夜の公園
マユはKを連れて喫煙所から少し離れたところにある公園までやって来る。
夜も更けたこの時間だと子供は一人もおらず、夏の暑さをツマミに酒を飲む大学生らしきグループが数人で騒いでいるくらいしか人の声はなく、あとは噴水の水音と風で揺れる木の葉の囁きと遠くを走る車の音がかすかに聞こえるくらいだった。
公園内に遊具はほとんどなく開けていたが、敷地内に立っている看板にはボール遊びや犬の散歩が禁止されていることばかりが書かれていて、息苦しい印象がある。おそらく普段から賑わっていないのだろう。そんな印象を抱く場所だった。
「こんなとこあったんだ」
Kがぽつりとこぼすと、マユはパッとKの手首を解放する。
「意外とこういうとこにもあるんだよね。ライブハウスに行く前にたまたま目に入ったから気になってて、人気がなくて落ち着けそうだったから仕事終わりに来ようと思ってたんだ〜」
「仕事? バイトじゃなくて?」
学生である自分たちはバイトと言いがちなのに、仕事という言い回しをしてきたことに違和感を覚えたKは思わず聞く。
そもそもついさっきまでライブハウスでライブを見ていたマユが仕事をしていたようには思えない。それとも今日のことではなく別日に来る予定なのだろうか、とKが考えていると、突然マユが吹き出した。
「アハッ! やっぱり高畑さんって根は真面目なんだね。それに頭の回転も早いし。案外気付かれたことないんだけど、高畑さんは勘づいちゃったか」
「別に……ちょっと気になっただけで、勘づくって言う程じゃねぇよ」
先程の煙草の写真を撮られたときのやりとりからそうだが、マユは常にKの心理を探ろうとしているように思える。だがKからするとマユの意図がまったく読めない。少なくともクラスで頻繁に話すような間柄ではないし、こんなに興味を持たれた理由も分からない。そもそもライブハウスにいた理由すら……。
と、そこまで考えたところでKは思考を放棄する。
気にしようがしまいが関係ない。あの写真さえ消せればそれでいい。卒業までに消させることができれば十分。卒業後までわざわざほじくり返されることもないだろうから、今はとにかくこの状況をどうにかすればいい。
Kはマユに話しかける。
「なあ、さっきの写真だけど」
「写真?」
マユはなんのことか分からないと言いたげな表情だ。そのとぼけた態度にKは苛立ちが募る。
「さっき喫煙所で撮ってたやつだよ!」
「ああ! あれね! 結構かっこよく撮れたよ。高畑さんも見る?」
そう言うとマユはスマホの画面をKに見せる。そこにはどこからどう見てもKが自らの意思で煙草を吸っている姿が映っていた。
Kはすかさずスマホに手を伸ばす。だがマユは見越していたようにKの手から逃れ、スマホをカバンにしまう。その手慣れた様子にKは思わず声を荒げる。
「アンタッ! さっきからなんなんだよ! こういう汚いやり方が俺は大ッ嫌いなんだよ! 言いたいことあるならそんな手に頼らずに正々堂々と言え!」
Kの怒声で少し離れたところにいた大学生たちがチラリと二人を見る。だがまたすぐに自分たちの話で盛り上がって二人に興味を示さなくなる。それを見ていたマユはボソッと話す。
「――だって忘れられたら意味ないじゃない」
「え?」
「なんでもない! あ、そう言えば私、高畑さんに教えてほしいことあったんだ。高畑さんのバンド? アーティスト名? ってなんでシガレット&デビルって名前にしたの? 由来とかあるの?」
「は? 今そんな話の流れじゃなかっただろ」
「えーそう? だって高畑さん、今日が終わったらもう私と話してくれないつもりでしょ? だったら今の内に聞いておかないともったいないかなって思って」
「それは――」
図星を突かれたKは二の句が継げなくなる。
マユがクラスメイトであることはもうすでにKも思い出せている。だが元々会話を交わすような間柄ではないから今更話さなくても支障はない。どちらかというと問題は喫煙写真を学校にバラされたり、同級生たちにバンド活動をしていることを話題にされて複数の人間に興味を持たれてしまう可能性があることだ。同級生の中で噂になるのはもちろん嫌だし、学校で未成年喫煙がバレたら最終的に親に連絡がいってしまう。そうなったら面倒極まりない。
どう答えれば穏便にこの微妙な関係性を終わらせられるのか。考えあぐねていると、マユが先に話を続ける。
「違ったらごめんね。もしかしてだけど、芥川龍之介の『煙草と悪魔』から来てる?」
「……え? なんで知って――」
まさかマユの――文学など興味のなさそうな派手な見た目の彼女の口からその作品名が出るとは。
Kは思考が停止し、ただマユを見つめることしかできない。すると彼女は今までで一番幼い――と言うよりも、年相応の笑顔を見せる。
「正解?」
「あ、ああ。そうだけど、アンタが芥川知ってるなんて思わなかったし、気付くと思わなかった」
「ん? だって好きな作品だもの。名前聞いてすぐそうかなって思ったし、高畑さんも好きで名付けたならいいなって。その通りでうれしい。まあ、正直英訳しただけなのは分かりやす過ぎて逆にひっかけじゃないかと思っちゃったけどね」
イタズラが成功した子供のように笑うマユ。その姿はうっすらと記憶している教室での彼女とも、喫煙所で見た堂々とした彼女とも違って、すごく自然体に見えた。
「それが素なのか? アンタの……ええっと」
「圷麻由香。私の名前、忘れてたでしょ?」
「圷……さんも芥川好きなのか?」
「麻由香でいいよ。詳しい訳じゃないけど、何冊か読むくらいには好きよ。その中でも、って、立ち話もなんだし、良かったらそこのベンチで話さない?」
麻由香が近くにあるベンチを指差すと、Kはすぐに座り、目を輝かせて麻由香にも座るよう促す。
さっきまで警戒した姿は嘘のようにあどけないその姿に麻由香は少し驚いたものの、Kの懐に入れるチャンスは逃すまいと考えベンチに座るのだった。




