恵の家
翌日。
恵の家に着いた麻由香は唖然としていた。
その家は高級住宅街の中でも一際大きく美しかった。三階建の一軒家で、縦にも横にも大きかったが余計な装飾は施されておらず、上品な佇まいがあった。小さな庭は手入れが行き届いていて、映画や絵本の世界のような趣があった。どこを見ても理想的で完璧と言える様相だったが、同時に隙のなさに息苦しさも覚えた。
まさか恵がこんな家に住んでいるとは思っていなかったので、麻由香は一気に緊張した。
「お、お邪魔します」
少しのミスも許されないような空気感に圧倒されながら玄関で靴を揃えて上がる。
「別に親いないから気にしなくていいよ」
そう言いながら恵も靴を脱ぎ散らかすようなことはしていないし、足音も静かで所作が丁寧だった。
とてもじゃないが未成年喫煙の非行に走るような家庭には見えない。いや、『だからこそ』の息抜きなのだろうか?
(っと、いけない)
つい深読みをしてしまったが、余計な詮索をするなんて失礼過ぎる。ただ単に煙草が好きなだけかもしれないんだから、変に勘繰るものではない。
気持ちを切り替えて恵についていく。
どうやら地下に防音室があるようだ。リビングのそばの階段から下に降りると分厚い防音扉が出てきた。慣れた手つきで開けた恵に促されて中に入ると、音楽をしている人間なら誰もが夢見る世界が広がっていた。
小型のドラムセットと多種多様な機材、ギター、ベース、キーボード、それから見たことない楽器もある。
どんな音楽を作るとしてもこれだけの楽器が揃っていれば十分だろう。まさに理想郷。ここで恵の――シガレット&デビルの音楽が生まれたのだと思うと、無性に胸が熱くなった。
「んじゃ、ひとまず麻由香の演奏を聴かせてもらおうかな」
「うん。って、え! いきなり?」
適当に相槌を打ってしまったが、そんなすぐに弾くことになると思っていなくて動揺する。だが恵は防音扉を閉めながら淡々と告げる。
「そりゃそうだろ。そもそも一ヶ月以内に俺の曲を弾けなかったら正式にメンバーに入れるつもりないからな。実力は早めに確認しておきたい」
恵は椅子に座ると、こちらを見据えて待ちの姿勢になる。弾くまでテコでも動かなそうだ。
(やるしかない、よね)
張り詰めた空気に身が引き締まる。恵の視線を感じながらケースからバイオリンを取り出してチューニングする。
こんな緊張感の中で演奏するのはいつ振りだろうか。だが体に馴染むバイオリンの感覚が萎縮していた体を落ち着かせ、同時に心地良く気持ちを昂らせてくれる。
いつも通りに構え直すと、深く息を吸う。
あとはもう体が勝手に動き出した。




