第十四話 スタート四時間三十分後
第十四話 スタート四時間三十分後
司と塔子は休憩を挟みつつ、意識を失っている夢乃と神之助を運びながら北東方向へと進んでいた。
気持ちは悪いが、参加者の死体を目印にして隠れられる建物を探し、ようやく三階建ての小さな建物を見つけた。
そこの前には、首をあらぬ方向に捻じ曲げられた男性が倒れていたが、司達はそれを見ない様にしてその建物に近付く。
祈るように司は扉を開ける。
鍵がかかっている様子は無く、扉が開いたので司は夢乃に肩を貸す形で引き摺りながら慎重に建物の中に入る。
ここはすでに撤退した後の建物の様で、広いスペースが広がっている。
「マジかよ」
「隠れる場所としては、あまり良く無かったですね」
塔子はそう言いながら入ってきて、扉を閉める。
「でも、屋根はありますから、熱射病は避けられそうですね」
「蒸し暑いんで、まだその心配はありますよ。二階を見てきますから、ちょっとこの荷物も見ておいて下さい」
「待って。私一人で二人は運べませんから、階段のところに寝かせておきましょう」
司と塔子はひとまず気を失っている夢乃と神之助を置く。
「ん」
と、声を出して、先に意識を取り戻したのは夢乃だった。
「おはよう」
「ああ、凡か。私……」
階段に座って額に手を当てて、夢乃は頭痛に耐える様にする。
その直後、頭をはね上げて絶叫しようとするのを、塔子が口を塞いで止める。
「落ち着いて。ここは大丈夫です」
塔子がそう言うと、夢乃は鼻息を荒くしながら何度も頷く。
「神無月も目を覚ましたなら、神無月に神之助をお願いしよう。俺と塔子さんは二階と三階を見てくる」
「えっ?」
夢乃は泣きそうな表情で聞き返してくる。
こういう表情でいると魅力的ではあるのだが、それでも塔子の半分くらいだと司は思ったりしていた。
時々まったく違う事を考えながら現実から逃げていかないと、とてもこの状況に耐えられない。
「そ、そんな事言って、置いていかないわよね?」
「置いていくつもりなら、こんなところまで引っ張ってきてないさ。俺一人なら寂しいから塔子さんを借りたいけど、多分ここは大丈夫だと思うから、俺一人で行ってみる。塔子さん、何かあったら呼んで下さい。何かあったら呼びますから、来て下さい」
「私も一緒に行きましょうか?」
塔子が司に言うが、夢乃が塔子のTシャツを掴んで離さない。
塔子は少し悩んだが、ここに残る事にした。
「怖いから一瞬で戻ってきます」
司は先に宣言してから二階へあがる。
まだ日も高いし、下には塔子達がいる。ガーゴイルは西に少し前に飛んでいったし、トールや騎士であれば建物に入る時に分かる。ナイフの男も、すでに情報を持っているので完全に不意打ちを受けると言う事は無いだろう。
と、不安要素を削っていくが、一人になった途端に怖くなる。
やっぱり合流しようかと司は悩んだが、まずはトイレに行く事にした。
緊張の連続で喉は乾くし、脱水症状にならないように水分補給をしっかりしていたせいか、実は少し前から尿意を感じてはいたのだが、タイミングが合わなかったのだ。ちょうどそのタイミングが合ったわけだが、一人でトイレに行くのがこれほど怖い事だったとは思わなかった。
今から下に助けを求めても良いが、男子高校生としてはちょっとカッコ悪すぎる。
せめて神之助の意識が戻っていれば、いくらでも言い訳出来たのだが、一度思い出した尿意はそこそこシャレにならなくなってきている。
ダイナミックに失禁すればネタにはなるが、それこそ助けを求めるよりカッコ悪くなるので、恐怖心を戦いながら司はトイレに行く。
トイレは、二階に上がってすぐのところにあった。
ここでこのドアを開けた時に何か出てきたりしたら、間違いなくイケる。
色んなモノに不安を感じながら、司はドアを開ける。
特に何もない。
ホッとした時はちょっと危なかったが、司は何とか踏みとどまる事が出来た。
一通りスッキリしたところで、特に何かが変わった訳でもないのに、恐怖心がほんの僅かだが一緒に流れ出たらしい。
トイレの個室についている蛇口をひねってみると水も出たので、手を洗う。
水が冷たかったら顔も洗いたかったところだが、お湯とは呼べないものの水とは言えない温度だったので、顔を洗うのは止めておく。
トイレから出て二階の部屋を回ってみるが、どこも空いたスペースであり、家具や棚など何も残っていない。
カーテンやブラインドも無いので、外から丸見えである。
今は二階と言う事と、外の方が明るい事を考えると外からは見えにくいはずだが、素晴らしく不安である。
しかし、外からこの建物を確認しようにも空き部屋の窓くらいしかないので、二階や三階の廊下か階段にいれば外から確認するのは難しいだろう。
それでも逃げる方向が限定されてしまうので、あまり良い方法とは言えない。
一休みしたらまた移動した方が良いと司は思っていたが、目指すべき場所がわからなくなってきた。
もう文芸部のメンバーを探すという目的は、ただの理想論にしか感じない。実際に死体を見せられては、やはり自分の身が可愛くなるのは仕方がない。それを責める事など、誰にも出来ないだろう。
今なら、文芸部やその他の参加者より塔子や神之助、ついでに夢乃の三人を救う事が最優先であるべきだ。
アドバンテージがあるとすれば、鍵を持っている事。出口と思われるのは南と東。
しかし、横山が言っていた様にこの鍵が出口の鍵と言う保障はない。主催者の悪意から考えれば、神之助が見つけた鍵は出口の鍵では無く、出口の鍵が入った鍵のかかる何か用の鍵かもしれない。
鍵の形状から見ると、十分過ぎるほどに考えられる。
出口の鍵を見てみたいな。
司はそう思うが、それが無謀である事も分かっている。
せめてあと一体鬼が少なくなれば、死角は広がるので出口がある可能性の高い東側や南側に近付く事が出来る。
参加者はすでに四十人を切っているが、この中で活動しているのはごく僅か。もしかすると司達しかいないかもしれない。
四十人の内十人近くは横山のところに隠れている。詩織を預けているので横山達には安全であってほしいが、その場合十人以上は一切活動していない。
司達もグループで動いている事を考えると、四十人というより、幾つかのグループしか残っていないと言う事だろう。
そうやって考えていくと、鬼を無力化してくれそうなグループがいるとはとても思えない。
もし最初に隠れたのがあの狭い売店では無く、横山達がいた様な大きな建物だったら、司も活動せずにそこに隠れていたと思う。そこでトラップを仕掛けておけば、鬼が近付くのを察知出来るし、上手くすれば撃退する事も不可能では無い。
横山と連携が取れれば、鬼の中でも騎士かトールかのどちらかは撃退できそうだが、横山を信用出来ない以前に、連絡の取りようがないので連携は困難である。
単独で撃退出来そうな鬼はどれかと司は考えたが、どれも詳しく分からないので何とも言えない。形状で考えると『ナイフの男』が一番撃退出来そうな気がするが、素手でナイフに挑むなど危険極まる。
それこそ文芸部の細い奴、君島愛の二の舞になるだけだ。
何か手段は無いか?
そう考えていて、司は首を振る。
最優先は鬼の撃退では無い。まずは出口を確保する事である。
二階を探してみても、文字通り何もない。あるのは空き部屋と廊下を区切る扉と三階への階段くらい。
三階へ上がろうかとも思ったが、やっぱり一人で行動するのは怖くて仕方が無いので、一度一階で塔子達と合流する事にする。
司が一階へ降りていくと、神之助も目を覚ましていた。
しかし、神之助は苦笑いして、夢乃は司を睨みつけてくる。塔子が妙に申し訳なさそうな表情で待っていた。
「何だよ」
「あんた、私のパンツ見たでしょ?」
夢乃が司を睨みながら言う。
「チラッとな。ガッツリ見た方が良かったか?」
司は平然と答える。
夢乃は何か怒鳴ろうと口を開いたが、無理矢理言葉を飲み込む。
「まったく、そんな状況じゃないでしょ?」
「そうだな。だから別にパンツの中まで見た訳じゃないんだから、気にするなよ」
「司くん、やっぱり余裕があるよね」
飛びかかってきそうな夢乃を抑えて、神之助が言う。
「神之助と神無月はまだ休んでていいよ。塔子さん、三階を調べますからちょっと付き合ってもらって良いですか?」
「待って、司くん。だったら僕が付き合うよ」
神之助が慌てて立ち上がる。
「いやいや、神之助には頭脳仕事をしてもらわないと。肉体労働は俺と塔子さんでやるから」
「何を考えればいいの?」
神之助は首を傾げている。
「鬼を一体減らせないか? どんな事でもいいから、神無月と考えてみてくれ。それと、もし誰か入ってくるようだったら、階段を上がって来ればすぐに合流出来る。二階に問題なかったのは確認しているからな」
「神ちゃん、私たちは少し休んでた方が良いわよ」
夢乃が、司と一緒に行動しようとしている神之助に言う。
確かにそのつもりで言ったのだが、夢乃の言葉には思わずツッコミを入れたくなる。
「三階? 行ってみましょう」
塔子は神之助の代わりに立ち上がると、軽い足取りで階段を上って司と合流する。
いかにも女らしい塔子だが、見た目の割に体力がある。
そうは言っても、限界は必ずやってくる。司も体力的にはかなりキツくなってきているのだから、塔子も当然同じくらいキツいはずだが、塔子はそういう素振りを見せない。
「志神君、ごめんね。つい口が滑っちゃって」
「ああ、気にしなくていいですよ」
司は軽く言うが、本心である。
意識を取り戻した後で深刻な話をしていたら、夢乃や神之助は絶望的なパニック状態になっていたかもしれない。塔子は上手く精神的な余裕を生み出してくれた。
そのために悪者になるのなら、司も喜んで悪者を演じられる。
ただ、司や塔子には疲労が溜まっていく事になる。
司としては、汗で服が張り付いてきている塔子や夢乃を見て気分転換しているが、塔子はどうやって気持ちを切り替えているんだろうと司は思っていた。
「あと志神君、凄く申し訳ないんだけど」
二階に上がってから、塔子はモジモジしながら言う。
「何ですか?」
「トイレに行きたいんですけど、近くにいてもらえませんか?」
「そりゃモチロン。必要ならトイレの中までついて行きますよ?」
「そうですね。それじゃお願いしようかな?」
塔子の予想外過ぎる言葉に、司は目を丸くして驚く。
「冗談です。ただ、ドアの前にいてくれれば良いですから」
「はい、そうします」
やはり塔子は冷静で、司と比べても一枚上手だと思い知らされるが、頼りになる。
「志神君は、鬼が一体減ればここを出られると考えてるんですか?」
トイレのドア越しに塔子が司に尋ねる。
「それだけで出られると思う程、楽観的にはなれませんけど。でも、ガーゴイルがいなくなれば勝算は出て来ると思うんですよ」
「ガーゴイルですか? 私はてっきりトールを狙うと思ってました」
理想で言えばガーゴイルを無力化したいところだが、さすがに空を飛べるガーゴイルを無力化する方法は、少なくとも司には思い浮かばない。
「巨体であれば、その分だけ転倒のダメージは大きくなりますからね。バナナの皮でダメージを与えられると思うんですけど」
塔子はドア越しに言う。
まだそのトラップを諦めてませんでしたか、塔子さん。
横山には司も冗談めかして言いはしたが、塔子は案外本気で狙っているのかもしれない。
「でも、バナナ見かけてないですよね」
「そうなんですよね」
食べ物や飲み物を司達は売店で、横山は隠れていた場所で見つけたが、共通して言える事としてバナナは無かったと言う事だ。
「ロープとかでも良くないですか?」
「仕掛けられる場所がありませんから、意外と難しいと思いますよ?」
司としてはいい考えだと思ったのだが、塔子の言う通りトールの行動範囲は中央広場近辺なのでトラップを仕掛けるには向いていない。
だが、トールがいなくなれば騎士が中央広場をカバーする事になるだろう。そうすると入り組んだ北側区画と西側区画をナイフの男とガーゴイルで巡視する事になる。
空を飛べるアドバンテージを持つガーゴイルだが、建物が入り組んでいる場所で空からの巡視は、必ずしも効果的とは言えない。現に司達は長時間行動しているのだが、ガーゴイルから見つかっていない。
撃退しやすそうな鬼で、撃退すると効果が高そうなのがナイフの男なのだが、それが参加者の姿をしている以上、参加者による同士討ちになってしまう。撃退したのが参加者で、鬼であるナイフの男じゃ無かったとしたら、無意味どころの話ではないのだ。
「仙堂君と神奈月さん、何か良い方法考えてくれますか?」
「俺が考えるよりはマシですよ」
「ところで、志神君は仙堂君をどう思ってるんですか?」
「どうって、ああ見えて頼りになるんですよ? アイツなら親友って言えます」
司がそう答えると、トイレから塔子が出て来る。
「仙堂君も同じ様に信頼してますよ。ベクトルはかなり違うみたいですけど」




