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第二十五話 残り二時間十分

第二十五話 残り二時間十分


 司と塔子は周囲、特に東側にいて既に司達に気付いている巨人の同行に注意を向けていた。

 出口の最有力候補は東側区画であることは間違い無いが、あの巨人が動こうとしないのであれば、まずは南側区画へ行ってみようという神之助の案である。

 中央広場を南周りに回って、見るも無残な死体には目を向けないようにして南側区画を進む。

 残る参加者は司達を含めて十二人。その内四人がここで共に行動していることになるが、追うべき鬼の数も既に二体。内一体は巨人であり、先の戦闘で多大なダメージを負っている。

 なので、南側区画を回るべき鬼がほぼいない。

 今なら安全に南側を回れると言うのが神之助の提案だったわけだが、それが正にその通りとなっていた。

 しかし、得るものは無かった。

 南側の閉ざされた出入り口を細かく調べたが、大きな鍵穴は見つかったものの、神之助が持っている二本の鍵とはまったく形が違う。カードキーは試す必要もない。

 ここが出口の一つではありそうだったが、司達が見つけた鍵では出られそうにない。

「やっぱり、あの巨人と戦う必要があるんだな」

 司は東側区画を守る巨人を見て言う。

 塔子は愛用の双眼鏡で周囲を見ているが、今は目立った動きはない。

「司くん、何か作戦があるの?」

 神之助が尋ねると、司は眉を寄せる。

「まあ、アレを使うのが一番良さそうだな」

 司は中央広場を見ながら、ポツリと呟いた。


 司達は東側区画へ近付いた。

 巨人はとっくに気付いているので、不意打ちは出来ない。

 片足が充分に動かせない巨人にとって、死守する門から動く事はないので不意打ちには向かないのは司もわかっている。

 だが、逆に言えば巨人はそこを離れられない。

 それが目の前であからさまな準備をしていても、巨人はそれを見守る事しか出来ない。

 片腕しか動かせない司は巨人を前にして、指示を出していた。

 こちらに武器らしい武器は無いが、勝算はある。

 その為にかなり時間がかかってしまった。

 巨人が瞬きの早さで飛びかかってくるような事が絶対に無い、とは言えないので司は巨人を見ながら指示を出していた。

 この数時間、鬼に命を狙われていた参加者だが、この鬼の知能の高さは実感させられた。

 驚くような知能の高さを見せる鬼達であり、知能の高さはほぼ戦闘能力の高さに直結する。しかし、ほとんどの長所は裏返したり見方を変えると、短所にもなる。

 巨人は見た目には脳筋に見えるがコレも鬼である以上、基本スペックが騎士やガーゴイルに劣る事は無いだろう。

 これから司が行おうとしているのは、それなりに高い知能が無いと困るのだ。巨人や騎士の事は分からないが、ガーゴイルの特性についてはよく知っている。鬼が同等の知能や考え方を持っているのであれば、勝目はある。

「準備は整った?」

 司は後続を見る。

 司の後ろには、先の中央広場の戦闘で使われた長いロープの残骸の中でも一際長いモノを持った塔子と夢乃。売店で見つけた消火器や缶ジュースを持った神之助が続く。

「まずは確認してみよう。神之助、頼む」

 本当なら司がやるべきところだが、右手が動かない司ではまともに出来ないので神之助に任せる。

 と言っても、大した事では無い。

 神之助は頷くと、正面を向いている巨人の右と左にそれぞれ空き缶を高く放り投げる。

 それに合わせて、司はごく僅かに巨人に近づいてみせる。

 巨人は見当違いの方向に投げられた空き缶より、司の方を警戒している。

 当然だ。放り投げられたのが空き缶で、しかも見当違いの方に投げているのだから警戒する必要も無い。

 それくらいの判断をしてもらわないと、司も困るのだ。

 そして、決定的な情報。

 空き缶は高らかな音を立てて地面に落ちる。巨人は目の前の司から、高らかな音を立てた左右の空き缶の方を見た。

 ガーゴイルが正にそうだった。

 ガーゴイルは目を失っても相手を大まかに捉える事が出来ていたのは、音に対して恐ろしく敏感だったためである。それは方向だけではなく、音の大きさや響き方から相手の場所を特定出来る、ソナーの様な機能を備えているのだろう。

 このイベントに置いて、数少ない鬼達は隠れる参加者達を見つけないといけない。そのためには視力だけに頼って探していたのではラチがあかない。体温感知までは持っていないのは確実だが、目より耳を、視力より聴力によって得た情報を重視する。

 それは巨人も共通だった。

 司は左手で刀の柄を握り、巨人に向かって走る。

 巨人は左右の音から、正面に走ってくる司へ視線を戻し、どこかへ持って行かれたはずの巨大なハンマーを構えて、迎え撃つ構えを取る。

 司は巨人の間合いに入らない様に立ち止まり、左手で刀を抜く。

 言うまでもなく模造刀なのだが、これは巨人に対するというより、後続へのアピールの意味合いが濃い。

 司が刀を抜いたのに合わせて、塔子と夢乃も動く。

 スニーカーの塔子と違って、サンダルの夢乃が全力疾走は厳しいが、それでも動きに制限される訳ではない。

 二人が持っているロープは、この巨人にとっては苦い思いをさせられたモノである。そのためか巨人は刀を持つ司ではなく、ロープを持つ二人の方を警戒している。

 かかった! 後は詰めだ。

 巨人はジリジリと東側区画のゲートから、夢乃と塔子の方へ近づいていく。

 ここからはチキンレース並みの度胸を試される事になるが、詰将棋である。誰か一人でもビビって動けなくなったらそれで全て台無しになるが、ゴールは見えている。塔子はまったく心配ないが、神之助や夢乃もしっかり動けている。

 神之助があえて塔子や夢乃の方に空き缶を投げて、意識を向けさせながらロープ組の反対から東側区画へ近付く。

 この巨人が、モデルとなった雷神の様に雷を自在に操れない事は、もうわかっている。これはすでにデカいだけの手負いのオッサンである。

 後ろから近付く神之助に気を取られると、ロープ組の二人が近付いて来る。ロープに意識を向けている巨人は、無理にでもそちらに注意を向ける。

 更に周囲に空き缶を投げる神之助がいるので、片足を引きずっている巨人ではそれの全てをフォローする事など出来ない。

 最初に攻撃範囲に入ったのは、司だった。

 これも当初の計算通りである。音で気を引く役の神之助と、もっとも警戒されるはずのロープ組と違って、司は巨人の意識からは外れやすい。

 攻撃で狙うのはすでに傷ついている足。出来れば関節部分である膝か足首だが、司にはそれより重要な役目があった。

 左手に持つ刀では、渾身の一撃といっても無理がある。

 司が巨人の傷ついた膝を狙っての突きより先に、巨人の右手に持つハンマーが振り下ろされる。

 これが司の役割だった。

 司は横に飛ぶ様に、その巨大なハンマーを避ける。

 巨人の左腕は相変わらず垂れ下がったままであり、巨大なハンマーは一度振り下ろされると次の動作にすぐには繋げられない。

 司の最大の役割は、この最初の一撃を相手に振らせる事。それを避ける事が出来れば、足と同じか、あるいはそれ以上に効果のある部位に攻撃出来るようになる。

 司も何度も攻撃出来る余裕はないが、それで充分だった。

 司は抜いた刀を思い切り振り下ろす。

 それは巨人の右手首。二度とハンマーを持てない様に、手首を粉砕してやる事こそが、司の本当の目的だった。

 狙いもタイミングも申し分無かった。もしこれで両手が使えていれば、それも出来たかもしれないが、さすがに左手一本でそれは無理だった。

 だが、その一撃は巨人にハンマーを手放させる事には成功した。

 巨人が右腕を振るのを司は避けると、神之助の方へいく。

 神之助も十分に近付いていたので、この一戦限りの切り札である消火器を巨人に向けて噴射する。

 右手を振った直後であるタイミングを狙ったので、巨人の顔に消火剤が直撃した。

 痛みは感じない様だが巨人は視界を完全に封じられた。

 次に取ろうとする行動は二択である。

 音を頼りに参加者を狙うか、死守するべき場所へ戻って動かない壁になるか。

 巨人は後者を選ぼうとしたようだが、それは司の予想通りの行動だった。

 この巨人は中央広場の戦闘後、ダメージが大きかったとはいえ参加者を追う事に参加せずに守備に付いた。今のこの巨人は参加者への攻撃より、出口の防御の方が優先順位の高い行動だと予想出来たのだ。

 目の見えない巨人が、司が刀で地面を叩く音や、神之助が手元に残った缶を投げる音に紛れて近付いて来る塔子を捉える事など出来なかった。

 巨人はイチイチ音に反応したが、それでも門へ戻ろうとする。

 そこにロープが張られている事も気付かず、足を引きずる。結びつける柱などもないので、片方を塔子と神之助が、もう片方を司と夢乃が握る。

 見えていれば巨人の力の入れ方によっては四人であっても蹴り飛ばされたかもしれない。しかし、トラップの存在に気付かない状態で四人分の体重を片足で押しのける事は、巨人の鬼であっても出来なかった。

 巨人は重い音を立てて倒れる。

 痛みは感じないようだが、この巨人も生物であるらしく、本能的に倒れる時に右手で体を支えようとした。

 ただでさえ傷つき、巨体を片腕で支えようというのが厳しいのである。普通の人間でもこの状況では手首を骨折しかねないのだが、この巨人は目が見えていない上に先に司に手首を強打されていた。

 巨人は倒れた時右手で体を支えようとした結果、巨人の右手首はおかしな方向に曲がって使い物にならなくなっていた。

 もはやもがく事しか出来なくなった巨人だが、司はまだ油断しない。

 あの燃えた建物でも、階段から落下して体中が火に包まれてもガーゴイルは攻撃してきた。鬼が活動をやめるのは、そのアナウンスが流れた時だ。

「神之助、神無月や塔子さんと一緒に東側区画のゲートを調べてくれ。俺はコイツにトドメをさす」

 司は神之助から空になった消火器を受け取る。

「悪く思うな、なんて事は言えないけどな」

 そう言うと、司は消火器で巨人の頭部を殴りつける。

 ガーゴイルにトドメを刺した時も頭部への攻撃だった。

 特に強く意識していたと言う訳ではないが、この鬼が生物である以上は、頭部は絶対の急所になる。

 左手一本では無理があるが、そうも言っていられない。司は消火器のノズルを持つと振り回すようにして、頭部に叩きつけていく。

 消火器が変形し、ノズルも千切れ、巨人の頭部も見るも無残な形に変形するまで司は殴っていた。

 その時の司を支配していたのは、勝利の高揚感などではなく、身を焼く怒りだった。

 これまで抑えていた怒りが噴出し、司は我を失っていた。

 このイベントは、最初から悪意を強く練りこまれていた。楽しく、ゲーム感覚で行われるようなイベントではなく、最初から命のやり取りを強制するモノだったのだ。

 あの不親切極まるルールの中に見え隠れしていた悪意。それに気付けば、全員で対抗する事も出来たかもしれない。

 そうすれば文芸部の面々は言うまでもなく、疋田家の家族も犠牲にならずに済んだ。

 それを止める事は出来なかった。

 今の司の怒りが鬼に対する八つ当たりだったのは、自覚があった。

 しかし、それでも止められなかった。

「志神君! もう終わったから!」

 後ろから塔子に羽交い締めにされるまで、司は消火器で殴り続けていた。

 アナウンスも聞こえず、気付くと司は汗まみれで呼吸を乱していた。

「志神君!」

 塔子の悲鳴が耳元で聞こえ、ようやく司は消火器を捨てた。

「すいません、塔子さん。手間かけました」

「ゲートが開きました。行きましょう」

 塔子は倒れそうになる司を支えながら、優しく言う。

 東側区画へ入るゲートが開き、その前に神之助と夢乃が立っている。

「行きましょう、塔子さん。これで終わりですよ」

「ええ。帰りましょう」

 塔子に支えられ、司も神之助や夢乃の待つ東側区画のゲートへ行く。

「塔子さん、よく見ると、変な日焼けの仕方してますよ?」

「え? どう言う風に?」

「双眼鏡の部分が白くなって、逆パンダみたいになってます」

「フフッ、それなら可愛いから良いです」

 塔子は本当に嬉しそうに笑う。

 ちょっとそのセンスは理解出来ないが、司は塔子、神之助、夢乃と共に東側区画のゲートをくぐる。

『参加者の四名がクリアしました。クリアした出口は封鎖されます。残る出口は二ヶ所です。皆さん、頑張って下さい』

 そのアナウンスと共に、東側区画のゲートが閉じ始める。


 司がパークを振り返った時、少女が二人の少年と大人の男女と共にパークを通り過ぎる姿が見えた。

 彼女はこちらに気付くと、恥ずかしそうな笑顔を浮かべる。

 それを見た、少女より年下の少年は、少女を冷やかす様な態度を取り、少女は照れ隠しするように少年を怒っている。

 仲の良い両親や、姉弟が去っていくのが見えた。

 少女は一度振り返ると、司に向かって小さく手を振る。


 ありがとう、と言う言葉が聞こえた様な気がした。

 もし礼を言う必要があるとすればこちらなのに。俺にはその笑顔を向けてもらう資格は無いのに。その笑顔を守りたかったのに。

 それでも司は顔を上げ、少女とその家族を見送る。

 彼女は笑顔だったのだから、自分が曇らせるわけにはいかない事くらい分かっている。

「志神君?」

「すいません、行きましょう」

 次に司が振り返った時に見えたのは、パークを区切る東側区画のゲートだけだった。

 もちろん、パークを見る事が出来たとしても、都合の良い幻覚をもう一度見る事など出来ない事くらい、分かってはいたのだが。

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