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第六章 崩れゆく庭と、これから



 それから、蓮様の様子は少しずつ変わっていった。

 蓮様はいつも笑顔だ。

 けれどそれは、無邪気で柔らかな笑顔ではなく、出会った頃に近い、張りつけた仮面のような笑顔に戻りつつあった。


 軍からの呼び出しは増え、離れに戻られる時間は不規則になった。

 蓮様が戻ってこなくても、庭の花は増えていた。


(……庭が変わってきているわ)


 庭は蓮様の心を映す場所。

 最近思うようになった事だけど、蓮様は無意識に奪った命を再生しようとしているかのように見えた。

 だから花が咲き続けていた。

 贖罪のように咲かせなければ、きっと辛くて生きていられないから。


 ある夜、私は眠れずにいた。

 離れの外から、かすかな物音がする。

 ぱき。

 ぱきり。

 枝が裂けるような、あの音。

 私はそっと障子を開け、庭を見た。

 月明かりの下で、 花が、咲いていた。

 音を立てながら、次々と増えていた。


(……蓮様)


 私は羽織を掴み、庭へ出た。

 夜の空気は冷たく、けれど庭だけが異様に温かかった。 湿った土と花の甘い香りが混ざり合い、息が詰まりそうになる。

 そこに、蓮様がいた。

 真っ赤な血に染まった白い軍服のまま、庭の中央に立ち尽くしている。 両手をだらりと下げたまま。


「……小夜」


 呼ばれた声は、ひどく掠れていた。


「こんな時間に出てきたら、危ないよ」


 にこにこと笑おうとしている。

 けれど、口元がうまく動いていない。


「蓮様こそ……」


 私は一歩近づこうとして、止まった。


「来ないで」


 蓮様が、低い声で言った。


「今日もたくさん働いたんだよ」


 蓮様は笑う。


「頑張ったんだ僕。今日は僕が1番戦果をあげたんだ」


 まるで子供のように、無邪気な笑顔。


「いっぱい力を使って、戦車や大砲をたくさん破壊して」


 褒められたい子供のように。


「たくさんの人が消えたんだ。僕が殺した」


 私はたまらず、蓮様に近づいた。


「僕の精神状態はかなり危険だったんだ。だから上層部が僕の安定になるなら儲けもの、壊れたらまた取り替えればいい」


 蓮様は譫言のように呟いた。


「僕の花嫁は誰でも良かったんだよ。小夜じゃなくても良かったんだ」

「存じておりましたよ」

「そうなんだぁ」

「蓮様への縁談は、元はお嬢様の…私の異母姉に来たものです。それを私が代わって来たのですから」

「ふぅん」


 へらり、と虚な目で蓮様は笑う。


「私は蓮様の妻になる事が出来て、とても嬉しく思っています」

「そう?」

「はい。最初は育てて頂いた恩を返すつもりで代わりの花嫁として来たのですが、蓮様と過ごしているうちに、私で良かったと思っています」


 庭が蠢く。花が無尽蔵に咲き始める。


「僕は小夜以外なら誰でも良かったなぁ。だって、小夜じゃなければこんなに苦しくなかったんだよ」


 月明かりに照らされた蓮様の紅玉の目から、ポロポロと数滴涙が溢れている。


「君に触れたい。きっと柔らかくて暖かいんだろうなぁ」

「蓮様」

「小夜を抱きしめて眠れれば、きっと良い夢を見れそうだ」

「ぐっすり眠れそうですか?」

「うん、きっとそう。そんな事を考えていると、小夜じゃなければ良かったと思うんだよ」


風が吹く、花びらが散る。


「小夜に出会わなければ、僕は純粋な兵器として死んでいったはずだよ。でもね」

「はい」

「君と生きてみたいと思ってしまったんだ。そんなこと叶うはずないのに」

 

 蓮様の視線が迷子のように揺れている。


「上層部はね、もう長くはもたない僕を最後まで兵器として使うつもりで君を僕に与えたんだよ」


 君の生死はどうでもいいから、安定すればそれでよし、オモチャにしたら壊しても、1日でも戦えるようにってね、とか細い声で呟いた。


「では、うまくいきませんでしたね」


 悔恨と贖罪に苛まれている蓮様は、今日の出撃でもうこれ以上ないほど心がすり減っている。


「そうだねぇ、小夜じゃなければ上手くいってたんだろうね」


 少年のようにポロポロと涙をこぼしながら、それでも笑う蓮様。

 もうこんなにも壊れかけている蓮様にかける言葉を私は持っていない。


 ざわざわと花達が蠢く。蓮様の涙に反応するかのようにあちこちで咲き乱れ、やがて花達は私と蓮様を囲むように群生していった。

 それはまるで花の檻のように。


 庭は蓮様の心を写す鏡のよう。

 まるで私達を閉じ込めるように咲いた鮮やかな花の檻。

 自分だけでなく、私も一緒に閉じ込めようとしているみたいで。


 それならば。


「蓮様、私は決めました」


 蓮様はきょとんとして私を見る。


「この庭に、蓮様を閉じ込めます。二度と出してあげません」



 


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