第十七話 スタート五時間後
第十七話 スタート五時間後
『スタートから五時間が経ちました。現時点で、ゲーム参加者の内、三十三人が残っています。皆さん、頑張って下さい』
ここまでは、これまでの定例アナウンスと同じだった。
『参加者の皆さんにお知らせです。当園の営業時間は午後十時までとなっております。ラグナロック終了まで後五時間です』
というアナウンスが増えていた。
「十時がタイムリミットって事か」
「明日の営業が朝の十時からって事を考えると、壊れた建物は撤退した事にして、死体を処理するのを十二時間で行うって事でしょうか」
「考えたくないですね」
司は塔子に答える。
その考え方だと、タイムオーバーは他の失格者と同じ扱いになる可能性が極めて高い。
だが、ここまで来るともう一つ考えたくない事が頭をよぎる。
主催者は本当にクリアさせるつもりがあるのか。
明日の営業を行うつもりなら、クリアしてこのイベントの一部始終を知る人物が出てしまっては、営業どころの話では無い。
司が思い付く様な事であれば、当然塔子や神之助も思いつきそうなものである。
「根拠があるわけじゃないんですけど、主催者はクリアの方法は用意していると思います。ただ、結果的に参加者が全滅しても構わないというスタンスじゃないかと」
塔子が言う様に、根拠はない。どちらかといえば塔子の願望だろうが、それでも塔子が口に出して言ってくれると信じられる。
その僅かな希望にでもすがりつこうとする。
「仮に馬に見つかっても、馬が他の鬼を呼ぶまでに時間がかかるはずですよね。最初に来る鬼は、ほぼ間違いなくガーゴイルでしょうから、ソレさえ無力化できれば南側区画を調べられるんですけど」
「私達だけじゃ、それは難しいと思いますよ? 少なくとも野外でガーゴイルを無力化するのは、ほとんど不可能だと思います」
空を飛べると言うのは、それほどのアドバンテージである。
それに、ガーゴイルは人一人を持ち上げて飛び回るだけの力を持ち、素手で人の喉を貫いて命を奪うだけの力も持っている。
「でも、やっぱり狭い所では飛び回れないみたいでしたね」
上半身組で逃げた男をガーゴイルは追っていたが、細い路地に入ってからは動きづらそうではあった。
一時間で減った人数から考えると逃げきれなかったかもしれないが、目で追える限りでは、たしかにガーゴイルはトールを助ける為にまっすぐ飛んでいた時と、細い路地とではスピードは違っていた。
しかも騎士が戦力としてより索敵に力を入れる様になった以上、ガーゴイルにかかるウェイトは、自然と大きくなったと言える。
「トールと戦ってた人達と協力出来ないですかね」
「特定できれば協力できると思いますけど、ナイフの男じゃないと証明出来ませんから、怖くないですか?」
すっかり忘れていた。
情報は持っているものの、そのナイフの男という鬼を司は直接確認した訳ではない。
塔子も一瞬見たくらいで、帽子とマスクをしていたくらいの印象しかないと言う。
他の誰かの協力を仰ぐとなったら、ナイフの男を警戒しなければならないが、それが分かるとしたら塔子ともう一人、詩織くらいしかいない。
しかし、それも酷な話である。
「どっちにしても、横山さん達と共同戦線を張るのが一番現実的じゃ無いですか?」
塔子の表情は険しいのは、あまりソレを望んでいないからだというのが、司にも分かる。
しかし確かに、他の誰かを頼るとしたら文芸部の面々か、横山くらいしかいない。神之助や夢乃であれば絶対の信頼を置けるのだが、戦力として考えるのは余りにも厳しい。
まあ、ソレを言うなら司や塔子も十分過ぎるくらい戦力にはならないのだが。
「横山さん達と合流しますか」
「まあ、それしか無いでしょう。疋田さんの協力も得られれば、ナイフの男の対策も出来るかもしれませんから」
それは無理だとは思うが、それでも詩織の持つ情報は重要である。
塔子と司が階段の所に戻ると、夢乃が妙に誇らしげな表情で二人を迎える。
「どうだった? 私の考えてた通りだったでしょ?」
「どっちかと言えば外れてて欲しかったんだけど。その分、クリアが遠のいた訳だし」
司が言うと、夢乃はしょぼくれる。
どちらかといえば司の言っている事の方が正しいはずなのだが、見た目には美少女である夢乃に泣きそうな表情をされると、一方的に悪い事をしている気になってしまう。
「ただ、出来る事もありそうだから、また横山さん達の所に行く事になるけど、神之助達はどうする? ここで待ってるか?」
「僕は司くんと一緒に行くよ!」
「横山さんの所って事は、詩織ちゃんもいるのよね。だったら、私も行くわよ」
夢乃は珍しく移動に積極的である。
落ち込む、というよりほとんど自失状態だった詩織を献身的なくらい励ましていたのは、文芸部の傍若無人な残念女王の夢乃である。
塔子の話では残念女王になったのは高校からで、中学まで、というより本来の夢乃の性格は案外まともなのかも知れない。
「それで、今回の先頭の名誉を神無月に譲ってやろう。刀もオマケするぞ」
「うだうだ言ってんじゃないわよ」
司のフリを、夢乃は一蹴する。
結局先頭は司で、その後ろは塔子。その後ろが夢乃で、最後尾は神之助と言う順番のままで行動する事になった。
「建物の前に死体があるから、あんまり見ない様にしろよ」
建物を出る時に、ここに入る時に意識を失っていた二人に言う。
「司くん、よくそんな所に入ろうと思ったね」
「いや、ヒントは塔子さんと、あの死体なんだけどな」
司はここに来るに至った経緯を、簡単に神之助と夢乃に話す。
「虚無、あんた凄いわね」
夢乃は率直に驚いているが、それは司も同じ様に思っている。
塔子はどこか違う視点でモノが見えているのか、的確極まる状況判断な上に、恐ろしく些細なヒントさえも見逃さない。
「でも、志神君の方が凄いですよ。志神君がいなかったら、私なんてとっくにリタイアしてますよ」
それは無いだろうと思う事を、塔子が言う。
「僕も司くんがいなかったら、こんなに粘れなかったはずだし。さすが司くんだよ」
「まあ、そこは凡のクセにだけど、認めてあげてもイイわね」
神之助や夢乃も感心しているが、この二人はともかく塔子は一人でも意外となんとかなったと司は思う。
「褒めてくれるのは有難いけど、その言葉はもう少し後で、できれば形のあるものの方が嬉しいな」
「司くん、梶山先生みたいな事言ってるね」
神之助が、小さく笑う。
その梶山も生きているかどうか分からない。もし生きていればこの鬱憤を全力でぶつけてやりたいところだが、今やるべきはそんな事では無い。
正確な参加者の数を司は知らないが、その数は開始当初の三分の一以下にまで減っている。文芸部の犠牲者も確認された以上、梶山達がすでに鬱憤をぶつけられない状態である事も十分過ぎるほどに考えられるのだ。
司は建物の扉をゆっくり開いて、周囲を見回す。
北側区画は入り組んでいるとはいえ、建物の入口は基本的に拓けている。建物の出入りがもっとも危険なのだ。
司は安全を確認すると、一度北西側の細い道に入る。
この建物から横山の隠れる建物に向かう場合、最短距離で行こうとすると中央広場からの大通りを通る必要があり、騎士の馬やガーゴイルから見つかる可能性が高い。来た道をそのまま戻ると、あの死体のある建物の前を通る必要があるので、それを避ける形になった。
結果的には大幅に遠回り、というよりパンフレットの簡易地図を見る限りでは、この道から細い道を辿っていくと北側区画を大きく西回りに回っていく事になりそうだが、それはやむを得ない。
神之助や夢乃には疲れが見えるし、口には出さないが塔子も相当疲れているだろう。
小休止はとっているが、精神的疲労の蓄積は止められない。
それはクリア出来たとしても刺さったトゲの様に、心に痛みを送ってくる事になる。出来るだけ早くクリアしないと、取り返しのつかないダメージになりかねない。
そう思っていたが、司は首を振る。
それさえも贅沢な悩みなのだ。少なくとも詩織の様に、たとえクリアが出来たとしても取り返しがつかない者もいるのだから。
大きく北側を回っている時、ところどころに倒れている参加者も見かけた。
本来なら生死の確認をした方が良いのだろうが、チラ見しただけで状態が良くないとわかるものや、生きている方が問題ありそうな雰囲気のモノなどもあったので、あえて見ない事にした。
「司くん、どこに行こうとしてるの?」
神之助が尋ねてくる。
目指すべきは西南方面なのだが、司が向かっているのは北西方面である。
細い道を選んでいると、自然と北西方面に導かれる様に移動していた。
土地勘の違いから、メンバーの中で神之助が割と早い段階で疑問に持ったみたいだ。
「どこって、こっちじゃないっけ?」
「全然違うけど、何か理由があるのかな、と思って」
「いや、別に理由は無いんだけど。じゃ、戻るか?」
司が戻ろうとした時、神之助は首を振る。
「さっきパンフを見せてもらった時に思ったんだけど、今のところ出口候補は南側の出入り口と、東側区画なんだよね? だとすると、そこから一番離れてる北西端には何かあるかも知れないと思ったんだ。ひょっとして司くんもかな、と思って」
まったくそんな事など考えていなかったのだが、言われてみると確かに何かありそうな気がする。
もし司が鍵などを隠す時、一本は出入り口からもっとも離れた場所に隠すと思う。
それどころか、出口をそこに設定するかも知れない。
考え方としては安直かもしれないが、行ってみる価値はある。
「そうだな、せっかくここまで来たんだし、行ってみよう」
「はあ? ただの遠回りでしょ?」
「他の文芸部のメンツにも会えるかも知れないだろ」
司は夢乃を黙らせるために言うが、正直に言うとそこには期待していない。
むしろ会えたとしても、それが無事でという訳ではないかも知れないのだ。
現に、北西端にたどり着いた時に司達を待っていたのは、それが元々は人だったとは思えないほどに破損した肉塊が二つだった。
出来るだけ見ない様にしたが、ここまで来るともう死体としてすら認識できない。
そこにあるのは異臭を放つ虫の湧き始めた汚物であり、コレを調べる意味は無い。専門知識があれば死亡推定時刻を調べられるかも知れないが、それにさえ意味が無い。
「けっきょく、無駄足だったかな」
司は周囲を見ながら言うが、夢乃はともかく、塔子と神之助はここに何かある事を確信しているのか、色々と調べている。といっても死体を、ではない。
塔子は壁際にあった水溜り跡の様なモノを、神之助は壁そのものを調べている。
「つ、司くん、これ見て!」
神之助が興奮気味に言う。
司と夢乃は呼ばれた所へ行き、塔子は相変わらず双眼鏡で周囲を見回している。
いかに人に見えないからといって、塔子は破損の激しい死体をまったく気にしていないのか、意図的にまったく見ないようにしているのか、周囲を見回すのを怠らない。
「ココ! もしかして、ここがゲーム開始直後に鍵が破損したところかも!」
神之助が指差すのは、巧妙に隠された鍵穴だった。
鍵穴には鍵の先端が詰まっているのが見える。鍵の破損はゲーム開始直後にしか伝えられていないので、おそらくここが最初の鬼を撃退した場所だ。
その割には人の死体とは思えない肉塊が二つあるだけで、鬼のモノは近くには確認出来ない。もしかすると、この二つの肉塊のうち一つが鬼のものかもしれないが、それは調べたところで分からないし、なにより近付きたくない。
「凄いよ、神ちゃん! ここ、出口なんじゃない?」
夢乃も飛び上がりそうなほど喜んでいるが、隠し扉の大きさ的に出口と言うには、大人が通るのは厳しいのでは無いかと、司は思う。
「何にしても詰まってる鍵を取り出さないとな。神之助、俺と塔子さんで周りを見てるから、ちょっとやってみてくれ」
「うん。司くん、不器用だもんね」
神之助と夢乃で隠し扉を開ける作業にかかり、司と塔子は周囲に警戒する。
「ん?」
司は目に飛び込んできた肉塊から視線をそらすが、それでも妙な事に気付いた。
ズタズタと言う言葉を表現している様な肉塊だが、頭と思われる場所に何故か鉄パイプが刺さっていた。
だから何だ。あんな気持ち悪いモノ、見たくもない。
司はそう思って意図的に視界から消す。
それで言えば、あの肉塊のすぐ近くで隠し扉を開けようとしている神之助や夢乃の方が凄いと言える。
でも、なんで鉄パイプ? あそこまでズタズタにされているのは、多分ナイフの男の手によるモノだ。ここまでの細い道は巨人や騎士は通りづらいだろうし、ハンマーの一振りや槍の一突きでは、こんなにはならない。ガーゴイルかナイフの男かしかないが、ガーゴイルも広い場所を好むだろうし、目であるガーゴイルが死体を刻む時間的余裕は役割の上からも無いはずだ。
つまりココは参加者に恐怖を与える事が目的の、ナイフの男のテリトリーと言う事にならないか?
だが、最初からナイフを持つ鬼が、鉄パイプ?
ここには鬼が一体いて、ゲーム開始直後に撃退された。その鬼にやられたのか? 鉄パイプの鬼? それと相討ち?
どう考えても有り得ない。そう、ここにある二つの肉塊はゲーム的におかしい。
司は自分でも気付かないうちに、肉塊を見ていた。
鉄パイプはどの時点で叩きつけられたんだ? 殺す前? 殺した後? ナイフで殺したとしたら、出血はかなりの量になるんじゃないか? 実際、文芸部の丸い奴は胸を一突きに貫かれて、血溜りの中に倒れていた。この肉塊の血溜りは、その時の血溜りほど広がっていない様に見えないか?
「司くん、取れた!」
神之助の言葉に、司は我に返る。
うおっ、気持ち悪!
思考の渦に飲み込まれていた司は、慌てて肉塊から視線を引き剥がす。
「形は同じ形だね」
神之助は、鍵穴から取り出した鍵の先端を見ながら言う。
「神之助、俺達の見つけた鍵を試してみてくれ」
『鍵を入手しました』
神之助が袋に入っていた鍵を取り出した。
「志神君、何か動いた」
その時、周囲を見ていた塔子が、司に警戒を呼びかける。
塔子は双眼鏡を持っているので、少しでも見通せる方を見ている。
「こっちです」
神之助と夢乃から離れ、塔子と司は建物の陰に隠れて様子を伺う。
向こうはこちらに気づいていない様で、普通の足音を立てて近付いて来る。
司が刀を抜いて不意打ちしようとした時、その予想外の人物に動きを止めた。
「うわっ!」
「か、鈎先か?」




