39.
父カレオが待つ古城へと向かう途中、マリカが立ち止まった。青い波に目を眇める。
「あれは……」
「どうかしましたか?」
彼の目線を追うカリスティの視界には、特段気にかけるものは映らない。ウスワの漁船ではない船が浮かんでいるが、単に近くを通り過ぎる船だろうと思った。出入国を管理するのは専門の保安部があるので官僚たちに任せている。カリスティに用事があるのなら知らせが来るが、村人でしかない娘を訪ねるような客人もいない。
「オグレイン国の船です」
「……もしかして謝罪に?」
オグレイン国といえばシャマス王子の犯した罪により慰謝料の発生した裁判の一件しか思い当たらない。
「いいえ。ウスワに関することはいかなるやりとりもメスカを通すように通達してあります。ここは定められた海路にない」
「では、難破船……だとか」
船はずんずん大きくなっていく。ウスワを目指していた。
「不具合があるようには見えません。旗印を掲げて堂々と襲いに来るとは……愚かな」
え、とカリスティは梨色の瞳を見た。
「すみませんが、城に戻ってイシケリをこちらに向かわせてくださいますか。私はこのまま船の動きを警戒しておきます。カリスティさまは、イシケリを送り出したらセナカ殿をそばに置いて城からお出になりませんよう」
「はーーはい」
父やセナカのいる城は目の前だ。
荷物もその場に置いて、カリスティは一人走った。
カリスティに城への伝言を頼んで、マリカは海上の船を見つめる。
せっかく仮想新婚旅行を終えたところなのに、彼女をしっかり送り届けることもできず事件発生だ。
ウスワの実情について対外国への公式発表は時期を見極めていた。メスカ国の庇護にあるとは知らず、オグレイン国はウスワ国を滅ぼすつもりで、慰謝料をも取り返そうとやってきたのだろう。
「しょせんはあの下劣な男をのさばらせていた国。
そんなにも喧嘩を売りたいのであれば、正面から根絶やしにしてやろう」
たとえ艦隊相手でも負けるつもりはない。
横で巨体が急停止して、砂埃を上げる。
「イシケリ参上ッ!」
この場で持ち得る中で最上の武器を手にした。
「オグレイン国の上陸を妨害せよ」
「是ッ!」
マリカに言われてカリスティはひとりで城に戻る。
城に入るなり、イシケリを探した。カリスティの気配を察知していち早く寄ってきたのはセナカで、所在を訊くと訓練場にいた彼へと案内した。
「イシケリさん!」
彼は振り向いて、片膝をつく。
「小城の方角へ行ってください。マリカさまがお呼びです」
「是ッ!」
瞬時に着崩していた服を整え、武器を両手に駆け出した。盲信的なその行動力に、カリスティは感心してしまう。
「ーー理由を聞かれもしなかったわ」
代わりにセナカが疑問を体で呈しているが、話を通しておく人物は他にもいる。
「お父さまに報告するわ」
パタパタ走りながら、父を目指す。
執務をしていたカレオは娘に笑いかけた。
「おかえり。昨日はどうだったかな?」
「ただいまお父さま、でもそれどころじゃないの」
この距離でも窓から見えるだろうか。カリスティが父を引っ張ると、空気が揺れた。
「どっせェェェイッ!」
気合いの入ったイシケリの叫びが、城まで聞こえた。窓から顔を出していたとはいえ、その声量に恐れいる。
不自然に浜から立ち上った波が、沖へと大波を起こす。オグレイン国の船にまで届いて、船体を横に倒した。
純粋に、ありえない力の作用の仕方だ。
「おぉ〜」
のんびりとセナカが感動している。
「なんと……」
「お父さま、あの船、オグレイン国からなの。マリカさまがおっしゃるには、襲撃ですって」
「なんと?! 急ぎ兵を集めよ!」
数名の兵士をカリスティとカレオが留まる部屋に置いて、残りを浜辺へやった。一部は常に島内を巡回しているから全勢力とまではいかないまでも、応援にはなる。
海流が、あるまじき動きをしている。
太陽を明るく反射しているのに、おだやかな日となんら変わらない顔をして、渦を巻いた。
オグレインの船を握りつぶすかのように、波に挟み込む。引き摺り込んだ。浮かび上がるのは破片ばかり。
駆けつけた兵たちが、打ち上がった敵兵たちを縛り上げるのにそう時間はかからなかった。
後から聞いたところ、気絶した彼らをマリカの指示通りメスカ行きの船に積み上げていった、らしい。それが出航しても、カリスティは城から出してもらえずにいるので人伝いだ。
船を見送った兵から「メスカ国のケララニ陛下へ報告しに帰る」と、マリカからの伝言だけはもらった。それも、カレオの隣にいたから聞けたことであって、カリスティに直接的なものは何もなかった。
今回短い間に視点コロコロ変更してすみません。




