第二話 スタート直前
第二話 スタート直前
アトラクションパーク、アースガルズは元々アトラクションパークでは無くショッピングモールとして島の一つが開拓された。
出来た当初は島全体がショッピングモールとなったので、非常に賑わった。
しかし、その二年後、まったく原因不明なのだがこの島で通信機器が使えなくなると言う現象が起き、急激に客足が遠のいていった。
そして経営者が替り、ショッピングモールからアトラクションパークとなった。
しかし、それでも客足は回復せず、この夏を最後に閉鎖される事になったのである。
客足が遠のいた最大の原因である通信機器が使えなくなると言う現象は、未だ改善されていないため、苦肉の策として中央広場に高い電波塔を立てる事になった。
奇妙な現象であったため、その日からここは都市伝説の宝庫になっていた。
「ちょっと、梶山呼んできて」
夢乃がムッとした表情で、司に言う。
「あん? どうした、愛の告白か?」
「はあ? あんた、どこまで馬鹿なの? 暑さにヤラれた?」
「自分で呼びに行け。北側に向かってたぞ」
「暑いのよ! 大体八月の真昼にやる事じゃないでよ! 熱射病になったらどうすんのよ」
「倒れればいいんじゃないか? お前が無造作に倒れてたら、介抱してくれる人もいるだろうからな」
「うるさい、死ね!」
夢乃は噛み付いてくる。
「短気は損気だぞ、神無月。神之助を見ろ。俺は神之助が怒ったところなんか見た事無いぞ。なあ、神之助」
「そうだ、私が倒れたら神ちゃんに介抱してもらえば良いわ。ねえ、神ちゃん?」
「先に神之助の方が倒れそうだけどな」
「だったら私が介抱してあげるわよ。って言うか暑いのよ、ちょっと凡、ジュース買ってきて」
「おう。金出せ。お釣りももらっておいてやろう」
「死ね!」
司と夢乃の口論を、神之助は苦笑いしながら見守っている。
「神ちゃん、聞いてた? 凡のくせに私から恐喝しようとしてるのよ? どうしてくれようかしら、神ちゃん?」
夢乃は恨めしい目を司に向けて、神之助に擦り寄っていく。
「うーん、司くんもだけど、神無月さんにも問題があったと思うよ? お互い冷静になって自分の発言を考え直した方が良いかな」
「そうよね、神ちゃん、全部アイツが悪いのよね」
(お前は本当に自分の発言を考え直したほうがいいな)
司は呆れながら夢乃を見る。
夢乃はこう言う性格だと言う事は知っていたはずだが、それでもどこまでも自分の事のみを優先する考え方は、司の予想を遥かに上回っている様だ。
「いや、司くんだけの問題じゃないって……」
「凡、暑いのよ。何とかしなさい」
「知るか。脱げばいいんじゃねーの?」
「神ちゃん、聞いた? アイツはあんな変態野郎よ! アイツ一人が問題なのよ!」
(ウルセーな。これなら塔子さんと一緒に鍵探しでもするか)
これだけ論争していても、塔子はまったく興味を示さず、真剣そのもので鍵探しをしている。
けっこう真面目に楽しんでいるのかもしれない。
「大体、そんなエロい格好しているのは、脱ぐ気満々じゃねーのかよ」
「ふざけんな、馬鹿。馬鹿なの? あんた、ホントに馬鹿なの?」
(お前ほどじゃねーよ)
司は溜息をついて、夢乃を見る。
白いミニのワンピースは若干透けている様にも見える。足も長いのでスカート短過ぎんじゃね、とも思ったりする。
本人は深窓のお嬢様を気取っているつもりだろうが、どう見てもそう言う印象を与える為に頑張っている様にしか見えない。どう見たって娼婦である。
塔子の様な透明感が無いとそれは難しいと思うのだが、残念ながら夢乃の場合ピンクのオーラが出過ぎているので、余計に娼婦感が溢れ出ている。
(しかし、残念だったな神無月。神之助には高校に入って好きな奴が出来たらしい。相手は特定出来ていないが、お前じゃ無い事は確かだ。せいぜい空回りするがいい)
司は悪意のこもった笑みを浮かべる。
ただ、神之助はその好きな相手を頑なに司に教えようとしなかった事を考えると、その相手が塔子である可能性も低くない。
(その時には頑張れ、神無月。そうじゃない時にはプロレスラーとかプロ野球の監督のモノマネとかを極めてくれ)
「塔子さん、見つかりましたか?」
「ダメですね、見つかりません」
塔子は植え込みの中などを慎重に探している。
真剣に探している塔子には悪いのだが、後ろから見ていると塔子の形のいいお尻がジーンズ越しとはいえ強調されている様に見えるので、真夏の昼前であってもしばらく鑑賞していても良いと思ってしまう。
「スタートは正午からでしょ? 今から探して見つかるモノなの? フライングにはならないの?」
夢乃が鍵探しをしている塔子を見ながら、神之助に尋ねる。
「その辺りはどうだろう。司くんはどう思う?」
「他にも探してる人いるだろうし、いいんじゃないか? 別に始まる前にクリアして豪華賞品寄こせ、って言ってるわけじゃないんだ。それならフライングだろうな」
司はルールを見ながら言う。
ルールの中にもその事には触れられていない。むしろこのルールであれば、塔子の様にまずは鍵探しから始めるのはいたって自然である。
鈎先も鍵を探しに行った上に、このパークに『ラグナロック』に関わる係員などがいない、もしくはまったく目立たないところを見ると、基本的にはなんでもアリなんだろう。
「でも、鬼ってあんなの(仮)だろ?」
司は中央広場にあった、仁王じみた像を思い出して言う。
「あんなのに追われるかと思うと、鍵くらいさっさと見つけておいた方がいいだろうな」
「鬼がそうだとしたら、凡、あんた何とかしなさいよ」
「何とかって、何とか出来るわけないだろ」
「はあ? RPGの勇者なら、レベルさえ上がれば素手でも動く石像くらい倒せるでしょ? それくらいの漢気見せてよ」
「無茶言うな。俺の役割は『このパークはアースガルズです』くらいなモノだ」
「わかってるわよ、そんなモノ」
(何が言いたいんだよ、このビッチは)
夢乃の意図がわからず司はイラッとするが、そもそも夢乃の意図が分からない事などいつもの事だと考え直す。
「でも、司くんならなんとかなるんじゃないの?」
「ならねーよ。神之助まで何言ってんだよ」
「素手は無理でも、はがねの剣があれば戦えるんじゃない?」
「無理無理。ライフ減らないとか、それくらいのチートが無いと」
そもそも『ラグナロック』の勝利条件は敵の撃退では無く、脱出のみである。あれほど目立つ鬼であれば、撃退するより逃げる方が現実的だ。
「逃げると言っても事実上、西側と北側にしか逃げられないよね」
神之助が司に確認してくる。
このアースガルズと言うところは、一応無理すれば四区画に分ける事が出来る。
ここへの主な移動手段が船であるため、港からこのパークの入口までの短い道があり、その入口のある南側区画はパークの見取り図やらミッドガルドの神々の説明、案内所などがあり、そのまま大通りを通って中央広場へ行く。
中央広場から東へ行くと、すぐに大きく頑丈な壁があり、その先には関係者のための東側区画がある。基本的にこの区画はパークを運営する区画である。
北側区画は宿泊施設が集まっている。これもここへの移動手段が船である事を考えると宿泊者も、かつては多かった。その名残もあって、北側区画にはかなり多くの建物が並んでいるが、今では北側区画のホテルも七割近くは閉鎖されている。
北側区画はすっかりゴーストタウンの雰囲気があり、都市伝説でも良くない類の話の舞台はこの区画が多い。
その反面、鍵を隠す場所には非常に適していると思われるので、鈎先も最初に見に行ったのだと思われる。
残る西側区画がこのパークのメインになる区画で、中途半端な商店街と適当に作った遊園地を足して二で割って、得体の知れない像を所々に建てたような、何とも一貫性の無い空間である。
しかも入り組み方も北側区画の比では無く、最初から迷わせようという意図の元作られたのではないかと思う様な区画になっている。
それでも何とかしようとしたのか、一応は西側区画でも商店街区画が中央寄りに、遊園地区画が西寄りになっている。しかし、明確に分けてある訳では無いので、さらに分かりにくくなっている。
「何か面白いモノ無いの? 凡」
「俺に言うな。いくらでもあるだろ、動かないメリーゴーランドとか、乗れない観覧車とか、シャッターが降りてるお化け屋敷なんてそんなに見れないから、神無月なら存分に楽しめるはずだ。俺達に構わずはしゃいできていいぞ」
「馬鹿なのね。あんたは、どうしようもなく馬鹿なのね」
「なんでだよ。俺はお前の提案に、的確に答えてるんだぞ? それのどこが不満なんだよ」
司はそう言うが、自分が言っている事では納得しない事など分かっている。もし自分がそんな事を言われると、夢乃と同じ様な反応をしているだろう。
そんな浅い反応が、見ていてちょっと楽しい。
(バカっぽくて。っていうか馬鹿だよな)
「司くん、このルールってちょっとおかしくない?」
「どの辺りが?」
司も神之助と同じ様に、ルールを見る。
「例えば、鬼は五体の内四体は見て分かるって事は、一体見て分からない鬼がいるって事だよね?」
「そうだな。そもそも鬼の情報だって無いんだしな。多分、このゼッケンに『鬼』って書いてあるんじゃねーの? 現実的に考えて」
司としては、そう思っていた。
都市伝説的には石像が動くというモノが有名ではあるが、常識で考えるとそんな事は有り得ない。
それに鬼は時間が経つにつれて学習していくのも、それぞれの鬼が定期的に情報交換をしていけば隠れられる場所もそれぞれが知る事が出来る。
その五体のうち一体が『鬼』ゼッケンをつけていなかった場合、見ても分からない鬼となる訳だ。
「でも、それだったら文芸部は有利だね」
司の仮説に神之助は神妙に頷いている。
「文芸部は十人以上参加してるわけだし、文芸部の中に鬼は含まれないから。鬼の情報も交換出来れば、逃げるのも簡単になるよね?」
「ケータイが使えればなおの事だが、それが出来ないからこその鬼ごっこプラスかくれんぼだしな」
実際にケータイで連絡を取り合える状況だった場合、鬼がこのパークに五体しかいない事を考えると、ゲームが成立しないくらい逃げるのが簡単になってしまう。
「ルールにゼッケン返却があるって事は、そうかもしれないね。さすが司くん」
「神ちゃん、無理しなくていいのよ? 頑張って馬鹿に合わせなくて良いんだからね」
夢乃が呆れた様に言う。
「でも、そうとは限らないですよ?」
「うをあ! きょ、虚無か。驚かさないでよ」
夢乃が目を見開いて驚いているが、塔子は少し前から鍵探しをやめて話を聞いていた。
こんな愛らしい美少女に気付かない方が、特異なんだと司は思う。
「例えばカメレオンとかナナフシなんかは、目の前にいてもそれと気付かない生き物は意外なくらい多いですよ? 迷彩服もその原理なわけですから」
「つまり鬼が見えないって事ですか?」
「馬鹿な事言ってんじゃないわよ、虚無。あんたじゃないんだから」
神之助の驚きのあと、夢乃が塔子に向かって言う。
けっして塔子は見えない訳では無いのだが。
「都市型迷彩とか、光学迷彩とかありますから、絶対有り得ない事は無いと思いますけど」
塔子は首を傾げている。
(塔子さん、光学迷彩はどうなんでしょう)
司としてはそこにツッコミを入れたいところだが、可愛いからそっとしておく。
「もしそうなら、相当気を付けておかないといけないですね」
神之助はうんうんと頷いている。
そう話している時、西側区画の商店街の建物のシャッターが降り始める。
『ご来場の皆様にお知らせ致します。本日正午より、パーク全体を使った一大イベント、ラグナロックを開始いたします。ラグナロックの間は、一部店舗を閉鎖させていただきます』
至るところにあるスピーカーから、女性の声のアナウンスが流れてくる。
「これって生声かな? 凄い機械的な声だけど」
司がスピーカーを見上げて言う。
「プログラム的な感じだね。まあ、日時も決まってた事だし、用意するのも難しくは無いだろうね」
神之助が笑いながら言う。
それからしばらくして、新たなアナウンスが流れる。
『只今より、テーマパークアースガルド一大イベント、ラグナロックを開始いたします』




