34.
「さて、宿泊施設が完成しました」
定例会議で、期日より二日超過したが昨日完成に漕ぎつけたと報告された。
喜びの拍手が止んで、父が隣を見やる。
「カリスティ、どう変わったのかその目で見てきてくれるかね」
「それでしたら、お父さまも一緒に」
「いや、若い人の感覚で見てほしいのだよ」
カリスティは居心地が悪くなった。この会議に参加している顔ぶれでは若いかもしれないが、胸を張って言えるほどでもない。ウスワ側の官僚たちは高齢なので、一気に平均年齢を六十代まで上げてしまっている。まだ会議には参加できない後継も育てている最中だ。
異論は出してこない娘に、父は言葉を続けた。
「だからマリカさんと夫婦役で泊まってみてくれんかね。記念すべき宿泊者第一号だ」
父が投げてよこした会話の種は、実は爆薬だったらしく、受け取り損ねて目前で暴発した。くらいの衝撃だった。
マリカと? ふうふやく。
「……フウフウ焼く?」
フウフウなんて動物いた? どの魚? いや野菜? という疑念で頭が目まぐるしく記憶を検索している。
「婚姻した男女、夫婦役です」
マリカが言い直した。なぜか事前に知っていたかのように落ち着いている。
「部屋の居心地を確かめるのは大切だと思いますけれど……いいえ、マリカさまは夫婦役などよろしくないですよね?」
「私でしたら喜んで」
乗り気だった。
いろいろ追いつけないのだけれど。
「役割を振る意味って? 建物内の確認だけではいけないのですか」
「あくまで利用者の観点を持っていただくことが重要です。そこはなりきってください。ハネムーンで利用する方もおられましょう」
高官の一人がもっともらしく添えた。うむうむ、とカリスティ以外が一致団結している。この計画は、いつから立てられていたのだろう。
「耐久性を確かめるならイシケリさんとセナカにやらせればいいじゃない!」
あの二人がいれば、部屋と調度品がどれだけ頑丈か計ることができる。イシケリはとくに大柄だから、彼の使用に耐えられればどんな人間も宿泊するに問題ない。強堅な建物だと宣伝文句がひとつ増える。
「設備を壊す前提ではもってのほかです」
ぴしりと返された。確かに本格的に売り出す前に壊されるのはよくない。よくないけれども。
「話が進まないので、意見があれば後からお伺いします。もし、断固反対であれば」
と、すんなり次の話に移った。
サクサクと提出された案件は解決していき、会議はお開きとなった。
「カリスティさま」
名前を呼ばれて、全員が退室したのだと気づいた。カリスティの他にはマリカしか立っていない。
「断固反対、ですか?」
「絶望的にいやというわけではないですけれど。この話は、いつから?」
「カレオさまたってのご希望です」
企画が上がった頃から、ということだ。
愛情を注いでくれた父の名前を出されるとどうにも弱い。
「では明日の朝お迎えに行きます」
抵抗の意思をさらっとないことにされた。
翌朝、朝食後に部屋の前で待機していたマリカと合流した。持ち出した大きな鞄は、雰囲気づくりでしかない。忘れ物をしても一時間のうちに取りに帰れる距離だ。
小城に入ればすぐ、照明を落とした受付が用意されている。
「ようこそ、カリスティさまにマリカさま」
受付も妙に張り切っている。まだ本格営業でもないのに。今日の評価が今後にかかっているのだから、気合も入るか。
案内された二階の部屋へ荷物を運んでそうそう、カリスティはバルコニーに出た。ベッドの上へ散らされた赤い花びらと、向かい合う夫婦鳥の型に飾られたタオルなどが目に入らなかったように。二人に課せられた役柄は新婚夫婦だから、飾り付けも風情がいかにもといった具合だった。部屋を手がけた人の本気がすぎる。
海の風貌は、去年と変わっていた。陸地が盛り上がったためか、海岸線の形も違う。海の深度も変わったから色が違って見える。
点検するように室内を見ていたマリカもゆっくりとバルコニーへやってきた。
「今日だけでいいので、お互い呼び捨てにしませんか」
「役に徹するということですか」
「はい。セナカ殿やカレオさまにするような話し方でお願いします」
どうせ言いくるめられるのだ。カリスティは腹を括った。
「……いいわ、今日だけね」
満足気に頷いて、マリカは新たな質問をした。
「夫君のことはなんと呼びたい?」
ふくん、つまり夫。旦那さま。
「……考えたこともないわ……」
女神降ろしをすると決まった八歳のときから、自分が結婚するなんて、想像したこともなかった。意味のないことだから。
「では、マリカと」
目を閉じて、開けたときにはカリスティは笑っていた。
避けられないのなら、いっそ自棄っぱちで楽しんでしまえばいい。
隣にいるのがセナカなのだと思い込むことにして、ちょんと頭を彼の肩につける。
「ここまでするなんてしょうのない人ね、マリカったら。特別な日にしてね?」
一歩先を行ってどこか勝ち誇っていたマリカの表情が崩れた。梨色の目元が色づいている。カリスティの先制攻撃はわりと効果があったらしい。してやったり。
やると決めたら、カリスティは強い女なのだ。
調子をこいていたら、ぐいと肩を掴まれて引き寄せられた。
「我が妻はなかなか悪戯好きのようだ」
至近距離で見るには毒なお顔が迫る。
声を上げると、喉を鳴らしていた。
早めの軽いお昼を食堂で食べて、他の部屋を見てまわる。食堂をはじめ、居間、応接間に遊戯室。王族や貴族も泊まれるようにと設定したので、従者用の小部屋も用意してあった。
「抜かりはないわね」
改装は隅々まで気を配っており、どこを見られても恥ずかしくない。
「外を見に行こうか?」
「いいわね」
一面の白い砂浜が歓迎している。裸足で歩きたい。
「手と腕、どちらがいい?」
両方に対応できるように、マリカは肘を少し体から離す。手を繋ぐか、腕を組むか選べという。
問われたカリスティは迷って、肌に直接触れない腕に手を回した。




