第二十話 残り三時間五十分
第二十話 残り三時間五十分
豪快な音を立ててガーゴイルが四階に飛び込んできた時、司は自分でも驚く程素早く行動に移っていた。
司は飛び込んできたガーゴイルの頭を、刀で突いていた。
それはもう一度行えと言われても不可能な、奇跡の行動だったが、ガーゴイルを横山の方に転ばせる事に成功した。
ガーゴイルは着地に失敗すると部屋を転がって、壁に激突する。
そこへ横山が、ガーゴイルに向かって銃を発砲する。
情けない空気音だったが、ソレを徹底的にガーゴイルの頭に撃ち込んでいる。
「やっぱりエアーガンか」
「お互い様って言葉は知ってるかい?」
横山はそう言うと部屋から逃げようとするが、その時にはガーゴイルが起き上がり横山の進行を阻む。
「さっすが、横山さん。モテモテじゃないっスか!」
司はそう言うと、驚きのあまり呆然としている詩織の手を掴む。
「ガキが、調子に乗るな!」
横山は手近なところにあったキャスター付きの椅子を持ち上げると、ガーゴイルに叩きつける。
ガーゴイルはソレを右手で払う。
横山は見た目より腕力が強く、椅子が壊れる程に振り抜く。椅子と同じくガーゴイルの右腕も肘から変形していた。
「次はそっちが狙われろ!」
壊れた椅子の残りを、横山は司に投げつけてくるがソレを司は素早く躱す。
ガーゴイルは飛んでいく椅子の残骸を目で追うと、司と詩織の方を向く。
司はすかさず詩織を抱き寄せて部屋から飛び出すと、部屋の扉足でひっかける様にして閉め、詩織を抱えたまま階段を飛ぶように降りる。
強引に抱き寄せられた詩織は小さな悲鳴を上げたが、さすがにそこに気を配る余裕は無い。
司が足で閉じた扉から激しい激突音が聞こえたが、それを確認する事も出来ず、状況次第では誘拐犯のように詩織を連れて三階へ降りる。
三階はこのパークがまだショッピングモールだった頃の名残か、衣類や小物、雑貨店などが多く出店している。
一階の土産屋の様に一店舗ずつ独立してシャッターで区切られているわけでは無く、広いフロアスペースを出来るだけ区切らずにマネキンや棚が乱立している。
が、直下型の嵐が直撃したみたいな惨状になっている。
「し、志神さん、痛いです」
「あ、ごめん」
二人は息を整えるために、大きな瓦礫と化した棚の陰に隠れて座る。
「無事だった?」
司は詩織に尋ねる。
衣服に乱れはあるが、詩織に目立つ怪我などは無い。
「一体何があったんだ?」
「私にもわかりません。でも、私が横山さんに呼ばれて四階に上がった時くらいから、急に下から悲鳴が聞こえてきて。それで……」
詩織は言葉を切って、自分の体を抱いて小さく震えている。
「ごめん。あのオッサンがあんな変態だったとは、俺も思ってなかったから」
司は詩織に謝る。
横山にはどこか信用出来ない雰囲気があった。何かを隠している気はしていたが、まさかあそこまでブチ切れているとは思いもしなかった。
しかも、慣れている雰囲気すらあった。もしかすると、本当に本物の犯罪者なのかも知れない。
詩織は怯えた表情だったが、不思議そうに司を見る。
「でも、何で志神さんは助けてくれるんですか?」
「何でって……」
なんでだろう?
改めて言われると、司も不思議に思う。
詩織は地味ではあるが、確かに可愛いと言える外見である。が、塔子ほどでは無い。外見的魅力の話をすれば夢乃にも及ばないので、可愛いから助けようと思ったのとは違う。
おそらく、彼女に同情しているからだ。
目の前で弟を殺され、一人生き残ってしまった不幸な少女を、不幸なまま終わらせたくなかったのかも知れない。
司が強く意識していた訳では無かったが、不幸に見合った幸運があるべきだと考えていた。
いや、考えたかったのだ。
司がそれを詩織に伝えようとした時、三階の奥から窓ガラスが砕ける音が聞こえる。
それはつい先程、四階で聞いた音だった。
『皆、聞いてくれ。横山だ。今ここに鬼が襲撃してきている。鬼の手引きをしているのは、何度か来た志神司という高校生の男子だ。おそらく鬼と通じているから、見つけ次第排除してくれ! そいつは日本刀を持っていて、俺達を殺すつもりだ!』
館内のマイクアナウンスで、横山の声が響く。
一瞬三階も静かになるが、すぐに悲鳴と怒号がいたるところから聞こえてきた。
「志神さん」
詩織は泣きそうな表情になるが、司は苦笑いして詩織の頭を撫でる。
「ガーゴイルを撃退するなんて、横山さんって凄いね。しかも頭も良いみたいだし。これで性格も良ければ、俺だって手を組んだのに」
『入り込んだ鬼は、翼の生えた悪魔とナイフの男だ! ナイフの男は、日本刀を持った志神の可能性もあるから、気をつけろ!』
司は念のため刀を鞘に収める。
刀を捨てればバレないかも知れないが、高校生男子という特徴を伝えたられたので刀の有無は関係無いおそれもある。
神之助は男に見えないから、ここで対象になるのは司と達哉くらいだ。
今となっては、ナイフの男の情報を与えたのも悔やまれる。
参加者の姿をした鬼の情報を与えたため、横山は安直にその情報を使って隠れている参加者に司を鬼に仕立て上げたのだ。
「こりゃ長居出来ないね。さっさと皆と合流して逃げないと。疋田さんも巻き込んで、ホントにごめん。今ならまだここに残れるけど」
司が言うと、詩織は首を振る。
「一緒に連れて行って下さい! ここにはいたくないです」
「了解。クリアまであとちょっとだから」
そう言うと司はさっそく階段を降りようかと周囲を見回したが、四階に隠れたままだと思っていた横山が降りてきたのを見つけた。
「ヤバいのが来た。奥に逃げるしか無いね」
横山はガーゴイルが三階に来た事を知っている様で、三階の奥には行こうとしない。
階段を見張っているのだ。
いざガーゴイルがこっちに来た場合には、すぐさま四階へ逃げるだろうし、司達を見かけたらエアーガンを乱射してくるだろう。
いかに玩具と言っても、改造したエアーガンは雑誌さえ簡単に貫く威力に出来る。もちろん当たれば素晴らしく痛いし、目に当たれば失明の恐れもある。下手をしたら、命に関わる。
「志神さん、アイツの持ってる銃、さっきのと違いませんか?」
物陰から隠れて見ている詩織が、司に囁いてくる。
言われてみると、確かに違う。
四階で見た、司に向けてきた銃はゲームなどでも見かけるハンドガンで、見た目にも良い感じだったのに対し、今横山が持っているのは黒いハンドガンだが、ペタッとした黒い銃で見た目にはショボくなっている。
が、司にはその黒い銃は、とてつもなく不吉な物に見えた。
「奥に逃げよう。今は横山さんに見つかりたくない」
司と詩織は三階の奥に誘導される様に、逃げるしかなかった。
「横山さん、どういうつもりなんだろう?」
二階で館内アナウンスを聞いた神之助は、夢乃と塔子に尋ねる。
「鬼が襲撃してきたって言ってたけど、司くん、大丈夫かな?」
「上手い事逃げ切ったから、横山さんもマイクを使ってきたんでしょうね。でも、私達悪者にされるんじゃない?」
夢乃は心配そうに言う。
二階は一階と同じく土産屋がメインであるが、食べ物の土産が多い一階と違って、二階は雑貨類のお土産が多い。
三人が身を潜めているのは、クッションや枕、タオルや文房具などを置いている店だ。
はっきり言うと、こんな物に金を払う様な客はいないのではないかと疑いたくなるセンスの悪さだが、今は下手に動く事も出来ないので身を潜めていた。
二階で詩織を探そうとしていたのだが、三階から悲鳴や怒号、さらには破砕音まで聞こえてきたので、夢乃と神之助は隠れる事を優先した。
三階の騒ぎに対して、二階は誰もいないかのように静まり返っていたが、複数の動く気配は感じられる。
それは足音や影などでわかるが、神之助や夢乃はそれだけで動けなくなっていた。
「多分志神君は三階でしょうね。私がちょっと行ってきましょうか?」
「ちょっと虚無、無茶言わないでよ! 死ぬ気なの?」
塔子が行こうとするのを夢乃は引き止める。
「神ちゃん、もう無理よ! ここは逃げましょう!」
「そんな! 司くんを置いては行けないよ!」
ちょっとした口論になりそうだった時、三人が身を潜めているグッズショップの奥から小さな物音が聞こえたので、三人はそちらを見る。
「誰かいるの?」
塔子が行こうとするのを、神之助と夢乃は止める。
「待って。私達、ここでは敵扱いかもしれないのよ?」
「さっきの放送だったら、敵は男子高校生のはずでしょ? 私達は大丈夫だと思うけど。それに、向こうも隠れてるなら襲ってきたりしないでしょ?」
塔子はそう言うと、物音の方に近付く。
「誰? 誰かいるんでしょ?」
「……神野さん?」
「え? 誰?」
塔子は急いで物音の方へ行く。
クッションなどの雑貨の並ぶ棚の下にある、在庫などを入れる引き出しから物音がしたので塔子が開けてみると、そこには縛られた少女が入れられていた。
「え? 玲奈? ちょ、どう言う事?」
塔子の後ろから覗き込んでいた夢乃が、慌てて引き出しから少女を引っ張り出す。
同じ文芸部の目白玲奈は、衣服が乱れ、両手両足を縛られた状態だった。顔も殴られた跡があり、見た目にも痛々しい。
「ど、どうしたの? ここを出たんじゃなかったの?」
夢乃は玲奈の手足を縛るビニール紐を解きにかかるが、血行が止まるほど強く縛っているので解くのも楽では無い。
「神無月さん、コレ使って」
神之助はカードキーを手に入れる時に使った鍵を夢乃に渡す。この鍵は使用済みなので、破損しても問題ない。
「ここならハサミかカッターがあるかも。ちょっと探してみます」
塔子が雑貨屋を物色する。
最初に隠れた売店でも物色していた塔子である。案外こう言う事が好きなのかも知れない、と神之助は思った。
塔子は先端の丸くなったハサミを見つけてきたので、夢乃は鍵で削っていたビニール紐をハサミで切る。
夢乃は彼女の変色した掌や足などをマッサージしてやり、塔子はハンカチを数枚持ってきて、持ち歩いていたペットボトルの水で少し濡らすと、玲奈の顔を拭く。
「玲奈、悪いんだけど貴女に何があったかは聞かないわ。今、何が起きてるの?」
「私だってわかんないよ。それより、志神が鬼を手引きしたってホント? 夢乃達も志神の味方なの?」
「僕達は司くんの味方だけど、僕達が鬼を手引きなんて出来るわけないよ」
神之助がパニックを起こしそうな玲奈に向かって、優しく言う。
「多分、司くんは横山さんの悪事を暴いたかジャマしたんだと思う。だから横山さんは司くんを悪者に仕立て上げたんだと思う」
神之助が説明すると、玲奈は恐怖に顔を歪める。
「ここの男達は狂ってるのよ。夢乃、かな恵は殺されたのよ。私だって殺される所だった」
玲奈は怯えながら、それでも手をマッサージしている夢乃に言う。
「殺された? でも、横山さんはここを出て行ったって言ってたわよ?」
「そんなの嘘よ。私、死体を見せられたもん。こうなりたくなければ、大人しくしてろって。だから、だから……」
泣き出した玲奈を、夢乃は胸に抱き寄せる。
「二階には、その死体を隠してるの。だから皆、気持ち悪がって二階には近付こうとしないのよ」
玲奈の言葉に、神之助と塔子は頷く。
三階は激しい物音がしているが、二階の物音は小さい。ここに逃げている人数が少ない事を意味しているのだ。
しかし、三階の状況次第では二階に逃げてくる事も十分考えられる。
「玲奈、動ける?」
夢乃は尋ねるが、玲奈は弱々しく首を振る。
「もう少しすれば大丈夫だと思うけど、まだ足が痺れてる」
立ち上がろうとする玲奈だが、震える足では立ち上がる事も出来ない。
会話を続けようとした夢乃だが、塔子が何かに気付いた様に夢乃に人差し指を立てて合図すると、塔子は立ち上がってグッズショップの入口の方へ移動した。
二階に上がっていた達哉としてはまったく計算外だった。
四階から降りてくる人影が見えたので慌てて二階に隠れる事になったが、まさか館内アナウンスで、鬼を手引きしている事をバラされるとは思ってもいなかった。
あのマイクアナウンスでは、達哉の正体までバレていた感じではないし、もっとも怪しまれているのは司みたいだったが、そんな事が問題なのではない。
あのアナウンスを行った横山という男がどう言うつもりかは分からないが、鬼を手引きした存在がいる、鬼の一種がナイフの男と言う情報は司や塔子に疑念を持たせるに、十分過ぎるキーワードである。
とんでもない流れ弾で被弾させられた感じで、達哉としては信じられなかった。
しかし、ここで騒ぎを起こしているのが参加者達だとしたら、達哉が思っていたよりかなり多い。
他の物音が無いせいか、上の階で起きている騒ぎの音が一階まで聞こえてきている。
その混乱振りから、ここに隠れているのが二、三人ではない事は分かる。
司達四人の他に、ここにはすでに十数人隠れていたようだが、今現在この建物の中に今でも生き残っている参加者の半数以上が集まっている事になる。
先ほどのアナウンスのせいで男子高校生は警戒されている事になった上に、達哉はこの隠れ場所では新顔である。
神之助達がもし庇ってくれたとしても、すでに司が悪党にされた以上、神之助達の証言も信じてもらえない。
そう思いながらも、達哉は階段を上がって二階へ行く。
三階の喧騒と違って、一階、二階は誰もいないのではないかと疑いたくなるほど静かである。
が、暗闇であればお手上げではあるが、ここは有線放送こそ流れていないが店内照明はしっかりと点灯している。
なので、移動している人影を見る事も出来た。
三階の混乱に乗じるのも悪くはないが、二階で嵐が過ぎるのを待つ者を狩るのも悪くない。この建物には悪魔、司が言うガーゴイルもいるらしいので達哉は二階に隠れる参加者を狩る事にした。
叫ばれずにナイフを突き立てるのは、もう数人に試している。
達哉は階段を上がると、二階フロアへ移動した。




