第十九話 残り四時間
第十九話 残り四時間
『スタートから六時間が経ちました。現時点で、ゲーム参加者の内、三十人が残っています。皆さん、頑張って下さい』
「残りは三十人、か」
司の隣りで、達哉が呟く。
三十人中この場の五人は全て文芸部である事を考えると、文芸部の生存率はかなり高い。
しかし、それがなんの慰めにもならない事は司自身も自覚している。
それに、どうしても達哉からは上手く伝えられない、消せない違和感があった。
「横山さんってのは?」
「もうすぐ会えるよ」
達哉の質問に、司は答える。
横山達が隠れている建物に、司達はやって来た。
これまでの二回は、この辺まで来ると向こうから発見してくれていたが、今回はそういった出迎えが無い。
それどころか、中からは激しい物音がしている。
「鬼か?」
「え? だったら近づかない方が良くない?」
司の言葉に、夢乃が怯えている。
「でも、鬼って言ってもここに入れるとしたらガーゴイルかナイフの男くらいだ。今なら逆に助け出すどころか、撃退するチャンスでもある。せめて疋田さんだけでも連れてくるから、ちょっと待っててくれ」
「待ってよ。司くんが行くなら、僕も行く!」
司達は走ってその建物に入る。
四階建ての建物で、入口の扉は破壊されているが、物音はもっと上からである。
「ゴメン、俺はちょっとトイレに行ってくる。待ってなくても良いから」
と言うと、達哉はどこかへ行ってしまう。
「俺はとりあえず横山さんに会ってみる。神之助達は疋田さんを探してみてくれ」
「司くん、無茶だよ!」
神之助がすがる様に、司に言う。
「時間が経つほど無茶になるだろ。急ごう、神之助。塔子さんも、神之助達を助けて下さい」
「だったら志神君、コレを」
と言って塔子が司に渡したのは、甲冑から奪ってきた篭手だった。
「暑いとは思うけど、一応防具になるから」
「借りていきます」
司は篭手に手を通す。
確かに暑い。剣道の防具でもっとも臭い部位であるのも頷けるムレ方だが、篭手は意外と防具としての効果が高い。が、今は必要無さそうだし、とにかく暑いのでやっぱり外すと、ベルトに挟む。
司は塔子達と分かれて四階を目指す。
途中で洗剤のトラップでもあるかと思ったが、その痕跡も無い。
三階は特に激しい音が聞こえたが、下手に争いに首を突っ込むより現状トップである横山に会った方が早いのでは無いか、と司は考えた。
「横山さん、志神です! 何事ですか!」
四階に上がって、横山が使っていた事務所と思われるフロアの扉を叩く。
「志神さん!」
扉の向こうから聞こえたのは、詩織の悲鳴だった。
「疋田さん! 何が起きてるんですか!」
扉は固く閉ざされ、いくら叩いても中から開く様子は無い。
この扉、壊せるか?
司は刀を抜く。
しかしこの刀は模造刀。仮にこの刀が本物であっても、鉄の扉を切り裂く事など出来はしない。
この扉の鍵が特殊な電子ロックでも無ければ、ノブの鍵で扉をロックしているだけである。ノブを壊して無理矢理に回す事も出来るかもしれない。
ドアノブであれば、模造刀であっても使い方次第で壊す事は出来る。
そう思っていた時、事務所の扉が開き、中から詩織が飛び出してくる。
「まったく、君はつくづく主人公なんだね、志神君」
シャツをはだけさせた横山が、相変わらず嘘臭い爽やかな笑顔を浮かべている。
「横山さん、何が起きてるんですか? 下で騒ぎが起きてますよ」
怯える詩織を庇いながら、司は横山に言う。
「へえ、物騒なモノを持っているね。拾った武器でさえ主人公向きか。笑えるね」
怯える詩織の衣服は乱れ、必死に逃げていた感じは見てわかる。一方の横山は余裕の表情を崩さず、爽やかな笑顔すら浮かべている。
「何が起きてるんですか、横山さん。ここがどれだけ重要な場所か、理解してますか?」
「面白い事を言うね、君は。後四時間だよ? 後四時間過ぎれば、簡単にこのくだらないデスゲームから解放されるんだ。少しくらい、楽しまないのかい?」
「楽しむって、何を考えてるんですか」
「何って、生きて帰る事だよ」
横山は笑顔で言う。
「生きて帰るって、今横山さんがやろうとしてた事は犯罪じゃないんですか? それで生きて帰っても犯罪者ですよ?」
「正当防衛か、場合によっては鬼がやった言う事で処分してしまえば良いじゃないか」
平然と横山は答える。
「何しろ、鬼の一体は参加者の姿をしているんだろ? その情報を渡してくれたのは君じゃなかったかな、志神君?」
「疋田さんは違います」
答えながら、司は刀を横山に向ける。
「武器を見つけたのは、必ずしも君だけでは無いよ」
横山はそう言うと、ズボンに差し込んでいた銃を抜いて司に向ける。
「ま、まさか、本物の銃なわけが……」
「面白い話をしてあげよう。高校生の君には分かりにくいかもしれないけど、日本刀にしても銃にしても、正当なルートでないと普通は入手出来ない。どちらもそれなりに高価な品物だよ。ただね、正当でないルートであれば、意外と簡単に入手出来るんだ。それも、日本刀より銃の方が簡単に安く、ね」
横山はニヤニヤしながら言う。
「交渉しよう、志神君。その娘は君に譲るけど、その替りに鍵を貰っておこうか」
「俺は持ってないから、交渉には応じられないな」
「交渉は別に君じゃなくても良いんだよ。君の仲間が鍵を持っているのなら、君と交換してもいいんだからね」
「銃を持ってるだけで優位に立てるとでも? 知ってますか? 素人が銃を使っても、一発で急所を打ち抜くのは凄く難しいんだそうですよ。それより、扱いが単純な刀の方が殺傷力は高いんです」
司はまっすぐに横山を見て言う。
もちろんハッタリである。
だが、司が持っているのが模造刀であるのなら、横山の持っている銃もエアーガンか何かの可能性の方が高いはずだ。
大体拳銃の様な攻撃力の高い武器を用意して、容易に鬼を撃退されてはこのゲームが成立しなくなる恐れがある。
「横山さん、もう少し建設的な話をしましょう。今、下で何が起きてるんですか?」
「少し考えれば分かりそうな事だけどね。そこの女の子に聞いてみたら良いんじゃないかな? 知ってるかもしれないよ?」
横山は銃を振りながら言う。
距離がまだあるので、刀を振り上げて横山に襲いかかっても有効打は取れない。それどころか、あの銃が本物だった場合、致命的な一撃を打ち込まれるのは間違い無い。
「疋田さん、何が起きたんですか?」
「私は、ここに呼ばれたんです。他の人達はそれぞれに隠れてたはずなんですけど」
詩織は怯えたまま、司に言う。
「反乱でも起こされましたか? 偽りのカリスマってのがバレたんですか、横山さん?」
「銃を持っている相手に挑発とは、よほど豪胆なのかこの銃をオモチャと思っているか、どちらかだね」
横山は爽やかな笑顔を崩さない。
本物だと証明するなら、ここで司の足か腕かを撃つ必要があるだろう。だが、銃弾には制限があり、脅しとはいえ一発たりとも無駄撃ちは出来ない。
銃を用意していたとしても、弾丸の予備までは無いのだろう。もしあれば、横山はまずは司を撃ってから交渉の条件をつけてきたはずだ。
まだあの銃が本物の可能性は残っているが、挑発されたからといって乱射は出来ないのは確実である。
「俺の目的は疋田さんだけだから、これ以上は自己責任でお願いしますよ」
司はそう言って四階の事務所から詩織を連れて出ようとする。
「そう言えば、他の文芸部の子達ってどうなったんだろうね」
横山が意味ありげな言葉を吐く。
「何?」
「たしか、最初にここに来た時には同級生だかがいたんだよね? でも、二回目には出て行ったと言う事で会えなかっただろ? どうしたんだろうね」
横山は相変わらず爽やかな笑顔である。
今となっては、その爽やかな笑顔の方が不吉極まりない。
「君が連れてた子も可愛かったよね。白いミニのワンピの子なんかは、僕の好みでもあるよ。後四時間ではあるけど、ここで起きた事は鬼が処理してくれるみたいだし」
「横山さん、あんた一体何を考えてるんだ?」
「大した事じゃないさ。ただ、『バイキング並みに食い放題』ってのは意外と貴重だよ? おっと、未成年には刺激の強い話だったかな?」
一瞬で頭に血が上った。ここで詩織が居なかったら、間違いなく斬りかかっていた。
「志神さん!」
急に体がこわばった司に、詩織は驚いて叫ぶ。
「ははは、健気だねえ。志神君もモテモテじゃないか。生きて帰れたら、修羅場になるんじゃないかい? それだったら、ここで十分味わってから相手を厳選して、気に入らないのは後腐れ無く処分出来るんじゃないかい?」
「あんたと一緒にするな、ゲスが」
「言ってくれるじゃないか、高校生の小僧が。ただ、世の中は漫画やアニメみたいに君達高校生を中心に回ってはいないんだよ。君はここで死ぬかも知れないんだからね」
「俺だってそんな事は分かってる。だからといって、あんたと一緒にしないで欲しいね。俺は俺の正しいと思った事を貫く!」
「眩しいな、青春真っ只中の少年は。こういうのを何て言うんだっけ? 厨二病? いや、ちょっと違うか? 青春するのは勝手だけど、高校生にもなれば現実が見えるようにならないとね」
「あんたの言葉に現実感は無いけどな」
逃げるにも銃口が向いていては、まともに身動きがとれない。
(おかしくないか?)
また脳内の冷めた部分の声が聞こえてくる。
(なんでコイツはここで足止めしているんだ? 下では反乱が起きているのに? いや、本当に反乱が起きているのか? 下の騒ぎはまったく別の事じゃ無いのか? そう、例えば処分。俺がそこに行くのを足止めしているのか?)
それは無いと思う。
司はただの一高校生であって、さほど影響力のある人間では無い。
「僕からすると、そう言う正義に何の意味があるかを教えて欲しいね。ここで死ぬのに、誰に誇るつもりなんだい? まさか善行を積み重ねて天国に行けると思っているのかい?」
「あんたはどうしても俺に暗黒面に落ちて欲しいみたいだな、横山さん」
「大人になるとね、真面目にやっている夢見る子供を高く高く持ち上げて、泥水の中に叩き落とすと言う楽しみ方があるんだよ」
「ゲスな事を一般的な大人の意見みたいに言わないで欲しいな」
司は横山に言う。
司の家の両親は、特別優れた親では無いし、時々素晴らしく些細な事で口論になったりもする。正直に言うと、さほど尊敬出来る大人とは言えない。
しかし、神之助の両親は立派な人達だ。
横山が言う様な、泥水に落とそうとしているのではなく、本当の意味で親身になって相談に乗ってくる、優しい人達だ。
そんな立派な大人を知っている司なので、横山の様なゲスに大人をまとめて語って欲しくなかった。
「君が協力してくれれば、色々都合が良かったんだが、やっぱり子供は正しく現実を受け入れられないみたいだな。大人ならリスクリターンの計算も出来るだろうに」
「俺の協力なんか必要無いだろ? あんたはここで、あと四時間ボスを気取れるんじゃないの?」
「違うんだよ、志神君。僕は僕なりに、このゲームをクリアしようとしているんだ。残り時間を教えてきたと言う事は、焦って行動させようという狙いがあっての事だ。最終的に制限時間が終わったらどうなるんだろうね。僕の予想では掃除担当の清掃業者が来ると思うんだ。それが表であれ裏であれ、ね。その時には出入り口も解放されている、鬼も動いていないだろう。その時が最大のチャンスだとわからないかいか?」
横山の言葉には、司は賛成出来なかった。
横山から自信満々に言われるとそうかも、と思ってしまいそうになるが、今なら見つからない様にする相手は巨人、騎士と馬、ガーゴイル、ナイフの男の、馬まで込みでも五体である。清掃業者が五人以下と言う事は考えられないので、隠れながら行動するなら制限時間内の方が明らかにマシである。
清掃業者に保護してもらえるのなら、下手な行動を取らずに後四時間逃げ回った方が良いのも分かるが、失格者の状態を見る限りでは保護は期待出来ない。
そんなリスク計算も出来ていないのが、横山の出してきた案である。
ここに閉じこもって、一つの意見だけを正しいと言われていたならともかく、自分達で考えて行動している司には魅力に欠ける提案と言えた。
しかも、カードキーまで手に入れているのだから、ここで四時間粘る事より、救うべき人を連れて逃げる方が遥かにマシというモノだ。
そうか。俺を説得して仲間に引き込もうとしているのは、的を増やすためか。
司を説得すれば、もれなく塔子、神之助、夢乃がついてくると横山は思っている。
さらに横山は、司達が鍵を持っている事も知っているのだから、それもまとめて手に入れようとしているのだ。
「そんなチャンスとも」
司の言葉はそこで区切られる事になった。
その瞬間に、窓ガラスを突き破ってガーゴイルが文字通り飛び込んできた為である。




