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第四話 スタート三十分後

第四話 スタート三十分後


「まったくもって、使えない男ね。凡神にふさわしいわ」

「なあ、聞いていいか? 俺とお前ではどっちが役に立つか、改めて話し合おうじゃないか。何なら多数決でもいい」

 動こうとしない夢乃に、司が言う。

「多数決? 私の一票はあんた達の価値と等価にするなら千票くらいの価値があるから、そもそも多数決とか成立しないんだけど」

「夢乃さん、案外余裕ですね」

 売店の中を物色している神之助が、苦笑い気味に言う。

「そんな事無いわよ。超怖いわよ。でも神ちゃんがいるから、安心してるのよ」

「絶対怖がってないよな。むしろ楽しんでるだろ?」

「ああ? 何よ、凡」

「俺の方が絶対怖がってるね。俺なんかもう、怖すぎて一人でトイレにも行けないぜ」

 ビシィッと親指を自らに向けて、司が宣言する。

「はあ? 絶対私の方が怖がってるわよ。ほら、ちょっと泣いてるもん」

「俺なんか失禁してるぞ? まったく勝負にならないじゃないか」

「司くんも、けっこう余裕だよね」

 神之助は司に言う。

 余裕と言うより、別の事を考えていないと色々なものに潰されそうになるのだ。

 程度の大小で言えば、今売店を物色している事自体も罪悪感はある。あからさまに略奪行為をしているのだから、これも精神的プレッシャーになる。

 それより外を徘徊している『鬼』である。

 アレは鬼ごっこの鬼と言うより、正真正銘の鬼と言える。

 あの中央広場で暴れていた鬼は、それこそ地獄に生息している鬼であり、地獄に落ちた亡者達をなぶり殺しにしている様に思えた。

 中央広場にいた文芸部の安否も確認出来ていない。

 あそこにはすでに個人を特定出来ない程損傷した、元は人だったカケラが散らばっていた。いくらなんでもアレは確認出来ない。

「アレが『鬼』だって言うのなら、あんなモノがこのパークにはプラス三体居るんだよな?」

 司は夢乃相手に疲れたので、現実問題に目を向けて売店の物色しながら神之助や塔子に尋ねる。

「僕もアレは『鬼』だと思ってるけど、どうなんだろう?」

「出来ればアレじゃないと思いたいですけどね。だってモンスターじゃないですか」

 塔子が物色しながら答える。

 彼女は誰よりも真剣に物色しているので、このメンバーの中で一人現実を見つめて鍵探しの延長で行動しているのか、単純にこう言う事が好きなのかは分からない。

 売店を物色して見つかったのは、売り物である飲食物の他、売り物では無さそうなものが見つかった。

「双眼鏡?」

 それを見つけた塔子は不思議そうに、全員に見せる。

 野鳥でも観察する用なのか、しっかりした作りの双眼鏡である。値札などは無く、チャックの付いた透明な袋の中に入っている。

 商品であるなら箱に入っているか、見本として出してあるのが普通で、チャックの付いた透明な袋には入っていないものだ。

「それって、相当良い物じゃないんですか? ねえ、司くん?」

「さすが、塔子さん。これで勝ったも同然。何処かのJKとは格が違いますね」

「んだと、ゴルァ!」

 夢乃が司に掴みかかってくる。

「お? 自覚があるのか、何処かのJK」

「凡、何か調子に乗ってない?」

「おう、調子にくらい乗らないと、マジでイカレそうだからな。俺の正気の為に、俺よりダメな奴がいないと耐えられない」

 司は真面目な表情で言う。

 逼迫した命の危険など、普通の高校生では中々味わう事のないプレッシャーである。もちろん司もこんな経験は無いので、何をどうしていいのか分からない。

 ある意味では現実逃避の為、いつもの様に夢乃に絡んで、いつも通りを演出しているのだ。

 塔子の見つけた双眼鏡は、使いようによっては非常に有効なアイテムである事は間違い無いが、探索のメイン舞台になる西側区画はかなり入り組んでいるので、双眼鏡を活かせる程視界が開けている場所が意外と少ない。

 出口候補である南側区画を移動する際には、下手な武器より役に立つが、そこの心配よりまずは鍵を手に入れないといけない。

『鍵を入手しました』

 外のスピーカーからそう言うアナウンスが流れてくる。

「コレかな?」

 神之助は手に鍵を持っていた。

「神ちゃん、ソレじゃない?」

「仙堂君、凄いですね」

 司が考え込んでいる内に、この売店の中にあったらしい鍵を神之助が見つけた様だ。

「……え? 鍵? そんなあっさり?」

 司は呆然として、神之助達を見る。

「え? これ、現状八本しか無い、その鍵?」

 見つけた本人である神之助も、事態の大きさに気付き始めたらしい。

「え? え? この鍵って、その鍵?」

 いつの間にか神之助から鍵を奪い取っていた夢乃も、その鍵が今後の行動を直接左右する物である事に気付いた様だ。

「でも、その鍵って家の鍵って言うより、自転車とかロッカーの鍵みたいですね」

 事態が分かっているのか分かっていないのか、特に気負ったところの無い口調で塔子が鍵を見ながら言う。

 神之助が見つけ、今は夢乃の手にある鍵は、塔子が言う様に形状は確かに細く刻みの少ない鍵である。

「じゃ、じゃあ、後はゴールに向かえばクリア? やったじゃない、神ちゃん!」

 夢乃、大喜びである。

 司も乗り遅れたが、同じように歓声を上げたい気分だった。

 ゴールは十中八九、南側区画の出入口で間違い無い。後は鬼に見つからない様に南側区画へ行って、閉ざされている扉を開ければここから出られる。

 楽勝じゃねーか、ひゃっほーい。と、司は思った。

(本当にそうか?)

 今すぐにでも売店を飛び出したくなる衝動の中、司の頭の中で妙に冷めた部分の方から囁く声が聞こえてくる。

(何か大きな勘違いしてないか? ルールに書かれている事を正確に理解しているか?)

 知った事か。俺達はここから出るんだ。そうすりゃ安全な日常に戻るんだ。

(だと良いな。だが、それで出れるかな? 却って危険な事にならないか?)

「司くん?」

 神之助が心配そうに司を見る。

「あ、ああ、悪い。でもこれで解放されそうだな。移動しようか」

 そう言う点では、先程の双眼鏡が役に立つ。

 この売店はシャッターやブラインドが降りているので、ここから外を見る事は出来ない。一応ブラインドの隙間から見る事は出来るが、窓枠には鉄柵がはめ込まれているので窓からは出れない。

 外に出るには、入って来たシャッターを上げて出るか、裏口から出る必要がある。どちらにしても鬼が待ち構えていた場合には、双眼鏡など持っていても意味が無いのだが。

 ただ、あれ程のモノが動いている足音の様なモノは無かったので、それは無いと信じていたい。

 その一方でこの売店は若干蒸し暑いが、冷蔵庫は動いているので冷たい飲み物は手に入るし、ここで大騒ぎしない限りは音が外に漏れにくいので隠れ場所にはもってこいである。

 ここに籠城して助けが来るという消極策も無くはない。

 しかし、ここに隠れていると見つからないと言う保障は無いし、クリアした人間が出ても助けが必ず来るとは限らない。場合によっては鬼に見つからない代わりに、救助隊にも気づいてもらえないではあまりに笑えない。

「じゃあ、私と神ちゃんが隠れてるから、凡と虚無で助けを呼んできてよ」

 夢乃が手で払う様に言う。

「ルールにわざわざ明記されてるんだし、長く一ヶ所に隠れ続けるのは難しいと思うよ、夢乃さん」

 神之助も冷静さを取り戻してきたのか、鋭い意見を言う。

 確かにルールに書かれている以上、長時間一ヶ所に隠れるのは賢い選択とは言えない。

 ルールには鬼が学習していくとも書いてあった。

 中央広場で大暴れしていたあの鬼が何を学習していくのか、それを考えると恐ろしくもある。

 それを参加者から学ぶと言う。

 何か引っかかるところがあったが、今はとにかく神之助が手に入れた鍵を使って外に出るのが最優先であり、それさえ達成出来ればルールの事など考えずに済む。

「じゃ、移動しましょうか、塔子さん?」

 塔子はまだ物色していたが、これ以上は飲食物以外の不自然に配置されたアイテムは見つからなかった。

 しかし、ここに鍵が隠してあったと言う事は、この売店はこのゲーム中の拠点として最初から設定されていたのだろう。給水所とでもいうところか。

 だとすると、ここから片っ端から何でもかんでも持って帰るのはちょっと問題あると言う事だ。

 まあ、現実的に真夏の昼間に鬼から逃げる時にジュースやお菓子を山程抱えて移動しようなど、馬鹿げているにもほどがある。

 とはいえ、水分補給が出来るのは有難い。

 それぞれがペットボトル一本くらいを持って、売店から出る事にする。

 最も危険なのはこの瞬間。

 ここから出る事が出来れば、双眼鏡のアドバンテージはとてつもなく大きいが、シャッターを上げた瞬間に、もしくは裏口のドアを開けた瞬間に奇襲を受けたら、文字通り瞬殺である。

「よし、神無月。レディーファーストだから、お前から出ていいぞ。殿は俺が務めるから、何も心配いらない」

 司は先頭を夢乃に譲ろうとする。

「何を馬鹿な事を言ってるの。さっさと出なさいよ、凡」

 夢乃は飛び上がりそうな驚き方をして、司を睨みつけてくる。

「何だよ、怖いんだろ?」

「あんたこそ、怖いんでしょ? 私はそうでもないけど?」

「マジで? 俺超怖い。いやもう、怖すぎて気持ち悪くなるくらい。さっすが神無月、格が違うな。というわけで先頭を頼む。殿は任せろ」

「はあ? 私の方が絶対怖がってるし。強がってんのが分からないの? これだからモテない童貞はダメなのよ」

 夢乃は後ろに下がりながら言う。

 童貞がダメと言うのなら、司だけではなく神之助もダメになりそうなものなのだが。

 そこは夢乃のご都合主義でどうにでもなるのだろう。

「お前の怖がり方なんて、甘い甘い。俺の方が怖がってるね」

「男のくせに何を自慢してるのよ」

 ガラガラガラ。

 司と夢乃が言い争っている時、塔子が無造作にシャッターを上げる。

「意外と軽いんですね、シャッターって」

「日差しが眩しいですね」

 塔子と神之助が無警戒に外へ出て行く。

 あの二人は見た目の割に豪胆らしい。

 外には鬼が待ち伏せている事も無く、遠くで悲鳴の様な気がする奇声や、何かを破壊しようとしている様な轟音が聞こえる気がするが、少なくとも近くで物音はしない。

「出口はやっぱり南側かな?」

「俺はそう思うけど、別の何処かがありそうか?」

 売店の前で立ち話では無警戒に過ぎるので、物陰に隠れながら神之助と司は話す。

「でも南側って隠れる場所が無いから、近づくのは難しいよな?」

「ここって、地下があるから、そこも候補に挙げたほうが良いかもしれないよ?」

「地下? 地下とかあんのかよ」

 司は驚くが、一度以上ここに来たことがあるらしい神之助と夢乃は頷いている。

 西側区画の遊園地施設は、正直なところそれほど多くない。

 目立つところで言えば、建物の隙間を縫う様に回る大きな観覧車。動いている内の三分の一は建物の側面という斬新過ぎる景色が楽しめるらしい。大きな左右に振れる絶叫系のゴンドラもある。後は窮屈なコースのジェットコースターもあるが、大型アトラクションはそれくらいである。

 お化け屋敷やミラーハウス的なモノもあるらしいが、それは何故か商店街区画に飲み込まれる形で点在しているらしい。

 お店に入るつもりで入ったところがお化け屋敷だった、となったら下手な演出など必要無いくらいに驚かされる。

 まあ、訴えられてもおかしくない驚かせ方でもある。

 このパークが経営を立て直せなかったのは、必ずしも通信機器が使えなくなった為だけでは無さそうだと感じられる。

「やっぱ南側じゃね? 地下には出口が無さそうな雰囲気が無いか?」

「あんた、神ちゃんに文句付けるの?」

「私も地下には出口があるとは思えないですけど」

 塔子も首を傾げている。

 司と塔子は初めて来園したので、南側の出入口にあった見取り図をチラ見したくらいしか、このパークの事を知らない。

 一方の神之助、夢乃の二人は地下区画に行った事がある。地下区画の入口は西側区画にあり、その広い地下区画は関係者以外侵入禁止の場所があり、地理的にそこは東側区画につながっているのではないか。

 と言うのが、神之助の案である。

 お互いに長所短所がある。

 南側区画は出口の大本命であるが、隠れる場所が皆無と言える。そこに鬼であるトール像が走ってくれば、そこはもう全力疾走で逃げるしかない。逃げられるかどうかは分からないが、その状態になったらほぼ手詰まりである。

 双眼鏡があるので早期発見は出来るだろうが、相手がどれほどの早さで追ってくるか分からないので、賭けに出るには勝率が高くない。

 地下区画は西側区画から行けるので、隠れながら移動するのには向いている。地下に降りると、イベント広場や地下に設置された遊具などがあるため、北側や西側ほどゴミゴミしてはいないが、南側ほど隠れる場所が皆無と言う訳では無い。

 最大の問題は出口があるかどうか。

 ルールに明記されている出口は三ヶ所。その中の一ヶ所が地下に隠されていると言うのは、余りに悪意に歪んでいる様にも思える。

(悪意に歪んでいるとすれば、そんなレベルの話じゃないんじゃないか?)

 司の冷めた部分がまた囁いてくる。

 ルールの中に潜む悪意は、鬼が襲ってくる事が書かれていない事でも分かる。

 あのルールに書かれている通りであれば、もっと平和的な宝探しゲームプラス鬼ごっこだと思っていた。それが突如、理不尽極まるデス・ゲームに様変わりしたのだから悪意を隠していたとしか思えない。

(そんなルールを用意している側が、バカ正直に南側に出口を置くか? それにそんなストレートな出口からサクッと出れるゲームになっていると思うか?)

 自分の中の冷たい声が、警戒を促してくる。

(わざわざ見えるところに餌を置いている目的は何だ? 棒でザルを抑えてるからじゃないのか? 餌を食べているウチに捕獲されるんじゃないか?)

「司くん?」

「ああ、悪い。考え事してた。ここは来た事がある側の意見を尊重しよう」

 これまで南側を主張していた司だったが、自身の警戒の声を信じてみる事にした。

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