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第一章 血の笑顔と、はじめまして



 異能。

 武力であり兵器であり、そして


 人である


 姿形は人そのものだが、不思議で恐ろしい力を持つモノ

 軍が厳しく管理する異能持ちの中で、白い鬼と呼ばれる異能持ちがいる


 笑顔で殺戮を繰り返す、白い鬼

 

 

◇ ◇ ◇



 私は今日嫁ぐ。

 一度も会ったことのない相手に。

 

 久我山家の当主が女中に気まぐれに手をつけ生まれたのが、私、小夜だ。

 そんな生まれなのに、母は私が10歳の時に病に倒れるまで、とても大切に育ててくれた。

 最後の最後まで、自分の体調よりも私の将来を心配したまま旅立った。


 私は与えられた少し上等な仕立ての着物を着て、黒髪をひとつに結い、母の形見の簪を挿す。

 鏡の中の自分は、少し引き攣っており、顔色も悪い。

 だが、これは私にしか出来ない役目だ。

 

(お母さん……行ってきます)


 この簪は、母が命のように大切にしていたものだ。 元は、本妻様が母に渡したものだと聞いている。

 本妻の立場なら自分の夫と女中に出来た子など迷惑な存在のはずなのに、気性の粗い旦那様の餌食となった母を気の毒がって色々と優しくしてくださっていた。「何かあったら、これを売りなさい」と簪を頂いた時に言われたけれど、母は売らなかった。

 母は時間があれば簪を磨いていた。

 本妻様の優しさが嬉しかったと母は言っていた。

 そして本妻様は私にも優しくしてくださった。

 私が幼くして女中として働く中、こっそりお菓子をくれたり、本を持ってきて勉強を教えてくれたり綺麗な古着をくださったりと、私も母も不自由なく過ごさせて頂いた。

 母が倒れた時もお医者様や薬の手配を惜しまず手を尽くしてくださった。

 その優しさを、今度は自分が返す番だった。




◇ ◇ ◇




 名家である鷹司家の屋敷は、噂に違わず広く静かで、どこか張りつめた雰囲気が漂っている。

 私が案内されたのは本邸ではなく、奥にある離れ。 軍の異能兵器が住まう檻。

 そこが、自分の嫁ぎ先だった。

 縁側に通された直後、庭の向こうから足音がした。 規則正しく、けれどどこか疲れ切った足取り。

 次の瞬間、私の視界に飛び込んできたのは、白い軍服を血で汚した青年だった。


 ふんわりとした白髪。

 赤い瞳。

 そして、にこにことした笑顔。

 青年という割には少し幼く無邪気な顔つきで、血まみれの軍服と軍刀が何とも言えない異様さと違和感がある。


(……この人が、白い鬼)


 喉がひきつり、心臓が大きく鳴った。

 噂通りの存在が、今、目の前にいる。

 逃げたい。

 怖い。

 足が震えて、声が出なくなる。

 目の前の人は、笑顔なのに笑っていない。

 私は、ぎゅっと拳を握った。


(ここで、怖がってはいけない)

 ここで逃げたり怯えたりしてはいけない。

 私は何のためにここにきたのか。


「……はじめまして」


 震えそうになる声を必死で抑える。


「小夜と申します。本日から、こちらでお世話になります」


 頭を下げた瞬間、自分の鼓動がやけに大きく聞こえた。

 顔を上げると、青年――鷹司蓮は、にこにこしたまま固まっていた。


(……え?)


 まじまじと見過ぎないように様子を伺うと、血まみれの軍服を着た自分の夫であろう人物は、笑顔のまま固まっていた。

 気のせいかもしれないが、何だか戸惑っているように思えた。

 そして、笑顔ではあるが、やはり心から笑っているようにも思えない、どことなく仮面をかぶっているかのような……


「……へえ、驚いた。この姿を見て平気だなんて変わってるねぇ」


 ようやく目の前の男が口を開く。

 想像していたような口調ではなく、砕けた感じの喋り方だった。

 少し幼い感じに似合う口調。


「鷹司蓮です。貴方が小夜さんだね?長い付き合いになるといいね」


 にこにことしたまま、そう言った。 穏やかな語り口。

 けれど私には、その笑顔がどこかぎこちなく見えた。


(……笑っているのに…何かしらこのチグハグな違和感は)


 そんな不思議な感覚が、胸をよぎる。



◇ ◇ ◇



 案内された庭の周りは、よく見ると季節外れの花々が色とりどりに咲き乱れていた。

 春の花も、夏の花も、秋の花も、冬の花も。

 まるで時間を忘れたように、狂ったように。

 狂い咲いた花たちを見ると、なぜか痛々しい気持ちになる。

 私はその庭を見つめながら、静かに思った。


(こんな庭に囲まれているなんて、蓮様の異能とはいえ、何か意味があって咲いているのかしら……)


 蓮様の異能は植物を咲かせたり涸らしたりする力。

 人の命に植物を絡めて奪い取る力。

 命を媒体にして植物を咲かせる力。

 一体どういう意図を持ってこんな狂い咲きの庭を作ったのだろう。

 今はまだわからないけれど、蓮様の人となりを知れば少しは分かるかも知れない。


 今わかることは、どの花もとても綺麗に咲き誇っている。


 血に汚れたまま微笑む青年と、恐怖を押し殺して挨拶をした少女。

 それが、世界から外れた異能の青年と、何も知らない花嫁の最初の出会いだった。


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