第二十四話 残り三時間
第二十四話 残り三時間
『スタートから七時間が経ちました。現時点で、ゲーム参加者の内、十二人が残っています。皆さん、頑張って下さい』
司達は最初に隠れた売店に、改めて隠れて休んでいた。
ここに来るのは三度目だが、二度目の騎士をやり過ごした時と比べるとあまりにも多くの事が変わってしまった。
もう参加者も九割近くが消えた。残る人数の内、四人が司達である。
大したものだと思う。
しかも、塔子、神之助、夢乃の三人はほとんどケガもしていない。
「司くん、大丈夫?」
神之助が膝を立ててぐったりしている司に、心配そうに言う。
「ああ、少し休めば大丈夫だ」
司はそう答えるしかなかった。
救えなかった。
あの臆病な少女が何故悲鳴のような声を上げながら、わざわざガーゴイルの方へ行ったのか。それも考えれば分かりそうな、彼女の命をかけたヒントだった。
それにもう少し早く気付く事が出来ていれば、彼女を助けられたのではないか。
ガーゴイルは、三階の戦闘の時にはすでに目ではなく、耳で、音で相手を判断していたという事に司がもっと早く気付いていれば、もっと上手に戦えたはずだった。
最後の最後、ガーゴイルを撃破出来たのも、詩織の命を賭した行動の結果であり、彼女に渡していた篭手がガーゴイルの機動力を大幅に奪っていたからである。
偉そうな事、言っちゃったな。助けるつもりが、逆に助けられる事になるなんて。
彼女の笑顔が目の前に浮かぶ。
何か吹っ切れた様な、輝く様な、柔らかい笑顔だった。
確かにそういう笑顔が見たいと思っていた。そういう笑顔を浮かべてもらうために、司は彼女を助けようとしたんだと思っていた。
そして、その笑顔を見る事は出来た。
彼女の最期の記憶として。
俺が望んだのはそんな事じゃなかったはずなのに。俺は助ける事が出来たかもしれないのに、助けるどころか助けられた。
「詩織ちゃん、助けられなかったんだね」
夢乃がポツリと呟く。
「神無月さん」
塔子が夢乃をたしなめる様に言う。
「別に、志神くんを悪く言うつもりは無いわよ。志神くんに助けられなかったんなら、他の誰であっても助けられなかったでしょうから」
夢乃の言葉はいつもの怒っている口調ではなく、疲れ果てて打ちひしがれている司を気遣っている風に聞こえる。
ただ、あの短時間の内にもっとも仲良くなった夢乃は、本当に残念に思っていたのもわかる。
「私達が助かってるのも、正直なところ志神くんのお蔭なのよね」
「俺は何もしてないよ」
司は頭を上げずに言う。
「俺より塔子さんのお蔭だよ。塔子さんがいなかったら、俺は最初の方、ここに隠れる前に巨人にやられてたからね」
「私も、志神君がいなかったら同じところで消えてたから、お互い様ですよ」
塔子は柔らかく言う。
「そんな事無いでしょう。塔子さんなら、一人でもクリア出来てたと思います。俺はそこに乗っからせてもらってるだけですよ」
考えれば考えるほど、司は自分が情けなくなってくる。
ピンチを救ってきたのは、ほとんどの場合が塔子であって、司ではない。
三本見つけた鍵も、一本は塔子であり、二本は神之助である。
そして鬼の撃退。
騎士を倒したのは横山であり、ガーゴイルに対してもっとも致命的なダメージを与えたのは助けることの出来なかった少女、疋田詩織である。
横山は司に向かって主人公と言う言葉を使ったが、司自身はそうは思えない。
自分があまりにも何も出来ていない事が、司を苦しめていた。
せめて詩織を助ける事が出来ていれば。それが無理でも、建物から出ようとした時、炎に包まれたガーゴイルが一人の少女を投げつけてきた。
アレが誰かは分からなかったが、あの少女も、もう少し早く司が来ていれば、あと少し早く声をかけていれば助けられたかもしれない。
物語の主人公なら助けられたヒロイン達を、司は助ける事が出来なかった。
「私一人では、クリアなんて出来ませんでしたよ。一人だったら、怖くて動けませんでしたから。私は、志神君がいて、志神君が引っ張ってくれたから役に立てたんだと思います」
「俺は引っ張ってなんていませんよ」
「いいえ。志神君は、このイベントが始まってからはいつも先頭に立ってくれました。怖くてまともに動けない私達を、志神君が引っ張ってくれました。だから私達は志神君の背中を見失わないように、ここまで来れたんですから」
「そうだよ、司くん。僕は司くんに付いて行けば大丈夫だと信じてた。実際に僕達が助かっているのは、司くんのお蔭なんだから。ね、夢乃さん?」
「本当にそうだと思うわよ」
「買い被りだよ。俺は誰も助けてなんかいないんだから」
疲れきった声で、司は言う。
「少なくとも、私は助けられましたよ。志神君に」
そう言うと、塔子は司に寄り添う様に座る。
「塔子さん?」
「私、志神君は凄くカッコイイと思いますよ。そんな志神君だったから、私は志神君を好きになったんですよ」
塔子はさらっと、司に伝える。
余りに自然な口調だったので、その言葉を正確に理解するのは司だけではなく、神之助や夢乃もしばらく時間がかかった。
「はい?」
「ちょ、ちょっと、虚無? ここでそんな事をサラッと言っちゃうの?」
司と夢乃が驚き、塔子を見ている。
「うん。私は、カッコイイ志神君が好き。だから、志神君にはカッコ良くあって欲しいの」
「塔子さん」
司は、塔子を見る。
今まで塔子は、はっきりとした態度を取る事は無かったと司は感じていた。
だから、色んなアピールは全て司の一方的な片思いだと思っていた。どちらかといえば、それを楽しんでいたところもあった。
「僕だって、カッコイイ司くんの事が好きだよ。だから、僕も司くんにはカッコ良くあって欲しいと思う。だって、僕は司くんの事が好きだもん」
神之助が涙で潤む目を、司に向ける。
「……はい?」
塔子の時より時間をかけて、司は聞き返す。
「あの、神之助君? ソレって、友達って事だよね? 大体俺達、男同士な訳だし」
「全然アリじゃないの」
と、口を挟んできたのは夢乃である。
「アリじゃねーよ。え? 神無月って、ちょっと腐ってる感じなの?」
「私というより、文芸部では公然の秘密だったわね。もちろん、虚無も知ってたわよ?」
「まあ、シガ×センは文芸部では鉄板ネタだったから」
「知らないのは司くんだけだったよ?」
夢乃、塔子、神之助が言う。
「え? ちょっと待って? 何その会話。何でそんな自然な感じで腐った話してるの? 俺的には塔子さんとの会話の所で充分だったんだけど」
司はそう言って三人を見ると、三人は自然な笑顔を浮かべている。
「ようやく司くんが戻ってきたね」
「ワザと、か?」
司が期待して神之助に確認したが、神之助は赤くなってモジモジしている。
この反応はどう見てもガチで、司を復帰させるための演技というふうには見えない。
神之助は確かに見た目には美少女であり、女子の多い文芸部の中でも塔子に次ぐ美少女に見えるし、夢乃にも劣らない。が、それは見た目だけで、中身は正真正銘の男である。
その事は文芸部の誰よりも、司がよく知っている。
「えっと、じゃあ神之助、お前高校に入って好きな人がとか言ってたけど、それって……」
司が恐る恐る尋ねると、神之助は耳まで赤くなる。
マジか? そうなのか? 俺が知らない間に、俺の親友はソッチ側に行ってしまったのか?
「それで良いのか、神無月? お前はそれで納得してるのか?」
司は夢乃の方を見る。
右肩が痛みのせいで動かせないのため言葉だけだが、万全であったら司は夢乃の肩を掴んで訴えかけていただろう。
「私はそんな神ちゃんを受け入れられる、器の大きい女なのよ」
「いや、その器はいらないだろう。それなら、今この場で神之助に女の良さを教えてやってくれ。俺はそれを後学の為に黙って見学してるから」
司が言うと、夢乃は大きくため息をつく。
「せっかくちょっとカッコ良かったのに、あんたは結局凡なのね。それに言っておくけど、シガ×センは文芸部の公然の秘密って事は、モチロン虚無も例外じゃないのよ?」
確かに塔子は、それを鉄板ネタと言っていた。
「塔子さん的には、ソレってどうなんですか? けっこうアツかったりするんですか?」
司の質問に対し、塔子は言葉では答えないがにっこりと笑う。
……そうなのね。
「ほら、凡も諦めて神ちゃんの愛情を受け入れなさい」
「待て待て、神無月。それってお前、俺に全面敗北する事にならないのか?」
「ならないわよ。私はそれさえも受け入れられる大きな器を持った女なんだから」
「と、言っているが、神之助的にはどうなんだよ。本心では神無月の方が良いよな? おっぱいデカいし」
「司くんは、僕の事、嫌い?」
瞳を潤ませて、神之助は司を上目遣いに見つめる。
超可愛い。
好きか嫌いかの二極論で言うなら、司にとって神之助は親友であり、勉強を教えてもらったりと恩すらある。
しかし、ここでいう好き嫌いとはベクトルが違う気がする。
そっちの好き嫌いの話になると、さすがに同じように答える事は出来ない。
「なあ、この話の続きはクリアしてからにしないか? 俺達まだ安全が確保されたわけじゃないんだし」
司の主目的としては結論の先延ばしにほかならないが、しかし正論でもある。
「残る鬼は東側区画を守る巨人だけだろ? 俺達には鍵が二本とカードキーが一枚あるんだし、詰めを誤らない様にしないとな」
「鬼の撃破は二体でした。だから、鬼は巨人ともう一体います」
行動しようとする司を止める様に、塔子が言う。
その塔子の言葉は、司だけでなく夢乃も動きを止める。
「え? 何言ってるのよ、虚無。だってあそこで騎士は馬も込みで燃えてたし、ガーゴイルだって凡がやっつけたし、ナイフの男はあんたと神ちゃんで撃退したじゃないの」
「ナイフの男は鬼じゃなかったんです」
塔子は自然な口調ではあるが、珍しく表情が険しい。
塔子自身は無表情と言う訳ではないが、何分存在感が薄いためさほど感情的とは思われていない。このイベント中でも、誰よりも冷静だった事も司達はよくわかっている。
「ナイフの男の正体は、鈎先君でした」
「鈎先が? 何で?」
「何でかまではわかりませんけど、鈎先君がナイフの男だったのは間違いありませんでした。あの時、二階で上がった悲鳴は鈎先君の行動によってです」
塔子の言葉をすんなりと信じられる様な内容ではなかったが、司には塔子を疑う理由もない。
塔子は横山達が隠れていた建物での、達哉の不自然な行動から疑った事を説明した。
そもそも建物に到達した直後に、誰かと一緒にではなく一人で行動しようとした事や、その後誰とも合流しようとはしなかった事。騎士がやって来た時の馬の足音を聞いても、驚きもしなかった事。
そして何より、塔子にナイフを向けてきた事。
「でも、だとすると五体目の鬼は別にいたって言う事ですか?」
神之助の言葉に、塔子は曖昧に頷く。
「そう思うんですけど、鈎先君がナイフの男であっても、それで鬼を自由に動かせる事にはならないんですよね。だから、五体目の鬼は近くにいたはずなんです。でも、私達はその姿を確認する事は出来ませんでしたから」
「正体不明の鬼がまだ残っているとなったら、なおさらさっさとクリアしないとな」
司が言う。
「これは俺の仮説なんだけど、偶然はもちろんあるだろうが、あの巨人が最優先で東側区画を守ったのがやっぱり気になるんだ。アレはもっとも死守しないといけない所を守りに行ったとしか思えない」
司の言葉に塔子も頷く。
東側区画を守る巨人は、すでに大きなダメージを受けている。しかし、そうは言っても正面からぶつかって司達が勝てる、とは言えない。
まともに動けなくても巨人の力は健在であり、攻撃力の高さで考えればハンマーでは疑いの余地もなく、仮に素手の一撃であっても直撃は命に関わる。
そして、この四人の中で奮戦し続けた司の右肩は、ガーゴイルの一撃を受けてから動かすことが出来なくなっていた。
時間が経つにつれて痛みは増していき、触れるだけでも激痛が走る様になっている。
その表情から察したのか、塔子が司の右肩に濡れたハンカチを当てる。
気が抜けてくると、その痛みに屈しそうになる。
その内、この痛みのせいで夢乃より役に立たなくなるだろう事を司は自覚している。
周りは電飾の光が目立ち始めたが、西側が明るいのは西日が残っていたり電飾が集中しているだけではないようにも思える。
消火にあたるスタッフもいなければ、スプリンクラーも作動していないので、延焼を始める可能性が非常に高いのだ。
イベント終了まで後三時間を切ったが、炎の勢いを考えると三時間後にはイベントどころかこのパーク自体が無くなっている恐れがある。
あらゆる意味で、残り時間は限られていた。




