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32.

 椅子を運んだり、カトラリーを並べたりして一息ついた宴の直前、マリカはようやくカリスティのそばを離れた。


「二時間後、メスカンチェリーの前でお待ちしてます」


 耳元でささやかれたマリカの誘いにカリスティは目を泳がせて、結局は頷いた。どうせ、メスカンチェリーの育ち具合を見たいがための誘いだ。


 宴の間、マリカはカリスティに近寄ろうとはしなかった。カレオから配分された料理を褒めた。酒を注がれれば飲み干して、歓待されている。


 カリスティは早々に宴会を引き上げ、庭に出た。宴会の音が漏れて聞こえる。さほど庭と宴会場は離れておらず、うっすら明かりが届くほどだ。一国の城と言うにはやや大きな屋敷でしかない。


 細い幹の上部にはふっさりと葉が茂る。かつてメスカ国から送られて来た低木の枝に手を触れた。


「これは確かに小さい」


 時間通りにマリカはやってきた。カリスティの隣で、つやつやとした葉を摘んで撫でた。


「昨日肥料を多めに与えたところです」


「本当に熱心な方だ。そんなに国に対して情熱的なのに」


 しんみりと、マリカはメスカンチェリーを見下ろす。本当に酒を飲んでいたのか、涼やかな目元には火照りすらない。


「ウスワを解体して、荒れ地になさりたかったのですか」


 触れていた枝がしなり、跳ね上がる。肺の奥に砂混じりの空気が入ったみたいにざらつく。


 彼は、カリスティが気分を沈ませている理由を探ろうとしている。残念ながら、見当違いだ。


「そんなわけありません。後援などまたとない機会で……お恵みをいただけて、ありがたい限りです」


「ウスワを国として残したかったのでしょう」


「はい、それは……できるなら。けれどできなかったのですからやむをえません」


 聞かれるまでもない。国として残したかった。


「自治区、という形をとったのはメスカ国の管理下に置いたほうが支援しやすいからです。国と国としてのやりとりならば、形式だけでも見返りを求めないわけにはいかないので」


 無条件を許せば第三の国につけ込まれる。見返り、つまり金品をはじめ人質、何かにつけての融通をきかせることで支払わなければならない。


 そこを吸収ということにしておけば、自国内のことと認められるので援助し放題だ、と。


 マリカは立派にウスワのためになることを考えてくれているのに、カリスティは感情を先立たせてしまっていた。


「……はい。ありがとうございます」


「運営が軌道に乗り次第、お望み通り我々はここを去ります」


 勢いをつけて振り返る。梨色の瞳(ピアー・グリーン)は冷めていた。が、カリスティの顔を見てすぐに困り眉になった。


「来てほしくなかったようにお見受けしました」


 違いますか? とわずかに首を傾ける。


 会いたい、とは思っていた。実際に再会できるとは思っていなかっただけで。でも来ないでほしいとも願った。せっかく埋めていた穴をほじくり返されるような気分になる。


 しかしそれとは別に、姫でないーー結婚しない、できないという建前、言い訳のなくなったカリスティが、彼の前でどのような態度をとればいいのか。


「支援に来ていただいて、そんなこと思うわけありません」


 また姫の意地を張ってしてしまう。

 裏腹に、別のことを考えていた。


 女神の器は結婚してはいけない、恋人を作るなどもってのほかだったのに、誰にも求められなくなってから解禁だと言われた。父は女の幸せは結婚だと言わんばかりだった。母と結婚できて幸せだった父の気持ちもわからないでもないけれど、女神降ろしを長年務めてきたカリスティにまともな結婚ができるわけがない。


 記憶がないとはいっても、ウィドラシャン神をこの体で慰めていたのは事実で、しかも最後には、もうーー。


 苦しい。


 思い出だけを抱いて誰とも添い遂げず、年老いた父と穏やかに過ごすのでは、だめなのだろうか。


「カリスティさま、私と」


「やめてください」


 無責任なことは聞きたくない。


「あなたはケララニ陛下へ忠誠を誓ってらっしゃる。ここにも命令で来ただけなのでしょう」


「指示があったのは事実です。だがそれに乗っかってでも、私はカリスティさまにお会いしたかった」


 ぽわん、とマリカを見上げることしかできない。派遣団体を隠れ蓑にして、やってきた目的はカリスティだった?


「……忘れられないのは私ばかり、というわけですか」


 苦悩に歪められた表情に魅入る。あの一夜は忘れる前提で、彼との間に何もない振りをしなければならない。想いを打ち明けたくとも、丁寧に包んで隠した傷ついた魂に触れるのは、耐えがたい。


「はっきりさせておきます。我が王が望むのは乗っ取りや取り込みではありません。私も同様に」


「それはお伺いしました。父ともども、陛下のことは信じてます」


 かの方であれば、悪いようにはしないだろう。


「そちらだけご理解いただけていれば、結構です。……いまのところは」


 お部屋までお送りします、とマリカはカリスティを城内へ連れていった。


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