ゲームスタート ギャラルホルンの鳴る時
ゲームスタート ギャラルホルンの鳴る時
木村萌は、自分の人を見る目に自信があった。
このゲームに参加する時にも、正直なところ彼女に勝算があった訳では無い。と言うより、最初から彼に任せるつもりだった。
元々彼、吉岡辰巳と付き合ってやっているのは、この男の妙な勝負強さを買っての事だ。
大きな勝負事にはこれまで挑んでいないが、辰巳は勝負事になると冴えない見た目の割に頼りになり、結果として萌にも多大な利益をもたらす。
今回はこれまでに無い大きな勝負になりかねないが、やはり辰巳は勝利に近い男だったと確信していた。
吉岡辰巳は自分の考えの正しさを確信していた。
この手のゲームには、ある種の攻略法が存在している事を彼は正しく理解していた。
一見すると、このゲームは鬼ごっこの様に鬼がら逃げ回りながらゴールを目指すモノに思えるが、実は違う。
このゲームは完全なスプリントゲームである。
ルールの一文にある『鬼は参加者の皆さんの行動を見て、どんどん学習して行きますので、隠れるのは難しくなります』の一文こそ、このゲームの本質であると辰巳は読み取っていた。
鬼が参加者の行動を見て学習するという事は、ゲームスタート直後は鬼が最も弱く行動力の無い状態であるという事である。
そして、鍵の位置。
辰巳は予想ではあったが、それでも鍵の位置を正確に予測出来た。
このアトラクションパークの最北西端。出口と思われる南側から最も離れた場所。鍵の隠し場所として、最も適した場所と予測したのだが、それがズバリ的中した。
『ゲームスタートです』
アナウンスが流れると同時に、辰巳は鍵を入手しようとした。
これまで萌との関係は一線を守ってきたが、ここで良いところを見せると、このもどかしい関係も一気に辰巳にとって望ましい関係になると確信していた。
鍵を守るのは、鬼の一体と思われる奇妙な生命体。
ソレは例えるなら、一メートルはあろうかという緑のゼリービーンズ。
体内に鍵を取り込み、プルプルと震えている。
「辰巳、アレが鍵?」
辰巳の後ろから萌が少し弾んだ声で尋ねてくる。
「間違いないですよ萌さん。アレを手に入れれば、僕達が最初の脱出者になる事は間違い無いです」
辰巳もこの時点で勝利を確信していた。
ここは廃材置き場も兼ねているのか、手頃な鉄パイプが転がっているのも、運が味方しているとしか思えない。
辰巳は鉄パイプを手に取ると、慎重に緑のゼリービーンズの様な何かに近付く。
ソレはプルプル震えるだけで、攻撃してくる事も、逃げる事もしない。
辰巳は容赦無く、鉄パイプを振り下ろす。
意外と弾力が強く、一回ぶっ叩いたぐらいではゼリービーンズの中にある鍵まで到達しなかった。
辰巳は数回鉄パイプを振り下ろす。
ゼリービーンズが原形を留めなくなるまで殴り、ようやく鍵を手に入れる事が出来た。
わざわざビニール袋に入っていた辺り、鍵が変形しない様に配慮されているところを見ると、これはダミーでは無く本物の鍵に違いない。
『鬼が一体、撃破されました』
『鍵を入手しました』
辰巳が鍵を手に入れた時、そう言うアナウンスが響く。
余計な事を、と辰巳は思う。
九本しか無いらしい鍵の内、一本を手に入れたとアナウンスされてしまうと出口に向かうところを怪しまれてしまう。
「ねえ、辰巳。アレって扉じゃない?」
萌が巧妙に隠された扉を見つけて、辰巳に言う。
「ホントだ! 萌さん、よく気が付きましたね!」
辰巳は少し大げさに驚いてみせる。
「まあ、私も役に立つところを見せないとね」
萌は得意満面で言う。
彼女が単純で考えが浅い事は、他の誰より辰巳がよく知っている。
萌は気付いていないようだが、彼女は自分が思っているよりポーカーフェイスの出来ない質であり、大学ではよく賭けでカモにされていた。
とにかく勝負事に弱いくせに、自分では出来るつもりでいる。
いつも負けが込んだ状態の萌を、辰巳は何度も救ってきた。
すぐへそを曲げる反面、褒めておだてれば気分を良くする萌の扱いに慣れた辰巳は、萌が自慢したがっていると感じたら、とにかく褒める事にしている。
「私達、間違いなく一番よね?」
「モチロンですよ」
辰巳が言うと、萌は輝く様な笑顔を浮かべる。
何しろ今のアナウンスの他に鍵の入手を知らせるものは無かった。つまりは最初の一本である。
隠し扉は低い位置にあり、辰巳は膝をついて隠し扉の鍵穴に鍵を差し込む。
根元まできっちり刺さっているが、鍵が回らない。
「どうしたの?」
後ろから中腰で見ている萌が、不思議そうに尋ねる。
「鍵が回らないんです。どうやらここの鍵じゃないみたいですね」
「何よそれ。ちょっと私にやらせげぶ」
重い衝撃音と、これまでに聞いた事のない萌の声が彼女の言葉を区切る。
「萌さん?」
辰巳が振り返ったところで見えた萌の姿は、中腰の状態ではなく、こちらを向いて倒れている姿だった。
つい先程まで輝く様な笑顔を浮かべていた萌の頭部は歪に変形していた。
横殴りにされたであろう鉄パイプが、彼女の派手な化粧を施した顔の半ばまで食い込んでいるのだ。
「……萌さん?」
辰巳が声をかけても、萌は体を痙攣させているだけで答えは無い。
そんな馬鹿な。つい数秒前まで何事も無かったのに。
辰巳は混乱しながら、それでも鍵を回そうとする。
(この、この扉さえ開けば僕の勝利は間違い無いんだ。そうしたら萌さんと賞金を山分けして、そう、その賞金くらいあれば、僕と萌さんとの関係も一線を超えて)
辰巳はひたすら鍵を回すが、ガチャガチャを耳障りな音が鳴るだけで鍵が動く気配は無い。
結局辰巳は萌と同じく鉄パイプで頭部を砕かれるまで、回らない鍵を回し続けていた。
彼等が取った行動が、鬼に目的を果たす上でもっとも手っ取り早いのは、相手が動かない状態にしてしまえば良いと言う事を教えたのだが、それを彼等は知る事は無かった。
『鍵が破損しました』
そのアナウンスが流れる頃には、すでに辰巳も萌も絶命していた。