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40.

 オグレイン国からの捕虜をメスカ国へ連れ帰り、牢にぶち込んで部下に情報の搾り取りを任せた。マリカはケララニ陛下へお目通りを願い、彼の私室へ通される。


「あの国、滅ぼしませんか」


 第一声は自然とそんなものが転がり出てしまった。


「まぁ早まるな。最終的にはちゃあんと潰すから」


 己の仏頂面はいつものことだが、意識して不服を表明した。人の目がなくケララニと気負いなく話せるとあってはなおさら憎悪も全面に押し出してしまう。しかし時期の相違はあれど、オグレイン国への処分については王と意見が一致していることに満足する。

 宮殿の別棟では出兵の準備で慌ただしい。


 さておき、とケララニはうっすら微笑む。


「ウスワ自治区に行って一ヶ月、進歩はあったか?」


「私が現地入りするまで三ヶ月はありましたので、その間に復興の基礎はできていました。カレオさまが意欲的でもともと善き王だったのでしょう。臣下もよく従っています」


「仕事の報告はすでに聞いた。ウスワでなくカリスティとのことを訊いているんだ」


 マリカは首を捻り、答えた。


「問題はないかと」


「はぁ。カリスティにも心の整理期間というものも必要だしな」


 なにしろ、国の解体寸前までいってからのメスカへの吸収だ。物理的にも精神的にも整理は必要だろう、と王はしんみりとした。




 全戦力を注入して、オグレイン国に白旗を上げさせるまで、二ヶ月かからなかった。推測通り、シャマスの件で裁判で負けた腹いせに武力で勝訴国を蹂躙して慰謝料とそれ以上を取り戻そうとした。ウスワ国が衰退していると情報を手に入れたのだろうが、とっくにメスカ国の傘下にあり、子猫をいじめるつもりが親虎を起こしたがために見事に敗国と相成る。ここでようやく対外国にメスカ国ウスワ自治区を発表すれば、他も手出しをしないだろう。


 メスカ国の属国が増えて、ケララニ国王は不幸せそうではなくとも、難しい顔をしている。


「想定より時間がかかったな。イシケリをウスワに預けていたからなぁ」


 彼がいたらもっと早く終戦できていた。しかしいくら守護神ニブタールの応護がウスワにあるとはいえ、備えを怠ることはしたくない。


 書類をめくっている間に、そういえば、とケララニは尋ねた。


「カリスティとは連絡を取り合っているのか?」


「しておりません」


 はらり、と手から書類が抜け落ちる。


「なんにも? 手紙ひとつないのか」


「そうです。カリスティさまの何をお知りになりたいのですか」


 なにやらケララニが狼狽している。


「そうじゃない。冗談だろう。よもや、想いのひとつも伝えてないのか?

 何のためにお前をウスワにやったと……!」


 惜しいことは言ったかもしれないが、はっきりとは伝えていない。カリスティは、それを望んではいなかった。まだ時期ではないと思った。そのうちにオグレインが宣戦布告同然に襲ってきて開戦し、今もマリカはメスカ国にて戦後処理に追われている。


 口を閉じていると、王はマリカの預かり知らぬところで納得し、深く頷いた。


「わかった。恋愛になるとお前は奥手なのだな。お前を宰相から解雇する。とりあえず子どもができるまで帰ってくるな」



 解雇。子ども?


 とんでもない命令に冷や汗をかきながら、マリカは王の執務机に手をついた。


「陛下、私にウスワで種馬になって来いと?」


 人口増加のためといえど、子どもをもうけてこいという命令はさすがに人権を無視しすぎだ。


 至極嫌そうな顔には至極嫌そうな顔が返ってきた。


「違う。手当たり次第じゃないからな。好きな女を思う存分口説く機会をやると言っているんだ、いつもの察しのよさはどこいった、この阿呆」


 王が「阿」と言えばマリカは「吽」と返す間柄だった。通じないのは稀だ。それほど突拍子もない命令であった。


「いえ、しかし」


「できるだろう? 信じているぞ。お前がこれまで『無理だ』と言ったことはないからな」


「それは、政治上のことであって、」


「あーあー言い訳こじつけは聞きたくないぞー」


 聞く耳を持たぬケララニは、いつになく横暴だった。こんなことは、彼がアシリカ妃を妻に娶ると決めたときぶりだ。他にどれだけ有望な娘を差し出されても、ケララニは頑として譲らず反発があっても強行した。


「さっさと行け。ああ、ウスワの発展模様は逐一報告するように」


 弁解の余地もなく、マリカは海へと放り出された。




 元宰相マリカへ下された命令はーー


 『メスカ国への入国を禁ず。』


 ただし、カリスティを口説き落としたら解除する、と言われた。


 現在カリスティのいるウスワ自治区はメスカ国の一部だ。そこへの立ち入りを禁じておいて、彼女を手中に収めろとはいったい。















 マリカがケララニ王に捕虜を献上したと報告があってからはや二ヶ月。言いつけを守って城および父から離れることはしてこなかった。そろそろ軟禁も解けてよい頃だろう。


 念のためセナカに同行を頼んで、カリスティは外へ出た。


 気になることを確かめに、湖へ行きたかったのだ。

 セナカには見えない位置に待機してもらった。ただし悲鳴を上げれば反応してもらえる。カリスティは湖の前にしゃがんだ。


「いらっしゃいますか、ニブタールさま」


「普通に話してくれていいよ、カリスティ。『さま』なんてつけないで」


 にょきっと現れた神に、頭を下げる。


「イシケリに力を貸したり、オグレイン国の船をひっくり返したのはあなたさまですね。ありがとうございます」


「守護神としてがんばるねって言ったじゃないか。これくらいどうってことない」


 戦えないと思われてたのなら心外だ、と腰に手を当てる。

 やはり、あれはこの神の仕業だったらしい。


「敬語で話されるのは寂しいからやめてよ。僕は半分母上の子どもなんだからね?」


「わかったわ」


 要求通りにしたのに、少年は唇をとがらせる。


「ところで、マリカはまだカリスティのところに帰ってないの?」


 かの人の名前が出て、つい胸に手をやった。


「いいえ。……もう帰ってこないのじゃないかしら」


「なんで?」


 どこまでも、ニブタールは無邪気だ。とても簡単に訊いてくる。


「お別れってこと」


 なにそれ? とニブタールは理解不能そうにしていた。


「マリカさまは、メスカ国への入国を禁じられたの」


「それで?」


「もう、会えなくなってから四ヶ月よ」


 伝言のひとつもない。カリスティから便りは送れずにいる。なにより必要なことはウスワに残っている使節団の面々が知らせている。一介の村娘が、大国の宰相さまに何を教えることがあるだろう。


 歩み寄る彼を、拒絶してきた。


 小城での夢の一日の間だけ、割り切って恋人らしく過ごしてみた。それがマリカにしてみたら、仕事の一貫でしかなかったとしたら。思わせぶりなことを言っておいて、本心はどこにある。


「カリスティ……」


「じゃあ、もう行くわ。ニブタール、またね」


「うん、また来てねカリスティ」


 とぷん、と少年は水に溶けた。



(マリカを追い出してから、ケララニ陛下の苦悩)


「いやほんと、くっついてくれなきゃ、俺が完全な悪者じゃないか……!」

 ケララニが押し通せばカリスティを姫の地位のまま引き取ることも可能だった。それをしなかったのは、その高貴な地位がマリカとの障壁になっているのではないかと疑ったからだ。マリカが、自分は平民だと愚痴りやがるから。

 一時的にでもウスワを自治区として吸収すれば、多岐にわたって支援できる。その後の流れも考えていたのに。

 破局すれば、ケララニはただ哀れな姫から国を取り上げ玉座から蹴り落とし権威も奪った無慈悲な悪王だ。悪役を演じるのは構わないが、その果てには彼らの幸せがなければ意味がない。

 ウスワ自治区にマリカが土地を買って自宅を建てたというから、てっきり上手くいってるのだと思い込んでいた。ところが好意の一つも伝えていないと?

 女神降ろしのこともあって、カリスティからは言い出せないだろうと、マリカを送り込んだ。

「頼むぞ……?」

 言い寄られるところを切り捨てるのは得意でも、自分から愛を伝えることはしたことがない男に期待をかける。


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