第七話 スタート一時間四十五分後
第七話 スタート一時間四十五分後
「それじゃ、さっき鍵を手に入れたのが横山さん達だったんですね」
「志神君達も、便利なモノを手に入れた見たいだな」
そう応えたのは、まったく偶然出会った参加者である、横山明だった。
司達が最初に隠れていた売店に戻ろうとしている時、後ろから声をかけられたのだ。
西側区画でも南よりの建物で、元々は四階建ての大きな複合店である。シャッターは降りていた様だが、数名の参加者によって破壊されている。入口の扉も破壊されているので、簡単に出入り出来るのだが、店が広いので隠れ場所としては申し分無い。
その中でも中心人物になっているのが、この横山だった。
歳の頃は梶山と同じくらいなので三十前後だろう。梶山ほど筋骨隆々という訳ではないが背が高く、体格もしっかりしている。堂々とした雰囲気も、リーダーにふさわしい。
その横山に連れられて、建物の中に入るとそこには十人前後の参加者が集まっていた。
「神無月さん!」
その参加者の中には、文芸部の面子も二人ほど含まれていた。
神之助と夢乃は隠れている参加者の方へ、司と塔子は横山のところで話をしていた。
ここは元々入れる様には設定されていない建物ではあったのだが、強引に侵入した横山達は、店内にはすでに従業員は一人も残っていない事に疑問を持ったらしい。
この近辺だけとはいえパーク内を探してみたが従業員は一人も見つからず、しかもこの建物内にある内線などもすべて不通となっていると言う。
その従業員探しをしている時に鍵を拾ったと、横山は言っていた。
「まあ、見つけたのは僕じゃないんだけどね」
笑顔が俳優の様に爽やかで嘘くさい。
とはいえ、貴重な情報をもらっているので、司も得た情報を横山に伝える事にした。
司達が確認した鬼は三体。中央広場にいたトール、西側の大通りを移動するオーディン、空から監視しているガーゴイルの三体の鬼である。
「全部確認したのかい? 凄いな」
横山は驚きながらも、素直に感心している。
「僕達も馬に乗った騎士と、ハンマーを持った巨人は確認していたんだが、まさか空から監視されているとはな。だとすると、ここに人を集めるのも危険というわけか」
「建物の頻繁な出入りは危険だと、俺は思います。空からの監視も、必ず監視だけが仕事じゃ無いかも知れませんから」
司はリスクを説明しておく。
どうにもこの横山と言う男を生理的に受け付けない司だが、少なくともこの建物の中には十人程の参加者が隠れているし、形の上では横山がこのメンバーを匿っているとも言えるので、協力する事にしたのだ。
「少なくとも、ここに出入りするのが外から見えたら、鬼は来るでしょう。場合によっては、空から急襲してくるかも知れません」
「ああ、有り得ないとは言えないだろうね」
横山が腕を組んで頷いている。
この時、何故司がこの横山を生理的に受け付けないのか分かった気がした。
一つには男前な事が上げられるが、それよりこの男はイチイチ芝居がかっていて、やることなすことが嘘くさいのだ。そのせいでどこか信用出来ないと、司は感じている。
決してこの横山と言う男が、二枚目の甘いマスクだからというだけではない。
「でも、そうすると志神君達もあまりうろつかない方が良いんじゃないかい?」
「少数なら、動いていた方が逃げやすいですよ」
塔子も横山を警戒しているのか、司の陰から小声で言う。
「そうか。まあ、鬼の数も残り四体と言う事を考えるとそれもアリかも知れないな」
横山は頷いている。
「ところで横山さん、ここに何か武器になりそうなものは無かったですか?」
「と、言うと?」
「例えばロケットランチャーとか」
「さすがに無いね。日用品ならあるけど、武器として使えると言ったらナイフとかフォークとか、後はモップとかかな」
「修学旅行のお土産的なモノとかは無かったですか?」
「竹刀とか木刀とかは無いね。そう言うお店じゃないみたいだし」
横山は苦笑い気味に言う。
今は四階の事務所に入り込んでいるのだが、ここまで来る時に見た限りでは服やバッグなどが売ってあったのが見えた。
「じゃ、バナナの皮とかも無いですよね?」
「バナナの皮? そんなモノどうしようって言うんだい?」
「いや、あの、非常に原始的なトラップをですね」
「ああ、なるほど。さすがにバナナとかは探してなかったけど、果物とかは無かったね」
司と塔子と横山は話し合い、せめて入口にトラップを仕掛ける事にした。
といっても大掛かりなモノでは無く、シャッターをぶち壊し、さらに扉を叩き壊して入り込んでいるので、あまりにも無防備である。
なので、入口に洗剤やワックスをぶちまけておく、と言う程度のトラップである。
全域にまんべんなく撒いてしまうと、出入りが困難、とまでは言わないまでも下手すると洗剤まみれになってしまうので、端の方には通れる様に細い道を作る事を提案した。
巨体であるトールやオーディンの姿をした鬼でもその気になれば通れるだろうが、何も知らないはずの鬼がいきなり端を通るとも思えないので、そう言う事にしたのだ。
問題はどのタイミングでその罠を行うか、である。
今すぐ行ってもいいのだが、真夏である事を考えると、それはさほど長持ちせずに乾燥するかもしれない。また、今から洗剤探しなども行わなければならないので、まずは準備から行う必要がある。
横山は有志を募い、複数名で洗剤探しから始める事にした。
探すのは洗剤やワックス、この際油でも構わない。もし万が一大量のバナナを見つけた場合、皆で美味しくいただいてバナナの皮は有効活用する事を告げた。
それには司と塔子も参加するが、神之助や夢乃など、半数近くは見守っている。
「志神君、あの横山さんってどう感じました?」
周りに人がいなくなったのを確認して、塔子が司に尋ねてくる。
「どうって、カッコイイ人だとは思いますけど」
「でも、本当のカッコ良さじゃ無い気がするんです」
塔子は不安そうだった。
「私はここにはあんまりいない方が良い気がするんです。明確な理由があるわけじゃないですけど、何だか嫌な予感がします」
塔子は、泣き出しそうなほど不安そうな表情を浮かべている。
このゲームが始まってから、塔子の勘の良さは司にも分かっている。時々大胆な行動にも出る塔子だが、空を飛ぶ鳥が実は鬼だった事にも、オーディンの姿をした鬼とすれ違う時にも最初に気付いたのは塔子だった。
「俺もそんな気がします。神之助達にはどう言いますか?」
司は塔子に尋ねる。
司にしても塔子にしても、ここにいたくないと言うのはただの感覚の問題であって、明確な理由があるわけではない。実際にここに隠れている事は勝算としては、決して低くはないのだから、下手に神之助達を引っ張っていく事にも躊躇いがあった。
「私と志神君はここから移動する事だけを伝えたらどうでしょうか。仙堂君達を無理に引っ張っていくのも悪いですから」
塔子も明確な根拠を示せない事に気付いているので、無理を押し通そうとはしない。
ましてこの選択は、命に関わる選択である。
司や塔子が気に入らないからといって、神之助達の命の責任までは持てない。
「そうですね。後から神之助には言ってみます」
少なくとも司達が来る前から横山と行動していたメンバーは、すでにその選択をした後だから、こちらから騒ぎ立てる事は出来ない。
「ところで洗剤ってどの辺にあるんでしょうね」
塔子が階段を下りながら言う。
「掃除用具入れだとは思うんですけど、どうなんでしょう。こう言うところだと、備品とかは一ヶ所にまとめてあったりするんじゃないんですか? もしくは清掃は外注とか」
「でも、清掃外注って、清掃業者は船で来る必要があるんじゃないんですか? それはちょっと現実的じゃないですよね?」
やっぱり塔子は冷静である。
命の危険は何も解消されていないので、司などは発狂する一歩手前の様なプレッシャーを感じているのだが、塔子にはそう言う切羽詰った感じが無い。
これには司は凄く助けられている。
塔子がいつも通りなので、司も意識の片隅に日常をおいていられるのだ。
塔子が夢乃の様にヒステリックになっていたら、司もとっくに参っていたと思う。塔子がいつも通りなので、司もいつも通りを演じる事が出来る。そしてそれに合わせて神之助もそれを演じてくれる。
これまではそれで良かったが、ここの様なある意味ではシェルターから出てまで続ける価値があるモノかと言うと、そこはさすがに強く押す事は出来ない。
「ところで、塔子さんはこの洗剤作戦はどう思います?」
「この作戦それ自体はいい作戦だと思いますよ? 私もあの売店で同じ事を考えてましたし、相手が巨体なら転ばせるのがやっぱり有効ですからね」
確かにこの作戦の立案は塔子である。
横山との会話で、いかにも司が考えた様に話してしまったが、塔子が売店で話した事をそのまま横山に伝えただけである。
「上手くいくと思いますか?」
「まあ、一回だけなら。階段とかならさらに有効でしょうけど、それだと本格的に逃げられなくなりますからね」
「それこそバナナの皮とかあればベストなんですけどね」
司は本気で言う。
翼で空を飛べるガーゴイルには効果が無いだろうが、トールや馬から降りたオーディンには階段にバナナの皮というのは効果が見込めると思われる。
しかも洗剤などより目立つため、参加者側がそれに引っかかるリスクも少なくなる。
最大の問題は、都合良くバナナの皮が手に入らない事である。
「洗剤とかの備品類はフロアの真ん中には置いてないでしょうから、フロアの隅から探していきましょう」
司と塔子の二人は一階まで降りて、フロアの隅の方へ移動する。
一階のメインはお土産屋のようで、広い通路があり、そこに店舗が点在しているようだがそこはそれぞれがシャッターをおろしてある。
「ここ、電気消してると暗そうですね」
司が周囲を見ながら言う。
きっちりと戸締りされているので、真夏の日差しも店舗内まで入ってこない。横山が配電盤を見つけて電源を入れたのか、最初から電気が通っていたのかは分からないが電灯は点灯していて冷房も効いている。
ここに隠れている参加者の中には、この冷房から離れたくないと言うのもあるだろう。
確かに外は暑い。八月の終わりといえば残暑真っ盛りである。むしろ残暑と言う言葉に違和感を覚える暑さであり、しかも一日で一番暑い時間帯なので、命の危険のある外より建物の中にいたいと思うのは当然だろう。
だが、それは非常に危険な考えではないか、と司は感じていた。
確かに四階建てで広い建物なので、隠れる場所は少なくない。上手くやり過ごす事も不可能では無いと思うが、司は外で鬼とすれ違った時ですら心臓が止まるかと言う程の恐怖を感じた。
建物と言う、広くても閉鎖空間の中で鬼とニアミスなど、考えたくもない。
「塔子さんなら、ここで鬼に会ったらどうしますか?」
「隠れて息止めてると思います。移動で足音立てられないとなると、それくらいしか出来ないでしょうから」
塔子も司と同じ様に感じている様だった。
結局二人は一階では目的の物を発見する事は出来なかったが、他のメンバーが見つけてきてくれたので、横山とその相談をしているところだった。
「神之助、ちょっと良いか?」
司と塔子は四階に戻ってきて、神之助達、文芸部グループに声をかける。
「どうしたの、司くん?」
「俺と塔子さんは、ここから出て北側区画を目指そうと思うんだけど、お前はどうする?」
「え? 司くん、ここで籠城するんじゃ無いの?」
神之助は意外そうに言う。
「他の文芸部とか気になるしな。具体的に言えば鈎先とか」
達哉は北側区画にいるはずである。
ゲーム開始前から北側区画へ移動した達哉なので、もしかすると鬼の事に気付いていないかもしれない。
「鈎先君なら大丈夫じゃないかな」
神之助は眉を寄せて、珍しく不快な表情を隠そうとしない。
「あれ? 神之助って鈎先と仲悪かったっけ?」
「仲が悪いって言うより、ちょっと苦手なだけだよ」
温厚な神之助にしては、珍しい言葉である。
達哉も基本的には温厚で、文芸部の三人の男子の中でも人畜無害な猫背眼鏡と言うのが、傍若無人な夢乃の達哉評である。
「まあ、ここの方が安全かも知れないからな。神之助はここに残っててくれ。俺と塔子さんで行ってくる」
「え? 待って。司くんが行くなら、僕も行くよ」
神之助が必死そうに食い下がってくる。
「いや、別に無理しなくてもいいんだけど」
「無理なんかしてないよ。大体司くんと塔子さんを二人っきりにして、司くんが真面目に人探ししてるとは思えないからね」
神之助が意地の悪い笑顔を浮かべる。
「お前は俺をどう思ってるんだよ」
「神ちゃん、どうしたの?」
「神無月はいいよ」
「あ? 凡には聞いてないわよ」
司が手で払おうとするのを、夢乃は相変わらず噛み付いてくる。
「司くん達はここを出て行くって言ってるんだよ」
「はあ? あんた、いよいよ馬鹿なの? そんなに死にたいの?」
夢乃は呆れて言うが、この場合夢乃の反応は正しいと言えなくもない。
「死にたくは無いけど、文芸部の他の連中はどうするんだよ。梶山とかもここにはいないだろ?」
「そりゃそうかもしれないけど」
「司くんが行くなら、僕も行くよ」
「神ちゃん? 本気なの? 絶対ここにいた方が良いって!」