第十六話 スタート四時間五十分後
第十六話 スタート四時間五十分後
驚く程統制の取れた動きだった。
動作を練習して、動けると確信してから行動に移ったのだろう。タイミングもあったところで、行動となったわけだ。
六人の参加者は三人ずつに分かれ、一方は足にロープを掛けて暴れる巨人を振り回している様で、足首や膝などに絡めている。
もう一方も二人はロープ的な物を巨人に絡めながら、もう一人は倒れた時に手から離れたハンマーをどこかへ引きずって巨人から離している。
「すげーな。巨人を翻弄してる」
「撃退出来るんじゃないんですか?」
司の言葉に、塔子も期待している。
「巨人をそう簡単に無力化できるモノなの?」
「有り得なくは無いですよ。特に関節を固定すると力を発揮出来なくなりますから、理にかなってると思います」
夢乃は疑っているが、神之助も感心しながら言う。
今慌ててあのチームに司達が協力のため参戦するのは、却ってジャマになりかねない。距離も少しあるので、役には立てないだろう。
巨人は暴れようとするが、すでに両足首は固定され、腕も手首を固定されつつある。怪力のはずの巨人ではあるが、さすがに五人の男たちを一方的に振り払う事は出来ない。
倒れる時に左腕を痛めたみたいで、動きもぎこちない。
塔子がバナナの皮にこだわっていたが、巨人を転ばせるというのは有効な手段だった事が、証明されている。
後は巨人をどうやって撃退するか。
とはいえ、鬼の撃退は必ずしも難しい事では無い。ブロックなり鉄パイプなりで、鬼が動かなくなるまでボコボコにしてしまえばいいのだ。
「多分、それを実践した人がいたんだよ。だから鬼は参加者を襲い始めたんじゃないかな?」
「たしかに、最初に鬼を撃破したってアナウンスがあったな」
神之助の言葉に、司は頷く。
鬼は参加者の行動も見て学習すると言う事だった。ゲーム開始直後に鬼に暴力を教えた参加者がいたので、巨人や騎士などの鬼は参加者の命を奪いに来たと言うわけだ。
だが、先に覚えた行動を改めて参加者が行ってきたからといって、さらに覚える事も多くはない。ましてチームプレイを覚えようにも、鬼は数がいないのだから覚えてもそれを実行する事も出来ない。
「ここで巨人が消えてくれれば、大きいんだけど」
司はそう呟きながら、本気で祈っていた。
足や腕をロープの様な物で絡めていくが、それで筋骨隆々の巨人を完全に確保すると言う事は極めて困難である。
それが分かっているらしく、二人はロープを持ち、残る一人が鉄パイプっぽい物を持って巨人をボコボコにしている。
実に効率の良い動きと言える。
しかも下半身側の攻撃している男は膝や足首を狙い、上半身側のハンマーをどこかに隠した男は頭や手首を狙っている。
「凄いよね、司くん。これだったらあの巨人も撃退されるよね?」
神之助もちょっと興奮している。
「動けない程度にボコボコにしてくれれば、必ずしも撃退まではしなくていいけどな。で、あの人達がクリアして外から助けを呼んでくれれば生きて帰れるさ」
ちょっと不自然なくらいに統制された動きで気になるところはあるが、それでもこの際希望の光である事は間違い無い。
巨人の撃破は時間の問題だった。
そう、そのはずだった。
「志神君、アレ!」
塔子が双眼鏡を覗いた状態で、戦闘行為を行っている中央広場とは違うところを指差す。
まったく別方向から、ガーゴイルが弾丸の様な早さで中央広場に飛んできている。
しかもガーゴイルとは別の所から全速力で走ってくる騎士も、馬の足音を響かせながら中央広場へ向かっている。
「ど、どう言う事?」
「鬼が助けを求めたの?」
神之助と夢乃も、愕然として中央広場に向かう鬼達を見る。
戦闘行為を行っていた六人は興奮状態で雄叫びを上げながら巨人をボコっていたが、鬼の方は暴れてはいるものの声を上げたりはしていない。
今向かってきているガーゴイルも騎士も、巨人のピンチを助けに来たのは分かるが、どうやって巨人のピンチを知ったのかが問題だ。
ガーゴイルも騎士も、中央広場が見える様な場所にいなかったようだが、今は全力で中央広場に向かっている。
「何かあるんだ。鬼同士で連絡する方法が」
司は呟くが、とても信じられる様な事では無い。
巨人と戦っていた六人も、騎士の馬の足音に気付いたらしくその場から離れようとしたが、その前にガーゴイルが現れ、上半身組の退路を遮る。
今なら六人で協力すれば、ガーゴイルも撃退されていたかもしれないが、いかに統制された動きのチームでも、想定外の事には無力だった。
六人が行動を起こしたのも、鬼が合流する事の無いタイミングを待っての事だったはずだが、現時点で四体しか残っていない鬼の三体が一ヶ所に集まっている。
それは異常事態と言えるが、他の鬼が合流するのが全くの想定外だったのか、これまで巨人相手に翻弄していた集団とは思えない混乱振りである。
「ダメだ、もう逃げた方が良い」
司は叫びだしたい衝動に駆られたが、ガーゴイルを呼び込む事になる。
遅ればせながら六人も散り散りに逃げ出そうとしたが、ガーゴイルは近くにいた男に飛びかかると、頭を掴んで空へ飛び上がる。
成人男性が重いのかわざとなのかは分からないが、ガーゴイルはそこまで高く飛ばず、頭を掴んだ男を振り回して他の参加者へ襲いかかる。
ガーゴイルに振り回されている男はすでに首が折れているため絶命している。それで襲われた男も地面に倒され、その上に首を折られた男を乗せられたあと、ガーゴイルは倒された男の頭を踏みつけ喉を手刀で貫く。
上半身組は結局一人しか逃げられなかった。
下半身組は散り散りに逃げていたが、騎士の機動力は人の足より早く、一人は槍で差し貫かれる事になった。
逃げた三人はそれぞれ細い路地に逃げ込んだが、ガーゴイルは上半身組の生き残りを狙って移動する。
「こっちに近付いて来るんじゃないの?」
顔色の悪くなった夢乃が、心配そうに司の方を見て言う。
「いや、別方向に行ってくれるみたいだ。でも、ここも長居は出来ないな」
司は逃げる男を目で追っていたが、男は北側区画へ逃げ込んだ後は北西へ移動しているのが見えたが、屋根や建物の陰に隠れる男を三階の窓からは追いきれない。
「志神君、ちょっと見て」
塔子が双眼鏡を司に渡し、中央広場の方を見せる。
双眼鏡で見たのは、手足に絡まるロープを騎士が槍で突いて切っていた。
その結果、巨人はさらにダメージを受けたのも見て取れるが、痛みを感じないらしく巨人は手足の自由を取り戻す。
だが、痛みは感じないにしてもダメージはあるようで、まっすぐ立てない上に左腕もだらりと下がったままになっている。
それでも、巨人は立ち上がって近くで絶命している参加者のゼッケンに触れた後、足を引きずりながら東側区画へ向かう。
「東側?」
司は双眼鏡を見ながら呟く。
「司くん、どうしたの?」
「ボコられたトールが、足を引き摺りながら東側に向かったんだ。中央広場に残らずに」
「それって、移動に時間がかかるから、優先的に守るべきところに向かったって事じゃないの?」
「神之助もそう思うか」
司は足を引きずる巨人の背中を見ながら言う。
トールの姿をした鬼は、もう走ることは出来そうにない。それでも役割をこなそうとするなら、動かなくても守れるところを死守するくらいしか出来ない。
つまりあの先には出口が、鬼が守るべきモノがあると言う証明である。
「司くん、東側区画の扉の鍵とか見えない?」
神之助に言われて、司は東側区画へ双眼鏡を向ける。
東側の扉は見えるが、さすがに鍵穴の特定などは出来ない。
「塔子さん、何か見えますか?」
基本的にこの双眼鏡は塔子の持ち物で、司より細かく使い方も知っているのではと思ったのだ。
しかし、いかに双眼鏡で視界を確保出来ていたとしても、鍵穴の特定となると簡単なことではない。
「無理ですね。鍵穴っぽいものも無いです」
「それでも東側区画を守る理由があるって事ですかね」
司は周囲を見ながら言う。
「出口以外に、と言う事ですか?」
「俺には何も思いつかないですけど、塔子さんはどうですか? 神之助も何か思い当たる事は無いか?」
夢乃の名前は出さないが、すでにそんな些細な事に噛み付く余裕も無くなっている。
「鬼が守るモノですか。出口以外に? 私には何も思い浮かびません。宝物とかですか?」
「それじゃないですか?」
塔子の言葉に、神之助が呟く。
「神ちゃん、どう言う事?」
夢乃も神之助に尋ねてくるが、司や塔子も神之助を見る。
神之助も自信が無いのか、腕を組んだまま考えている。
「窓際から離れようよ。さすがに外から丸見えだし」
神之助がそう言うので、ゴミだらけの三階のフロアから二階に降りる階段の方へ移動する。
階段の最上段に夢乃と神之助、二、三段降りたところに塔子、そこから一段降りたところに司が座る。
「で、神之助、どういうことだ?」
司が少し見上げて神之助に尋ねる。
神之助の隣りに座る夢乃のスカートが短いので、この角度からなら際どい事この上ない。
「凡、あんたパンツ見ようとしてるでしょ」
サッとスカートを抑えて夢乃が睨んでくる。
「そうだな、悪かった。代わりに先頭を歩く名誉をやるから、場所変わってくれ。必要なら刀もプレゼントしよう」
司がそう言うと、夢乃は睨みつけてくるが文句は言ってこない。
「仙堂君、それってどれなんですか?」
司と夢乃が話し出したら話が進まないと思っての事か、塔子が早めに神之助に尋ねる。
「宝物の話です。鬼が守るとしたら、宝物って塔子さんの予想は当たってるかも知れませんよ」
「その宝物って?」
「その物ズバリです。考えてみると、このイベントの本当の目的はわかりませんけど、一応建前の上ではクリアできれば豪華賞品だったでしょ? 基本的にイベント会場のこのパーク内の事は鬼に委ねられているみたいですけど、全てを鬼が管理できる訳じゃないですよね。特にクリア後は、鬼の役目はありません」
「賞品と関係者、ですか?」
塔子の言葉に神之助は頷く。
「出口はともかく、豪華賞品と関係者を別々のところに置く理由は無いと思うんですよ。あの鬼は、そこに一番近いところを守っているんだと思います」
「もっとも守りの固い場所が最大の弱点って事か」
司の言葉に、塔子と神之助は大きく頷く。
「ちょっと待ってよ。そんなところを守られたって事は、もうクリアを目指せないって事じゃ無いの?」
夢乃が言うと、神之助も同じ事を考えていたのか、不安そうに司の方を見る。
「考え方を変えよう。俺達は鍵を二本持ってるわけだし、出口は三ヶ所ある。一ヶ所塞がれたとしても、あと二ヶ所はあるわけだ。鬼で動けるのは巨人を除くと残り三体。その内騎士は足音でけっこう遠くから接近が察知出来る上に、馬のままでは細い路地に入れない。現時点で脅威になる鬼は、ナイフの男とガーゴイルの二体って事だから、チャンスでもあるんだ」
「チャンス? 何の、どんなチャンスなのよ」
「それを今から考えるんだよ」
司は額に手を当てて言う。
「大本命の出口は南側だったよね? ガーゴイルと騎士にさえ見つからなければ、南側は今手薄じゃない?」
神之助の言葉に、司と夢乃は頷き、塔子はゴミの中から拾ってきたのか簡易地図の載ったパンフレットを見ている。
「俺はいい考えだと思いますけど、塔子さんはどう思いますか?」
「凡、虚無なんかに聞くまでもないでしょ? 神ちゃんの言う通りよ」
夢乃は今すぐにでも動きたそうだが、塔子は何か妙に考え込んでいる。
「塔子さん、どうしました?」
「南側を調べるチャンスだとは思うんですけど、何か引っかかりませんか? 何か見落としてる気がするんですけど」
「虚無の考え過ぎじゃない? っていうか今更見落としの一つや二つ、問題にならないと思うけど」
夢乃が随分と乱暴な事を言っている。
しかし、司はその塔子の直感を完全に否定する事は出来なかった。
塔子の直感が無ければ、売店に隠れていた時に騎士が馬と分かれて行動している時に、慌てて隠れていた場所から出て行ったところを槍の餌食にされていた。
「見落とし、ですか。そう言われると……」
神之助も腕を組んで考え込む。
「どんな事でもいいから、何か思い当たる事ってありませんか?」
「そういえば、直接関係無いかもしれませんけど、さっきの人達ってかなり慣れた動きでトールと戦ってましたよね」
神之助は確かに直接関係無いが、司も気になっていた事を言う。
「ゲーム開始直後くらいから練習してたんじゃないか?」
「同じ事は出来ないけど、ロープを使ったトラップ、スネアトラップなんかがあれば騎士は動きを封じられそうだけどね」
神之助の言葉に、ハッとした表情になったのは、意外にも夢乃だった。
「馬……。そうよ、実際には鬼は減ってないじゃない」
「どう言う事だよ、神無月」
「凡と虚無で、ちょっと南側の出入り口見てきなさいよ。もし私の考えている通りだったら、南側には近付けないと思うから」
偉そうな話し方は腹が立つが、双眼鏡を持つ塔子と共に司は階段を上がって三階に戻ると、窓の方へ行く。
ガーゴイルが飛び回っている可能性もあるので、窓に近付くのはちょっと怖いが窓から南側の出入り口を見る。
「……神無月の奴、成績が良いだけじゃなくて、それなりに頭を使ってるんですね」
司は双眼鏡を覗いている塔子の頭頂部に言う。
「私達が先に気付くべきだったんですけど、命拾いって言えるんじゃないですか?」
塔子も呆然として呟いた。
下半身組を追っていた騎士だが、戻ってきて南側から西側を警戒しているのは、槍を持つ騎士をどこかに降ろした馬だった。
巨人のロープを切る時から、騎士は単独で行動していたので、その時に気付いてもおかしくなかったはずだが、司はまったく疑問に思わなかった。
「トールが何かの合図でヘルプを送ったとすると、あの馬も同じ事が出来るって事ですよね」
「そう思う方が自然だと思います。でも、これは目を増やすための苦肉の策である事は間違い無いですよ。騎士としての機動力は無くなった訳ですから」
塔子は南側から西側を自由に動き回る馬を見ながら言う。




