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第十八話 残り四時間三十分

第十八話 残り四時間三十分


 達哉にとって、その不意打ちはまったく予想外のものだった。

 まさかこんな所に参加者がいるとは思っていなかったのだ。

 しかも、自分を襲おうとしたのは、もっとも恐れていたはずの志神司と、その横には双眼鏡を持つ神野塔子、壁際には仙堂神之助と神無月夢乃もいる。

 やっぱりこいつらは生き残っていたか、と思う反面、もっと警戒しておくべきだった。

「鈎先、無事だったんだな」

 刀を持っていた司が、刀を鞘に収めながら達哉に言う。

「今まで北側にいたのか?」

 司は心配していた様に、達哉に尋ねてくる。

 その言葉から、達哉は一つの答えを導き出した。

 あの殺し損なった女と激突した司だが、あの時追ってきたのが達哉だったとは気付いていない。

「今までずっと、じゃないけど。そっちは? 何か凄い武器持ってるけど」

「ああ、俺達もずっとこの辺りにいたわけじゃない。コレはまあ、護身用だ」

 司は刀の鞘を叩いて言う。

 向こうは四人、こっちは一人。武器もナイフと日本刀では勝負にならない。

 不意を付けば司を刺す事はできるかも知れないが、一発で致命傷を与えないと刀で反撃されてしまう。梶山の時と同等の不意打ちをしなければ上手くいかないのだが、梶山と司では最初から達哉に対する警戒心が違う。

 おそらく同じ文芸部だからと言って、梶山の様に頭から信用していると言う事は無いかも知れない。もちろん、疑われる様な事はまだやってないのだが。

「つ、司くん!」

 神之助が興奮した声を上げる。

「どうした、神之助」

 司が神之助の方を向いたため、達哉に背中をさらす。

 今か?

 達哉は一瞬のスキを突こうとしたが、思いとどまる。

 危うく忘れるところだった。ここにはもう一人、塔子の目がある。

 塔子から警告があったら、不意打ちどころではない。そこが梶山の時との違いである。

「な、何か見つかったみたいだね」

 達哉は慌てて言うが、塔子の表情からは達哉を警戒しているのかしていないのかすら、読み取れない。

 存在感が無いにも程がある。今この近くにいるはずの、達哉を見守っている鬼と同様の不気味さが塔子にはあった。

「神之助、コレって」

 小学生を含む素手の三人でさえ失敗したのに、ここでこの四人を殺す事は現実的ではない。それより情報を引き出す方が大事だ。巨人トールが動けない今となっては、むしろ参加者の情報の方が参加者を見つける手段としては有効なのだ。

 達哉もあの中央広場での戦闘を隠れながら見ていた。

 悪魔や騎士が全力で中央広場へ行くのが見えたので、達哉もそちらへ行ってみたのだ。

 あの集団は明らかに鬼を倒しに来ていた、一般の参加者にしては妙に統制の取れた動きだったが、かろうじてトールの撃退は避けられた。

 しかし、騎士の機動力を失った事を考えると西側区画の警戒が圧倒的に薄くなってしまう。東や南をフリーにするのは危険極まりない。

 北側は隠れられそうな所をあらかた封鎖したと思っていたが、司達がいたという事はまだ隠れられるところがあるという事だ。

『鍵を入手しました』

「やっぱり、鍵だったのか!」

 アナウンスの後に、司は興奮したように言う。

 鍵? ここに?

 達哉は司達のところに行く。

 北西端の壁の一部が開き、そこに神之助と司、夢乃が集まっている。

 神之助が手に持っているのは、何かのカードだった。

 それが鍵だとすると、確実に出口の鍵だという事だ。しかもカードキーと言う事は、南側の出入り口か東側の関係者区画の鍵と言う事も考えられる。

 鍵の入手のアナウンスが連続したのも気になる。

 鬼との意思の疎通は出来ないが、コチラから一方的に伝えて鬼が動く事はある。とは言っても、コチラの独り言を鬼が拾ってそう動く事があるくらいだ。

 ここに鬼が乱入すれば、ここは行き止まりに近いので一網打尽に出来るかもしれない。

 が、達哉は小さく首を振る。

 この際、クリアの人間が出るのは仕方が無い。それより、参加者の隠れ家を突き止める方がマシだ。

 それに、この集団を見張る事が出来れば、少なくとも司達がクリア出来ない状況を作る事は出来る。

「これで後は……って、おわっ、一人増えてる!」

 夢乃が見た目と違って、雑な驚き方をしている。

「鈎先くん、か」

「悪かったね、俺で」

 達哉はわざとらしく肩をすくめたが、神之助はあからさまに警戒している。

 司が達哉を疑っているのは、この神之助の影響かもしれない。

「鈎先、あんた無事だったのね。なんであんたが無事なのよ」

「それは申し訳ないね。他の文芸部で無事な人には会った?」

 達哉は司達に尋ねる。

「そっちは?」

 達也の質問に対し、夢乃が質問で返してくる。

 殺してやりたいくらい失礼な奴だが、今はそのタイミングではない。怒りや苛立ちを溜め込むのも、後で吐き出す事を考えると必ずしも悪くない。

「俺はイベントが始まった直後くらいに梶山先生達に会ったよ。あとは昼過ぎに『せんぼん』の二人に会ったくらい」

「え? 愛とあやめに会ってたの? あんたは助かったの?」

「助かったって、何が?」

 その二人がどうなったかは誰よりも知っているが、達哉はあえて何も知らない事にする。

「二人共殺されてたよ。ちょっと詳しくは説明出来ないくらい、酷い状態だったけどな」

 司がいうのを、達哉は無言で頷く。

 それはよく知っているが、司達はアレを見たと言う事か。力を入れた甲斐もあった。

「そろそろ移動しよう。こんな所でガーゴイルなんかが来たら、逃げ場が無い」

 へえ、悪魔をガーゴイルって言ってるんだ。鬼の事を知ってるみたいだし。

 達哉は自然と司達と合流する事が出来た。

 出来れば最後尾を歩きたいところだったが、先頭の司の隣りを歩かされる事になった。

 その後ろを塔子、最後尾は神之助と夢乃である。

 この並びでは後ろは隙が大きい気もするが、中心の塔子が双眼鏡を持って周囲に常に気を配っているので、発見が早いようだ。

 また、目だけではなく耳も使っている様で、物音が聞こえた瞬間に動きを止めて周囲を警戒している。

 コレで行動しているなら、相当疲れそうなものだが、司と塔子にはそれほど疲れた様子は見られない。

 しかも司は刀を持ち、塔子は何故か腰に篭手を下げている。いつ、どこで入手したものからは分からないが、荷物を持って歩いている事になる。

 あの刀も多分偽物だとは思うのだが、達哉が隠し持っているナイフが国内では入手困難な正真正銘の切れ味を誇るので、司の腰に下がっている刀も本物である可能性は否定出来ない。

「で、どこに行こうとしてたんだい?」

「西側区画の南よりだ。お前はこんな所になんで来たんだ?」

「彷徨った結果、かな」

「だよな。俺達も似たようなモンだ」

 西側区画、しかも南寄りと言うのならこんな所は方向違いにも程がある。司一人なら方向音痴で済むかもしれないが、他の三人込みでこんなところまで迷ってきたと言うなら、司の決定権の大きさを物語っている。

 文芸部での事を考えてみると、神之助が司の行動に対して反対するとは思えない。塔子はいるかいないか分からない。実際に四人で行動しているといっても、司か夢乃という先導がいなければ機能しないのだ。

 さっきまでの会話から、意外と夢乃の発言は少ない。

「鈎先、鬼はどんなのを見た?」

「俺? 最初に志神君達が見てたトールが動いてる所と、馬に乗った騎士、空飛ぶ悪魔の三体かな」

「だよな、やっぱその三体だよな」

 司は周囲を気にしながら、達哉の言葉に頷いている。

「見て分かる奴ばっかりなんだよな」

 独り言のように呟く司に、達哉は眉を寄せる。

 その言い方だと、見て分からない鬼の情報を期待していた様に聞こえる。鬼の情報は全て持っていて、残りの一体にもアタリを付けているみたいにも聞こえる気がする。

 可能性は低くない。何しろ鍵を複数本手に入れているのだから、天才的な勘の良さと行動力が無ければ不可能であり、これまで鬼の犠牲になっていないのも凄まじい。

 考えてみれば、殺し損なった女から情報を得ているのだから、達哉は疑われてもおかしくなかった。ここで達哉が疑われていない事が、幸運と言うべきだ。

「志神君達は何か違う鬼を見たのかい?」

「見てはいないな。ただ、参加者の姿をした鬼がいるらしい」

「それは、見ても分からないね」

 そこまで情報がいっているのか、ただし達哉には少なからずアリバイがある。

 何といっても達哉は同じ文芸部であり、最初から鬼として配置されていた訳ではない。他の参加者から疑われる事になっても、司達からは疑われない。疑われても弁明出来る。

 神之助が妙に警戒しているようだが、あの程度のお子チャマはいくらでもあしらう事は出来るし、司と違って正面からでも殺す事は難しくない。

 こいつらはどこまで知っているか。

 そこを見極めるまで、下手な手出しはメリットが少ない。

 達哉はそう判断した。

「ね、ねえ、もうクリアしちゃわない?」

 夢乃が恐る恐る言う。

「だ、だって、下手にウロウロするより、そっちの方が良いでしょ? 私達だっていつまで生きていられるか、わからないんだし」

 少し声が震えているが、夢乃の言う事は間違いでは無い。むしろ今の状況においては正解の一つである。

 と言う事は、出口を目指していないのか。目的地が中途半端な事を考えると、そこは隠された出口があるのかと疑ったが、今の夢乃の話ではそうでは無い事がわかる。

「俺も出来るならそうしたいところだけど、巨人がいる間はあそこには近付けないだろ? それにこの鍵だって本当に出口の鍵とは限らないんだから」

「でも、集団で行動するのは自殺行為だよ」

 神之助の言葉に、夢乃が大きく頷いている。

 実はそうでもない事に、達哉は気付いていた。

 鬼の数が少ない以上、一度に狙われる人数に制限がある。出口を特定できているのであれば、数多くの犠牲者は出るが確実に数名はクリア出来る方法でもある。

 司がそこまで考えているかは分からないが、必要ならそういう行動を取る事が出来る人間というのは、確実にいる。

 特に会話に参加してこないが、塔子もその時にはそう言う行動が取れる人間に思える。一見自分勝手に聞こえる事を言っているような夢乃や神之助の方が、いざという時には非情になりきれない。

 やはり危険人物は司と塔子の方である。

 集団行動、自分達だけでクリア。この二つのキーワードから、今目指している場所が、他の参加者が隠れている所だと予想出来る。

 ここは黙ってついて行く事だ。参加者の残りは三十人ちょっとであり、そこに六人以上隠れていたら、司達も含めて十人を一気に消去出来る。その上、鍵を複数入手、必要なら破損させる事も出来るのだ。

 ここでスキをつくより、そこまで泳がせる方が見返りは大きい。達哉は鬼の立場からそう思う。

「鈎先君、周りを見てる?」

 後ろから塔子に声をかけられ、達哉は驚いて振り返る。

 一緒に行動していた事は知っていたはずなのに、声をかけられるまですっかり存在を忘れていた。

「み、見てるよ」

「だったらいいけど」

 やはり塔子からは何も情報を得られない。それは表情も口調もそうで、疑っているとも頼っているとも分からない。

「鈎先、鬼がどれくらい怖いか、分かってるか?」

「まあ、ね。殺されてる人がいたのは見たから」

 司の質問に、達哉は曖昧に答える。

 今のところ、鬼に達哉を殺そうとする気配は無い。なのでつい油断してしまったが、そこを知られるのは美味しくない。最低でも参加者の隠れ家まで案内してもらわなければ。

「それに、他の文芸部のメンツだって気になるだろ?」

 司は神之助と夢乃に向かって言う。

 まだそんな事を言っているのか、と驚きと同時に呆れてしまう。

 今のこの状態で、大して親しくもない文芸部のメンバーさえも助けようとしているらしい。まったく現実が見えていない理想主義者と言いたくなるが、今になって急に言い始めた訳ではなくそう考えながら行動して、今でも犠牲になっていないというのも脅威的である。

 案外司は、見捨てられない側の人間なのかもしれない。

「でも、もう横山さん達のところからは離れたって言ってたでしょ?」

「どの方向か、くらい聞いてみないと」

「何時間前の情報よ。そんなの役に立たないでしょ?」

「見捨てろってのか?」

 司は夢乃を見て言う。

 怒ってはいない。むしろ確認する程度の冷静な口調だが、それが却って夢乃を黙らせる事になった。

「そこまでは言ってないけど、でも」

「俺だって全員を助けられるなんて思ってないけど、助けられるかもしれないだろ?」

「志神君、何の話かわからないけど、ここは自分の事だけ考えても仕方がないんじゃない?」

 達哉はあえて神之助や夢乃を擁護してみる。

「ほら、鈎先の癖にこんな事言ってるじゃないの」

 この女は喋らない方が良いな。状況が悪くなる。

「三ヶ所の出口って、どこだろうな」

 話を変える様に、司は前を見ながら呟いた。

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