第十二話 スタート三時間四十分後
第十二話 スタート三時間四十分後
ゲームが始まって三時間以上が経過して、膠着状態になって来た事を達哉は感じていた。
元々参加者の数は多くはない上に、パークの広さに対して鬼の数が少なすぎる。
形状や配置を考えると、巨人トールを中央広場、馬に乗る騎士を西側や北側の広めの道を巡視させるのは、効率の上からでも当然の配置と言える。
しかし、そうなると北側、西側にそれぞれ一体で探索しなければならない。
そして、一体はこの近くにいる。
達哉はそう感じていた。
あの悪魔の姿をした鬼は、達哉ではなく近くにいた鬼と何かしらのやり取りを行い、その結果達哉を見逃したのだと考えていた。
そこを意識しすぎているのか、今でも近くに気配と視線を感じる気がするが、ソレは今すぐに自分に危害を加えてこないと達哉は安心していた。
もちろんそんな保障はどこにもないのだが、達哉はそこを考えても仕方がないと割り切っていた。
そんな事より、コレからどう動くかである。
達哉はホテルを物色している時に見つけたおにぎりを食べながら、パンフレットの地図を見ながら考える。
建物が使えなければ、鬼が四体いれば参加者を全滅させる事は不可能では無い。
火をつけるか?
北側区画は建物が乱立しているので、一ヶ所から火が出れば相当広い範囲で延焼を期待できる。そうすれば隠れ場所を大幅に減らす事が出来そうだったが、芸が無いとも思える。
それにそのやり方を鬼が学習してしまった場合、このパークは一瞬にして火の海に沈む事になるので、これは最後の手段としておく。
隠れ場所を使えなくすると言うのであれば、まずは隠れられる場所を見つけてそこを潰していく事になる。
達哉はそう思うと、食事を終えて飲みかけのペットボトルを持って立ち上がる。
この建物を物色した際に、ここには誰もいない事は確認している。
しかし、他の場所を探しに行く途中でここに逃げ込まれる事も望ましくない。
そう考えている時に、達哉は良い方法を思いついた。
要は建物に入りづらくしてしまえばいいのだ。完全に入れなくなっては、達哉としても簡単に飲食料の手に入る拠点を失うので面白くない。
つまり達哉は入る事が出来て、他の参加者は入れない様にする事だ。
達哉は建物から外に出ると、この近くに転がっているはずの達哉が殺した子供の死体を探す。
最後にまさかの抵抗で姉を逃がした、勇敢な弟。建物の近くであり、しかも子供なので運ぶ手間も大人と比べると楽である。
とは言っても、重量で考えると子供であっても十分重い。
体重二十キロと言うと軽すぎる様に聞こえるが、重量二十キロと言うと運ぶ上では相当な重量だと言う事である。
なので台車を探すために、この建物の備品を置く倉庫へと行ってみる。
この建物の一階奥に備品類を置く倉庫があるのだが、達哉がそこへ行った時、倉庫の鍵が閉まっていた。
侵入者か。都合が良いタイミングで来てくれたな。
達哉はほくそ笑むが、さすがに笑いながら声をかけるわけにはいかない。扉を壊すというのは、映画などのように簡単では無い。
「だ、誰かいるんですか?」
力でこじ開けるより、向こうから開けさせる様に仕向ける方が簡単である。
「だ、誰かいるんですよね?」
わざと弱々しい声を出し、ノックも出来る限り弱い感じで倉庫の扉を叩く。
「だ、誰だ?」
倉庫から声が聞こえてくる。
声が男だったので、達哉としてはちょっとガッカリする。
どうせ殺すと言う事は変わらないが、やはり男の時より女の時の方が、達哉のテンションの上がり方も変わってくる。
しかし、ここは文句を付けている場合では無い。
「このゲームの参加者です。開けていただけませんか?」
そう声をかけながら、達哉はいつ侵入されたかを考えていた。
基本的にはここを拠点として動いているが、ここに鍵がかかる訳ではないので、入ろうと思えばいつでも誰でも入る事ができる。
しかし、例えば達哉が参加者を切り刻んでいた時や、文芸部の『せんぼん』が襲われたあと鬼から見逃された時などを目撃されていれば致命的である。
取り逃がした少女を追っていた時や、鬼から見逃された後に近くの建物を調べていた時などは少し長くここを離れていた。
だが、鬼から見逃された所を目撃しているくらい近くに誰かがいたのであれば、おそらくあの悪魔から襲われているだろう。
大丈夫。俺が殺している事などわかるはずも無い。
達哉がそう考えていた時、倉庫の鍵が開く音がすると、僅かに扉が開く。
「あの」
達哉が声をかけた途端に、倉庫の中の人物はすぐに扉を閉めて鍵をかける。
「あの!」
「どっか行ってくれよ! そんな所に立たれていたら、ジャマなんだよ!」
男の声は裏返り、ヒステリックに叫ぶ。
完全にパニック状態になっているのが分かる。この状態で話し合いはまったく意味が無い。
しかし、ここに一人残しておくと言うのは、達哉にとって無視出来る事では無い。
今すぐ引きずり出すか、絶対に出られない様にするかである。
せっかくだから、閉じ込めてやるか。
「そんな事言わないで、開けて下さいよ」
達哉は扉の外から倉庫に向かって言うが、その一方でペットボトルの中身を捨て、ペットボトルを踏み潰して薄くする。
「うるさい! どこかに行けよ!」
「そんな事言わないで、助けて下さい!」
達哉は笑いをこらえながら叫ぶように言い、乱暴に扉を叩きながら潰したペットボトルを扉の下に挟み込む。
「助けられるわけ無いだろう! いいから、どこかに行ってくれ!」
「見捨てないで下さいよ!」
達哉は足で潰したペットボトルを蹴り込みながら、扉を乱暴に叩いて言う。
「うるさい! 黙れ! あっちに行け!」
倉庫の向こうからそんな怒鳴り声が聞こえてくる。
潰れたペットボトルは半分近く扉の隙間に入り込み、通路からならともかく、倉庫内の方から取り除くのは困難だろう。
ここまでパニックに陥おっている人間が、さほど狭くはないとはいえ倉庫に閉じ込められたと知れば、大した時間を置かずに発狂するだろう。
その状況経過を見てみたい気もするが、面白そうではあるもののその時間的な余裕があるとは言えない。
実際にこのゲームにタイムリミットは設けられていないが、明日の朝以降もずっとこのゲームを続けられるかは分からない。
達哉にしても参加者を全滅させた後にポイ捨てされる事は考えられるが、正直に言うと達哉はそこを恐れていない。
もし唯一の生き残りなどになってしまったら、達哉が直接手を下したモノだけではなく、鬼に殺された参加者も全て達哉の責任にされてしまう恐れもある。それでなくても、複数人に対する殺人と死体遺棄では、未成年であっても減刑の対象にはならない。
ここまで来て、ここまでやったからには最終的に鬼に殺される事になったとしても、優先すべきは二度と訪れないこの機会に欲求を十分に満たす事だ。
達哉は改めてそう思うと、別のところに台車やその替りになりそうなモノが無いかを探してみたが、それに該当するモノは見つからなかった。
仕方がないのでそのまま外へ出て、せめて体重の軽い子供や『せんぼん』の細い方である愛などをこの入口近くに運んでくる事にする。
場所的に近くである子供の死体を見つけると、持ち上げるのは重いので引きずって持っていこうかと考えたが、そうすると引きずった後が残る。
なので、面倒で重くはあったが、達哉は子供の死体を建物の前まで持ってきて投げ捨てる。
愛の方は首を折られている為出血が少なかったので、足を掴んで引きずっていく。
鬼が近くで見ていたら、さぞかし何をやっているのか疑問だろう。
そう思いながらも、達哉はさっそく作業にかかる、
まずは喉を潰され、首のへし折れた愛の方から始める事にする。
骨と皮しか無さそうな愛なので、正直に言うと刻み甲斐というものが無いのだが、今回のはここに人が近寄りたくない雰囲気を作る事が目的である。
思いついてからの作業はスムーズに進み、常人であれば正視に絶えない凄惨極まるオブジェが建物の入口に用意された。
真夏なので、すでに異臭もしているが、達哉としてはさほど不快ではなかった。
自分の作品を客観的に見ると、自分でも狂っていると冷静に思う。しかし、当初の目的はそうやって相手を萎縮させる事なので、その目的は極めて高いレベルでクリア出来たと思われる。
これでしばらくはこの建物の中に侵入する者はいなくなるだろう。
この建物は北側区画の中では中央広場寄りであり、さらに北にもまだ北側区画は広がっているし、東にも西にもある。
「そうだな。例えば、鬼が調べて失格者を出した建物の前に同じ様に死体を飾ってくれれば、探す手間は省けるんだけどな」
達哉は独り言ではあるが、あえて声を出して言う。
鬼がどこから自分を監視しているかは分からないが、そう言っておけば、あるいは他の鬼と知識を共有していて、そういう行動をしてくれるかもしれないと言う希望的観測もあったのである。
その上で行動の方向だが、東側区画に近いところを隠れ場所として提供するほど主催者は太っ腹ではないと思われるので、北から西を探す事にする。
北側区画だけを回るなら一時間も必要無いのだが、出入り口が開くかどうかを確認して回ると言うのであればもう少し時間がかかるだろう。
さすがにマスクは息苦しいので、マスクはせずに達哉は行動する。
北側区画を回っていた時、達哉は鬼の知能が想像以上に高い事を知った。
達哉が独り言を言ったせいという訳ではなく、その前から鬼は出入り口に死体を残していたのだ。
これは達哉の意図していたようなモノでは無く、鬼が出入り口で待ち伏せていたところ、気付かずに逃げ出してきたところを襲われた結果なのだと、一目見て分かった。
つまり、鬼は出入り口で待ち伏せ、中の人間をあぶり出す方法を何かしら知っていると言う事だ。
念のため、死体の近くの小さな建物の扉を開いてみると、鍵がかかっている様子も無く簡単に開くことが出来た。
その建物はとっくに撤退した後のようで、空の棚や机なども放置された状態で残っていた。
元がどんな用途だったのかは分からないが、一応隠れようとすれば隠れられないことも無い空間である。
ここは放置しておいても問題なさそうだが、達哉はそれでもここを放置して面倒になるのではないかと考えた。
この建物の無力化は簡単だったので、手を加えることにしたのだ。
というのも、これほど何もない空間に隠れるのは豪胆どころの話ではない。それでもここに隠れようとした場合、心の支えになるのは出入り口の扉程度である。
なので、達哉は出入り口の扉を破壊する事にしたのだ。
別に破壊と言っても火薬を使って爆破と言う事もない。この小さな建物のドアは外開きであり、九十度くらいまで開く。
ならば限界まで開いた後、更に外側に力を加えてやれば簡単に壊す事が出来る。
達哉はドアに向かって、思いっきり蹴りを入れる。
二回目の蹴りで何かが砕ける音がして、三回目でドアが斜めに傾く。
これでこの小さな建物に隠れられる様な勇者はいないだろう。ここに隠れるくらいなら移動し続ける方が遥かにマシである。
実際に司達は移動していた。彼らは一ヶ所に隠れ続けている様な事はしていない。
リスクは高く感じられるが、鬼の数を考えると一ヶ所に隠れ続ける事とそれほど違いは無い。それどころか、一ヶ所に隠れている側と違って脱出出来る可能性がある分、有利な点もある。
神之助や夢乃ならともかく、司や塔子であればリスクよりリターンの方が大きい事は気付いているだろう。
鬼が後一体でも減ってしまったら、司達は脱出する方法すら見つけるかもしれない。
しかし、鬼を減らす事などできるだろうか。
少なくとも達哉には思いつかない。
巨人トールや騎士のオーディンに肉弾戦は、まず有り得ない。空を飛ぶ悪魔も力でどうにかできる事も無いだろう。ゲームであれば特殊な武器が手に入るだろうし、マンガやアニメなら眠れる力が目覚めたり、颯爽とヒーローが現れるところだが、現実的にそれは有り得ない。
だが、達哉がそうだったように、異物である司や塔子が何かに目覚めたらあるいは何か起きるかも知れないが、それでも鬼を倒せる超能力などあるはずもない。
鬼を倒せる武器があるとすれば何だろう。ロケットランチャーか、伝説の聖剣か。常識の範囲で考えるなら、そんな武器はこのパーク内には存在しない。
例えば消化器などはどうだろうか。鬼は目で見て確認して行動すると言う事は、視界を奪うのは非常に有効と言える。
ただ、都合良く消化器を手に入れられるのか。
今ドアを壊した小さな建物の様な空家はともかく、ホテルにしても土産屋にしても、室内アトラクションにしても消化器であれば、どこかに備え付けられている。
建物にさえ入れれば、手に入れる事もできるだろうが、夏場にそんな荷物を持って行動するのは体力を消耗させる。
司、神之助、塔子、夢乃の四人で行動しているとしても、せいぜい司が一本持って行動出来るかどうかである以上、もし持っていたとしても武器と言うより切り札である。
大丈夫だ。まずは北側区画を半封鎖状態に持っていく事だ。
達哉はそう考えると、北側区画の移動を始めた。




