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第二十一話 残り三時間四十分

第二十一話 残り三時間四十分


 ガーゴイルは右手の肘から先は動いていない。

 それにも関わらず、翼を広げて飛び回り、参加者達を恐怖や混乱、さらには死の淵へと叩き落としている。

 ガーゴイルが羽ばたき、空中を移動するたびに天井の蛍光灯を割っていくので、三階は段々薄暗くなっていく。

 だが、片腕を失ったハンデは大きい上に、やはり室内ではいくら天井が高くてもガーゴイルの戦力を活かせない。

 あの中央広場での脅威と比べると、ガーゴイルは他の参加者を一方的に虐殺出来ているわけでは無い。

 背中を向けて逃げようとした参加者は左手で捕まえられて首を折られた者もいたが、マネキンやバッグなどを掛けている手頃な長さのポールを振り回している参加者は、ガーゴイルも手を焼いているのが分かる。

 司は詩織の手を引いて、三階の奥へ移動していた。

 最初にここへ来た時に、洗剤探しの為に一階を探して回ったが、階段が一ヶ所では無い事もその時知った。

 建物の反対側に角度がキツい階段とエスカレーターがあった。

 それを降りて二階へ行けば、場合によってはそこで神之助達と合流できるかも知れない。神之助達は下から探しているだろうから、三階や四階へ上がってはいないはずだと司は考えていた。

 問題はそこへ行く為には、ガーゴイルが無双している場所を通らないといけない。

 しかもガーゴイルは知ってか知らずか、エスカレーターがある方へ場所を移しながら参加者を襲っている。

「志神さん、怖いです」

 怯え切った詩織は、物陰で座り込んでしまう。

 まあ、無理もない。

 今、目の前で繰り広げられているのは、映画のワンシーンと言うか、ガーゴイルなどCGだと思いたいくらいだが、現実に行われている事だ。

 実際に襲われ、殺されているのはエキストラが演じているのではない。実際に、現実に、本当に命を落としているのだ。

 しかも次の瞬間には、それは自分になっているのかも知れない。

 司は幸運にも、そうはなっていない。一緒に行動している友人の神之助も、憧れの塔子も、ついでの夢乃も皆無事である。

 しかし、詩織は違う。

 家族を、それも両親だけではなく、弟達も殺されている。

 彼女の目の前で。

 そんな彼女が恐怖に潰されてしまっても、誰も責める事は出来ない。

「もう、私の事は良いですから、行って下さい。私、怖くて動けません」

 詩織はそう言うと、泣き出す。

「ごめん、疋田さん」

 司はそう言うと、詩織の手を強く引っ張る。

 詩織は驚いて司を見る。

「俺はワガママな勘違い野郎なんだ。ここでフラグを立てて、俺の好感度を上げるチャンスを棒に振りたくない」

「私、もう無理です。だって、もうお父さんもお母さんも、誰もいないのに」

 詩織は自分でも分かっていない様に、大粒の涙を流している。

「家に帰っても、もう私しかいないんですよ? だったらもう、ここで死んだ方がマシです。だって皆死んじゃったんですよ?」

 詩織は司の手を引き剥がそうとするが、司はその手を離さない。

「本当に悪いと思ってるけど、君を連れてくるって神無月と約束したんだ。俺が嘘つきにならない為にも、一緒に来てもらうから」

「無理です。私、怖くて動けません」

「大丈夫、俺だって負けないくらい怖いから」

 司の言葉に、詩織はキョトンとしている。

「今もビビリまくり。もう、おしっこちびりそう」

 そう言う割に、司は周囲への警戒を怠らない。

 三階フロアの中央を最短距離で突っ走るのは、ガーゴイルの位置的にあまりにリスクが大き過ぎる。

 司は詩織の手を引きながら、三階を大回りに移動する。

 ガーゴイルを避けて、しかも物陰に隠れながら移動しようとすると、どうしても他の参加者が隠れそうな所を通る必要もあるが、今の司は参加者からも敵と思われているのでそこも避けないといけない。

 参加者同士の潰し合いだけは避けたかった。

「志神さん、ちょっと待って下さい」

 詩織は涙をぬぐって、司を見る。

「何? 俺って諦めはめっちゃ悪いし、とことんしつこいよ?」

 司は詩織を励ます意味もあるが、自分を奮い立たせる事も目的の中に含まれている。

 詩織に言った通り、司も怖くて仕方が無いのだ。

「ゼッケン、見て下さい」

 詩織に言われて司はゼッケンを見る。

 三階はガーゴイルが暴れたせいもあり、ところどころ薄暗くなっている。その上、司達は出来るだけ物陰に隠れながら移動しているので、外や店内照明の灯りの割に暗がりにいる。

 そのため、ゼッケンがほんのりと光っているのもすぐにわかった。

「マジかよ。これじゃ隠れるのも難しいのか」

「志神さんだけなら、大丈夫ですよ」

「さっきも言ったよね? 俺は諦め悪いし、しつこいって。それに神無月も怖いし。何で疋田さん連れてないのってキレられそうだ。ただでさえめんどくさい奴なのに、キレたら手が付けられないから」

 司はそう言うと、ベルトに挟んでいた篭手を詩織に渡す。

「俺だって怖いけど、この塔子さんの宝の篭手を疋田さんにプレゼントしよう。きっと色んなモノから守ってくれるよ。ちょっと暑いけど」

「だったら志神さんが持ってた方が良いですよ。私じゃ役に立てませんから」

 折れた気持ちは中々立て直せないもので、詩織はその場に座り込もうとする。

 だが、先ほどの様に本人も意識していない状態で大粒の涙が溢れると言う事は無いので、少しは立て直してきている。

 会話も成立しているので、あと一歩で立ち直れる。

「俺一人じゃ、怖くて動けない。俺の分まで疋田さんに怖がってもらわないと、俺も泣きそうですよ」

 司はフロアの真ん中、少しエスカレーターよりにいるガーゴイルの様子を気にしながら、詩織の方を見る。

「疋田さん、ここで終わって良いんですか?」

「え?」

「俺、死後の世界とかガチで信じてるんだけど、弟さんが助けてくれたのに、そこにひょっこりやって来たら、弟さんヘコむんじゃない? もし俺なら、自分が助けたお陰で長生きして、たくさんの子供とか孫とかに見送られる姉とか見れたら自慢するね。むしろそうであってほしい。俺は疋田さんの弟さんを知らないけど、命をかけてお姉ちゃんを守る様な正義の味方なら、きっとそう思ってるんじゃないかな」

 俺、今、超良い事言ってる。頑張れ、俺。

 司は心の中で自分を励ます。

 今後の人生の中でこんな事を言える機会は、二度とこないだろう。そんな機会に巡り会いたいとも思わないが、今は詩織だけではなく司も命の危険に晒されている。

 詩織に協力してもらわない限り、ここからの脱出は不可能である。

「志神さん」

「だから……」

「刀を持った男がいるぞ!」

 司と詩織が隠れている所が見えた参加者がいたらしく、司の方にそんな声が投げかけられる。

 それにガーゴイルが反応して、司達の隠れている方を向く。


 達哉がグッズショップの近くへ来ているのを塔子は見ていたが、何故か声をかける事は躊躇われた。

 塔子は神之助ほど達哉を警戒していた訳ではないが、合流してからの達哉には不自然な行動が目に付いた。

 もっとも不自然だったのは、ここへ来るまでの間、達哉は周囲より司の様子を伺っている事の方が多かった。それはスキを伺っている様な印象を受けた。

 時々上着の上から、ズボンのポケットの辺りに手をやる動作も多かった。ポケットの中に何かあるのなら、上着の上からというのもおかしい。それはまるで、そこに隠し持っているモノの確認をしているみたいに見えた。

 例えばナイフ。

 詩織から聞いたせいもあってそう言う印象を与えられている事は否定出来ないが、詩織が追われていた時に見たナイフの男が、どうしても達哉と同じ印象を受けたのである。

 被っている帽子や服装、背格好がよく似ている気がする。

 特別特徴的な服装という訳ではないし、じっくり見て細部まで覚えていないので、思い込みで似た姿に思えたのかも知れない。塔子の冷静な部分がそう伝えてくるのだが、全身から危険信号が発せられている。

 達哉が二階を探すとしたら、もっとも手近なこのグッズショップから探すと思われる。

 塔子としては、黙ってやり過ごすか、一瞬の勝算に賭けて不意打ちするかを迫られていた。

 不意打ちしようにも、司が持っていた様な模造刀などもない。せいぜいパンチ、キックくらいで、女子高生の塔子が男子高校生の達哉を腕力で圧倒するのは厳しい。

「塔子さん」

 神之助が心配そうに言うが、塔子は手で神之助を静止する。

 本当なら男子高校生の神之助がこの場を仕切って、か弱い女子高生を守ってほしいところではあったが、それは酷な事というのは塔子にも分かっていた。

 ここは塔子の踏ん張りどころである。

 彼女は散々存在感が薄いと言われてきた。あまり気にしない様にしてきたが、こちらに気付いていないのか露骨に無視しているのか分からないのは、周囲が思うより数倍キツい。

 そんな彼女に気付き、好意まで向けてくれる奇特な男子高校生が志神司だった。

 正直に言うと、このイベントは期待していた。

 高校デビューを果たした夢乃と違って、塔子は何をどうしていいかわからず、結局Tシャツジーンズというスタンダードな服装にしてしまったが、それでも司は気付いてくれた。

 そしてイベントが始まって、想像を絶する危険な状況の中にあっても司は誰も犠牲にする事をせず、むしろこの状況の中でもできる限り拾い上げようとしている。

 それは非協力的な夢乃や、会ったばかりの詩織に対してすら行っている。

 司は自覚しているか分からないが、彼は自分が思っている以上にお人好しで本番に強いタイプである。

 外見はチャラ男っぽく見えるが、妙に鈍感で奥手。

 だからこそ、司は文芸部の中では人気があった。

 合流さえ出来れば、きっと司ならゴールまで導いてくれる。

 それは神之助だけではなく、塔子も感じていた。根拠の無い確信ではあるが、必ず司はこの危地を脱出出来る。

 そのために出来る事。

 塔子は必死に頭を働かせていた。


 達哉は視線を感じていた。

 三階の騒ぎと違い、二階ではほとんど動きが無い。

 しかし、誰もいない訳ではない。二階の参加者は三階の参加者と違って、嵐が過ぎるのを待つために隠れている狡猾な連中である。

 嵐を避けるには、嵐の前触れを察知し、それに耐える場所に隠れなければならない。二階にはそれを察知した連中が隠れている。

 その視線を達哉は感じていた。

 広さの割に人数は決して多くない。多くて、二、三人。それにプラスで司達くらいだ。

 もっとも見つけやすいのは、二階で最も多くの人数で隠れているはずの司達のはずだが、あの集団を一人では手に余る。

 それより、手頃な参加者を一人血祭りに上げてパニックを起こさせる。そうすれば勝手に出て来るし、三階に逃げようとするかも知れない。

 それに。

 達哉が周囲を見回している時、一階から豪快な足音が聞こえてくる。

 さっきのマイクアナウンスで驚いたのは、ナイフの男を言い当てたからだけでは無い。

 達哉は鬼の手引きをしていたのだ。

 厳密な手引きが出来るわけではないが、トイレで聞こえる様に独り言を言っていたのだ。この建物に参加者のほとんどが集まっていると。

 思っていたより早く、ガーゴイルが飛び込んできたが、ようやく騎士もやって来た。

 これでこの建物はほぼ封じられた事になる。

 狩場を限定出来たのであれば、あとはレンガの家に隠れていれば安全と考えている獲物を、いかにして外に出すか。

 無造作に歩く達哉は、二階の奥で聞こえた物音を逃がさなかった。


 やっぱりおかしい。

 一連の行動を見ていた塔子は、確信した。

 一階から聞こえた足音は、馬のモノだった。このパークで、しかも今の状況で馬と言う事は、確実に鬼である騎士がやって来たと知らせるものだった。

 実際に隠れていた夢乃や神之助は悲鳴を上げそうになっていたし、手足が思うように動かないお陰で玲奈も飛び上がらずに済んだ。

 塔子も悲鳴を上げようとしたが、それより不自然極まる達哉の行動が目にとまった。

 同じ状況のはずの、それどころか仲間と思っていた集団から置き去りにされたはずの達哉は、一階の馬の足音を聞いても驚きもしなかった。

 音の方を向いた時も、それは来るべくして来たというような、平然とした表情だった。

 鬼の存在は、このイベントに参加している者にとっては、絶対に何があっても避けなければならない存在のはずなのに、達哉はそれを脅威と思っていない。

 先ほどの横山の館内アナウンス。

 あれは司を陥れるためのものだったのは間違い無いが、その偏見に固まった偽情報の中に、偶然にも真実が混ざっていたのかもしれない。

 冷静に考えれば、ここへ着いた時に達哉はトイレに行くと言って別行動を取った。

 この行動がすでにおかしい。

 何度か来ている司達であれば、ここに隠れている参加者がどう言う人達か多少は知っているが、初めて来た達哉にはその情報が無いはずで、参加者の姿をした鬼という情報をもっていれば、一人で行動など怖くてできないのが普通である。

 トイレに行った時にも、必ずこの場にいるように念を押すはずだが、最初から単独で行動したがっていたとも取れる。

 二階の奥へ行く達哉を見ながら、塔子は恐ろしい仮説を立てざるを得なかった。

 五体目の鬼は、ナイフの男では無く別にいるのではないか?

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