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41.

 マリカがメスカに帰ってから四ヶ月が経った。

 オグレイン国との戦争が勃発したが、メスカ国が勝利を収めて終わった、と連絡があったのが一ヶ月半前。


 カリスティは、城で細々した仕事をして生きている。


 時折箱を開いては確認する、この身に合わない、父から賜った半月冠(ティアラ)の処分を決めかねていた。


 立つことのない女王の証、ウスワ王族の象徴は使い道がない。視界に入れるたびに、

 「もう姫なんていらないから。」

 なんて言われているような気がする。


 もちろんこれをくれた父にそのような意図はない。ただ、思い出に、ということだろう。存在は知っていても一度も身につけたことがないので思い入れはなかった。博物館に寄贈したとて、カリスティが生きている間、飾られるのもしっくりこない。


 売り払うにも畏れ多い。かといって宝物庫にも戻せず、懐に入れたままここぞという置き場所を探して、城の中のどこにもそんなところはないことに気づく。 

 迷って外にまでやってきてしまった。


 ギギ・モンスターの生息地だった場所で、今となっては自然が盛り返し木も草も茂っている。


 この端は這い上がることもできない断崖絶壁だ。波が打ちつける音に、腹の底がざわざわとした。眼下の海表と同じく、懐から出した半月冠はやたら光を反射して眩しい。


 輝きから目を背けていたかった。カリスティには不要な輝きならばいっそ光に溶けてしまえ、と思った。


 するり、と手から重みが抜ける。


 望み通り、光の粒となって真っ逆さまに落ちていく。


 すーっと足元から冷えが伝い上ってきた。


「どうしよう……」


 投げてから気づいた。あの半月冠は、カリスティそのものだ。価値がないものとして無造作に扱って、自らの手で捨ててしまった。一時の感情で、失くしてはいけないものだったのに。


 その場にうずくまる。


 宝石で重みのある半月冠は、海水にも浮くことはない。


 馬鹿なことをした。


 あれが唯一、姫であったことの証明で、手元に残しておける父王からの贈り物だった。カリスティは、真の意味で価値がなくなってしまった。




 そっと、つむじに温もりが降りてきた。人の手のひら。顔を上げると、梨色(ピアー・グリーン)がきらきらしていた。膝に置いていた手を握られる。


「どうか、ご心配召されませんよう」


 ーーマリカ。


 彼をはじめて男性として意識したのは、セナカの非公式親善試合で同じ台詞を言われたときだった。それ以降これは決して自分のものではない、と押し殺した恋心。あってはならない感情だった。


 昔、彼の前ではセナカのために泣きそうになった。いまは誰の心配もしていない。カリスティはただ、悲しくて泣いている。


 胸を張っていられない自分が悔しくて。


 好きな人にも素直に好きと言えない自分に呆れて。そばにいたいのに突き放して、周囲のお膳立てに甘えるだけの卑怯者。本当に彼がいなくなったら自分勝手にも傷ついた。つらくて、恋しくて、でもそんなこと誰にも言えない。口づけだけじゃ足りない、何度でも抱きしめて欲しい、なんて。


 姫でなくなったからといって自由にはなれなかった。父のためにも働きたいし、ウスワはまだ貧しい。姫だからと優遇されてきた分の義務と借金を支払わなければならないとがんじがらめ。


 ケララニ王のために生きるマリカの邪魔になりたくなかった。でも彼の関心の一部になりたかった。


 こうしてこぼれるのは、他人のために流すのではない、醜くて汚い涙だ。


 なのにあのときと違い、彼が浮かべるのは困惑ではなく微笑み。


 手を離した彼は、崖から飛び降りた。


「ーーーーっ!!」


 声も出なかった。


 四つん這いで崖縁に手をつく。

 もう泡ぶくも立っていなかった。

 一分、二分、五分しても波はちゃぷちゃぷ穏やかだ。

 こんなに長い時間、息継ぎが続くわけがない。


「ねぇ、帰ってきて」


 言うのが遅い。遅すぎた。


「いらない。半月冠なんていらないわ」


 だから、


「マリカ、戻ってきて」


 カリスティは、マリカを追いかけた。下から吹き荒ぶ風に髪が、袖がたなびく。


 海水に足先が着いた。水泡に囲まれて、それらは結合し、いつしか大きな空気のかたまりとなってカリスティを包んでいた。ゆっくりと海底に降ろされる。


 死んで夢を見ているのかもしれない。


 半狂乱になったカリスティは幻想を作り出したのだ。


「ここにいるの、マリカ……?」


 ぐるりと見た感じでは、魚や海藻の影しかない。濁ってくすんで、明かりがないから見通しは悪い。暗青灰色(スティール・ブルー)。大好きな人の髪色だから、怖くない。


 けれどどうして、夢ならば都合よく呼んだときに現れてくれないのだろう。


「マリカ」


 一歩を踏み出せば、たゆんと空気が歪んで前に進む。


「好き……」


 周囲には絶対に誰もいない。セナカさえ来れない場所にひとりになってやっと、カリスティは自分に素直になれた。


「好きなの」


 暗いくらい海底。重くて、息苦しい。声は、想いは波が吸ってかき消してしまう。


「お願いどこにも行かないで……!」


 ーー地位も国も貞操も、わたしはすべてを失ったけれど、あなただけがいればよかった。


最終話(43話)まで一気に投稿してます。

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