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Third episode

最後の時間の最終話です。

「ケイト、知ってるか?」

ハッシュポテトを口に入れようとした瞬間、隣の席に座っていた男が声を掛けてきた。

「知ってるって何を?」

啓人は持っていたフォークを皿に戻すと、男を見て尋ね返した。

「噂だよ。巨大な隕石群が地球に向かって来てるって噂」

男は薄笑いを浮かべると、フォークでチキンソテーを一刺しして口に運んだ。

「隕石群?知らないな」

啓人は思い出したようにフォークを口に運んだ。

「グリーンベルトに知り合いがいてね。その話を聞いたんだ」

グリーンベルトにはゴダード宇宙飛行センターがあり、衛星の管制を行っている。

「まだ未確認らしいんだが、地球に直撃する可能性もあるらしいぜ」

啓人はコップの水を飲み干した。

「お前の話は当てにならんからな。有名だぜ。「ジョナの話は信じるな」ってな」

そう言って立ち上がると、トレイを持って席を離れた。

「何だよ。ったく」

男はつまらなそうにサラダを突付いた。


藤堂啓人はNASAの宇宙飛行局に属し、宇宙飛行士としての訓練の傍ら、無人調査船のコントロールを学んでいた。

冷戦に幕が降りたのと同時に宇宙開発への必要性が軽視されるようになり、大規模な有人飛行計画も過去のものとなった。

それに伴い、カッシーニやユリシーズのように、無人探査機での惑星調査にシフトされていた。

啓人は無人船に搭載した探査機を、地球上からコントロールする為の訓練を受けていた。

「人類が宇宙を泳ぐ時代は終わったな」

同僚のルイスの口癖だ。

「宇宙ステーションに行けば泳げるさ」

ケイトはモニターに映る岩だらけの景色に集中して、レバーを慎重に倒した。

隣の部屋では月の映像を元に再現した荒野を、銀色に輝く六本の足を持った無人探査機が、ゆっくりと目標地点を目指して進んでいた。

「完成した頃には俺達はお払い箱さ」

ルイスは別のモニターで隣室の様子を(うかが)いながら、ガムを口に放り込んだ。

訓練が終わり、トレーニングルームに移動してランニングマシンに乗った。

「おもちゃの操縦はどうだい?」

隣で走っていたトニーが声を掛けてきた。

「クリスマスには新しいのを買って欲しい所だね」

啓人は笑いながら答えると、動き出したベルトに合わせて走り出した。

「ママは金欠だからなぁ。金は宇宙科学局が全部持って行っちまう」

「トニーはおねだりしたのかい?」

「同じプログラムを三ヶ月も繰り返し訓練させられてるんだぜ?目をつぶってもできちまうよ」

トニーはスピードを上げて、最後のスパートをかけた。

そこにルイスがやってきた。

「シャトルの操縦なんて、訓練するだけ無駄なんじゃないか」

そう言って大笑いした。

トニーはランニングマシンから降りると、レストランのウェイターのように右手を広げ、ルイスに譲った。

「これはこれは、偉大なる宇宙飛行士様、ランニングマシンをご利用ですか?」

「うるせぇ」

ルイスは憮然とした表情でランニングマシンに乗った。

三人の中で、最初に宇宙飛行のチャンスを得たのはルイスだった。

しかし、飛び立つ二週間前に体調を崩し、結局宇宙に行く事はかなわなかった経験がある。

トニーは首に掛けたタオルで汗を拭きながら言った。

「船外作業の訓練の方がよっぽど無駄に見えるがね」

その言葉にルイスが反応し、ギロリとトニーを(にら)み付けた。

「二人とも、それぐらいにしておけよ」

啓人はランニングマシンを降りた。

ウェイトリフトの重さを調整していると、トニーが側にやってきた。

「ジョナの話、聞いたか?」

啓人は食堂での事を思い出した。

「ホラ話の事か?」

するとトニーは声をひそめるようにして呟いた。

「上の連中に引っ張られたらしいぞ」

啓人は驚いてトニーを見た。

「恐らくは事情聴取の為だろうが、ケイトも話を聞いてるだろうから、一応教えておいた方が良いと思ってな」

トニーはそれだけ言うと、シャワールームに消えていった。


翌日、啓人は上官に呼び出され、別室に連れて行かれた。

そこには知らない男が三人座っていた。

「ケイト・トウドウだな?座りたまえ」

中央の男が着席を促した。

「君はジョナサン・グースと同じチームだったな?」

「はい」

「彼から何か聞いていると思うが?」

啓人は隕石群の話を聞いた事を答えた。

「これから話す事は、一切外部に漏らさぬように」

中央の男はテーブルの上で手を組み、厳しい目つきで啓人を見た。

「現在、我々は特別な任務を受けている」

右に座った男が話し始めた。

「コードネームはヤハウェ作戦。地球の存亡をかけた作戦だ」

男はヤハウェ作戦の概要を語った。

ジョナの言う通り、隕石群が地球に向かってきていて、四週間後に最接近するという事だった。

そして、衝突の確立が高い事。

その場合、南米大陸が消えてなくなり、太平洋の海水が全て蒸発する。

翌日には地球全体を衝撃波が襲い、そして地球は死の大地と化す事。

それらを未然に防ぐ為の隕石破壊作戦がヤハウェ作戦だった。

「この事は、アメリカだけではなく、全世界の問題だ。無論各国も既に知っている」

啓人は冷静になって考えた。

「そのような機密を何故私に?」

ジョナの話の口封じであれば、そこまで詳細を話す必要はないはずだ。

中央の男が再び口を開いた。

「君が聞いてしまったのは確かに予想外の事だ。しかし、今となっては好都合…と言うべき事かな」

厳しい目を啓人に向けたまま続けた。

「君にはヤハウェ作戦に参加してもらう。明朝、速やかにヒューストンに向かうように」

啓人は驚きの表情を隠せなかった。

「ヒューストン…ですか?」

「ジョンソン宇宙センターで作戦の詳細を説明する。明朝八時に迎えを出す。それまでに出発の準備を行うように」

右の男が事務的な口調で告げた。

啓人が呆然としていると、中央の男が厳しい声で告げた。

「この事は国家機密である。君に拒否する権限はない。また、外部の者に漏らした場合、相応の措置が下る事を忘れるな」

そして、冷ややかな笑みを浮かべた。

「君にも妻や子供がいるのだろう?健闘を祈る。以上だ」

脇に立っていた兵士に促されるまま部屋を後にした。

長い廊下で一人立ち尽くし、事態を飲み込もうと懸命に考えたが、浮かんでくるのは男の冷ややかな笑みだけだった。


「パパ、おかえり」

リビングでテレビゲームをしていたミックは、啓人の姿を見て走り寄った。

「あら、どうしたの?」

ソファーで雑誌を読んでいた妻のミカエラは、夫の姿に驚いた。

「帰りは来週だったでしょ?」

「ちょっと、急な出張が入ってね」

啓人はソファーに腰を下ろすとネクタイを緩めた。

ミックは父と遊ぼうとまとわりついたが、啓人は急な出来事で頭が一杯になっていて、息子の願いを察してやる余裕がなかった。

「パパは疲れてるんだから、キャッチボールはまた今度ね」

ミカエラがそう言うと、ミックはつまらなそうにゲームの続きを始めた。

「何かあったの?」

思わず隕石の事を言いそうになったが、何とか踏み止まった。

「明日八時に迎えが来る。今度はしばらく帰って来れないかもしれないんだ」

夫の態度をいぶかしがったが、それ以上は何も聞かなかった。

翌日、八時ジャストに迎えの車が来て、空港まで連れて行かれた。

「大変な事になりそうだな」

空港で合流した四人は、これからの事を想像して一様に暗い表情だった。

「大体お前が余計な話をするからこうなったんだぞ」

トニーはジョナに冷たい目線を送った。

「お前らは仕方がないさ。俺なんてジョナの話も聞いてないのに、同じチームだからって巻き込まれたんだぞ」

ルイスは口を尖らせて言った。

ジョナは申し訳なさそうに苦笑いした。

「笑ってごまかせる問題じゃないからな」

言い捨てるようにトニーは入場ゲートに向かった。

ジョンソン宇宙センターはシャトルの研究や管制を行う場所で、歴代の宇宙飛行士達を見守り続けた所だ。

「今回の作戦の指揮を行う、バリー・ハロルドだ。よろしく」

屈強そうな大きな体の男はそう名乗り、握手を求めてきた。

「本来なら皆を宇宙に送るためには長い準備期間が必要だが、緊急事態の為に皆には三週間後に宇宙へ上がってもらう」

残された期間が四週間しかない事は知っていたが、改めてそう言われると事の重大さが増してきた。

「三週間で宇宙…か」

「宇宙にたどり着く前に天国って事はないか?」

トニーとジョナは呟いた。

「我々も最善を尽くす。皆もそのつもりで頼むぞ」

それから終日ミーティングが行われた。

宇宙へ上がるのは三名。

シャトルの操縦をトニー。

ルイスは破壊用の核ミサイルを船外で準備する役割だった。

そして啓人が発射された核ミサイルを目的ポイントへリモートコントロールする。

ジョナはバックアップ要員に決まった。

「何で原因を作った奴がバックアップなんだよ」

食堂で夕食を採っていた時にルイスがこぼした。

ジョナは気まずそうにフォークを口に運んでいた。

「そう言うなよ。隕石はジョナのせいじゃないんだから」

啓人がそう言うと、ルイスはそれ以上何も言わなかった。


啓人は翌日からミサイルコントロールの訓練に入った。

今回は宇宙空間での発射の為、高出力の噴射装置は必要がない。

その為、グレン研究センターで開発された小型探査船の推進装置が使われる事になっていた。

探査船の操縦は日頃の訓練で行っていたので、操縦に関してはそれほど違和感がなかった。

「今回のミサイルには震管が五箇所ついていますが、あくまで先頭部分から隕石に着弾させられるようにして下さい」

ミサイルの担当者からはそう言われていたので、目的ポイントに垂直に当てられるように繰り返し訓練が行われた。

リモートで爆発させる事は可能だが、隕石のスピードと核の破壊力から、タイミングを計る事も間近で観察する事もできない為、震管を使うしか方法がなかった。

そして時間は流れ、あっという間に打ち上げの日がやってきた。

「結局家族には会えないのか」

ルイスは待機室の窓から外を見ていた。

「まだ世間には公表されていないからな」

トニーはガムを口に放り込んだ。

啓人も窓から外を眺めた。

視線の先には打ち上げ台に立てかけるようにシャトルが鎮座していた。

夢だった宇宙飛行が、こんな形で現実になるとは夢にも思っていなかった。

この三週間は宇宙に上がるという実感が全くなかったが、こうして間近でシャトルを見ると、体の中でふつふつと湧き上がる熱い思いを感じた。

(ミカエラ、ミック、大丈夫だからな)

啓人は家族の写真を見た。

そこには家族三人の笑顔があった。

「搭乗を開始します」

スピーカーから打ち上げの開始が合図された。

「そんじゃ、一発かましに行きますか」

トニーは気合を入れるように手を叩いた。

「帰ってきたらヒーローか」

ルイスは宇宙用ヘルメットを小脇に抱え、搭乗口へと向かった。

啓人はもう一度外を見た。

ケネディ宇宙センターの広大な敷地には、鮮やかな緑が広がっていた。

「地球の為に…か」

ドアを開けると、輝く日差しが全身を包んだ。


打ち上げの衝撃は想像していたものよりも強烈だった。

肉も骨も血も、全てが後方へと引っ張られた。

やがて静寂が訪れて、自由になった顔は自然と小さな窓に向けられた。

「宇宙だ!」

固定ベルトを外してヘルメットを外すと、側面の小さな窓に近付いた。

果てしない闇の世界が繰り広げられていた。

「打ち上げ成功おめでとう」

宇宙の闇に感動していると、スピーカーからバリーの声が聞こえてきた。

「しかし、君達のミッションはそれで終わりではない。速やかに作戦ポイントへ向かってくれ」

トニーは座標軸を確認し、シャトルを目的地に進めた。

「あった。ここだ」

目的地には先に打ち上げられていたロケットが漂っていた。

「じゃあ俺の出番だな」

ルイスは船外に出る準備を始めた。

船外に出ると、漂っていたロケットに近付き、格納部分の扉を開いた。

そしてパネルを操作すると、白く輝くミサイルが姿を現した。

「あれが人類の狂気か」

トニーはミサイルを見て呟いた。

「俺の爺さんが言ってたよ。「人類は二つの過ちを犯した」ってさ」

「何の事?」

啓人が尋ねると、トニーは肩をすくめて言った。

「神の導きにそむいて知識の果実を食べた事。もう一つはあいつを作った事だとさ」

啓人は窓越しに白く輝く物体を眺めた。

「トニーの爺さんは大戦に行ったのか」

「あぁ。海軍の大尉だった。退役してからも、ずっと悔やんでた。あいつが投下された事を」

トニーは右手で十字を切ると、その手に軽くキスをした。

「爺さん。やっとあいつを人類の為に使える時がきたぜ」

啓人はトニーを見た。

トニーは笑みを浮かべた。

「これでやっと爺さんも天国で顔向けできるさ。狂気に巻き込まれて死んで行った人達にね」

啓人は日本人として核兵器の存在に複雑な思いがある。

それが人類を救う最後の手段となっている事も。

それでも、今は阻止しなければならない事がある。

そして、これが最後の核兵器の発射となる事を祈った。

ルイスが作業を終えて戻ってきた。

「全部で八発。それぞれの制御コードはこれだ」

回収してきたプレートを啓人に渡した。

「核はもっとあるってのに、打ち上げられたのがたった八発かよ」

トニーはため息をついた。

「仕方ないだろう。実績のない国に頼んで、地上でドカンじゃ笑い話にもならんからな」

ルイスはリモートコントロール用の制御アンテナのテストを始めた。

「どうだ、ケイト」

「あぁ。いけそうだ」

準備を終え、ジョンソン宇宙センターの管制室に通信を繋いだ。

「こちらロト。作戦準備完了しました」

「了解。予定通り、最初の一発は先行する小隕石群に照準」

「了解」

啓人は深呼吸してレバーを握った。

「準備は良いか?」

啓人が頷くのを確認して、ルイスは発射ボタンを押した。

啓人はモニターに写る射線上に光の点が重なるように、慎重にレバーを動かした。

「よし、射線に乗った!」

進路をロックして、制御コードを消去した。

「ロトより管制へ。第一射完了」

「管制了解。二時間後に第二射から第六射をソドムに照準」

「了解」

二時間後、隕石群の中で一番大きい隕石に向けて、ミサイルを発射した。

「第六射完了」

「了解。第七、八射をゴモラに照準。完了後発射」

二番目に大きい隕石に向けて、残りの二発を発射した。

「結果は四十六時間後か」

トニーは首を回した。

「お疲れ。食事にしよう」

ルイスは啓人の肩を叩き、笑顔を見せた。


その二日後、ジョンソン宇宙センターには怒声が響き渡っていた。

「何故なんだ!原因を調査しろ!」

「予定の四十パーセントって、何かの計算ミスじゃないのか!」

核ミサイルでの攻撃が、事実上失敗に終わっていた。

予定していた進行角度の修正に対し、結果は三十七パーセントの角度修正しか発生しなかった。

「これでは落ちる場所が変わるだけじゃないか!」

バリーは隕石の予想進路図を見て頭を抱えた。

「大統領に報告して、各国から再度ミサイルを打ち上げさせろ」

バリーは部下に指示を出し、手元の分厚い冊子をめくった。

「間に合うのは五発が限界か」

計算では八発で充分に進路を変えることができたはずだった。

六時間後、調査の報告があった。

隕石群の先頭にあった小隕石群の排除を行う為の第一射が、予想よりも手前で隕石に触れて爆発し、第二射以降の進路を確保できなかったのが原因と書かれていた。

「隕石群の形態は充分に観測していたのではなかったのか!」

バリーは報告書の束をテーブルに叩き付けた。

周囲に集まっていたスタッフ達は、身を硬直させていた。

「ミサイルの状況は?」

「準備が進められております。現状では十八時間後に五発の核ミサイルが打ち上げ完了予定です」

「ミサイルの進路は?」

「ソドムの角度修正を優先する必要があります。よって、四発をソドム、一発をゴモラに」

「ゴモラは一発で大丈夫なのか?」

「ゴモラの修正は七十八パーセント完了しておりますので」

「ギリギリという事か…」


啓人達は不安を抱えたまま、管制からの連絡を待っていた。

予定を大幅に過ぎているのに、帰還命令が出ないからだ。

「失敗したって事はないよな?」

「ちゃんと指示通りやったさ!」

「ケイトのミスだなんて誰も思ってないさ。トニーも止めておけ」

三人は重圧に耐えながら、地球からの通信を待った。

「管制よりロトへ」

やっと通信が来た。

「こちらロト」

「計画に変更がある。直ちにポイントを移動してくれ」

詳細を聞き、三人は愕然とした。

指示されたポイントには既にロケットが漂っていた。

前回と同じようにルイスが作業し、啓人がコントロールした。

「これで上手く行ってくれよ」

全てのミサイルを発射して、ルイスは神に祈った。

「もし、これでもダメだったら…」

啓人は窓から地球を見た。

無数の命が息づく青く輝く星が、火星のような灼熱と寒波の大地に変わる事を想像していた。

「やるだけの事はやったさ」

トニーはフワフワと浮かぶガムを口に入れ、後は神の思し召しとばかりに十字を切った。


三人が仮眠を取っていると、通信機が鳴った。

「管制よりロトへ。作戦は終了した」

トニーは拳を握り締め、ガッツポーズをした。

「ロトはこれより帰還準備に入ります」

「その必要はありません。ロトは建設中の宇宙ステーションにドッキングし、別命があるまで待機して下さい」

三人は顔を見合わせた。

「それは…どういう事ですか?」

トニーの問いに、管制官は同じ言葉を繰り返した。

「ロトは宇宙ステーションに合流し、そのまま待機して下さい」

一方的に通信が切れた。

「どうなってるんだよ!」

トニーはルイスを見た。

ルイスは俯きながらため息を落とすと、呟くように答えた。

「作戦は失敗したって事だろうな」

「そんなバカな!」

啓人はルイスに詰め寄った。

「ケイト、落ち着け」

ルイスは啓人を押さえつけるようになだめた。

「とにかく、情報を集めるしかない」

ルイスは通信機で管制室を呼び出した。

「ハロルド局長と話がしたい」

しばらくして、バリーが通信に出た。

「作戦は失敗したのですか?」

「ソドムは地球の周回上から外れた。しかし、ゴモラは以前地球に向けて進路を取っている」

「直撃の可能性は?」

「五十パーセントという所だ」

ルイスは唇を噛んだ。

「君達は一刻も早く宇宙ステーションにドッキングしてくれ。そのままでは隕石の餌食になるぞ」

そのまま通信が切れた。

しばらくは誰も言葉が出なかった。

沈黙を破ったのは啓人だった。

「宇宙ステーションに合流して何ができるって言うんだ?」

ルイスは啓人を見ずに呟いた。

「俺達に地球の行く末を見届けろって事だろうさ」

「見届けた所でどうなる!家族が死んで、俺達も地球には帰れずに宇宙で死ねって事か?」

トニーは船壁を叩いた。

その勢いでトニーの体は船内を漂った。

「やめろ!我々の命を繋ぐ船だぞ」

「命を繋ぐ?今死んだって同じ事だろ!」

「まだ落ちると決まった訳じゃない」

ルイスは目頭を押さえた。

緊張の連続で、三人共疲労がピークに来ていた。

「でも、半分の確立で地球は終わる」

啓人がぽつりと呟いた。

「お偉いさんの事だ。本当はもっと高い確率で落ちるんだろうさ」

トニーは苦々しい口調で言った。

啓人は窓から外を見た。

核ミサイルを運んだロケットが黒の世界に漂っていた。

その先では、美しい星が鼓動を続けている。

「ちょっと聞いてくれないか?」

啓人は意を決して口を開いた。


「局長。ロトより通信が入っております」

バリーは大統領補佐官と電話で話していた。

右手を差し出して待てのジェスチャーを取り、話を切り上げようとした。

「ですので、今からミサイルを打ち上げた所で間に合いません。大統領にもそうお伝え下さい」

「えい、くそ!」

受話器を叩きつけ、通信用のヘッドフォンを耳に当てた。

「ハロルドだ」

「こちらロト。一つ提案があります」

ルイスは落ち着いた口調で話し始めた。

「我々に、最後のチャンスを下さい」

「最後のチャンス?」

「はい。シャトルにはまだ燃料が残っています。核ほどの破壊力はないにしても、ゴモラに衝撃を与える事は可能と判断致します」

「シャトルごと突っ込むという事か?」

「それ以外にも、ミサイルの打ち上げに使われたロケットがあります。それらをワイヤーでシャトルにくくりつければ、更に爆発力が増します」

「何を言っている。君達はどうやって脱出すると言うのだ」

「脱出はできません。乗船したまま突入します」

バリーは言葉を失った。

確かにやれる事と言ったらそれぐらいしかない。

しかし、バリーには許可する事ができなかった。

「それは認められない」

「何故ですか?それしか方法はありません」

「君達が乗っているシャトルにどれだけの予算がつぎ込まれているのか知っているのか?」

「この期に及んで金の話をしている場合ではありません!」

ルイスは声を荒げた。

「我々しか地球を救う事はできないんです!」

バリーは無言のまま、モニターに目をやった。

着実に隕石は地球に向かってきていた。

「しかし、大統領に承認頂かなければ…」

「局長!我々は大統領の為に任務を遂行している訳ではありません!」

ルイスの興奮した声は管制室中に響き渡った。

「我々は残された家族の為、人類の為にここにいるのです!」

管制室の誰もが愛する者を思った。

バリーは震えるほど力を込めて拳を握っていた。

「無駄かもしれんが、それしか残された手段はないな。君達には申し訳ないが、その命、人類の為に捧げてくれ」

大きく息を吐き、モニターに写るルイスを見つめた。

「管制よりロトへ。だだちに作業にかかってくれ」

「ロト了解」

通信が切れても、バリーは真っ黒なモニターを見続けた。

「大統領に連絡を取ってくれ。それと…」


ルイスと啓人がワイヤーでロケットをシャトルに固定している間、トニーは進路の確認を急いだ。

作業を初めて二時間後、シャトルには四台のロケットが取り巻くように固定された。

「準備は完了だ。進路はどうだ?」

「こっちもOKだ」

トニーは親指を立てて合図した。

「でも、死ぬのは俺一人で良かったんだぜ」

トニーは二人を見た。

「言い出したのは俺なんだから、一緒に行くに決まってるだろ?」

啓人は推進剤の残量をチェックしながら言った。

「お前らみたいなヒヨっ子だけじゃ心配だからな」

ルイスは白い歯を見せた。

「みんなバカだねぇ」

準備を一通り終え、軽い食事を取った。

「最後ぐらいは女の手料理でも食いたかったなぁ」

トニーはドライフードを食べながらおどけて見せた。

「確か婚約者がいるんだよな?」

「暮れに結婚式を挙げる予定だったんだけどな」

胸ポケットには婚約者の写真が入っていた。

「なかなかの美人じゃないか」

ルイスは写真を見てそう言った。

「ルイスは結婚してどれくらい経つんだ?」

「今年で十二年目だ」

「ケイトは?」

「うちは五年」

三人は愛する者へ思いを馳せた。

「きっと大丈夫だよな」

トニーが呟いた。

「大丈夫さ。決まっているだろう」

ルイスは食べ終わったビニール袋をダストボックスに投げ入れた。

「そろそろ行くか」

ルイスが通信機のスイッチを押した。

「ロトより管制へ。準備が完了した」

「管制了解。ケイトを出してくれ」

言われるままに啓人は応じた。

「ケイト…」

スピーカーの向こうから、ミカエラの声が聞こえた。

「ミカエラ!」

啓人はその声に驚いた。

「どうして?」

「軍の人が家に来て、あなたと最後に話ができるって」

ミカエラは軍の基地に連れてこられていた。

軍からの電波をジョンソン宇宙センターが中継していた。

「どうして、どうしてあなたが…」

泣き崩れるミカエラの声が、シャトルにも響き渡っていた。

「ごめん。こうするしかなかったんだ」

啓人は力一杯シートを握り締めた。

「奥さん。時間がありません」

軍の関係者が声を掛けると、ミカエラは溢れる涙もそのままにマイクにしがみついた。

「ケイト。ミックの事は心配しないで。私がずっと側にいるから」

「あぁ。頼んだよ」

「ケイト。あなたに出会えて本当に良かった」

「俺もだ、ミカエラ」

「お願い…」

ミカエラは言葉を飲み込んだ。

「必ず帰ってきて」

そう言いたかった。

しかしそれが叶わぬ願いである事は聞いていた。

「私達があなたを愛している事を忘れないで」

「愛しているよ。ミックにもそう伝えてくれ」

「…」

「管制よりロトへ。トニーはいるかい?」

トニーの婚約者、ルイスの家族がそれぞれ別れを告げた。

「すまない。こんな事しかできなくて」

バリーの声は痛々しく聞こえた。

「ロトより管制へ。最後のプレゼント感謝します」

ルイスは流れる涙を拭って答えた。

「もうすぐ通信が切れる。君達と話せるのもこれで最後だ」

「局長。私達の家族の事、よろしくお願いします」

「わかっている。安心してくれ」

「それでは作戦を開始します」

「…幸運を祈る」

三人は敬礼した。

「それじゃ、行くとするか」

ルイスがパネルのスイッチを入れていく。

「終わったら、俺達はヒーローって事だな」

トニーはガムを口に入れると、操縦席に座った。

啓人は窓からわずかに見える地球に目をやると、心の中で呟いた。

(本当に美しい星だ)

三人は座席に座り、お互いを見合って頷いた。

「よし、出発だ。目標はゴモラ」

ルイスが言うと、啓人は笑って言い返した。

「違うさ。輝く未来、だろ?」

推進装置に青い光が灯り、シャトルはゆっくりと進みだした。

少しずつ離れていく地球は、命のきらめきで輝いていた。

沢山の思いを乗せたシャトルは、どこまでも続く闇を、ただまっすぐに進んで行った。

同じ環境設定で複数の話を書いてみたくて、最後の時間を書きました。あまり人物設定や背景を練りこんで書くタイプではないで、作り込みが甘いかもしれませんが、感想を聞かせて頂ければ幸いです。

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