5.
視察の時間になって、全員が揃った。カリスティ、護衛のセナカ、宰相マリカ。現地を見るだけだから民を騒がせたくない、とカリスティが伝えていたためにそれぞれ服は簡略なものを身につけていた。マリカについてきた複数の護衛もいるが、がっちり脇を固めるわけではない。
乗り物から決して降りないことを条件に、浜辺へ行くことを許された。
移動の最中にもマリカは時間がもったいないとカリスティを質問責めにした。
「ウスワ国内のみでの儀式でしょう。代理の者はいないのですか? この国に持ち込まれるのは違うのではないのですか」
「代理の者はいません。すみません、場所も新月の夜に小さな場所をお借りするだけですから」
と答えれば、マリカは静かな表情を返した。
「祀るのは、ほんとうに神ですか」
と、しまいには、儀式そのものを疑う始末。
ひとつひとつ説明しながらも、カリスティはマリカにやり辛さを感じていた。意地悪ではない。国を守るという意識から生まれるカリスティへの不信を拭い切れるだろうか。正直に答えるしかできないのだけれど。
疑われるのは承知の上。影舞と名付けられた神楽はウスワ国のみに伝わる伝統で、外部にさらされることはまずない。純粋に神にのみ捧げられる舞であり、いわゆる秘儀だ。つまり、隣国だとて知らぬ祀り。
しかし国の人口が減り国力が弱まっているために、伝統芸能とも言える影舞神楽を引き継ぐ者がいない。しかとて絶やすことはならない。神への祈りを止めたら、何が起こるかそら恐ろしい。
目的地では眩しい直射日光にも負けず、人間がひしめき合っていた。ほとんどが半裸で日差しと海を楽しんでいる。
右から左までぎっしりとした騒ぎにカリスティは浮き立つより沈んでいた。予想はしていたが、この景色の中で影舞は行えない。
海岸線に沿った道を馬車を走らせてみたが、人が多い少ないはあっても、完全に無人ということがなかった。
「人が少ない時間帯はいつですか?」
眉根を寄せながらマリカが答える。人に話しかけられたときの彼の癖なのだと自分に言い聞かせながら、肩幅を縮めてしまわないようにに鼓舞する。
「真夜中になれば減りはしますが、完全に人がいない時間はありません。日の出日の入りは絶景ですし、日中も遊泳地として有名ですから」
それでは何時でも集客してしまう。昼の海は遊べて楽しいし、夜の海は神秘的で美しい。
「他の浜辺はどうですか? 儀式は日の入りの時間からはじめなければならないのです」
「どの浜辺も似たようなものです。舞台が海との接地面でなければならないということでしたら、浜辺でなければ崖か港になります。そちらも観光客だらけです」
いまいち感情の乗らない梨色の瞳が細まって、判断を迫る。
「どうしてもというのなら、広範囲を立ち入り禁止にするしかないかと」
「いえ、現地の迷惑になりたくないです」
ため息だけはつかないように、カリスティは海を見つめる。
これまでと違うしきたりで神に満足いただけるのかわからない。部屋からせめて、海と空が見えるのなら条件を満たせるだろうか。
「宮殿の部屋をお貸しいただけるとお伺いしましたけれど、お願いできますか?」
ご用意いたします、とマリカは素直で、ここまでの無駄足についての不服を申し立てなかった。
「見せていただけて助かりました。ありがとうございます。みなさんのお時間をいただいたこと、感謝しております」
そうしてマリカだけでなく、護衛に駆り出された人員にもカリスティは頭を下げた。
宮殿に戻ると、リーニが部屋を掃除して整えてくれていた。お外はいかがでしたか、と尋ねてくるので経緯を話した。
「お望みに添うことができず、申し訳ございません。他にご用意するものはありませんか?」
「こちらが無理を言っているのだから、いいのです」
と言ってすぐに思いついて、「そうだわ。買い物に出たいのだけれど可能かしら?」と訊いた。
「城下町に下りられたいということですか?」
リーニの垂れた目がまん丸になった。
「お店を見たいのです」
「お探しのものがおありでしょうか?」
「材料になるものでもいいのです。縄を編めるから」
胸に手を当てたリーニは、言いづらそうに告げる。
「姫殿下が民衆に交じるのは、護衛の確保や周辺への事前通知など準備を必要といたします。あらかじめお知らせいただいている予定表以外の行動はお控えくださると助かりますわ」
ここでも、やはり。浜辺に行ったときのようにぞろぞろと連れ歩くことはしたくない。
遠回しに外に行ってくれるなと断られた。この国では王族はかなり厳重に守られているらしい。ウスワ国であれば観光客と地元民の利用する商店街は別区画にあり、姫は気軽に地元民の多い街へ下りた。もちろん護衛はついてくる。けれど、セナカだけだ。
他国で黙って街をうろつくなどの勝手をして、無事ならまだしも何かいざこざになればメスカ国との信頼が崩れる。側仕えとして置いてくれているリーニに監督責任が問われる。もうわがままを通す子どもでもないので、別案を考えなければいけない。
「わたしが行ってはいけないのですね」
そして護衛のセナカが彼女の側を離れることもまたあってはならない。
「商人を呼び寄せることもできますが」
「たった一本の縄を買うのに呼びつけるのですか? そんな高級な縄は買えません」
カリスティが肩を落とすと、リーニは申し訳ございません、と言った。
「あたしでよければお使いに行きますわ。どのような縄を持って参りましょう?」
「……細い縄を探しているのです」
これくらい、と二本の指の隙間で縄の太さを表した。
「かしこまりました」
「できますか? 頼んで大丈夫?」
不安そうに見上げるカリスティに、リーニはふんわりと微笑んだ。姫はありがとうとリーニの手を握る。お小遣いを潜ませながら。
夕飯前に戻ってきたリーニは、くるくると巻いた縄をカリスティに手渡した。
「あと、こちらは……」
お返しいたします、と代金のつもりで渡した現金が返ってきた。
「宰相さまにご相談いたしましたら、こちらでなんとかするのでお気になさいますな、とのことでしたわ」
「助かりました。お礼をお伝えしてくださいませ」