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妖精と語る美味しい話

作者: D-magician

 見返した日記には、一ページだけ意味のわからない箇所がある。


 新井明(アライメイ)がそれに気づいたのは、つい先週のことだった。そこに書かれていたのは小さな文字で『美味しかったです』。かなり昔に書いた日記に現れた感想に、メイの頭は『?』でいっぱいだった。


「誰がいつの間に書いたのだろう?」


 メイは考えるあまり、この日記を手に取った理由を忘れてしまうところだった。


 メイは現在女子高生。普通の高校に普通に通う高校一年生。勉強も運動も秀でるものがなかったメイの唯一の趣味&特技は料理だった。小さい頃から続けてきたこともあり、だいたいの料理はレシピも何も見なくても作れるし、一度食べた料理は家で再現できた。友達に勧められ作った料理をSNSに載せたところ多くのフォロワーさんがついてくれた。それがきっかけで週に一度のペースでSNSに料理を載せていた。ただ、最近は載せる料理を悩むことが増えた。そこで小さい頃に書いた半分レシピ集に近い日記を、家の奥深くにしまってあったダンボールから引っ張り出したのだった。小学生の頃に書いた料理の作り方と作ったときの感想、食べてくれた人の感想が書かれていたその日記。パラパラとめくっていたときそれは何気なく目に入った。


『美味しかったです。』


 明らかに自分の書いた字ではなかった。小学生の頃の自分の字は丸文字に近く可愛らしいが、その字は大人が書いたようなきれいな字だった。親がこっそり書いたとも考えられそうだが、メイはこの日記を親にも内緒にしていたから可能性はゼロに近い。しかもその感想が書かれていたのは最初の方に書いた『目玉焼き』で、学校の家庭科の授業で作ったものだったからなおさらだ。


「いったい誰が?」


 しばらく悩んだあと、メイはこのノートの中のレシピをメモしたあと、鍵付きの引き出しにしまった。鍵はいつも持ち歩いているキーホルダーに付けてあるし、鍵の数もジャラジャラと鳴るほどだ。だからこのノートに誰かが細工をできる可能性はない。


 はずだった‥。




「な、何で〜?」


 ノートを引き出しにしまってから一週間後、メイはノートを出して声をあげた。感想が増えていたからだ。しかも半分以上のメニューに書かれている。キーホルダーはこの一週間、ほとんど離さず持ち歩いていた。寝るときも首にかけていたし、入浴のときもすぐそばに置いていた。誰かが細工できるはずはない。


「どうやって‥。」


 少し考えてみたけど答えは見つかるはずもない。メイは諦めて書かれている感想をながめた。そこには前回よりも多くの言葉が並んでいた。


『幸せな気持ちになれました。』『やさしい味でした。』『心が温まりました。』などなど。


「こちらこそです‥。」


 メイはノートを見ながらそうつぶやいた。と、同時に気づいた。ほとんどのレシピに感想があり、感想のないレシピがあとわずかだった。


「書いてあげないと‥。困るかな?」


 奇妙な責任感に動かされるように、メイはSNSに載せたレシピを別のノートに書き写した。そして内心は少しドキドキしながら前のノートと一緒に引き出しにしまった。




「え、何で‥?」


 一週間後、ノートを出してメイは呆然とした。感想は書かれていた。ただ、そんなに多くはなかった。二十種類は書いたのに感想は二つだけ。感想の内容は相変わらずやさしい。だけど、少ない。


「何が悪かったの?それとも時間がなかったの?」


 メイはそうつぶやきながらも次のレシピを写し、またノートを引き出しにしまった。


 次の週も、その次の週も。


 ただ、メイの努力を無視するかのように、感想は増えなかった‥。




「何が違うの?何が悪いの?」


 メイはノートを見ながら悩んだ。


「『八宝菜』は感想があるのに『チンジャオロース』にはない。『ショートケーキ』にはあるのに『チーズケーキ』にはない。『目玉焼き』と『オムライス』にはあるのに『卵焼き』と『オムレツ』にはない‥。」


 悩みに悩んでも答えは出なかった。頭が痛くなった。少し涙が出た。メイはその夜、解けない謎とそれが書かれたノートを抱えながら眠った。



『う〜ん。違うな〜。』


 真夜中、誰かの声で目が覚めた。少しだけ開けた目に飛び込んできたのは、光る自分のノートとそれをめくりながら悩む手のひらサイズの小さな青年。整った顔立ち、透き通るような肌、きれいな瞳。目の覚めるようなイケメンだった。


「何が違うの?妖精さん。」


 半分夢だと思っていたのもあり、メイは静かに声をかけた。現実のメイの性格ではありえない行為だ。小さな青年は穏やかな、少し困ったような笑顔で答えた。


『私にもわかりません。ただ、何かが違うのです。それはあなたにしかわからないのかもしれません。』


 彼の行為に悪意はないのがメイにはわかった。私の側に問題があるのはわかった。ただ、


「私にもわからないの。ヒントがほしいの。」


 その言葉に青年は少し考えてからこう言った。


『あなたはどうして料理をしているのでしょうか?そんな感じだと思います。』


「どうして料理をしているか‥?」


 メイがつぶやくと、青年はうなずいた。


『そろそろ時間なので帰ります。悩ませてしまってすいません。もし、嫌になったならノートを見るのをやめてもいいですから。でも、あなたならきっとわかると信じています。では、おやすみなさい。』


「え?ま、待って〜!」


 メイが体を起こして手を伸ばしたときには、ノートの光は消えベッドの上に置かれていた。時計はまだ深夜二時。メイは体をゆっくりと倒してそのまま朝まで眠った。さっき見た続きを期待してみたが、アラームで目が覚めるまで何も夢はみなかった。




「と、いうことがあったの。」


 その日の昼休み。メイはついにこのことを二人に相談した。この二人なら信じてくれると思って。二人は真剣に聞いてくれた。


「不思議な話だな。妖精なら俺も見てみたいけど。」


 大石蒼汰オオイシソウタは目を輝かせた。文武両道で誰にでもやさしい人気者のソウタ。本来なら真逆の性格のメイと仲が良いのは幼馴染だからだ。


「これは間違い探しだね〜。頑張って答えを見つけてそのイケメン妖精さんとメイちゃんをくっつけてあげましょ〜う。」


 天真爛漫キャラの小瀧美鈴コタキミレイ。中学時代のクラスメイトで、私の料理をSNSに載せるように提案した張本人だ。


「別にくっつけなくてもいいから。でも協力はして。」


 この二人にだけはメイは自分を出せる。そこに確かな友情と信頼、それ以上の感情があったときもあったりなかったり‥。とにかくこの二人は特別だった。メイは二人にノートのコピーを何枚か渡して考えてもらった。自分では発見できない何かがないかを。




「やっぱり難しいな。違いがわからない。」


「そうだね〜。いろいろ考えてみたけどわからないよ〜。


 二日後の放課後、教室には二人の残念そうな顔あった。


「うん。しょうがないよ。こっちこそ変なこと頼んでごめん‥。」


 もともと無理な話だからがっかり感はなかった。むしろ聞いてもらいたかっただけだったのかもしれないと思った。するとミレイがメイを見ながらつぶやいた。


「そのイケメン妖精さん、どんな声だったの〜?話すことはできたんでしょ〜?」


「え?普通の声だったよ。やさしい穏やかな。」


「あ、そういえばその妖精と話せたのか。何か言ってなかったのか?」


 ソウタが会話に割り込んできた。


「あっ、そうだ。ヒントを聞いたの。そしたら『どうしてあなたは料理をしているの?』って言われたの。」


「それだよ!それが重要なんだよ!」


 メイの言葉にソウタが叫んだ。メイとミレイはビクッとしてソウタを見た。ソウタは落ち着いた声で続けた。


「たぶんそれがあるものとないものなんだ。『八宝菜』は何かメイに重要で『チンジャオロース』はそうじゃないんだよ。SNSに載せた日付とかで何か思い出せないか?」


「なるほど。調べてみる。」


 メイとミレイはそれぞれSNSの日付と料理を調べた。するとミレイが気づいた。


「このショートケーキって私が誕生日にリクエストしたやつだよ〜。メイに『イチゴ超多めにして作って〜』っておねだりしたやつ〜。」


「あっ!本当だ!そういえば八宝菜もミレイが家に泊まりに来たときのリクエストだよ。」


「じゃあ、オムライスはあれか?俺の誕生日に二人が文字書いてくれたやつか?」


 取っ掛かりができたら答えは簡単だった。二人が次々とメイの料理の思い出を語る。『ミレイの誕生日』『ソウタの誕生日』『ソウタが風邪をひいて看病した日』『ミレイがソウタに告白した日』『ソウタとミレイが正式に付き合った日』。何かイベントのたびに私は料理を作っていた。二人のために。自分のために。調べてみるとその料理は感想の書かれた料理だった。


「うん。わかった。二人ともありがとう。」


 帰り際、メイは二人に何度もお礼を言った。二人は笑顔でうなずいていた。メイはあたたかな心で家に急いだ。そして、ノートを開いて台所に立った。


「感想、書かせてみせるからね!」


 その日からメイは毎日楽しく真剣に料理をした。フライパン、オーブン、鍋。あらゆる物をフル稼働させた。できた料理はノートに書いた。毎日毎日‥。




 そして、その日はやってきた。ノートを抱えて眠っていると、ノートが輝き出した。ノートが静かにパラパラとめくられ、あの人が姿を現したのだ。メイはその姿を確認するとゆっくりと体を起こした。


『すごいですね。ここ数日の全ての料理が美味しそうです。』


 驚く彼を見て、メイは笑顔でうなずいた。


「何で料理をするかがわかったの。私、誰かのために料理を作るのが好きだったの。その気持ちを思い出せたから、あなたが感想を書きたい料理を作れたの。」


 彼は穏やかな笑顔でうなずく。


『それがたぶんあなたにとっての『美味しい』ということなのでしょう。そしてそれが私にとっても『美味しい』なのだと思います。気づいてくれてありがとうございます。』


 彼の言葉にメイは首を横に振った。


「こちらこそ気づかせてくれてありがとう。全部あなたのおかげ。」


 彼は照れたように笑った。


『しかし、どうやって全ての料理に思いを込めたのですか?一人で食べることもあったでしょう?』


 不思議そうな顔の彼。メイは少し恥ずかしそうに答えた。


「あなたのことを思って作ったの‥。あなたが食べてくれる、あなたが美味しいと言ってくれるのを想像して作ったの‥。だから‥。」


 メイは背筋を伸ばして、笑顔で伝えた。


「あなたのことが好きなの。だから思いを込められたの。妖精なのか幻なのかはわからないけど、私の料理の『美味しい』を教えてくれたあなたが好きです。」


 彼が驚いた顔でメイを見ていた。メイは恥ずかしくてたまらなかった。でも目はそらせなかった。


 だって、また消えてしまうから‥。


「ありがとうございます。」


 彼は言った。メイは驚いた顔で彼を見た。


『私は誰かに好きになってもらったことがありませんでした。記憶は曖昧ですが、いつも一人だったと思います。だからあなたの気持ちがとてもうれしいです。あなたの料理から伝わる優しさがとても好きです。』


 メイの目から涙がこぼれた。自分の『好き』という気持ちが正しく相手に伝わった。それがうれしかった。すると彼はメイの手を、指を握った。メイは手のひらサイズの彼をもう片方の手のひらに乗せてそっと持ち上げた。


『私がなぜこの姿をしているのかはわかりません。でも、もしかしたらどこかで人の存在であなたに会えるかもしれません。だから、私のことをどうか忘れないでください。』


 メイは何度もうなずく。小さな声で強く叫んだ。


「忘れるわけないでしょ!忘れるわけないよ!こんなに大切なことを教えてくれたんだから。」


 彼はうなずく。すると、彼の体がゆっくりと薄くなっていった。慌てるメイに彼はやさしい笑顔で言った。


『合言葉を決めましょう。もし、人間の姿であなたの前に立てたら私は『美味しいやさしい料理の人ですか?』と聞きます。』


「うん。私は‥、ーーーー」



 メイが伝えた合言葉は、後から考えると変な言葉だったかもしれない。でも、もし本当にまた会えたなら言いたい言葉だった。彼は笑顔でうなずいていた。そしてゆっくりと薄くなっていった。


「ありがとう。大好き。」


 ノートからは光が消え、真っ暗になった部屋でメイは何度もつぶやいた。






 その後、メイはいつもと変わらない日常に戻った。変わったことといえば、SNSに料理を載せるペースが落ちたこと。そのかわりに、料理にタイトルが付くようになったこと。『お祝いケーキ』『学園祭お疲れさまカレー』など。中には『クラスメイトへの義理チョコ散布!』といったメイが考えていないタイトルも並んた。それがSNSでさらなる人気になったとかならなかったとか。


 やがて高校二年の夏、メイの学校に転校生がやってきた。目の覚めるようなイケメンで、学校中の女子生徒(メイを含む一部の生徒を除く)が悲鳴を上げたほどだった。その人はそんなことなど気にもせず、まっすぐメイの教室に入り、まっすぐメイの前に立った。


 そして、


「美味しいやさしい料理の人ですか?」


 メイは笑顔でうなずいた。そして答えた。


「おかえりなさい。やさしい妖精さん。」


 その後、二人に何があったのか。それは別のお話。


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