風に揺れる紫は
藤の花が満開に咲いていた。
私はゆっくりと藤棚の周囲を散策する。花を眺めながら、香りも一緒に楽しんだ。傍らには夫の峻がいて。さらに、息子の聡太や禎の二人もいる。当年取って、私も峻も四十歳。もう、中年に差し掛かっていた。
「……楓香、俺達も結婚して十五年が経ったな」
「そうね」
「聡太が中三、禎も中一だ。早いもんだな、子供の成長は」
しみじみと峻が言った。私はそれに頷く。本当に早いわ。時間が経つのはね。いつの間にやらとは思う。
「……峻、実はね。私、最近は体調が良くないの」
「え、本当なのか?どこかが良くないのか?」
「えっとね、一昨日辺りに病院に行ったのよ。検査してもらったらさ、ポリープが見つかって」
「ポリープ?!その、どの部分にあったかは教えてくれないかな?」
「……うん、下腹部にある臓器よ。言いにくいけど、行った病院は産婦人科ね」
はっきりと診察してもらった病院のジャンルを告げた。それだけで、峻は察したらしい。目を軽く見開いて固まる。
「そうなのか、婦人科だったんだな」
「まだ、検査結果は出ていないの。たぶん、後十数日は掛かるだろうって。ポリープは小さかったから、当日に処置してもらえたわ」
「……ごめん、気づかなくて。検査結果、出たらすぐに教えてくれよな」
「分かった、すぐに知らせるよ」
「うん、約束な」
互いに頷き合う。息子達がこちらにやって来た。
『父さん、母さん!』
二人が賑やかに笑いながら、手を振る。峻も私もにこやかに頷き、歩いていく。
「何の話をしてたんだ?」
「内緒よ」
「えっ、ずるいよ。僕らにも教えてよ!」
「そうだぞ、父さんや母さん。俺や禎にも教えてくれたっていいじゃんか!」
「……お前らな、外で言う事じゃないんだよ。家に帰ったら話すからさ。それまでは聞くのは無し!分かったか?」
『……はーい』
二人は不満そうにしながらも、渋々頷いた。苦笑いしながらも峻と私は互いに顔を見合った。
帰宅した後、私は改めて聡太と禎に説明をする。二人はショックを受けたらしく、考え込んでしまった。やはり、言うべきではなかったか。
そう内心で後悔の気持ちが首をもたげる。けど、聡太が真面目な顔でこちらを見つめた。
「母さん、絶対に検査結果が出たら言ってくれ。俺や禎、父さんでサポートをするからさ」
「……聡太、あんたも大人になってきたわね」
「俺も中三だぞ、サポートくらいは出来るって!」
「ありがとう、聡太が言ってくれると心強いわね」
「僕も兄ちゃんみたいにサポートをする!母さん、手伝ってほしい事があったらさ。言ってね!」
「うん、分かったわ。その時はお願いね、禎」
「はい!兄ちゃん、僕らで母さんの手伝いをしよう!」
「そうだな、約束するよ」
聡太と禎は力強く頷いた。二人の成長にちょっと、嬉しくなる。涙ぐみながら、峻と笑い合った。
あれから、二週間余りが過ぎた。再度、私は近隣の産婦人科に来ている。検査結果を聞きに行くためだ。受付で一通りの事を済ませ、待合室で順番待ちをしていた。看護士の女性、たぶん中堅と言える人だろうか。その人が私の名前を呼んだ。
「古塚さん、診察室に来てください!」
「あ、はい!分かりました!」
ソファーから立ち上がり、看護士の女性の後を付いていく。診察室に入ると、ポリープの処置などを担当してくれた先生が椅子に腰掛け、待ち構えていた。ちなみに、私より五歳くらい上の女医さんだが。眼鏡を掛け、髪をきっちりと纏めた真面目そうな方だ。
「こんにちは、古塚さん」
「こんにちは、先生」
「……今日に検査結果が出ました、簡潔に言いますね」
「はい」
「良かったですね、ポリープは良性です。悪性では無かったですよ」
先生は若干切れ長の瞳をほころばせながら、告げた。私は良性と聞き、張り詰めていた息を細く長く吐き出した。肩の荷が降りたと言うか。
「……そうだったんですか、ホッとしました」
「ええ、けど。油断は禁物ですよ、定期的な検診はきちんと受けてください。それが重要ですからね」
「はい、分かりました」
「では、もう良いですよ。お大事に」
「ありがとうございました」
私はお辞儀をして診察室を出た。何となく、足取りは軽く感じたのだった。
その日の夜に、早速峻や聡太、禎に検査結果を伝える。
「良かった、良性だったんだな!」
「うん、心配を掛けてごめん。峻」
「父さんの言う通りだよ、母さん。俺さ、ずっと不安で。良性って聞いて安心したよ!」
「だね、けどさ。これからも気をつけてよ、母さん」
「分かった、聡太、禎。検診はちゃんと受けるようにするわ」
「それが良いよ、さ。二人はもう寝なさい、夜も遅いしな」
『分かった』
二人は頷いて自室に向かう。私は見送った。
峻と二人きりになり、私は少しだけ泣いた。峻は背中を撫でながら、寄り添ってくれる。
「本当に峻達には心配を掛けたわ」
「うん」
「……悪性だったら、どうしようって。不安で仕方無かった」
私が涙声で言うと、峻は黙ってティッシュ箱を取りに行く。差し出してくれたから、二枚くらい取る。それで目元や鼻の辺りをゴシゴシと拭いた。
「……楓香、強くこすると後で痛くなるぞ」
「いいのよ、けどさ。聡太や禎には心配を凄く掛けさせてしまったわ。今後は気をつけないと」
「二人とも中学生だぞ、ちゃんと分かってくれてるよ。そう、思い詰めなくても大丈夫だって」
「そうね、ありがと。峻」
礼を述べると、峻は照れ笑いの表情になる。右肩に軽く手を載せ、叩く。
「俺達も寝よう、さすがに夜更かしは良くないしな」
「うん、それには同意見だわ。寝よっか」
頷き合い、寝室に行く。久しぶりによく寝れたのだった。
――終わり――




