表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/28

第六話 スタート一時間三十分後

第六話 スタート一時間三十分後


 地下への入口はパークの西南端にある。

 元々司達がいた場所からはそれほど離れてはいなかったが、慎重に慎重を重ねて移動していたので相当に時間がかかってしまった。

 特に重い足音が聞こえてきた時には、心臓が止まるかと思った。

 むしろ心臓の音で気づかれるかとも思ったので、何とかして心臓を止めなければ、などと考えてしまった。

 建物を挟んですれ違ったので、実際に鬼を見た訳では無いが、チラリと見えた姿は馬の尻だった。

 その馬が実際の馬と同じ速度で走れるとしたら、広い道で見つかったらその時点でアウトと言ってもいいだろう。

 せっかくの双眼鏡も今のところは使い道が無いが、双眼鏡大活躍よりは状況はマシと言える。

 前を司と塔子で、塔子は常に双眼鏡を手に前方を警戒し、司は左右を気にして進んでいる。後ろを神之助と夢乃で、神之助は時々後ろを振り返って気にしているが、夢乃は自分より背の低い神之助に縋り付いている。

「馬って鬼だと思う?」

 司が塔子に尋ねる。

「馬も込みで鬼なんじゃないんですか? でも、ここで馬って事はオーディンがうろついてるって事でしょうね」

 双眼鏡を持ったまま、塔子は答える。

 いかに主神の姿をしているとはいえ、それはあくまでも見た目だけの話で、実際にはこのパークに配置されている他の鬼の四体と同じ性能のはずである。

 と、信じたい。

「って事は槍を投げてくる事は無いんでしょうね」

 神之助が後ろから声をかけてくる。

「さすがにそれは無いと思いますよ? 雷神も雷を落としてたわけじゃないでしょうから」

 塔子が神之助に答える。

 ここまで来ると、このパークにまつわる都市伝説である動く石像は真実だったと言う事だ。しかも鬼として参加者に襲いかかってきている。

 もうゼッケンに触れて失格なんて生易しい状況では無い。

「でも、デカい奴ばっかりだよな」

 司が気になっていた事を言う。

 中央広場の仁王の様な像であるトールや、さっきチラッと見えた馬の尻といい、狭い通路を追うには向かない大きさであった。

 それこそ中央広場や南側区画は良いが、北側区画や西側区画は無理に建物や遊戯施設を詰め込んでいるので、狭い通路が入り組んでいる。あの二体の巨体の鬼ではあまり自由に動き回れないのではないか。

 ふとその事が気になった。

「もしかして……」

 珍しく夢乃が声を上げる。

「夢乃さん、どうしましたか?」

「このパーク内に五匹の鬼は元々少なすぎるとは思わなかった?」

 夢乃の言葉に、司は確かに同じ事を考えていた。

 あのトールやオーディンが見た目通りの腕力や機動力を持っていたとしても、このパークの中にいる百人以上の参加者を全て探し出せるとはとても思えない。

 ましてそれが重い足音を立てるモノであり、全力で移動するとなると、それは相当離れた所からでも察知する事が出来る。建物の中でなくても細い路地に入れば、アレは追っては来れない。

「あのデカいのは、もしかすると出口の門番じゃないの?」

 夢乃は絶望的な仮説を立てる。

 その言葉は、全員の足を止めるのに十分過ぎる言葉だった。

 こんな惨劇になった以上、経営者や運営者は確実に罪に問われる事になる。勝者が出れば、その勝者の証言で有罪にする事は簡単、というより確実だ。

 であれば、このパークに閉じ込めている間に皆殺しにすれば、証言者は出ない。

 閉じ込めるという事が最優先であれば、巨体を誇る鬼が三ヶ所あると言う出口を抑えていれば、出たい人間の方から寄ってくる。わざわざ探す必要も無いというわけだ。

 そして残りの一体が参加者を探して回る。

 プレッシャーに負けた者から鬼の前に姿を現し、プレッシャーと戦う者も鬼の脅威に怯えなければならない。

「逆に言うと、巨体の鬼の近くには出口があるって事でしょうか?」

 塔子が首を傾げる。

 もし門番の役割だとしたら、そういう事になる。

 トールにしてもオーディンにしても、それが鬼であれば出口近辺を巡視している。つまり出口の近くにいるが、必ずしも出口の前に居る訳では無い。離れたスキに出る事も、困難だが不可能では無いかもしれない。

「まずは地下へ行ってみましょう。塔子さんの仮説が正しければ、リスクが高い程出口には近づいているはず」

 司としては、夢乃や塔子の仮説は十分過ぎる程あり得ると思っている。

 だが、地下に出口があった場合、そこは鬼の巣である可能性も高いのだ。

「ここはやっぱり武器が必要じゃないか? せめて『はがねの剣』クラスは無いと、動く石像と戦うのは過酷だと思うけど」

 周囲を見回しながら、司は神之助に言う。

「はがねの剣なら近接戦になるけど、勝てるの?」

「無理だな。やっぱりここはロケットランチャーだな」

 鬼とすれ違う事が出来たと言う事は、鬼は目で見て確認しているのだろう。

 また、音でも気付くかもしれないが、特殊なレーダーの様なモノで探し当てていると言う事は無いはずだ。

 もしかすると泳がされているのかもしれないが、それは考えない様にしておく。そんな事まで考え始めたら身が持たない、と司は考えたためだ。

「変な鳥が飛んでますね」

 双眼鏡を見ている塔子が、司に言う。

「変な鳥? どんな鳥ですか、塔子さん」

「って言うか虚無、ちゃんと前見てなさいよ」

 後ろからついて来ている夢乃が文句をつけてくるが、司はソレを無視する。

「えっとですね、大きい鳥なんですけど、あの、鳥って言うか……」

 塔子は言葉を詰まらせる。

「な、何アレ」

「塔子さん、ちょっと貸して下さい」

 司は言葉を失っている塔子から双眼鏡を借りると、空を見上げる。

 西側区画でも少し開けた西南の区画では、多少とはいえ空を見る事が出来るので、その建物の隙間の様なところから空を見る。

 空を見ていると、確かに時々鳥の陰が見える。

「塔子さん、よく気付きましたね」

 注意深く様子を見ながら、司は呟く。

 塔子は前方担当だったはずだが、視野が広いと言うか、予想外に集中力が無いのか。後ろから見ていたと思われる夢乃のツッコミは、相当キョロキョロしていたせいかも知れない。

 時々見える鳥の姿を双眼鏡で見ていると、司も言葉を失う。

 確かに鳥に見える。時々しか姿が見えない事や、双眼鏡で拡大してないと分からないが、空を飛んでいるのは鳥では無かった。

「何スか、アレ? ガーゴイル?」

 司が呟くと、今度は双眼鏡を神之助に渡す。

 空を飛んでいるのは、鳥では無い何かだった。

 翼を持つ生き物ではあるが、それは人型であり、島の上空を大きく旋回している。

「アレが鬼の目なのかな?」

 神之助が夢乃に双眼鏡を回そうとしたが、夢乃はそれを拒否したので双眼鏡は塔子の元に戻って来た。

「まだこっちには気付いてないみたいだけど、アレはズルくないか?」

 司は足を止めて、全員を振り返って言う。

 空の上から監視しているのであれば、鬼が三体いればそこそこカバー出来る。まして出口が三ヶ所しか無いと言うのであれば、大通りを通る参加者は空から見つけられてトールやオーディンの姿をした鬼に連絡が行くのだろう。

「と、言う事は天井も隠れ場所も無い南側には近付けないって事じゃないのか?」

「そうだね、どうするの司くん?」

 神之助の言葉ではあるが、夢乃も塔子も司の方を見る。

 どうするのと言われても、司に何か出来る事があると言う訳では無い。

 基本的に司はごく普通の男子高校生であり、勇者の血が流れているとか、宇宙の戦闘民族と言う事も無いので、鬼と真正面からは戦えない。話の中でグレネードランチャーやロケットランチャーとか言っているが、いざそれが目の前に弾数無限であったとしても、使い方が分からない。下手すると自爆する事になる。

 しかも空から監視しているのであれば、隠れている建物をある程度絞る事も出来ると思われるので、隠れ続ける事も簡単では無さそうである。

 本当にそうかな?

 ふと司はそこに引っかかりを感じた。

 確かに隠れている建物が、司達が最初に入った売店の様なところなら鬼が建物ごと破壊出来るだろう。しかし、この西側区画や北側区画の様に空からも監視しづらい建物の中や、大きな建物の中などはトールやオーディンでは探索出来ないはずだ。

 そこに勝てるヒントがあるんじゃないか?

 司はそう思うのだが、その方法はさすがに思いつかない。

『鍵を入手しました』

 と言うアナウンスが、パーク内に響く。

 鍵はこれで三本目。パーク内にはあと六本。

「いっその事、誰かクリアしてくれるのを待つか? 俺達以外にもまだ七十人以上が参加してるわけだし」

 司としては、正直なところ何をどうしていいか分からないので、このメンバーに頼られても困る。

 ここでシャキッと次の方針を示し、ゴールに導く事が出来ればカッコイイし、それが出来れば塔子の好感度も一気に稼げる事間違い無しなのだが、それは明らかに司の能力を遥かに超えた願いなので叶えられない。

「凡、どうするのよ」

 夢乃が急かしてくる。

 どうにかできる様ならここで悩んで足を止めてないのだが、すぐ隣りに塔子がいるので司は喚き散らしたくなるのをグッとこらえる。

「空から監視って事は、地下っていい考えだよな。もう近いんだよな?」

「うん。もうちょっとのはずだけど」

 司の質問に、神之助が答える。

 もしゴールが無かったとしても、地下は地上と同じくらいの広さであり、隠れるにはこれ以上は無い場所である。

 司達は建物の陰に隠れ、しかも出来るだけ屋根のある場所を選びながら、多少遠回りであっても西南の地下入口を目指す。

 しかし、先に同じ事を考えていた者はいたらしい。

 地下への入口が見えるところまで来たのだが、司と塔子は足を止めていた。

「司くん?」

 足を止めた司にぶつかりそうになった神之助だが、心配そうに声をかけてくる。

「地下にはいけないな」

 司は呆然と立ち尽くしている塔子の視線を遮る様に、彼女の前に立って後ろのメンバーに声をかける。

「どうしたの、司くん?」

「地下にはいけないみたいだ」

 地下への入口が見えるところは急に視界が開けたので、司と塔子の目にはその入口の状況が飛び込んできた。

 双眼鏡を覗いていた塔子は、よりダイレクトにそれを見てしまったのだ。

「……そう言う事?」

 あえて何も言わない司に、神之助も状況が分かったようだ。

 ここへ来る時にすれ違った鬼は、すでにここを守った後だったのだ。

 同じ事を考えた参加者は一人や二人では無かった様だが、地下へ逃げ込もうとした参加者達はここで虐殺されていた。

 最初からここに鬼が配置されていたかどうか、確認する方法も意味も無い。

 結果として開かない扉に人が集まり、その背後から鬼が襲いかかってきたのだろう。

「とにかく、ここから離れないか? 鬼がいつ戻ってくるかも分からないし」

「空から見えないココなら、逆に鬼には見つからないかもしれませんよ?」

 真っ青な顔で今にも倒れそうな塔子だが、やはり言っている事は鋭い。

「ななな、何言ってるのよ、虚無! ここここここ、こんなトコすぐ離れましょ!」

 冷静沈着で論理的な塔子と違い、夢乃は今にも叫びだしそうな程ヒステリックになって、ここから逃げ出そうとしている。

 塔子の言っている事の正しさは分かる。

 ここはある意味では袋小路であり、空の監視役から指示が出ない限り頻繁に巡視する必要もない場所だと思われる。鬼から逃げる方法を考える場所としては、安全な方だろう。

 しかし、虫や小動物であっても死骸に囲まれていると言う状態は気分が良くないが、それが人間の破損の激しい死体が転がっている場所となったら、それはとても長居したい場所ではない。

「あの売店に戻れないかな?」

 神之助も相当気分が悪い様で、そう言い出す。

 確かにあそこは冷たい飲み物も、軽い食べ物もある。移動の道を厳選すれば、空からも見つからない様に移動できるし、売店の直前くらいまでは細い入り組んだ道を移動出来る。

 と、色々考えているが、正直に言えば司も夢乃と同じく、この場所から一秒でも早く離れたかった。

「塔子さん、移動しましょう。ここはあまり長居するところじゃないでしょう」

「そうですね」

 塔子も自分で提案してはいたが、ここにはあまり長居したいとは思っていなかったようだ。

 まあ、当然と言えば当然である。

 塔子の言っていた様に安全性で言えば移動するよりこの近辺に身を潜めていた方がいいのだが、満場一致で移動する事に決定した。

「一時間で三十人近くが失格になってるんだよな」

 移動しながら司が呟く。

 参加者が百人前後というのは達哉からの情報だったが、移動を繰り返している司達が参加者に出会わないのは、参加者がかなり少ないからだろう。

 また、今生き延びている者は、このゲームがデス・ゲームである事を知っている者達なので、物音には敏感になっているため物音から遠ざかる様に動いている。事実、司達も物音がした時には誰何するより、まず逃げて接触を避けている。

 なので、参加者同士が出会うのは、偶然の要素が非常に強くなっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ