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第二章 狂い咲く庭と、少しだけ本当の顔



 私はそのまま狂い咲きの庭がある離れに住むことになった。

 どうやら蓮様は軍から異能の監視をされているようで、妻である私もまたそこに住むとの事だった。


 離れでの生活は、思っていたよりも静かだった。

 蓮様の持つ異能とは、植物を咲かせたり、枯らせたりするもの。

 その力は人にも使えるので、なるべく近くに寄らないようにと蓮様本人から聞かされた。

 ならば私は一体何のために嫁がされたのかいまだによく分からないが、蓮様ではない意図があっての事なのだろうと、その点については黙っている事にした。 本邸と繋がっているはずなのに、まるで世界から切り離された場所にいるみたいで、時間の流れまで違って感じられる。

 蓮様の咲かせた狂い咲きの庭がそうさせるのだろうか。

 使用人の方は最低限しか出入りせず、食事や必要なものは決まった時間にそっと置かれていく。

 誰かに見張られているような息苦しさはないのに、自由とも少し違う。

 檻、という言葉が頭を過ったが、檻にしては綺麗すぎるなと私は頭を振った。


 少なくとも、お屋敷にいた頃に比べたら、ここでは誰も怒鳴らないし、乱暴に触れられることもない。

 奥様は庇ってくれてはいたが、やはりそれでも限界はあった。

 不義の子は世間ではそういう扱いなのだ。


 いつもにこにことした笑顔の蓮様。

 話しかければ普通に返して下さる。

 少し幼くて、無邪気そうで、でもどこか空っぽのような笑顔。


(…蓮様は無理して笑っているのかしら?)


 ふとそう思う。

 なぜ仮面のような笑顔を貼り付けなければいけないのか、やはり気になる。



 ある日の昼下がり、縁側から庭を眺めていると、蓮様が庭に出ていた。

 軍服ではなく、着崩した着物姿で、袖をまくって花に水をやっている。

 手桶から柄杓に水をすくい、丁寧に撒いている。


 ただ、花の前に立つ青年。

 まだ少し怖い私の夫。

 最初に見た「白い鬼」とは別人のようだった。

 思わず、口をついて出た。


「……お花、蓮様がお世話されてるのですね。意外です」


 蓮様は、私がここにいる事に気づいていたのだろう。

 驚いた様子もなくこちらを振り返った。


「え?そう?」


 少し間の抜けた声だった。

 そのまま花と私を交互に見て、首を傾げる。


「こんなにたくさんの花ですもの。てっきり使用人の方々がされているのかと」

「俺が咲かせた花を世話したい奴なんていないよ。それにこの庭怖がられてるしねぇ」


 命を抜き取られるんだってさ、とクスクス笑いながら蓮様はまた水を撒く。

 私はしばらく黙って少し離れたところでその様子を眺めていた。


 「小夜は怖くないの?」

 「怖くはないですね。どれも咲く季節がおかしいとは思いますが、みんな生き生きと咲いていてとても綺麗な庭です」

 「ふぅん」


 特に興味もなさそうに蓮様は相槌を打つ。


 「私は特にお役に立てることはなさそうですから、庭の隅に生えている雑草だと思っていただければお邪魔にならないかと」

 

 私は嫁いできてからずっと考えていたのだ。特に妻としての役目も求められず、家事や仕事なども無い。

 ならば邪魔にならないよう、ひっそりとお側に居ればいつか自分の役割が分かるのではないかと。

 雑草は群生しすぎると景観の邪魔になるが、小ぶりに生えるものは自然味を生かして花の邪魔にならないこともある。抜いた雑草は花壇の栄養にもなる。

 私もそんなふうにひっそりと役に立つ時があるかもしれないのだ。



 「……っ…くっ…あははははっ」

 「?」


 蓮様は柄杓を落として大笑いしている。

 何か面白いことでもあったのだろうか?


 「自分の事を雑草だなんて…小夜は変わってるねぇ…あー面白い」


 蓮様はまだくくくっと引き笑いをしている。


 「そこに咲いてる花は、元々は生き物だったとしたら?」

 「え?」

 「僕の異能で花に変えられた、元は人間だったらどうする?その花達は僕を恨んでいるかもしれない。花に感情があるのかは知らないけどね」


 いつのまにか蓮様がそばに来て、私を見下ろしていた。


 「ねえ、それでもこの庭の花は綺麗?」


 蓮様の赤い目が鈍く光る。

 私を見ているようで、違うものを見ているような蓮様の顔には感情は無い。


 「…はい、とても綺麗です」


 私は蓮様から視線を離さずに答えた。

 異能の事はよく分からないが、蓮様は命を花に変える事が出来るのなら、本当なのかもしれない。

 それに…


 「蓮様の目も綺麗です。綺麗な赤」


 うっかり心の声が漏れてしまった私は何とか誤魔化そうとしたが、蓮様は目を見開いて驚いている。


 「綺麗?僕の目が?」 

 「え、はい。庭に咲いている薔薇のように綺麗な赤だと思っていました」

 「……そんなふうに言われたのは初めてだ」

 「そうなのですか?」


 会話を交わすうち、いつのまにか蓮様に対する恐怖心は消えていた。


 「元は生物だった花があるのは本当なんだ。ただ、人間じゃなくて、猫」

 「猫…ですか?」


 蓮様は頷くと、花壇へ向かった。


 「瀕死の猫を触っちゃったんだ。放置していても誰も処理しないからここに埋めた」


 蓮様は私を手招きした。

 近づくと、蓮様は花壇の隅を指差す。


 「この花、ネコノヒゲっていうんだ。雑草みたいだろ? こいつだけ元々は生き物だった。他の花は全部、勝手に咲いた花」


 蓮様はまた、ニコニコと感情の無い笑顔を浮かべている。


 「時々力が暴走しそうになる。そんな時庭に勝手に花が咲くんだ。誰も手入れしないってのに困ったものだよ」


 やれやれと首を振り、落ちていた柄杓を拾い、手桶を持った蓮様は、部屋に戻ろうとしていた。


 「蓮様はお優しいのですね」

 「…優しい?僕が?命を刈り取る兵器であるこの僕が?」


 表情は変わらないが、少しだけ苛立ったような蓮様の声。


 「はい。ネコノヒゲって猫の生まれ変わりみたいですもの。白い猫だったのですか?白髭が生えているみたいな花ですね」


 私は想像してみて思わず笑ってしまったが、蓮様にとっては不愉快なことかもしれない。

 謝罪しようと蓮様の方を向くと、蓮様は呆気にとられたかのように突っ立っていた。


 「……君を植えるならオシロイバナにするよ」

 「私、花には詳しく無いのですが、こんな綺麗な花に囲まれるなら何でもいいです」

 「本当に変わってるねぇ小夜は」


 蓮様は笑う。

 出会ってから見たことのない無垢な笑顔。


 狂い咲く花の庭の中で、私は気づいた。


 蓮様に惹かれはじめている。



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