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第五話 スタート一時間後

第五話 スタート一時間後


『ゲーム開始から一時間が経ちました。現時点で、ゲーム参加者の内、七十六人が残っています。皆さん、頑張って下さい』

 スピーカーから流れる機械音に、達哉は我に返った。

 ついつい熱中して時間が過ぎるのを忘れていた。ここにかなり長くいた事になる。

 しかし、これで自分の異物感の正体を達哉はようやく理解し、納得した。

 彼、鈎先達哉は文芸部の中の三人の男子でも、もっとも目立たないと自覚している。

 小柄で色白、ショートカットの女の子にしか見えない男の娘な仙堂神之助、どう考えても文芸部の雰囲気ではないチャラ男っぽいくせに妙に溶け込んでいる志神司と比べ、達哉にはこれといった特徴が無い。

 身長は司より少し高いのだが、猫背なのでそうは見えない。外見的な特徴で言えば、猫背と眼鏡以外には説明しづらい程度の特徴しかない。

 だが、達哉が抱えていた異物感はそう言う事では無い。

 文芸部は彼の居場所では無いのではないか。ここに自分はいてはいけない空間ではないかという、上手く説明出来ない感覚。

 それをこの『ラグナロック』は、明確に自覚させてくれた。

 正直に言うと、今回のイベントには参加する気はまったく無かった。その点は司も同様だったようだが、彼には神野塔子と言う参加理由があった。

 達哉にはただの存在感の無い一女子にしか見えない塔子だが、司にとっては文芸部一の美少女らしい。

 客観的に見て塔子は、司がのぼせ上がる様な美少女とは思えない。何しろ文芸部には神無月夢乃がいる。色々空回っていて正統派美少女と言うにはちょっと残念さが勝ってしまっているが、見た目の良さや長い脚も含んだスタイルの良さは塔子では比較にならない。

 もっとも司は塔子を『透明感』と言う言葉で表していた。あの存在感の無さを透明感と感じるのなら、確かに塔子の方が夢乃より数倍魅力的と言えるだろう。

 自分に強い異物感を感じていた達哉だが、存在が異物である司とは多少気が合っていたと思う。文芸部で近くにいる事が多かったから、今回の『ラグナロック』でも司とどこかでサボっていると言う手段はあった。

 しかし、司は塔子と共に行動し、その後振り返った時には神之助と夢乃も合流していた。

 あの時、それでも司達と行動していたら、自分の中の異物感の正体に気付かずに済んだかもしれない。

 北側へ向かった達哉だが、それは別にこのゲームをクリアしてやろうと考えていた訳では無い。

 何となく文芸部の面子と離れたかっただけだ。

 それでもゲームのルールをもらった以上、まったく気にならない事は無かったので、色々と探し回りながら北西端を目指した。

 その途中で、奇妙なモノを手に入れた。

 全長は三十センチ強、刃長は二十センチ程度。鞘に入ったナイフは、コンバットナイフやサバイバルナイフと呼ばれるモノである。

 日本で手に入れるのは非常に困難なはずの、物騒な刃物である。

 厚手のビニール袋の様な袋に入っていたため、誰かが捨てていったモノでは無く、このゲームで用意されたアイテムと思われる。

 あのルールの中で、こんな物騒なアイテムの使い道はあるのだろうか。ゲーム開始直後に鬼を撃破したというアナウンスもあったので、意外と武器は重要なのか?

 そう思いながらナイフを手に入れた達哉は、北西端でソレを見つけた。

 そこにあったのは、二人の死体だった。

 服装や体型から男と女の死体の様だが、一目見て頭部が破壊されているのが分かる。

 達哉はその二人の死体に近付く。

 女の方は横から力任せに鉄パイプで殴られた様だが、頭蓋骨を破壊して目のところまでパイプがめり込んでいる。どんな力と速度で殴ればこんな事になるのか、達哉には予想も付かない。

 男の方は上から殴りつけられた様で、驚くレベルで頭部が破壊されている。眼球も飛び出しているので、この人相から本人を特定する事は困難だろう。

(これが、鬼に襲撃された末路か)

 達哉は二人の死体を近くで観察する。

 達哉がこれまで見た事のある人の死体というのは、一昨年の祖父の葬儀の際だけだった。

 祖父は気のいい人だったようで、参列者達は泣いていたが達哉にはよくわからなかった。

 しかし、この死体とは比べ物にならない。

 祖父は自然死だったので、死に顔も安らかだったのに対し、ここの二人は葬儀の時に柩を開けて見てもらう訳にはいかないだろう。

(鬼は、参加者の命を奪うのか)

 達哉は死体を見ながら考える。

 鬼はゼッケンに触れるだけで失格にする事が出来ると、ルールにはあった。それが鉄パイプで頭部を殴打と言う、問答無用のクリティカルヒットを繰り出している。

(そう言えば、鬼を撃破したとか言ってたな)

 ゲーム開始直後、鍵を入手と同じタイミングで鬼を撃破と言っていた。

 ルールには鬼が学習するともあった。

(つまり、鬼は攻撃する事を覚えたんだろう。それも、頭を破壊する。武器を使うと言う事まで覚えている。学習能力を共有する、超賢いマウンテンゴリラ級の化け物がパーク内に残り四匹いるって事か。確かに中央広場で何か凄い音がしてたみたいだったけど)

 達哉はそんな事を考えながら、先ほど拾ったナイフを抜く。

 そのナイフを見ず知らずの女の死体の、腹部に刺してみる。

 大した抵抗も無くナイフが刺さったので、そのままナイフを滑らせる様に腹部を切り開く。

 すでに死後の時間が経っているため、大きく腹部を切り開いたところで鮮血が飛び散る様な事は無い。

 ナイフの切れ味は素晴らしいモノだった。

 さすがに骨まで簡単に、とはいかないが、それでも皮膚組織はもちろん筋肉だって簡単に切り裂く事が出来る。

 内臓などは言うに及ばずである。

 男と女では筋肉の付き方が違うと言うのは常識であり、死んでいるのも男と女と言うのも都合が良い。

 達哉はその筋肉の付き方の違いを試してみる事にした。

 確かに筋肉による切れ味の違いはあった。最もわかりやすいのは、やはり胸部である。腕や脚もまったく違うが、やはり男と女の胸ではまったく違う。

 もっとも、それが医学的なモノなのか性的なモノによる感触の違いなのかは、達哉にはわからなかった。

 そして、やはり匂いも気になる。

 腐臭とは言わないが、残暑の厳しい日中に、外で死者の腹を裂いて内臓なども切り開いているので、異臭が凄まじい事になっている。

 達哉が匂いに眉を寄せているところに、先ほどの一時間経過のアナウンスがあった。

 改めて自分の好奇心の結果を見ると、我ながら正気を疑う事になっている。

 元々は二人の男女の死体だったはずだが、今では個人を特定する事など不可能である。ただでさえ頭部を破壊されていた二人だったが、いまでは体中を切り開かれ、人の原形を保っていない。

(そうか、俺はそう言う人間だったのか)

 自分がやった事ではあるが、見るも無残な姿になった二人の姿を見て、達哉は感心していた。

 自分の中にあった異物感。

 それは、同じ価値観を共有出来ない事からきていたのかもしれない。

(俺は殺人鬼とか、サイコパスとか言われる類の人種なのかもしれない)

 達哉はナイフに付いた血を、女の死体の衣服で拭い取るとナイフを鞘に収める。

 罪悪感と言うものが込み上げてこない。

 それどころか、ここへ来て自分の役割に気付いたと言える。

 自分はこのゲームにさらに緊迫感を持たせる、六体目の鬼。冷静に考えると、この敷地内に五体の鬼というのは少なすぎる。ゲーム中一度も鬼を見ないプレイヤーもいるかもしれない。

 そして、ここでの殺人行為はすべて鬼の責任に転嫁出来る。

 こんなチャンスはもう二度と無い。

 人を殺しても罪から逃げられる環境。

 一時間で四分の一が失格になっているが、その内の最低でも二人は鬼によって命を奪われている以上、無害な鬼に罪を擦り付ける訳では無い。

 だが、果たして上手くいくものか。

 何しろ達哉も鬼から狙われる事には違いない。他の鬼との違いは、達哉は参加者を失格にする事が目的では無い事と、参加者からの警戒心がそこまで高くないと思われる事。

 その為にも、まずはナイフを見えない様にしておかなくてはならない。

 達哉はズボンの側面のベルトにナイフを差込み、上着でナイフを隠す。

 効き過ぎた冷房が苦手な達哉なので、どんなに暑くてもTシャツの上にポロシャツを着ているのだが、意外なところで役に立った。

(でも、本当に俺に出来るのか? 多分俺は生きていてはいけない類の人間なんだとは思う。でも、死体を切り刻む事は出来ても、人の命を簡単に奪えるのか?)

 達哉は二人の死体から離れながら考える。

 多分、出来ると達哉は思っている。

 むしろそう考える事で、自分の殺人衝動を抑えようとしているのだ。本人の好奇心は、生きた人間を切ってみたくて、刻んでみたくて仕方が無い。

 死体ではやはり血の流れ方が違う。心臓というポンプが動いている時に、ナイフで切り裂いた時にどうなるのかを知りたい。

「鈎先か?」

 考え事をしながらだったので、相手から声をかけられるまで進行方向に人がいる事に、達哉は気づかなかった。

 これが鬼なら致命傷だったが、声をかけてきたのは文芸部の顧問である梶山と綾子の二人組だった。

「はい、鈎先です。梶山先生ですか?」

 達哉は二人に合流する。

「鈎先は中央広場を見たか?」

「いえ、俺はあの音が怖くて離れてましたけど、何が起きてるんですか?」

 筋肉の塊の梶山が、青ざめている。綾子の方も倒れる一歩手前といった感じで、梶山にもたれかかっている。

 そこに色っぽさは無く、本当に病人か何かの様に見える。

 達哉は中央広場どころか、ゲームの進行状態も詳しく知らないので梶山から色々と聞いてみる事にした。

 と言っても、梶山も詳しい事は知らないらしく、中央広場で轟音が響いていた時にはさすがに近づかなかったが、それが済んだ後に中央広場に二人で行ったらしい。

 そこには目を疑う様な惨状が広がっていたと言う。

 詳しい事を知りたかったが、綾子が本気で嫌がっていたので梶山も話そうとしない。

「鬼、ですか?」

 達哉が尋ねると、梶山は曖昧に頷く。

 鬼というモノがどんな姿なのかは分からないが、中央広場で司や塔子がトールの像を見ながら鬼はこんなモノかも、と言う話をしていた。このアースガルズの中にある都市伝説の中にも、あの石像が動き出すと言うものがあった。

 あの二人の死体。

 頭部を鉄パイプで破壊されている二人の死体は、桁外れの怪力で殴られていた。中央広場のトールが一瞬で北西端まで飛んできたと言う事は、いくらなんでも無いと思いたい。

 トールの石像の様な『何か』を現代科学で作れるのかとか、あのルールにあった知識の共有なども現実的とは言えない気もするが、いかに理屈をこねても実際に差し迫った危機は変わらない。

 ここまで来るとワープくらいありそうな気もするが、そうなってくると瞬間移動しまくっているにしては、被害者数も少ない気がする。

 つまり、中央広場の惨劇を作り出した鬼と同等の力を持つモノが、この近辺を徘徊していると言う事にほかならない。

「梶山先生、他の文芸部の部員達は大丈夫でしょうか?」

「わからないな。俺は他に会ってないが、鈎先は誰かに会ったか?」

「いえ、梶山先生達だけですね」

「弱ったな。どうしよう」

「この辺りのホテルのシャッターが開けば、隠れる場所としては良いんですけど」

 達哉はシャッターの降りた北側区画を見て言う。

 本気では無い。

 本当にシャッターが上がってホテルに隠れられる様になった場合、いかに鬼が優秀であったとしても、現在四体しかいない鬼には見つけられるはずが無くなる。

「そうか! 確かにそれなら安全に隠れられるだろうな。上手くすれば外線とか内線とかで助けを呼べるかもしれないな!」

 梶山が言うと、綾子も希望に表情を明るくする。

 それが有り得ないのは、言い出した達哉が一番分かっている。

 そんなモノが生きていたら、このゲームはゲームとして成立しない。万が一シャッターを上げる事が出来て建物の中に入る事が出来たとしても、電話などは一切使えないはずだ。

 それより、ここで梶山に会った事が、達哉にとっては幸運である。

 教師としてはともかく、この筋肉の塊が直接戦力として動き回った時には、達哉にとって他の鬼と大して変わらない危険な存在である。

 今は正常な判断も出来ていない上に、知り合いに会った事で油断している。

 この筋肉はここで排除しておいた方が良い。

 綾子の方は梶山に縋っていないと立ってもいられない様な状態なので、梶山さえ排除出来れば二人もらったも同然である。

 大通りでは目立つから、路地裏などの方が達哉にとって都合が良い。

「そう言えば、先生。鍵とかは見つけましたか?」

「いや、それどころじゃ無かったからな。鈎先は見つけたのか?」

「いえ、探してはいるんですが見つけきれてません。建物に逃げるのも良いですけど、鍵さえ見つかればここから逃げられるんじゃないんですか?」

「おお、そうか! 鈎先、頭良いな!」

 梶山は大きく頷き、綾子も喜んでいる。

 本当に、溺れる者は藁をも掴むモノだ。

 鍵が簡単に見つかり、外へ出られるというものなら、こんなゲームで豪華賞品などもらえないだろう。スタート前から探していた参加者も相当数いるはずなのに、少なくともゲームスタートから二本しか見つかっていない事でも、そう簡単に見つかるモノでは無い事くらい分かりそうなものだが、達哉の口車に乗って二人は路地裏の方へ行く。

 上手くすればホテルの裏口からでも入れるかもしれない、とでも思っているのかもしれない。

 建物の間の細い道を移動する時、達哉は自然と二人の後ろへ回る。

 前を歩く二人は鬼を警戒して、前方をキョロキョロしながら歩いている。

 完全にスキだらけの後ろ姿。

 達哉は衝動を抑えきれずにナイフを引き抜き、無防備に晒された梶山の首に後ろからナイフを突き刺していた。

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