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30.

 一週間後、裁判のあらましを教えてもらった。シャマスはオグレイン国で一番の過酷な重罪を与えられる。それから慰謝料は近日中にウスワ国へ支払われることになった。リーニへの実害は監禁未遂とされ慰謝料はそこそこだったが、メスカ国でのシャマスの素行が明るみに出て、迷惑料はかなりもぎとれた。


 漂流物として換算されていたシャマスが持ち込んでいた宝飾品などは、某国には海の波にさらわれて紛失したと報告したそうだが、実際はちゃっかり現金化してカリスティに送るという。そんなことしていいのか……と戸惑っていたら、ケララニ国王はもらっておきなさいと笑っていた。


 予定を前倒ししケララニ国王とその家族にご挨拶をして、周辺にも帰りますとお知らせをして回った。


 荷造りを手伝う、とやってきたリーニはカリスティとセナカの私物よりも先に持ち帰らせる土産を詰め込んでいた。


「またぜひいらしてくださいませ」


 彼女のくれる抱擁は何ものにも代え難いものだったので、気軽にこの温もりに包まれなくなるのは残念だ。


 表面上、マリカには全員の前でまとめて感謝はたくさん伝えた。個人的にはあの夜以降会っていない。二人の秘密に言及することもなく。


 何かを感じ取っているセナカは直接的な深入りはしなかった。


 来た時同様、ふたりで小型の船に乗る。


「カリスティさま、お別れは告げたの?」


 誰に、なんて訊かれずともわかる。


「もう、さよならはしたから」


 指先で唇に触れる。気持ちは捧げるべき人に捧げた。


「そっか」


「うん。ウスワに帰るの楽しみね」


 少し陸を振り返ったセナカはこっくりと頷いた。


 海の上で、体にぶつかるようにまとわりつく風に吹かれていると、まるで誰かに抱きしめられているように錯覚する。カリスティは目を閉じた。











 ウスワ国に帰ってきた。カリスティはセナカを連れて、港から城へと二人きりで進む。


 城に入れば官僚たちが次々と歓迎してくれたのでそれに応えていった。挨拶をしながら自室に荷物を置くだけ置いて、カリスティは父の部屋へ入った。


「お父さま?」


 椅子に座る父を見るのは久方ぶりだった。


「おお、カリスティよくぞ戻った。メスカ国ではどのように過ごした?」


 文のやりとりはしていても、父はカリスティの口から聞きたがった。


「とてもよくしていただいたわ。お父さまこそ、寝ていなくて大丈夫なの?」


「いやあ、ケララニ陛下が先月いらしたんだよ」


 メスカ国国王はウスワ国の行く先に強い懸念を抱いて、話をしにきてくれた。


「彼と話をしていたら肩の荷が下りたというか。心が楽になってね、動けるようになってきたところだ」


 伏せっていた父の病状は主に精神的な負担からくるものであり、ケララニがそれを取り除いた。


「でも、カリスティが戻ってから決めたかったから保留にして待っていたんだよ」


 ケララニとの面会後、カリスティの乗った船が戻る前、ゆるやかな地震の後に海底から地表が持ち上がったという。ウスワの国土が拡大した。開拓に使える。


「カリスティは、ウスワをどうしたい?」


「それは、もちろん豊かにしたいわ。そのために留学に行ったのだし……」


 王も常々そう言っていたではないか。血が繋がっているだけでなく、娘とひとつの理想を掲げられるのは幸いだ、と。


「姫さまのままでいたいかな?」


 質問の意図をはかりかねる。


 生まれたときからカリスティは姫だった。姫でいるなと言われたことはないし、大国でいうところの王族の風格はなかっただろうけれど、国を預かる者として道を大きく誤ったことはない、はず。かしずかれる姫らしい贅沢もしてこなかった。


 姫をやめる、とはなんだろう。末裔のカリスティが王族でなくなれば、そのあと誰が国民を守るというの。


「ここが国ではなくなっても、いいと思うかい?」


 重なる質問に、カリスティは答えに詰まった。


「ケララニ陛下は、ここを吸収し、メスカ国ウスワ自治区と称する。そして復興を全面的に支援したいとおっしゃった」


「ケララニ陛下は、ウスワが欲しかったの?」


「違うよ、カリスティ。吸収するとはいっても、自由を奪われたりはしない」


「待ってお父さま。これから少しお金が入るはずなの。それを使って、頑張ってみましょうよ。吸収合併なんて……」


 裁判で争ったシャマスからの慰謝料が入金されるので、元手はある。

 悲しげに、父は首を横に振った。


「わかっておくれ。もうウスワは、多少の予算増加では立ち直れぬ。お前には長年辛い思いをさせてきたが、姫の立場を無くし美しいわしの娘として、女として生かしてやりたい」


 それは、二十八で未婚の姫は、問題ありとされるだろう。平民であれば、事情持ちでもそんなこともあるかと流される。でもそんな感情や結婚願望などとっくに埋め立てて(なら)していたのに、いまさら掘り起こすのか。


「自治区となった後の運営も、わしに任せてくれるそうだ。これからは、少し大きな村の村長とその娘だ。どうかな?」


 吟味する時間のあった父はもうすっかりその気だ。掲げられた条件は格別に破格だろう。


「提案を受け入れれば、すぐにでも派遣団体を送ってくれると。カリスティは、いやかね?」


 助けがくる。それで、父が楽になるのなら。顔を青くして苦しそうに胃を押さえる父を、もう見なくていいのなら。


「どうぞーーお迎えしてください。メスカ国の方々は素晴らしい方ばかりです」


 カリスティは、「姫」の座から降りた。


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