31.
「これはこれは。お越しを心待ちにしておりました。ウスワの首長カレオです」
元国王は、にこやかに使節団を受け入れた。
「メスカを代表して助勢に参りました。マリカです」
相談役、または補佐として働くと宣言して、連れて来た面々を紹介していく。
「助太刀に参ったッ! イシケリと申すッ!」
騒音の元をマリカが黙れ、と一瞥した。いかにも憎々しげに。
「コレでも武力の増強になりますから、ご勘弁を」
マリカはカレオに向き直った。
「国外への公式発表前ではありますが、こちらの島はメスカ国ウスワ自治区と制定します。……ご承知おきください」
詳細を書面で読んでいたため、鷹揚に頷いた。
「よろしくお願い申し上げる」
現状改善のためにやって来てくれた使節団に隠すことは何もない、好きに見てまわってほしいとカレオは握手をした。
野菜の収穫はともかく、三人がかりでも朝から牛一頭を解体するのは大変だった。
父がメスカ国からやってきた団体に挨拶しているころ、カリスティは城の厨房にいた。彼らをもてなすためにご馳走を作る必要があって、平生の料理人の数ではとても手が回らなかったからだ。さっそく厨房の応援に来てくれたメスカの料理人と協力しながら、カリスティも料理長の指示に従って動く。
都会から来た彼らの舌に田舎料理が合うかどうか不安はある。物足りないと言われれば新鮮な食材を使用していますから素材の味を楽しんでくださいと言うつもりだ。
薄切りにしたロースト肉を大皿に盛り付ける。
「セナカ? おいで〜」
背後に立つ気配を察知して、見もせずに肉の切れ端を指で摘んで差し出す。
「はいセナカ、味見兼毒味」
ぱくり、と指から肉が消えた。布巾で手を拭いて、包丁とまな板を洗う。
「美味しいです」
セナカの声じゃない。そもそも女性でもなかった。
「ーーえっ」
もぐもぐ、と口を動かしているのはマリカだった。
「セナカは」
この忙しいときに、どこに行ったの。
「イシケリとひと勝負だとか張り切ってました」
シャマスの船で共闘した結果、メスカでの親善試合では本気を出していなかったと見破られ、再挑戦を仕掛けられてほいほい着いて行ったらしい。
「マリカさまはなぜ厨房に?」
「見学です。城内を好きに歩いていいと言われまして」
だからといってなぜよりにもよって厨房を選んだ。城の中ならば目をつけるべきは宝物庫。困窮するたび所有物を売却していきついに空っぽになった宝物庫にはかろうじて代々戴冠式にしか表に出ない王冠と半月冠がある。あとは机と椅子しかない広間だとか母の絵一枚しか飾られていない肖像画の観覧部屋とか……いずれにせよ見応えはないか。こんな城内では花より団子になってもこちらから文句は言えない。
それはそうと一番の賓客なのに、毒味にと出されたものを積極的に食べてどうする。とはいえ飲み下したものを、返せとは言えない。毒味というのはお皿に盛れない部分の料理をセナカに与えるための名目で毎回つまみ食いを誤魔化す冗談だった。
「カリスティさまこそ、手ずから調理ですか」
「わたしはもう、働く村娘でしかないので……」
彼も「姫殿下」とは呼ばないのだから、承知の上だろう。
裏方に徹してマリカを避けていたのに、向こうから突っ込んできてしまった。
「カリスティさま。この場は結構ですので、宴会場のほうをお願いできますか」
料理長がボウルの中でソースをかき混ぜながらこちらに顔だけ向けた。
「行ってくるわ」
マリカもどこか別な部屋に行くのだろうと思ったら、そのまま着いて来た。
前日に天井から床まで拭き掃除してあるから、食事を運べる直前までの状態にしておかなくてはならない。
宴会予定会場では折り畳まれたテーブルクロスや食器類が無造作にひとまとめに置かれている。
「こちらは使節団を歓迎する場の準備です。お客さまに裏側をお見せするのは不本意なのです」
「人員不足の現地で負担にならぬよう、どんな小さな仕事でも厭わず手伝えと」
「陛下に言われたのですね」
糸操り人形よろしく、マリカは両腕を広げた。
「どうぞ、私を使ってください」
言われたまま思うがままに動く、と表現している。
「……ここより明日の会議でがんばっていただきたいのですけれど」
彼らの活躍の本番は復興のための話し合いをする明日からだ。
「それは、もちろん」
カリスティは首を横に振る。
「船旅でお疲れでしょう。休んでいてください」
部屋から出て行きそうにない客人を椅子に座らせて、カリスティは隣の部屋に入った。普段使わない余分な机や椅子を納めている小さな倉庫だった。
持ち上げようとした机は見た目より重くて、カリスティの腕力ではギギ、と床をこする音がしても半歩ぶん動かすのでやっとだった。折りたたみで、広げれば十人ほど座れる大きさになる。
素直に筋肉担当を呼ぼうか。頼りになりそうなセナカを思い浮かべたが、彼女はいまイシケリとともに訓練場だった。
「ですから、私をお使いくださいと」
カリスティをやんわりと横に押して、マリカは軽々と机を持ち上げた。そんな、ひょいって一息に持てる重さではないのだけれど。
そういえばこの人は、重量級のイシケリを転ばせられる人だった。
「すみません。お客さまにこんなことをさせてしまって」
「客のつもりではなく、カレオさまとカリスティさまの下僕となりに来たのです」
「げぼく……」と呟きながら、カリスティは机を布巾で拭いた。美麗な真顔で言い放っていい単語ではない。もし周囲に女性がいたら大事故が起こっていたところだ。
「宰相さまをそのような」
「王のお達しです」
「幹部なのですから、動かず指示なさるお立場でしょう」
のろのろと折り重なっているテーブルクロスを手にして、広げていく。マリカが布端を持って、テーブル伝いに歩く。
「遣わすのならカリスティさまを知る私のほうが気兼ねなくてよいだろうと。以前から後継育成はしていましたから抜けても支障はありません」
バサリ、と大きな白布がたわみ、鬱々とした生ぬるさを吹き飛ばして乾かすように、カリスティに風を送る。落ちて表面に張り付いた布と机の角を合わせて、しわを整えた。
「そんな簡単に譲ってしまえる地位ではないじゃないですか」
「いえ。肩書きにこだわりません。すぐに宮殿に仕える者の教育係に転身する予定でした。それが引いてはケララニ陛下を支える強固な礎になる」
「メスカを離れて陛下のそばにいられなくなるのは、おいやじゃなかったんですか」
「いやなわけがありません。ウスワが豊かになれば陛下もお喜びになります」
「そうして、メスカに戻るんですよね」
「報告義務もありますから、それは」
……だから、そういうことだ。
最終的にマリカはメスカに戻る。カリスティはウスワにいる。いたずらに交わっても、また別れるだけだ。
どれだけ親切にされようが、カリスティの心を乱すことになっても、ウスワでの役目を終えればマリカは淡白にいなくなってしまう。布で起こした風が、全身を撫でても一瞬で消えるように。




