第十一話 スタート三時間後
第十一話 スタート三時間後
『スタートから三時間が経ちました。現時点で、ゲーム参加者の内、四十三人が残っています。皆さん、頑張って下さい』
アナウンスが流れるのを聞いて、司は眉を寄せる。
二時間を過ぎた辺りから、参加者達はクリアより安全の為に隠れる事を優先したはずだが、それでも十人近くは犠牲になっている。
鬼の数は四体。このパークは、アトラクションパークとして考えるなら途方もなく広いと言う事はないが、百人くらいが隠れるには十分に広い。しかも隠れられる建物もある事を考えると、見つける事が難しいはずである。
「八人って事を考えると、横山さん達のところは無事みたいだね」
後ろから神之助が言ってくる。
「そうだな。横山さんのところには十人くらいいたからな」
司が言うと、神之助や夢乃は頷いている。
しかし、口で言うほど司は楽観視していない。
例えば横山氏達が隠れていた建物であれば、鬼が来ても全滅は避けられるはずだ。現在の参加者の数を考えると、横山氏のグループが最大勢力なので、狙われる可能性も高くなりそうなものだ。
それでも、途中で合流したナイフを持った男に襲われていた少女、疋田詩織を匿ってもらうとなると、横山氏のところくらいしか思いつかなかった。
「横山さんの所には私の友達もいるから、多分大丈夫よ」
これまで大して役に立っていなかった自覚でもあるのか、夢乃が率先して詩織の面倒を見ている。
詩織は司達より一つ年下だった。家族で遊びに来ていたが、ゲーム開始後間もなく両親が騎士の鬼に襲われた。弟二人を連れて逃げ隠れしていたところ、ナイフを持った男に襲われて二人の弟を失った。
綺麗な黒髪は塔子や夢乃より長く、主張は強く無いがその見た目の良さも夢乃ほど派手では無いが、愛らしさがある。大きな瞳や柔らかそうな頬など、笑えば素晴らしく魅力的なのだろうが、理不尽な肉親の不幸が続いたので生気を失っている。
表情は虚ろで、夢乃の言葉にも曖昧な反応しかしない。前触れもなくいきなり泣き出したりするので、司達はそのつど足を止めている。
出来る事なら急ぎたいのだが、さすがにそんな詩織を急き立てる様な事は出来なかった。
「塔子さん、何か見えますか?」
「今は何も。もうすぐ横山さん達が隠れてるところですけど」
塔子は双眼鏡を下ろすと、司の方を見る。
「私としてはあまり勧められない気がするんですけど」
「俺もですけど、あの調子じゃ一緒に行動も出来ませんよ。何処かで匿ってもらわないと」
司と塔子は小声で話す。
情緒不安定どころか、精神崩壊直前といった状態の詩織である。
司達が目指すところは北側区画であり、今の詩織は絶対に近付きたくない場所だ。それどころか、詩織はまず落ち着ける場所で休ませてやらないと、本当に取り返しがつかなくなりそうな雰囲気がある。
司や塔子が横山氏を信用していないとはいえ、いかに集団のリーダーであっても集団を一人で好きなように動かすのは、非常に難しいはずだ。
「でも、横山さんには最後の鬼の話が出来るから、きっと役に立てるよね?」
神之助が後ろから司に声をかけてくる。
「ああ、とにかく貴重な情報のはずだけど、実はソレを伝えていいのか悩んでもいるんだ」
「どうして?」
司の答えに、神之助は首を傾げる。
「俺達や疋田さんは鬼じゃ無い事は説明できるし、そこは信じてもらえると思うけど、それ以降横山さんに匿ってもらう時には、その人達は自分が鬼じゃないと証明出来ないから匿ってもらえないかもしれないだろ?」
「でも、これ以上横山さんに匿ってもらうべき参加者は見つけられるかな? それにあんまり一ヶ所に人か集まると、それこそ一網打尽にされたりしないかな?」
「それもそうだな。それに皆が隠れると誰もクリアしないから、状況がよくなる事は無いか」
「それなんですけど」
双眼鏡で周囲を見ている塔子が、口を挟んでくる。
「少なくとも明日の朝には船が来るわけじゃないですか。一応営業期間は明日まであるわけですから、来客もあると思うんです。それはどうするつもりなんでしょう」
塔子の言う事に、司も神之助も考え込む。
確かに塔子の言う通りである。
今日が最後のイベントの日ではあるのだが、今日でここが閉鎖されるわけではない。また、閉鎖された後に店舗を撤去する際にはパーク関係者だけで行うわけではなく、その店の従業員で行われるはずだ。
完璧な守秘義務を行使して、この惨状を世間の目に一切晒さないようにする事などまず不可能と言える。
それどころか、このイベントで既に命を落としている参加者は数十名いるはずだが、その周囲の人々にどう説明するつもりなのか。
「最長でも明日の朝までがタイムリミットって事か」
司が呟くのを、塔子と神之助は頷く。
そのタイムリミットもイベントのタイムリミットであり、それが参加者の解放になるという保障は無い。
「でも、クリアした参加者には豪華賞品だろ? このパーク内に関係者が皆無と言う事は有り得ないだはずだ。関係者がいるとしたら東側区画だから、案外ゴールは東側区画なのかもな」
「あり得るかもね。でも、中央広場にトールがいるし、東側と南側は遮蔽物が無いから、鍵を開けている内に見つかっちゃうよ」
神之助の主張も、もっともである。
あの巨人がオリンピックのスプリンター並みの早さで走ってくる事は無いと思うが、中央広場から南の出入り口や東側区画の壁までは、数百メートルしかない。普通に走れば三分あれば十分過ぎる距離である。
鍵も破損する可能性があるくらい脆いモノなので、扉を開けるのも慎重になるだろう。
どこに鍵穴があるかもわからず、鍵をどう開けるかも分からない中で、鬼は見つかった場合数分、場合によっては一分かからずにやって来るとなると絶望的過ぎる。
どうにか排除出来れば、とも思うが、少なくとも力技でどうにかなる相手ではない。
それに対する有効な手立ては何も思いつかないまま、司達は横山の隠れる建物へとたどり着いた。
「何だって? 見てわからないって事はそう言う事なのか?」
横山は司から『ナイフの男』の話を聞いて驚いている。
相変わらず哨戒でもしているのか、司達に後ろから横山が声をかけてきたので驚きはしたが、建物の前で大声を出す必要が無かったので良しとした。
「そんなモノ、反則じゃないか」
「俺もそう思いますけど、実際に疋田さんの弟さん達は犠牲になってますし、一瞬ですけど俺達もソイツを見ましたから」
「そうか。タイミングとかを考えると志神君達が鬼ではない事はわかるし、もし志神君が鬼の手先ならここは真っ先に狙われるだろうからね」
横山はそう言うと腕を組む。
見て分からない鬼と言う存在が、まさか参加者の中に混ざっているとは横山は予想もしていなかった様だ。
「志神君には悪いけど、そんな鬼がいると知ってしまったらこれ以上は誰かを助けて欲しいと言われても、匿う事は出来ないね」
「そうですよね」
わかっていた事ではあるが、これ以上ココには人は集められない。
司が知っている入る事の出来る建物と言えば、あの狭い売店だけなので、もし参加者を見つけても隠れ場所を提供出来ない。
今でも移動を続けているのは司達くらいかも知れないが、移動を続けている参加者がいないとも限らない。
「横山さん、メンバー変わりましたか? かな恵達がいなくなってますけど」
詩織の肩を抱いている夢乃が、横山に尋ねる。
「あ、ああ。実は言いにくい事だけど、志神君達が行ってからちょっとした論争があってね。僕としては男女平等のつもりだったんだけど、それに納得出来なかったみたいで、女の子を中心に出て行ってしまったんだよ。その後この近くを通った参加者を迎え入れたんだけど、戻ってくる人達はいなかったよ」
「そうなんですか」
夢乃はがっかりしている。
何しろここ以外では、文芸部の面々に出会っていない。詩織をここに連れてこようと言った時も、ここには文芸部のメンバーがいたからと言うのも大きかった。
だが、夢乃と違い、司はその言葉を信用出来なかった。
文芸部の面々を司は誰よりも知っている、と言う事はない。むしろ文芸部で一番理解が薄いのは自分だと言う自覚がある。
その上でだが、文芸部女子が他の誰かに言われて、この仮にも安全と思われる場所から出て行くものだろうか。
ここにはいられないくらい理不尽な事を要求されたか、出ていこうと言い出した人物が横山氏より信頼されていたか。
文芸部女子を動かせるほど信頼されている人物がここから出て行ったのであれば、ここに残る人数はもっと少なくなりそうなものだが、メンバーが多少変わっても人数自体はさほど変わっていない。
司もここのメンバーを把握しているわけではないが、見覚えのあるメンバーの方が多い。
ここに詩織を残しても大丈夫なのか?
司は急に不安になってきた。
本当に詩織を助けようとするなら、ここに預けるのではなく自分達と行動させた方が良いのではないか?
根拠があるわけではないが、司はそう思った。
「志神君、僕からも重要な情報をいくつか知らせる事がある」
横山が話を変える様に言う。
「まずはコレを見てくれ」
横山は上着のポケットから鍵を取り出す。
神之助が見つけて、今でも持っているはずの鍵と同じく細い鍵である。
「志神君達が見つけた鍵というのも、こういう鍵だったんじゃないのかい?」
「ええまあ、まったく一緒かは分かりませんけど、そんな鍵でした。それが何か?」
「こっちも見てくれるか?」
横山は改めてポケットに手を入れると、チャックの付いた透明な袋に入った鍵を取り出した。
「鍵? でもアナウンスは無かったのに」
「ああ、この袋から出して直接触れたらアナウンスが流れるみたいだ。それより、コレをよく見てくれるか?」
横山は袋に入った鍵を、袋のまま司に渡す。
袋に入ったままの鍵を見ると、その鍵も神之助や横山が持っている鍵とほぼ同じ様な鍵だった。
「同じ鍵、ですか?」
「そうなんだ。俺の持つ鍵とその鍵をじっくり調べたんだが、俺の持っている鍵は二本ともまったく同じ鍵だった。そこで、なんだけど志神君はこれが扉の鍵に見えるかい?」
「それは……」
正直に言うと、これが扉の鍵には見えない。自転車の鍵や、ロッカーの鍵の様に見える。
「僕にはコレが扉の鍵には見えないんだよ。ルールに書いてあるのも鍵の数だけで、この鍵が出口の鍵だとは書いてないんだ」
横山に言われ、司はポケットの中に入れていたルールの書かれたプリントを見る。
「確かにですね」
「最悪の場合、最初に破損した鍵というのが唯一無二の鍵だった可能性もあるんだ」
「でも、それだと出口が三ヶ所と記している事が嘘になりませんか?」
「いや、三ヶ所の出口は全て同じ鍵で開き、その鍵は一本しかない場合はルールに嘘は無いよ。しかもソレだと最初にクリアした人物以外はクリア出来ないから、主催者側も管理しやすいだろ? もちろん、それは最悪の場合で、そうは考えたくないんだけど」
横山は無理に苦笑いしてみせる。
絶対に有り得ない、と言う話では無いがそれは無いと思いたい。
「でも、それはリスクもありますよ」
と、言ってきたのは塔子である。
「リスク? どんなだい?」
横山は塔子に尋ねる。
「あくまでも可能性の話ですけど、全ての出口を一本の鍵にした場合、ソレを回していけば全員が出る可能性が出てきます。ゼッケンの返却の義務はあっても、鍵の返却の義務はありません。ゲームの初期段階でその鍵を手に入れたら、完全にゲームは崩壊します。最初に鍵が破損したと言う事はすぐに見つけられたと言う事で、それが全ての出口の鍵だったとは思えません」
「なるほど、確かに君の言う通りだ。つまりまだクリアの可能性は残っていると言う事だね。安心したよ」
横山はうんうんと頷いている。
司も、塔子の意見が正しいと思う。ゲーム開始直後に手に入ったモノが出口のマスターキーというのは、あまりにもアグレッシブな配置である。
「ところで志神君達はやっぱり移動してクリアを目指すのかい?」
「クリアを目指す、と言うより一緒に来たメンバーを探そうと思ってます。出来れば皆で帰れれば、と思いまして」
「素晴らしい考え方だね」
横山は感心したように言うが、司はどこか馬鹿にされている様にも感じていた。
「ただ、俺と塔子さんはまた移動しますけど、ここに残りたいっていうメンバーがいたら匿ってもらえますか?」
「それはモチロンだよ」
横山が頷くと、司は神之助や夢乃と話す。
神之助が例によって譲らなかったので、夢乃も渋々でがあるがここに残る事より司と行動する事を選んだ。
「疋田さんはどうしますか?」
司が尋ねると、詩織は少し考えた末に、軽く首を振る。
「もう、ここで休ませて下さい」
「そうですか」
ここが危険に感じるのも根拠があっての事では無いので、司も無理は言えない。
「でも、助けてくれて、ありがとうございます」
詩織は無理にでも、司達に笑顔を向ける。
余りに儚く、見ているのが辛くなるほどに痛々しい笑顔だった。




