を上げる音が聞こえ始めたたその時、〈フリッター〉が動いた。

度重なる03の銃撃で上半身の人工筋肉が全滅していたのが原因である。

先に、最後に〈シミター〉に力負けしてその体勢が崩れかけた所を、すかさず後ろに下がるチャンスとしたのだ。

そして一歩距離を取り、再び前へと転進して、右マニュピレータの格闘戦用コンバット・ブレードを展開! アサルト・ナイフの形状をしたそれによって、残された力で、今、〈シミター03〉へ最後の攻撃を仕掛けようとした。




《ハッ》




だが、03は自分でも驚くほど、寒い笑いでそれに返した。

今の自分ならば、目の前のコイツに勝てる確信があったのだ。


瞬間、フットペダルを左右で踏み換える。

横へ、〈シミター03〉にサイドステップを踏ませた。するとコクピットに強固に保持された03の体が、突き飛ばされる様な横方向への加速で圧迫がされる!

予想以上の体感に、まるで戦車で急ブレーキを踏んだ時のようだと03は思った。その直後、〈シミター〉が存在していた空間を相手のナイフの切っ先が掠めていった。〈フリッター〉からの反撃だった。だが、もう遅い。


激昂したように〈フリッター〉が迫る。連続してナイフを繰り出してきた!

二歩、三歩とステップを踏ませる。…ー全部かわせた。


四歩目で〈フリッター〉からの攻撃が追いつきそうになる。だが、しかし03はそこで〈シミター03〉を急停車、同時の瞬間に機体の左腕部を振り上げて、各機、隊長との任務前での打ち合わせで一発ずつ残しておいた最後のマルチアロー……それを発射した!





DOGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOMMMMMMM!!!





発射されて一秒も経たない瞬間に、命中したマルチアロー・ミサイルは炸裂していた。


強烈な爆風に揺さぶられる〈シミター03〉のコクピットの中で、03はガンホー! と叫んでいたが、しかし装甲越しの爆音によって遮られた。


SAの防御力では、このクラスのミサイルの命中に耐えられない。

直撃を受けた〈フリッター〉は、下半身を残したまま、その上半身が木っ端微塵に吹き飛んでいた…




《…ふぅ》




今回の作戦は、このマルチアローを兵站部から無事に廻して貰えるかどうかが成否の鍵だった。



四十年前に勃発した地球本星での地域紛争でこのミサイルは実践証明を果たした訳だが、型落ちとなって〈合衆国軍〉から退役し、半ば姥捨て山的にアルドアースへと持ち込まれた今となってでも、その性能は確かな物だった。



ただ一つ、問題なのは、このミサイルが現在では貴重品になってしまっている、という事だ。

現状でも、この惑星・アルドアースに残存する国連軍総軍の保有在庫のみだし、星間条約によってアルドアースへの大型兵器の工場の建設は(表向きは)禁止されていたから、まだ工場が生きている民生品のスタンディング・ユンボに装甲を着せて武装化すればでっち上げられるスタンディング・アーマー以外の兵器は、現時点では一切製造が出来ない、つまり新規の生産も見込めない。


何より、この惑星一帯の制宙権を〈結社〉に握られている以上、地球本星からの援軍と補給は絶望的なのである。

現に、何度だって輸送艦や難民船が沈められているのだ…





後継の入らないミサイルと、奇形進化したガラパゴス兵器。

これがこのアルドアースの戦場の主役である事に、今は異議はない。





炎を前に立ち尽くす〈シミター03〉の車内で、03はようやく、己が笑顔になれる気がした。










「03、無事か!?」



《01へ、速射砲以外の火器系統は生きてます。自分はまだ戦え…》



「機体コンディションはこちらでも確認できてる。諦めろ。自機の生残を第一にしつつ、…やれる範囲で03は02の援護に回ってやれ。了解は?」



《しかし、》



「三機も破壊したんだからこれ以上逸ることは無い、って意味だよ。ボルドーの十二年モノ。キャンプに戻ったら良いワインを振る舞ってやるから」



《…、》




ワイン、という言葉に引っかかったのかどうかは分からないが、ともかく03はラジャー、と一言返して02の戦う方面へと機体を自走させた。


それに苦笑の笑みを浮かべつつ、01は03の敢闘に心からの敬意を表した。



しかしまぁ、先ほどの戦闘の一部始終には心底ヒヤヒヤした。

いつでも間に割ってはいる準備はしていたとはいえ、しかし中々そのタイミングが見つけられない。機関砲で援護射撃をしようか、とも思っていたが、03と相手が余りにも肉薄していて、味方を撃破する羽目にもなりかねなかったのだから…


だから01は、残る敵機と停車状態で撃ち合いを繰り広げていた。これ以上、03へと向かわない様に。それは、この今の瞬間にも継続されている。だから、03は渋ったのだ。最初は一機のみでの後退を命令しようとして、それでは納得がいかないだろうから02との協調戦闘を指示したのだって…もしかすると見抜かれていたかもしれない。



残る敵機は、あと三機。02がやりあっているのが一機で、他の二機は01の正面にいる。

一対二、という状況で問題が無いのは、ある理由があるからで…




「おおっと!」




一瞬、狙いが正確に飛んできた機関砲弾の火線を〈シミター01〉をスキップさせる事でなんとか避けさせる。直撃は免れたものの、これまでの銃撃戦によって既に穴だらけのジャンクになりかけていた右肩部の装甲が、とうとう外れて落ちた。

するとコンディションパネル上の右肩関節が、異常・不具合を示すイエローの色に点灯していた。装甲板の下の人工筋肉が被弾をした様だった。

どうも、うまく避けられていなかったらしい…これが完全な破壊・作動不可状態をしめすレッドでは無いのがせめてもの救いだろう。



だが、この火線は一機分の物だった。

そして紛れ当たりでもあったらしい。


距離五十。

一機の〈フリッター〉が、立ち塞ぐようにこちらへ停車射撃を放っている。どんなに反撃が浴びせられようとも、一歩も退かなかった。

しかしその火線はこちらへ直撃する様な“ロックオン”のされた物では無かったし、飛んできた弾丸は、ランダムに〈シミター01〉の足下やその周囲を、まるで動けなくしたいかの様に耕すだけであったのだ。


そしてその背後には、もう一機分の熱源がある事を乗機のサーモセンサーはアナウンスしていた。




「私も、ひとつ頂くか」




元気な方の〈フリッター〉と射撃戦を繰り広げていた01が、モニター画面越しに、その背後に隠れる様に潜む〈フリッター〉のもう一機に狙いを絞る。

先ほどの、射撃によって、人工筋肉が損傷した個体だ。

冒険も肝要だが、慎重に進めるのも嫌いじゃない。趣味のテトリスをやっている時でもそうなることは滅多にないのに、今、口元がにやけているのを01は自覚していた。

…01の意図に相手が気付いた瞬間、手負いの〈フリッター〉は怯える様に一歩退いた。




「フムン、」




あとは、思い切りの良さだけだ。



〈フリッター〉と〈シミター〉とは、ベースとなるスタンディング・ユンボが共通である為に、その大まかなシルエットは極めて類似している。〈結社〉の主力装甲戦力が自軍からの歯獲兵器である事と同時に、国連軍が手持ちの旧型画像識別ミサイルが使えない理由の一つだ。

だが、兵器としての完成度ならば、フリッターの方に軍配が上がるだろう。

外見も、雑然とした掘っ建て小屋のようなシミターに比べ、フリッターの方が外装がしっかりとした流線型で最新のステルス機の様であり、より洗練されていて、装甲も厚く、未来的だ。

性能面でも圧倒的である。航空機用の物を転用した水素燃料ガスタービン・エンジンによって、フリッターはシミターの二倍の発電出力を持っている。だから、比較して強力と言えるレベルの電子装備も充実していた。



しかし、この事実が〈シミター〉を決定的に不利にさせるか、というとそうでもなかった。



原型機から変更のされていない、つまり〈フリッター〉、〈シミター〉の共通部品でもある、SY,及びSAに用いられている基本駆動原理である酸素反応式人工筋肉の都合上、どんなに給電量・通電、荷電量が増えたからといって、人工筋肉の筋力が増える訳ではない。

むしろ過大なエネルギー・インプットは人工筋肉に使用されている導電伸展型プラスチックを劣化させる原因でもあり、つまる所、同じパワーでより多く装備品を積載していて、より重装甲なフリッターの方が、より軽量なシミターに対してパワー負けをしやすいのである。



〈シミター〉は、〈フリッター〉を撃破する事を目的に開発がされた。その特徴は武装面で顕著だ。



胸部マウントの二十ミリバルカンは、機関砲弾の掃射により敵SAを釘付けにし、その隙に接近戦へと持ち込む為の物だ。


胴体上面部右側の三十五ミリ・マウザー砲は、敵〈フリッター〉の、特に装甲の厚いコクピット周辺部等のバーティカル・エリア以外に対してならば、有効という結果が出ている。


そして〈シミター・Mk42〉からの携行武装…右腕部マニュピレータに装備する、コッカリル90ミリ速射砲によって、一応は〈フリッター〉を一撃で撃破可能な火力を得る事に成功していた。






つまり…



同じスタンディング・アーマーが相手であれば、十分に〈シミター〉は戦える。






「おうおうおうおう!」





思い切りよく、フットペダルを踏み込んだ!

快哉を上げながら01は、次の瞬間に〈シミター01〉を発進させたのだ。


距離は三十、もう、戦闘は終盤だ。


正面の〈フリッター〉から、迎撃の火線が上がる。もう一機の守られているフリッターも観念したのか射撃を開始して……そのボディに二本の白線がペンキで引かれている事を01は発見した。なんだ、恋人同士だから、とかじゃないんだ。どうも敵部隊の指揮官機だったから守られていたらしい…幻滅だった。



ともかくも、向かい風の様な強烈な砲火が〈シミター01〉を襲い、その弾丸が蜂の巣にするように機体に浴びせられた瞬間だった!



だが、01は怯まない。

たじろぐ所か、機体をさらに加速をさせていた。

ゴンゴン、ドガン! というような激しいノック音が“箱”の向こうから聞こえてくる。

だが、相手達がとうの昔にボフォース機関砲を撃ち尽くしてそれが弾切れになっていた事は、国連軍の調査研究によって判明したフリッター搭載ボフォース砲の一秒間当たりの発射速度とその搭載弾薬量の数値を頭に叩き込んでいた01には分かることだった。そして、残された〈フリッター〉の副兵装である12.7ミリミニガンでは、たとえこの距離であっても〈シミターMk42〉のコクピット防殻には有効にはならない事だって、承知の事であった。




「うぐっ」




それであっても、頭が理解していても…こちらにめがけて飛来してくる無数の曳光弾の弾火、というものは生物の原理的な恐怖をかき立てられる物らしい。


だけどこんなの、敵宇宙艦からのファランクス弾幕を突破する宇宙突撃艇のクルーに比べれば楽勝でしかない!



01の胸には、かつての仲間達と共に燃やし、そして燃え尽きるまでに輝かせた宇宙軍魂がまだ残っていた。だから!




「さあ、」




距離二十、ええい弾幕が鬱陶しい。

だから一瞬、〈シミター01〉を急停車させた。すると、モニター画面上の白いスクエア…照準レティクルの揺動が止んで、ピタリ、と五月蝿い方の〈フリッター〉に合わせられた。


トリガーを引く。

マウザーとバルカン、その両方の機関砲弾が放たれる! 正確に、照準通りの光の破線が闇のキャンバスに描かれていく。バルカンのモーター音をBGMに、ドコン、ドコン、ドコンというマウザーの轟音が01の耳を耳鳴りさせる。若干だが、航跡は左右に揺れた。

しかしそれが命中していった事で、マニュピレータが片腕しかなくバランスを崩したやじろべえのように慌てふためいた〈フリッター〉の、その残っていた右腕を吹き飛ばした事で、黙らせた。


その隙に、機体を急発進させる。

フットペダルと操縦桿を踏み込んだ瞬間、前方向への加速によって01の肉体は加圧されて…歯ぎしりの間から呻き声が漏れた。高機動運動時の宇宙艇で、01が長年慣れ親しんだ感覚だった。


ともかく〈フリッター〉は追いかける事が出来ず、01は前衛の突破に成功したのだ。




「よし、」




距離十、標的の手負いの〈フリッター〉との相対対峙距離だ。

まるでスローモーションのように、〈指揮官機フリッター〉のシルエットが迫っていた。

最後の断末魔をミニガンのモーターを唸らせる事で相手は吼え上げた。だが、それも次の瞬間には弾切れしていた。




お仕舞いに、作戦計画と現実の実状態との答え合わせをしてみる。

予想通り、SA・フリッターのその背部には、SS−11bの、空になったランチャーを背負っている。

これが格闘戦ではデッドウェイトになる。その為、この重火力型フリッターとMk42シミターが格闘戦をした場合、4:6の割合でシミターが勝つとされていた。








「キェェェェェェェェイ!!!!!!!!!!!!!!」






01が、吼えた。最後に、歯を食いしばる。


ありったけのバルカンと機関砲を叩き込んだ。

この時、たった七メートル。

至近距離で掃射を浴びせられた〈フリッター〉は、揺さぶられたようにガタガタと震えて仰け反った! もう、上半身の関節部は破壊し尽くされている。パンチング・シートの様に、その装甲は穴だらけになっていたのだ。武装も破壊されて、撃ち返す事ももう出来ない…相手は、保持力を喪った左右の腕を、ぶらぶらと振って断末魔を上げていた。


同時にさらに加速させた自壊寸前のシミターを、残る脚部で後ろへ下がるのも虚しくこちらと鉢合わせする形となった目標の〈フリッター〉へ、



…ぶつけてやった!





「そうれどっかーんっと!」





金属の塊同士がぶつかり合う、けたたましい轟音が鳴り響いた!


シミターの安トタン同然の外装は、破けたり剥がれたり、潰れたりした。

対するフリッターだが、こちらは厚手の装甲である為に変形はしなかった。だが、そのダメージは深刻だった。機体背部のエンジン・インテークからは機関が衝撃による熱不良を起こしたらしく朦々とした黒煙が吹き出していたし、パイロットにもかなりのショック(物理)を与えたようである。

オートバランサーが働いている筈のSAが、踏みとどまる為の最後の一歩を踏み外して、〈フリッター〉は横に滑ったのだ。




「よぉぉっし、」




01命名、メンチ・アタック。これがもたらしたそこそこの成果に、01は満足の一言を漏らした。


もっとも、パイロットへのダメージならば01も同じだった。伝統と由来のある戦車兵用のヘッドギアを被っていたとはいえ、コクピットの天板に頭を強打したのだ! 今のつぶやきだって、目の端に涙をにじませながらの物だ。別に巨大ロボが嫌いでは無いし、むしろロマンを持っていた。前からやってみたかったとはいえ、痛かった……



ともかく、衝突した衝撃の反動によって、〈シミター01〉と相手の〈フリッター〉とは一瞬、離れた。そしてゆっくりと、〈フリッター〉の機体がさらに横に傾き始めた。


だが、01はこの程度の兵士では無い。


さらなるインパクトーー快感ーーを求めて、ふらり、と宙を舞った〈フリッター〉の右腕部を、仲良くお手手で握手するかのように、〈シミター01〉の左マニュピレータでガッチリと把握した。


そして、その握り絞めたシミターの左動作肢を、相手が崩れ落ちる向きとは逆の方向に振り払ってやる! …その勢いで、〈フリッター〉の機体を、まっすぐに直立させた。




「ふふふ、」




戦争が始まってからの、かれこれ十ヶ月分の鬱憤が01にはある。物語の主人公らしい重いバックグラウンドだってちゃんと持っていた。そのサンドバッグを、今ようやく見つける事が出来た。だから…





「…ーエルボー、ロケットぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





ちなみに、01はクラシック映画のファンだ。特に、旧世紀始めの前後などに上映された映画などを好んでいる。


それから、ロケット、という言葉もあながち嘘ではない。

何故なら、シミターに内蔵された人工筋肉による瞬発的な最高筋力は、化学燃料式ロケットモーターによる強力な噴射と同規模の推進力を左マニュピレータに与えていたのだから……




「破ぁ!」




どぐわごっしゃん、という音がとどめだった。

シミター01の、渾身のハード・ナックルがコクピットの装甲ハッチ部に命中し、それが大きくめり込んで、押しつぶされた中のパイロットがプレスハムになっただろう〈フリッター〉が、完全に沈黙したのだ。


繰り出されたシミターの左マニュピレータだが、前腕部装甲の一部が展開する事で作動するメリケン・サック型の保護具によって、一応保護がされていた。但し、しまいそびれたその小指と中指の部分は先端が取れてしまっていて、マニュピレータの形に跡が残る〈フリッター〉のコクピット・ハッチに突き立っていた。


意志を失い、慣性の原理に従ってゆっくりと崩れ落ちる速度を増した〈フリッター〉は、たった今転倒をした。ぴくりとも、動く事は無かった。




「エエーイ!」




仕上げだ。

後ろでの惨事に、ようやく元気だった方の〈フリッター〉がこちらへ転回したのだ。


だが、次の瞬間は無かった。

01がガンスティックを操作して、フットペダルを踏んでやる。

相対九メートルだった互いの距離は六メートルとなり、〈シミター01〉は右腕のコッカリル砲のマズルを相手のコクピット装甲に突きつけてやって、ーーゼロ距離で発砲した!





ーーCOOOOOOOOOOMMMMMMM!!!!!!!!!!!!!





大爆発する事は無かった。代わりにコクピットハッチを貫通した砲弾によって〈フリッター〉の背面部は大きく破けて、装甲やエンジンの残骸だとか、ぐちゃぐちゃに破砕された内部部品のもろもろだとか、或いは程良くグリルがされた搭乗者だった者の肉体のなれの果てなどがそこから噴出をした。倒れることも無く、ただ呆然と機体は立ち尽くしている。


02と03も、やってくれた。その事で、動いている〈フリッター〉はもう消滅していた。



つまり…戦いの終わりだった。




「…ふぅ」




タフなホット・ロッドだ。シミターはまた、駆動が可能だった。


無傷な箇所など一つとして無い。

密林の元の静寂が戻った戦場の、月光に照らされた事でそれがよく分かる。

無数に大小の穴が開いて焼鉄の色になまされた装甲板は、押し潰れていたり抉れていたり、或いは既に無くなっていたりもして、その外装は大きく崩壊している……有り体に言えば崩落したバラックのようでもある。



満身創痍に見える〈シミター01〉だが、搭乗者の01は最初からこの機体を使いつぶすつもりでいた。


卵の中身と卵の殻となら、中身の方に価値があるに決まってる、というのが兵士の持論である。



だが、フレームに関しては…まだ、可動状態にあった。

例えフレームのコンポーネントである強化軽合金製の骨格が耐久限度を越えて圧壊寸前で、それに張り巡らされた人工筋肉がズタズタに引き裂かれた状態であっても、コンディション・パネルの上ではイエローであった。

これは誤表示では無い。

植民惑星のゼロからの開拓という本来の使用目的の過酷な酷使に耐えうる事を目的として設計された元々の原型機のそれが、このけなげな相棒が、これからキャンプまでの道を帰っていけるだけの余力を01に保証してくれていたのだ。





「任務完了、かな?」





ヘッドギアを脱ぎ、エアコンの利いた機内でありながら汗と体温で蒸されていた髪をぐしゃぐしゃとかき分ける。アップにしていた自慢でもある黒のロングが解けて、画面からの光に艷色に濡れた。そして、大きく息をついた。



舌の上で、絶品だろうボルドーの味を思い浮かべて顔を綻ばせる。

酒の好みは昔は安いトリスとかであったが、残存国連軍の慢性的な物資欠乏によって寝付きの友にも事欠く今では、贅沢は言ってられない。

それと、こないだの戦闘で戦死したばかりの嫌な中隊長のコレクションの分配である事も、味の想像を芳味な物へとしていたのかもしれない…






ーーだから、左右と前面に配置がされているコクピットの展望モニターの片隅で、擱座していた筈の〈フリッター〉が再起動した瞬間に気付くのが遅れた。





「な」





に、と言い切る事も出来なかった。

起こし上げた機体の上半身を安定姿勢で固定した〈フリッター〉の、その背部に懸架されたSS−11bのランチャーの廃熱部位が一瞬で真っ白に加熱される瞬間が、〈シミター01〉の熱線画像視界のコクピットモニターに切り取られていた。




同時に、直接照準のレーザー照射反応がシミターのセンサーで検知された事を知らせるアラームが鳴った。そして続く、飛来感知警報、






ーーまだもう一発ミサイルがあった!?









うおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!








絶望的な撤退戦の最中にジャパンの教導隊が三日で書き上げたとのウワサの新しい方の訓練教本に載っていた対処法だったとは言え、咄嗟の機転だった。


飛んでくるSSー11bの未来予期弾道に対して、右腕部動作肢の論理秩序を緊急防御時用の被・飛来弾相対追従モードに切り替えて、そして、“ミサイルに当ててやった”!


それによって、繰り出された〈シミター01〉の右腕部に着弾したSS−11bはその場で炸裂…シミターの右腕は木っ端ミジンコに吹き飛んだが、コクピットのある胴体胸部モジュールへの直撃はどうにかした、という訳である。



但し、炸裂時の強力な爆風によって、兵士の乗る〈シミター01〉はもうガタガタだった。


下半身が可動しない。

爆風とミサイルの飛散片によってフレーム部の人工筋肉が完全に破壊され、関節部の非常時保持固定機能が働いた事による物だと01は酷く冷静に分析をしていた。



一タイミング遅れての衝撃に、01の身体が襲われる。

激しく揺さぶられる視界の中で、遮っていた爆炎が晴れるその向こうから、〈フリッター〉がアサルトナイフを展開して突進をしてくる瞬間が乗機のモニターに映し出されているのが理解出来た。

相対距離、十五メートル。




「FUCK!」




〈シミター01〉の胴体部旋回装置はまだ生きていた。だから、動かない下半身は諦めて上半身のみを可動させた。


距離十メートル。

コッカリル砲を浴びせようとして、照準した筈のレティクルが動かない事に一瞬混乱した。

そういえば、右腕は防御に使用したのであった。その事にハッ、となって、ガンスティックのセレクターを切り替える。


ならば、マウザー砲で…チクショウ、ガン・サイトが動かない! どうも機関砲のマウント部に、飛散した〈シミター〉の腕の残骸片が挟まったらしかった。




距離は六…五メートル、あと二歩の距離だった。




まだだ、まだ胸部バルカンがある!

しかし、相手の〈フリッター〉は動作肢を突き出してナイフを突き刺そうとしていた。一気に三メートル食い込まれた。02と03の絶叫が聞こえる。間に合わない。01は目を見開いていた。



その時、動かないはずの下半身が一歩、後ろへと下がった。

爆風に煽られた事によるものか、それでシミターのバランスが崩れた事かは分からなかったが……奇跡に違いなかった。



目の前にまで迫った〈フリッター〉のナイフが、ワンタイミング届くのが遅れた気がした。今だ!




「ーーうああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」




祈る気持ちでトリガーを引いていた。


当たった。



蜂の巣にした!



バルカンから発せられた、嵐のような弾雨…ー

装甲を貫通した二十ミリの小口径徹甲榴弾によって全身の人工筋肉を食い破られた事により、相手の〈フリッター〉はガタガタと振動しながら地面へと崩れ落ちる瞬間だった。



人工筋肉が破壊されたSAなど、文字通り、糸の切れた人形である。

もう、何もできないのだ。




「いっけぇ!」




叫んだ01。


右脚部太股ハードポイントから、スタンディング・アーマーサイズの巨大な“ナタ”…スーパー・ハチェットを抜刀。大規模土木工事用の高周波カッターを転用したこれに、切れない物質はそう無い。

電源をON。歯医者のリューターの様な甲高い作動音が響きわたる。〈フリッター〉のコクピット装甲へと照準を絞り、残った左腕で…






ーー振り下ろした!









厚いチタニウムが両断される音が森に響いた。













今度こそ、小隊の長かった一日は終わった。










     * * *







夜空には、二つの三日月が昇っている。




開放されたコクピット・ハッチの向こうに浮かぶその光景は、平和だった頃、このアルドアースに訪れた人間ならば誰しもが感動すると称えられていた通りに、壮大な気分を01にもたらしている。

彼女がさらけ出された密林の外気温も、夜であるために冷却がされていて、そして風が出ている事から…不快ではなかった。



戦闘服の、右のポケットから目当ての物を取り出す。

銀色のジッポー・ライターと煙草のケースだ。

だが、それをくわえる事はせず、利き手の上で弄び始めた。


乗艇が撃沈されて、一週間、虚空の宇宙をさまよった。

その時一緒に漂い続けた部下の、とうに死体になっていた彼の持っていた物がこれだった。…ー宇宙艦では持ち込みは禁止されているのに。使うことなく、それを彼女は、お守りの代わりとしている。




次に夜空へと顔を向けた時、その空が、まるで天の川の様に星で覆われ尽くされていた事に01は気付いた。

…ーいや、正確には星ではない。宇宙艦船、もしくは宇宙艇が撃沈されたことによる爆発光だった。

その瞬きが無数に、夜空の上を埋め尽くしていた。




嗚呼、汚い花火だ。




残存国連軍の保有する宇宙船の30%が、今回の作戦に投入されたと聞く。


〈結社〉は、処刑リストを発布している。百科事典十冊で足りない厚さの、


だから、焦燥と恐怖が特権階級だった彼らを駆り立てたのだ。しかし、それが残される者達を見捨てた事には変わりがない。そして、その結果がこれであるのならば……












…結局、今日の“反攻作戦”に於いて戦果を挙げたのは、無事に生き残れたのは…彼女らの小隊のみであったという。





















彼女らが去っていった後の密林には鉄と複合材のオブジェが残されていた。



機能を停止した〈シミター01〉だ。

コクピットのハッチは開放された状態で残されており、その中に、共に戦場を生き抜いた…主だった兵士の姿は無い。〈シミター02〉も〈シミター03〉も居なかった。彼女らは勝利者として帰って行き、皆で祝杯を上げて、飲んで騒いだ後に、そして寝て……それから、また新たな戦いに赴くのだろう。新しい〈シミター〉と共に。





雨が、その残骸を叩きはじめた。

熱帯であるパンゲア南西部では珍しくないスコールだった。

それは、ひとりだけ置いてけぼりにされた〈シミター01〉の涙のようでもあった。





他に残されたのは、敵だったモノ達の残骸だ。


撃破されたSAの死骸が、この場所で死んでいった者達の墓標でもあった。

年月を経ればやがて森の一部となり、腐ることのない複合素材の遺骸は、遠い未来にやがて訪れるだろう平和な時代で、新しい世代の人々に歴史を教える記念碑にもなるのかも知れない。







或いは、癒しの雨だったのだろう。





止むことのない雨は、いつまでも降り続いた。


火薬の匂いを洗い流す様に、血の色を落とす様に…ーー








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― 新着の感想 ―
[良い点] 「機甲見聞録」とは正反対の方向性ですが、絶望的な戦況なのに暗いというよりは「乾いた」感じがある戦場物ですね。 「太陽の牙」の裏側という感じですけど、ロボット兵器を使う意味がしっかり設定され…
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