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第二十三話 残り三時間三十分

第二十三話 残り三時間三十分


 先にソレに気付いたのは、戦っている司ではなく、後ろで怯えていた詩織だった。明らかにガーゴイルは奇妙なところがあったのだ。

 とにかく周囲の動きが大きくなって来た。

 悲鳴や怒号が大きくなり、二階からも悲鳴が聞こえたりした。さらには三階の入口近くでは火薬の破裂音も連続した。

 三階は一時的に落ち着いていたが、それをきっかけに騒ぎが大きくなり、皆が一斉にエスカレーターの方へ逃げ出そうとした。

 そこをガーゴイルが狙おうとするのを、司は刀を振り、ガーゴイルの首や翼を強く打ちつける。

 そのガーゴイルの動きの不自然さに、詩織は奇妙なところを感じていた。

 ガーゴイルは司と戦闘している。ガーゴイルの戦闘能力は非常に高く、片腕であってすら他の参加者の命を簡単に奪う事が出来るので、司は刀のリーチぎりぎりで戦う事を余儀なくされている。

 基本的に刀で突いて距離を稼ぎ、目や首、翼へのダメージを蓄積させている。

 が、消耗戦に不利なのはむしろ司の方だった。

 一般的な高校生である司が、痛みも疲れも感じないガーゴイルを相手に戦い続ける事など、無茶にも程がある。

 すでに司は肩で息をしているし、刀も重そうに剣先が地面の方を向いている。

 ガーゴイルのダメージも大きく、右側の損傷は生物であれば致命的なものになっているはずだが、その半分崩れかかった顔からは何も読み取れない。

 ガーゴイルは他の参加者の動きに誘われてスキを見せ、そこを司が突いていくのでガーゴイルと司の位置は三階の奥、エスカレーター近くまで来ている。

 三階から逃げようとしていた参加者達は我先にと階段やエスカレーターを降ろうとして、そのまま足を滑らせて階下へ転げ落ちていくか、ガーゴイルから突き落とされていた。

 その時のスキを逃さず、司は刀で崩れた右目を突く。

 ガーゴイルは大きく体勢を崩すが、左手を振って司の接近を阻む。

 もっとも、最速で追撃できる体力が司には残っていない。

 このままでは、司はガーゴイルに殺され、次は詩織が殺される。しかもそれは、そう遠い話では無い。

 司がいなければ、詩織は生き残る事は出来ない。

 それに、この時の詩織はまったく違う事を考えていた。

 自分にはもう帰るところも無い。帰ったところで仲の良かった優しい両親も、何事にも真剣だった弟も、何かと生意気だった下の弟も、今はもういなくなってしまった。だが、司にはまだ残っている。

 家族だけではない。彼を頼りにしている友人たちが、彼の帰りを待っている。

 返してやらないと。こんなところで私なんかに構っているべき人じゃないんだから。

 あまりに多くの事があり過ぎて、詩織にはそれが処理出来なくなっていた。

 それは自暴自棄になっているだけだったが、それでも詩織は一つの目的の為に勇気を振り絞り、自分の取るべき行動を考えていた。

 司を助ける。その方法を。


 コイツ倒したら、俺、レベルアップするのかな?

 重い模造刀を手放さず、司はガーゴイルを睨んでいた。

 最初は人型のガーゴイルの頭や首を、本物ではないとはいえ武器で殴る事には抵抗があったが、そんなものは数秒で無くなった。

 それから数分はガーゴイルを倒す為に、渾身の力で叩きつけてきた。その時には勝てると確信していた。

 が、今では甘かったと反省している。

 模造刀は真剣では無いにしても、それなりに重みがある。今では最初の重さの五倍はありそうなくらいに感じるが、この見た目の割に切れ味の欠片もない棍棒が司にとっての生命線である。手放すわけにはいかない。

 ガーゴイルの集中力がないというか、徹底的に司に集中しているわけでは無いので今は助かっているが、もうそれほど長くは持たない。

 何で俺、カッコつけちゃったんだろう。ちょっと考えれば、こうなる事は分かっていたはずなのに。

 司は荒い息を整えようと、大きく深呼吸する。

 三階からは急激に人の気配が無くなった。大半はエスカレーターの方へ逃げ、そのまま階下へ落下した。その前にガーゴイルに殺された人達もいる。

 二階でも色々あっているようだし、さっきは発砲音と思われる音までしていた。

 横山さんの持ってたアレ、やっぱり本物だったのか。二度と会わないようにしないと、今度は撃たれるだろうな。

 司は呼吸を整えながら、そんな事を考えていた。

 その一瞬のスキを突かれた。

 ガーゴイルがいきなり突進してきて、左手の貫手が司の右肩に直撃する。

「うぐあ!」

 貫かれたりはしていないが、強烈な打撃による痛みが司を襲い、模造刀を取り落とす。

 しまった!

 と、思った時には司は右肩を押さえようとしていた左手で刀を拾おうとしていた。

 それは絶対にやってはいけない、大き過ぎるスキを晒す事になる行動だったのだが、司は本能的に刀を拾おうとしてしまった。

 ガーゴイルは目の前に晒された司の頭を左手で掴もうとする。

「うああああああ!」

 悲鳴の様な掛け声と共に、後ろで怯えていたはずの詩織がガーゴイルに飛びかかっていく。

 ガーゴイルは動きを止めて詩織を見るが、その時には詩織の華奢な体での体当たりを受けていた。

 僅かに体を揺らした程度でガーゴイルは耐えたが、詩織はそのままガーゴイルの後ろへ走っていく。

 そちらはエスカレーターの方であり、詩織はそのまま逃げるのかと司は思った。

 それならその方が良い。せめて詩織が助かってくれないと、ここまで来た甲斐が無い。

 司は左手で刀を拾う。

 残る体力は少なく、塔子や神之助達のところへは戻れそうもない。それでも一人の少女を助ける事が出来るのなら、せめてその為に全力を尽くす。

 その覚悟を持って刀を拾ったのだが、詩織の行動は司の考えていた事とは全く違った。

 彼女は悲鳴の様な声を上げて、ガーゴイルの意識を自分に引き付けている。

 ガーゴイルが無防備に背中を向けているので、司はせめて一太刀でもと、左手で持った刀をガーゴイルの翼を振り下ろす。

 利き手でもない手、しかも片手で振った攻撃など大したダメージなど与えられるはずもない。

 当たりどころが良かったのか、すでに限界を超えたダメージを受けていたのか、右の翼の付け根に当たった時、ガーゴイルは大きく傾いた。

 詩織はそこを見計らって、ガーゴイルに飛びつくと、エスカレーターの方へ引っ張っていく。

「疋田さん?」

 何をする気かわからず司が声をかけると、詩織は何か吹っ切れた笑顔を浮かべていた。

「志神さん、皆が待ってますよ」

 そう言うと、詩織はガーゴイルの翼の動きを封じたまま、エスカレーターの段差を踏み外した様に、ガーゴイルを捕まえたまま階下へ落下していった。

「疋田さん!」

 司は急いで追ったが、エスカレーターは炎と煙に包まれ、詩織もガーゴイルも階下の炎に飲み込まれて見えなくなっていた。


 疋田さん、助けられなかったの?

 司の声が二階まで聞こえてきたので、塔子は司の無事を知る事は出来たが、同時にその悲痛な叫びは詩織の身に何かあったという事だ。

 階段の反対側から凄い音が聞こえたのと、さらには炎まで見えているのに関係があるかも知れないが、それより先に達哉を処理しなければならない。

 チャンスはそう多くない。時間の事を考えても、この一回に全てを賭ける事になる。

 ここで達哉を排除しておかなければ、司にも危害が加わるし、なによりこの炎に飲まれつつある建物から出られない。

 スプリンクラーぐらい作動しそうなものだが、それも無いとなると、この建物が炎に包まれるまで、それほど時間は必要ないだろう。

 塔子は達哉の左側から、背後に忍び寄る。

 このチャンスで、決着を!

 塔子はグッズショップにあったポーチを振り、背後から達哉の後頭部にぶつけようとした。

 が、すでに気付かれていたのか、達哉は背後を振り返るとそれを腕でガードする。

「いってえ! その中、何入れてるの?」

 襲われた事に対する疑問の声ではなく、達哉は塔子に武器の事を質問してきた。

 普段は存在に気付かれないのだが、こんな時にはしっかりと存在を認識されたらしい。

「鈎先君、ナイフの男の正体はあなただったのね」

「まあ、この状況なら言い訳も出来ないか」

 達哉の手には血塗れのナイフがあり、その足元には同じような血塗れの死体があった。

「さて、月並みなセリフだけど、正体を知られたからには死んでもらおうかな。神野さんが来たって事は、他のメンバーも二階にいるんだろ?」

「三階にいるわよ」

「またまた、嘘が下手だね。神野さんは」

 軽い口調と明るい笑顔で、達哉は塔子にナイフを突き出してくる。

 塔子は素早く後方へ避ける。

 思っていた以上に怖いが、それでも達哉は塔子の予想通りに動いた。

 後は、他のメンバーがバックアップしてくれる事。それだけが心配だった。

 ナイフを持つ達哉は、妙にさわやかな笑顔で塔子に近づいてくる。

 その側頭部に、神之助が放ったコインが直撃する。

 やった!

 大きく傾く達哉の顎を、塔子はポーチで思いっきり跳ね上げる。

 頭部に方向の違う打撃を二連発。特別な鍛え方をしている者ならともかく、そうでもなければ意識を飛ばすには十分な一撃だった。

 驚くほど上手くいった。

 最初に塔子に意識を向けさせ、横から神之助に即席スリングで狙い撃ってもらう。当たっても当たらなくても、意識が新之助の方を向いた時に色々固くて重そうなモノを詰め込んで、鈍器と化したポーチでぶっ叩く。

 雑に聞こえるかもしれないが、それが塔子の考えた作戦だった。

 ナイフを持つ男子高校生に、一人の女子高生がまともな武器も持たずに正面から挑んだところで勝てるはずがない。だからこそ、複数である事を最大限に利用しようと考えたのだ。

 塔子に誤算があったとすれば、即席とは思えない飛距離と威力を持つスリングを用意した上に、コメカミに命中させるという器用さを持った神之助だった。

 予想以上の効果に塔子は驚いたが、塔子としてはこのチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 塔子は炎の見える階段の方へ向かい、三階を見る。

「志神君!」

「塔子さん? 早く逃げて下さい! もう火が迫ってます!」

「でも、志神君はどうするの?」

「何とかします! そっちからは出れませんから、反対の階段を使って下さい!」

 上から司の声がしていたが、これ以上ここには留まれない。

「志神君も急いで!」

 そう叫ぶと、塔子は神之助達と合流する。

「急ぎましょう。志神君も無事みたいですから」

 塔子はそう言うと先頭を歩き、その後ろを神之助が、最後尾を夢乃と、夢乃の肩を借りてなら歩けるようになった玲奈が続く。

 一階への階段を降りようとする塔子が見たのは、横山が騎士に向かって銃弾を連続で撃ち込むところだった。


 横山としては、まったくの不意打ちだった。

 体に穴が空いている騎士が、まだ生きているなど思いもしなかった。

 驚愕と激痛が襲ってくるが、それさえも上回る憤怒が横山の思考を支配し、騎士の頭に向かって連続で引き金を引いた。

 四発も引き金を引いた時には、槍に貫かれた左肩と片腕で銃の反動を受けた右肩が両方痛んだが、騎士はまた大の字になって倒れる。

 こんどこそ死んだはず。

 騎士は体だけでなく、頭にも穴が空いた状態であり、人であれば確実に即死である。

 刺さった槍を無理矢理に引き抜くと、横山は建物の出入り口へ向かう。

 ガーゴイルと騎士がいなくなった今、ゴールは決して不可能では無い。鍵を二本持っている事も、ゴールに近いはずだ。

 と、思っていたのだが、それは予想していなかった形で裏切られる事になる。

 銃声が響いたせいか、横山のところに炎をまとった馬が突進してきたのだ。

 肩の激痛のせいで避けるのが遅れた横山は、そのまま馬に跳ね飛ばされ、一階のシャッターの降りた土産屋に叩き付けられる。

 シャッターに激突した時にも凄い音がしたが、馬は炎に包まれたまま一階の壁に激突する。


 目が見えていない?

 塔子は階段の上から様子を見ていたが、騎士も壁に激突した馬も崩れ落ちたまま動かなくなった。

 慎重に階段を降り、塔子と神之助、夢乃と玲奈が一階に降りた時、そこに炎の塊が襲いかかってきた。

 エスカレーターのあった方角から飛んできたので、ガーゴイルかもしれない。

 それに悲鳴を上げたのが、夢乃と玲奈だった。

 慌ててしゃがみ込む二人だったが、炎の塊となったガーゴイルは玲奈の首を掴むと、彼女をそのまま持ち上げる。

 後ろから首を掴まれ、炎で焼かれる事になった玲奈は断末魔の叫びを上げ、夢乃も這う様に逃げようとするが、まともに動けずに恐怖に震えていた。

 塔子は達哉を殴ったポーチを振り回して、炎のガーゴイルに叩き付けようとしたが、ガーゴイルは首を折られた玲奈の体でそれを防ぐ。

 すでに絶命している玲奈は痛みを訴える様な事は無いが、ここまで冷静でいられた塔子も、さすがに動けなくなる。

 ガーゴイルが玲奈の死体を振り回して、塔子や神之助に襲いかかってくる。

「塔子さん、神之助、急いで逃げるんだ!」

 二階から駆け降りてくる司が、二人に叫ぶ。

 その司の方にガーゴイルは向きを変え、玲奈の体を投げつけてくる。

 司は階段の途中で手すりに左手をついて、そのまま一階へ飛び降りる。

 上手く着地すると、鞘に収めていた刀を抜いてそれでシャッターを叩く。

 その音に反応してガーゴイルが司の方へ飛んでくるが、その飛び方も安定せず、翼の動きもぎこちない。

 単純なダメージだけでも十分だが、無事だった左の翼の付け根に鉄の篭手が歪に突き刺さっていた。

「司くん!」

 夢乃を助け起こしていた神之助が叫ぶ。

 その声に反応したガーゴイルだが、もう空中で器用に方向転換も出来ず、そのままふらふらと司の方へ飛び、そのままシャッターに激突する。

 司はそのガーゴイルへ、左手で刀を突き立てる。

 シャッターと突き出された剣先に挟まれたガーゴイルの頭は、司の怒り任せの一撃で破壊された。

 それでもガーゴイルは左手を司に向けようとする。

「志神君!」

 塔子の声にガーゴイルは反応して左手を司から塔子の方へ向けようとするが、司は炎に包まれたガーゴイルの左手を蹴り上げ、もう一度刀をガーゴイルの頭に叩き付けた。


『鬼が一体、撃破されました』

『鬼が一体、撃破されました』

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