一夜明け、日常
翌朝。
登校した麻由香は普段通りに教室に入り、仲の良いクラスメイトたちと朝のあいさつを交わす。自分の席に向かう最中、さりげなく教室内を見回し、恵の姿を探す。
早めに登校していたのか、恵はもう席に座っていた。――正確に言うならば机に突っ伏して寝ていた。
昨夜、それなりに夜遅くになってしまったからあまり眠れなかったのかもしれない。いやそもそも普段も寝ていたのかもしれないが、今まで気にしたことがなく気付いてなかっただけかもしれない。
恵の印象と言えば、いつも教室の片隅で気配を押し殺してただ時間をやり過ごしているボーイッシュな同級生、というものだったから、彼女にとっては今が日常なのかもしれない。
だがその無味無臭な姿は仮のもの。蓋を開ければ彼女の中には素晴らしい音楽がたくさん詰まっている。偶然とはいえ、その刺激的な姿を知ることができたのは幸運だった。昨日のパパには感謝しないと。
「ほいじゃあ朝のホームルーム始めるぞー。席着けー」
担任が教室に入ってきたら、他のクラスから来ていた生徒が教室を出て行ったり、別のクラスに遊びに行っていた生徒が教室に戻ってきたりと少しだけ慌ただしくなる。
ささやかな喧騒の中、麻由香は席に着きながら後方の席にいる恵を覗き見る。
恵も担任の声で目覚めたのか、のっそりと起き上がり、眠たそうに目をシパシパとさせていた。が、不意に麻由香の視線に気付いたのか、一瞬目が合う。麻由香はただの同級生として自然な程度にほほ笑んだが、すぐに視線を逸らされてしまう。恵のクラス内での態度から考えれば別段おかしいことではないのだが、ちょっとだけ寂しい。せっかく親しくなれたのに、という思いと、自分たちの仲を隠したいという恵の意思を尊重したい、という思いで複雑な心境になりながら、担任の淡々とした連絡を聞き流し始めた。
その日、授業は至って普段通り執り行われた。移動教室はあったものの、体育や実技の授業はなく、すべての授業が先生の話を聞くだけの座学だったため、休み時間に友人たちと会話に花を咲かせる以外はそんなに面白みのない日だった。当然、今までに親交のなかった麻由香と恵が教室で会話することもなく、放課後になったら恵はさっさと教室を出ていってしまった。
帰るときにはさすがに少しくらい話す時間が取れると思っていた麻由香は、恵があっさり帰ってしまったことにショックを受けていた。周囲の友人たちに悲しんでいることを気取られないように気を遣いながら、いかに早く会話を切り上げ、恵を追いかけようかと算段していたら、スマホのバイブが通知を知らせる。〝仕事〟の連絡の場合もあるから友人たちに画面を見られないようにしながら確認する。すると恵からのメッセージであることが分かった。
「ごめん! 急用入ったからもう帰るね!」
麻由香は両手を合わせて謝罪のポーズをしながら会話を切ると、一人が不服そうにする。
「えー麻由香帰っちゃったらつまんないよ」
このグループで一番の寂しがり屋の友人。麻由香が帰ろうとするといつも引き留めてくる。だが対処法はとても簡単だ。
「本当ごめん、今度お菓子買ってくるから!」
「ここにいる全員分?」
「もちろん! おいしいの選ぶから期待して! じゃ!」
言うや否やそそくさと教室を出る麻由香。残された数人は、期待してるからねー、などと言いながら麻由香を見送る。そして完全に麻由香の気配がしなくなると、先程までのにこやかな雰囲気から一変してヒソヒソと話し始めた。




