表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第八章 花見と、確かにあったもの



 鷹司の屋敷の離れが取り壊されたと聞いた時、胸の奥がひどくざわめいた。

 あの娘――小夜が嫁いだ家。

 私が守りきれなかった哀れな娘。


 軍の施設として使われていた場所は、すでに役目を終え、今は観光地として整えられていくという。

 狂い咲きの庭と呼ばれた場所は、四季折々の花が咲く美しい庭園になり、その中心には、見事な一本の桜が立っているらしい。



 車を降りると、風に花の香りが混じっていた。

 春の匂いが充満している。


「……綺麗ね」


 思わず、そう声に出していた。

 かつて軍の施設だった場所が、今は人々の憩いの場になりつつあるらしい。

 子どもたちの笑い声、着物の裾が擦れる音、花を褒め合う声。

 小夜が嫁いだ後、離れで暮らしていたと聞いていた。

 そこでの生活はどうだったのかはわからない。

 私の娘の代わりに異能に嫁いだ小夜。

 不幸な生まれだったが、久我山の屋敷に出来る限り手助けはしたつもりではあった。

 小夜はどう思っていたのかは分からないが。

 


 私は庭の奥へと歩いた。

 人の流れから外れ、自然と足が向いたのは、庭の中心。

 そこに、満開の桜があった。

 ひときわ大きく、美しく、まるでこの庭すべてを見守るように立っている桜の木。

 枝いっぱいに咲く淡い花は、風に揺れるたび、やさしく光を散らしている。


「……なんて綺麗な桜」


 そう呟かずにはいられない程見事な桜だった。


 小夜が嫁いでから半年くらいだっただろうか、夫である鷹司蓮と共に失踪したという報告が届いた。

 異能持ちの夫に殺されたのかと聞いたが、そうではないらしく、軍関係者も捜索中との事だった。


 生きているのか、死んでいるのか。

 どこかで落ち延びているのであれば、せめて手紙の一つでも寄越して欲しい。

 小夜が嫁いでくれたおかげで、久我山の家は持ち直し、娘も無事嫁いで行けたのだ。

 小夜は鷹司に嫁ぐ前日、私に感謝の礼をしていたが、恩があるのはむしろこちらの方だ。

 精一杯感謝したい。


 舞い上がる花びらに気づき、私は桜の根元に近づいた。

 はらはらと落ちる桜の花びらを目で追っていると、桜の枝から何かが手の中に落ちてきた。

 手の中には見覚えのあるものがあった。

 小夜が肌身離さず持っていた、あの鼈甲の簪だ。


 小さな簪。

 鼈甲色の、花の意匠。

 かつて女中であった、不幸にも夫に手籠めにされ、小夜を産んだ娘に私が渡したもの。

 そして形見として小夜の手に渡った簪だった。


 「…どうしてこれが桜の木から…」


 手が震えた。

 小夜は母の形見だと、嫁ぎ先に持っていったはず。

 一生大事にすると言っていた鼈甲の簪。



 「…小夜?」


 自然と口から出た名前。

 すると、強い風が吹き、桜の花びらが舞い上がった。

 うっすらと目を開けると、桜の木の前に二人の男女が立っていた。

 男はふわりとした白髪で、着流の上に羽織りを羽織っている。

 そして隣の女は――――久我山から嫁ぐ時、なんとか工面した少し上等な着物を着た小夜だった。

 小夜は白髪の男に肩を抱かれ、幸せそうに微笑んでいた。

 白髪の男は、おそらく夫である鷹司蓮だ。

 

 「…そんな、まさか小夜…なの?」


 小夜は私を見て微笑み、ゆっくりと礼をした。

 幸せそうな二人を見て、私の目からは涙が溢れて止まらない。 

「……小夜は今幸せなのね…良かった…」


 花吹雪が強くなり、二人を覆い隠す。

 やがて風が止むと、二人の姿は消えていた。


「…ありがとう小夜…」

 

 見えない小夜に礼をすると、私の頭にはらはらと桜の花びらが舞い落ちた。

 


 鷹司の異能は植物を操るものであったと伝え聞いた。

 きっとあの二人は、ここで今もこれからもずっと一緒にいるのだろう。

 鼈甲の簪は小夜に返すため桜の木の根元に埋めた。

 桜の下で、私はもう一度、静かに頭を下げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ