夏日蛍
次更新するの一年後になりそう
夏のある日、僕達は夕日を見た。
夕日と言っても毎日沈んでいくありふれた夕日じゃない、それは淡い緑の輝きだった。
学校の喧騒の中、一つの声が僕に向かって放たれる。
「夏休み、皆で裏山で遊ばない?昼頃から、夕方まで。」
声をかけてきたのは同級生の鏡宮綾華だ、最初は「あや」って名前に入ってたから清く正しい新聞部だと思ったが全然違う、学校最速でも無いし、背中に黒い羽がついていない、どうやら人違いのようだ、東方風神録4面BOSSでもないしな。
話が逸れたがどうやら裏山で遊ぶため、クラス全員に声を掛けているらしい。
「随分勇気があるな...」
「何か言ったかしら...?」
というか、中学生にもなって裏山で遊ぶかい普通、一体何するのかね。
「裏山で何するの?学校の裏手の山に行ってどうしたいんだよ...」
綾華は、瞳が黒い方の目を閉じて答える。
鏡宮綾華はオッドアイだ、片方が黒、もう片方は青色。
全てを見透かすような青色の瞳でこちらを見てくる、瞳が青いのは慣れてないとちょっと怖いよ...
「思い出作りよ、簡単でしょ?」
「答えになってないって...なにをして思い出を作るんだ?」
「自由、友達を誘って裏山で遊ぶ。適当に散策してもいいし、馬鹿みたいに騒いでもいいんだよ?」
そんな一般的な中学生がやりそうなことを僕がやるわけないだろ...
「騒いだら騒音被害で苦情がくるぞ?まぁ待て、少し考えるから。」
特に参加する理由がないが参加しない理由もない。
友達がいないのというのが難点だが、僕は一人でも何でもかんでも楽しめるタイプの人間だから別に困らないしな。
断る理由がないので合意し参加することにした、昼から夕方って言っていたし、当日はアイスでも食べながら時間が過ぎるのを待つか。
――――――――――――――――――――――――
当日、時間通りに学校のグラウンドに集まった。
クラスメイト全員居るのも相まって騒がしい、皆の持ち込んだ菓子類の匂いが漂っているが...食べるの早くない?
僕もアイスを持ち込んだ、アイスを夏に持ち込んだら溶けるって?残念、これはアイスと言ってもアイスボックス、溶けてもジュースみたいになるから冷たいうちに飲めば美味いんだな。
と言っても外で1時間もすれば完全に溶けて2時間で温くなる、持ち歩いて様子見ながら飲むのだ。
んで、今どこに向かってるかというと山の頂上...少々低いかもしれないが、向かうはてっぺん、山の頂だ。
1人でとぼとぼ歩いていても案外楽しいもので、景色、鳥の鳴き声、風に打たれた木が靡く音など環境音が尽きない。
心落ち着く登頂ってわけだな、標高200mもあるかわからんくらいだが。
15分くらい歩き、山のてっぺんに着いた。
東屋とベンチ、少し休憩できる場所となっている、まぁ占拠されてるけどね。
複数の生徒が景色を見たりくつろいだりしている、予定を聞くか...景色見てる人らは邪魔したら可哀想だし、その辺で休んでいる生徒に話しかけるか。
「ちょっと聞きたいんだけど...夕方までなにして過ごす?僕は決まってないからさ。」
グループで休んでいる生徒の1人が何気なく答える。
「俺達は山の中でサバゲーするかな、軍人の訓練みたいで楽しそうじゃね!?お前もやるか?」
わざわざエアガン持ってきたの!?
確かにフィールドとしてはやりやすそうだけど、草とか木とかで入り組んでるぞ...暑いし。
正気じゃないわ...どんな能力を使うんだよ...
「いや...僕は穏やかに歩いて散策するから。将来は軍人志望じゃないしね、というかやるなら最低限ゴーグルつけろよ危ないから。」
「流石にわかってるって...んで、軍人になりたいからやってるわけじゃねぇよ...本当に戦ってるみたいな気持ちになれて楽しいんだよ。」
「凶暴だな...気持ちは分からんでもない、やらないけど。」
そんな会話をしていたら、時間が経ち手に持っていたアイスボックスが溶けて液体になっていることに気付いた。
のんびり自然を堪能しながら山登りしたせいで想像より速く時間が経ったようだ。
暗くなる空を見上げ、山を下りながら時間を確認した。
「17時21分かな...?まだ暑い。飲むか、熱中症になりそうだし。」
よく考えたらこんなに暑いのにサバゲーとか正気か?まぁ、木陰が出来てるからまだマシだけど...
でも暑いなぁ...木の下でも。
山を散策していても暑い。
実際、木陰でも汗が噴き出る暑さだ、テレビの天気予報によると今日の気温36℃だって、いつか地球はこのアイスみたいに溶けてしまうんだろうな。
というか、裏山に東屋なんてあったんだな。
随分と整備されてる、学校の行事で使うのだろうか...距離も近いし、景色のデッサンでもするのか?
疑問が尽きないが、僕を誘ってきた文々丸新聞記者もどきは何をしてるんだろうか、グラウンドに居た時は僕が来たことに驚いていた、来ないかと思っていたようだ、そんな付き合い悪いと思われてんのか?
なんて考えてると後ろから声が響く。
「こんにちは、一人で寂しそうね。」
驚き、情けない声が出てしまう。
「あぇ?」
何故、今の僕を認識できたんだ?
そして振り返り、鏡宮綾華の顔を見る。
鏡宮綾華の右目は青く輝いている、その光は明らかに異能力を使用している時の光だ。
取り合えず、見て見ぬふりをしよう。
「何...別に一人でもいいだろ、鏡宮。」
「いや?大体みんな二人以上で行動してるから、貴方と私は仲間ってわけね。ひとりぼっち仲間。」
嘘だ、鏡宮はグラウンドでは友達と一緒に行動していた。
「それはないだろう、友達はどうした?居ただろ。」
鏡宮は笑みを崩さない。
「訳あって別行動よ、皆遊びたいんだって、元気ね。」
「混ざれば良かったんじゃないか?」
会話するたびに、鏡宮綾華の右目は輝きを増して行く。
右目だけは、僕を見つめて放さない。
「私は好んで運動をしないの、体育の授業だけで充分だわ。」
「そうか、んで、何の用?一人になってまで伝えたいことでもあった?」
「まぁ、そうともいえるわ。」
絶対...この右目で何かしらの能力を僕に使いたかっただけだろ、能力者にしか見えない光だ、僕以外からはオッドアイと認識されているかなんて僕からは分からないんだからな。
「そう、じゃあ早く要件を言ってくれ、君に時間を拘束されるのは窮屈だ。」
「そうね...夕日を皆で見ることになってるんだけど、貴方はどうする?」
夕日...君が居ないならとても楽しいものになるんだろうけどな、それはそれとして、風景は思い出になるだろう、今のところ思い出らしい思い出が無いからな。
「僕も見るよ、全然思い出が作れてなかったし。」
「りょ〜かい、大体18時くらいに山の頂上に集まってくれれば良いわ。それと...」
鏡宮は揶揄うような、嘲るような口調で言う。
「あなた友達居ないのね....かわいそう。」
僕に友達がいないのは周知の事実だ、だが僕を除け者にしている人間は居ない。
僕の能力が孤独になりやすい能力だとしても、完全に独りぼっちというわけではない。
その右目は、何を見ている。
その青い瞳の能力は何だ。
右目を凝視して、沈黙。
「...」
鏡宮は笑った。
「あはは!やっぱり...見透かした上で揶揄うのは面白いや!」
これどこまで見られてるんだ...
「全部見えるわ。あなたの過去、未来、現在の考えていること。全てがこの右目に集約される。
私の能力は世界を見通す真理の瞳、全てを見つめる最高の眼よ。」
僕は苦笑いし、言葉を返した。
「だから僕を見つけられたのか...厄介な能力だ...」
鏡宮綾華は僕に詰め寄り手を握ってくる、隠れる力が無効化される...本当に厄介だな。
「あなたの能力を教えてもらいましょうか!私以外の能力者ってあなたで二人目なのよ!」
「絶対に断る!」
鏡宮の手を振り払い、全力で頂上に向かって走った、存在隠匿能力を使用しながら。
僕がその場から去った瞬間に、世界は鏡宮を認識した。
僕は常に存在を隠していたが、鏡宮はそれを能力で看破したため巻き込まれたらしく、鏡宮まで隠されてしまったらしい。
鏡宮は友人らしき人間に連れ去られていた。
能力者ってすげぇな、人気者になれるんだな、あの瞳は関係ないか。
――――――――――――――――――――――――
夏の夕日、クラス全員で見る夕日は騒がしくも景色として様になるだろう、写真撮るか。
山とか、頂上からの景色とか、大したものは撮ってなかったし。
陽が落ちて暗くなってきた頃に、クラス全員でレクリエーション活動をすることになったらしい。
まぁ夕食を食べるだけだが...お祭り騒ぎだ。
大体、部活がどうとか恋愛がどうとかの話ばかりで会話に入っていけない、まぁわざわざ能力解除してまで会話しないけど。...
部活か、文学が好きで本を読み漁っているんだが、存在を稀にしか認識できない図書委員にでもなればよかったか?
図書室に僕が読みたい本はあまりなかったが...そこも操れるのか!?なら価値はある...入ってもいいかも...
まぁ、存在隠匿と他者の認識操作が主な権能の陰キャ系能力者の僕は部活になんか入ってられないんだわ、もっとやりたいことがあるし、一人でだけどな。
時間が経ち18時、太陽は空を橙色に染める。
太陽は時間だ、太陽が沈むと今皆が体験している思い出は今日限りの特別なものになる。
誰も時間は戻せないし、二度と同じ体験はできない。
だから思い出は、青春は、色褪せないって言われるんだろう。
何故そう思ったかと言うと、男子生徒が女子生徒に告白してこっぴどく振られていた。
成就しなかった恋でさえ、青春って言葉で片付けることができる、この景色で、この雰囲気で、皆の前で振ったぞ?
こんなことをしても、悪い噂一つ立たない、仲が良すぎるから、認識操作によって互いの信頼値が高過ぎて何をしても許されてしまうんだから。
何もしてないのに勝手に好感度が上がるし、人を悪く言う奴はいないし、いじめなんて絶対に起きないだろう。
このクラスは悪意って言葉を知らないんだろうな、僕の所為で。
夕日は完全に沈む、その時太陽は緑に輝いた。
一瞬だ、夕日が沈むところをクラス全員で見ようと誰かが言ったから全員がこの光を目撃している。
「グリーンフラッシュだ...」
僕は呟く、誰かが「グリーンフラッシュって何?」訊いてきた気がするが。
気のせいだろう、観られたのは奇跡だ。
この緑の光を、一瞬、蛍が飛んだような光を。
夏の夕日が蛍のように淡い光を放つのを。
「あ...写真撮れなかった...」
奇跡を写真として収められなかったことにただ、嘆いた。




