33.
カリスティが留学から帰って来てから三ヶ月ともあって、城にも働き手が増えた。よその国に散っていた者たちが故郷を懐かしんで戻ってきたり、メスカから移住してきたりしている。若い男女がいたるところに散見されるおかげで城の雰囲気も明るくなった。
ウスワでもマリカの人気は健在で、女性がかまびすしくしていれば彼の居場所が知れる。多く、カリスティはその現場に居合わせた。それもマリカが時間を見つけてはカリスティにひっついてお供しようとするからである。彼と歩いていれば、すれ違う女の子たちがきゃっきゃとした。
たまに、なぜかカリスティを迎えに来たという彼の隣を歩いて、マリカがものともしていない羨望の余波を浴びる。
姫でなくなり、自治区の運営に積極的に関わることは減っている。しかし下働きとして城にいるのに、ある日とつぜん首脳会議に参加しろと言われた。首長の娘だからとかなんとか。
なのでウスワ自治区とメスカ国からの派遣団体が集結した会議に、カリスティも臨席していた。父カレオの隣で、官吏たちが持ち出す意見に可否を下す様子を見ていた。気になることがあれば誰もが質問して、補足して、齟齬を無くした。
例えば。
地形を変えてしまうほどの地震はあったが、家屋や周辺地域に被害はない。浮上した新天地への調査は後回しになっている。いつにするか。誰が行くか。
といったような。
これには明日にでもカリスティが行くと立候補した。実地調査は姫の時代からやっていたことで、今回もそれで呼ばれたのだと思ったから。
また別の件では。
ロスケードクラゲの発生は落ち着いたが、魚の総数が減っているため漁獲量が減っている。漁師を減らすべきだ。大多数がそれに賛成した。漁師を一時的に他の産業へ回す。
流れるように解決していく。ほとんどの問題は、カリスティが持ち帰った多額の資金で賄えた。さらにメスカからの支援もある。
お金があれば、こんな簡単なことだった。大事なのはそこから得られる利益を維持して次に繋げることだけれども。
一日一便ではあるが、ウスワとメスカを繋ぐ船舶の運行もできるようになった。マリカたちはケララニ陛下に報告をこまめに送れるし、あちらからの支援も毎日のように届く。今日はアディ王子と約束していたギギ・モンスターを送ることができた。
さらに本日は、復興のとっかかりとして、ウスワの目玉商品を作り出す、という企画が持ち上がった。
ウスワの人の少なさを逆手に取って、人の手の入っていない美しい自然を前面に押し出して売り出す。出入りを制限した半プライベートビーチ。日常から離れた憩いの場を提供する。
他国の豪商、貴族や王族向けに顧客単価を上げようという目算だった。
それならある場所を使ってくれ、とカレオが言い出した。
別荘、というには王城とは距離が近い。カレオ国王が愛しい妻のために建てさせた小城だ。面倒を見る者も雇えず長らく放置されてきたが、今回宿泊施設として生まれ変わらせようということになった。
「お父さま、いいの? お母さまとの思い出の場所でしょう」
一般公開して観覧料を取るでもなく、他人を泊まらせることに抵抗はないのだろうか。
「いいのだよ。使えるものは使おう」
妻との決別は済ませた、と父は微笑んだ。父が了承するのなら娘としても異存はない。
掃除と補修の手が入るのは一週間後となった。
ウスワは国としては終わった。そのため宝物庫を空にしたと言う父カレオから、半月冠を手渡された。ウスワが国として続いていたのなら、カリスティが戴冠式で使うことになっていただろう品だ。
「お前に被せてやりたかったが」
用済みになった王家の装身具は、定期的に手入れはされていたものだから曇りひとつなかった。
ひとまず箱にしまっておいて、処分を考えるのだがどうすればいいのかわからずにいる。
それから数日して、会議でも話題に上った、地震により新しく盛り上がったという土地にカリスティが行くと宣言した通りやってきた。
防衛機関の要として、セナカも地理の把握のために同行してくれた。
市街地からは遠く、カレオが王だった頃に建てさせた城から近かった。セナカはともかく、「ウスワ全体の隅々を把握したいので」とマリカまでついてきたのは計算外だったけれども、後援を目的に盾とされれば拒否もできない。大人しくカレオや高官のお爺さんたちと執務室にこもっていればよいものを、本当に下僚のようによく動き回る。
「セナカは来たことあるのよね?」
「カリスティさまが見る前に、危険がないようにさらっとは」
ぐるりと一周しただけで、目立ったものはなかったらしい。
地盤の変動で現れた、ウスワの南西へと続く陸地は決して狭くない。二十年前に失われた土地を取り戻すどころか、さらに裾野を広げた。出現当時、黒かった大地には早くもぽつぽつと緑が芽吹いていた。
二親の腕に守られるように丘が盛り上がっている。真ん中に透明な湖が出来上がっていた。
小型の水生生物が住み着き、底には水草がたゆたう。
カリスティは持ってきた容器に水を掬い取り、蓋を閉めた。城に帰ってから水質調査へ回さなければならない。
次に寄ったのは別邸の城だ。予定されている掃除と補修のために、どの程度人員を割けばいいか検討するのが目的だった。
国が豊かだったときに建設されたものだから、丈夫で基礎は頑丈だ。全部屋の扉を外して蝶番に油を差したり、磨いたりしないといけない。壁紙も染みがところどころ出ているから、貼り直しだ。
王妃であるカリスティの母が亡くなってから誰の手も入っていなかったために、蜘蛛の巣、埃だらけだった。齧れるような食物などは置いていなかったため、ネズミがいなかったのは幸いだ。
「気持ちいいほど中に何もないですね」
一通り見てまわったマリカは、中の様子に特段嫌悪感は示さなかった。メスカの清潔な環境に慣れていれば、耐えられない人もいるだろうに。
「全て売ってしまったの」
寝室だったところには家族みんなで寝転べるベッドがあった。母が選んだ壁掛けも、代々引き継いだ椅子もあった。それらや母が気に入っていた引き出しも、父と母が寄り添って影を映したカーテンも、カリスティが転げ回った絨毯も国家予算になってウスワを支えた。
あやふやながら、懐かしいような、そうでもないような。不思議な感覚がした。ここは封じられた記憶の倉庫だった。
建て直すのなら跡形もないほど変えてほしい。
帰ってからの水質調査の結果、湧き出でるのは真水だった。触れたり誤飲しても問題はない。地盤もしっかりしているし、観光地として使えるだろう。
そろそろ本格的にいちゃついていいですかー?
いいよー!(自己承認)




