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3.

 会場までリーニが先導してくれた。壁掛けなどは配置されておらず廊下は広く感じる。だからこそ目立つ開放的な窓から見える景色がいっそう鮮やかだった。鉢植えの花が控えめに飾られていて、のっぺりした内装の印象がそれだけでがらっと変わる。


 両開きの扉の前まできて、リーニは下がろうとした。


「リーニさんも参加しないのですか?」


「あたしは同席できる身分にありませんわ」


「そう……ではいつか、わたしと食事をともにしてくださいね」


 声を出したわけではないが、驚きに一瞬リーニは笑みを崩し、すぐに取り繕った。カリスティは母国でセナカとはもちろん、よく使用人たちとお茶をした。外に出向けば、作業をともにした国民と食事を分け合う。


 誘いは本心からだ、と印象づけるためにカリスティはリーニに頷いてみせ、扉の中に入った。


「遅れてしまいました」


 謝罪すると、とんでもない、と国王夫婦に笑われる。


「王陛下、王妃陛下。滞在をお許しくださり感謝いたします」


「隣国の(よしみ)だ、歓迎する」


「成人式以来かしら。お会いできて嬉しいわ、カリスティ」


 もともとは両親を亡くし後ろ盾が心許なかったメスカ国のケララニ王(当時は王子)を気にかけて支えて導いたのがカリスティの父王だった、というのが縁で娘にもよくしてくれる。


 カリスティが成人を迎えたときに彼らを自国へお招きした。メスカ国王は家族で来てくれて、お祝いにいただいたのがメスカンチェリーという実の成る木だ。王宮の庭に並ぶ樹林に加えられている。

 

「わたしも、こちらに来られてとても嬉しいです」


 隣の席を勧めてくれたアシリカ王妃は、以前から優しかった。伴侶とお互いを大切にしている姿は素敵だ。


 両親の背後からぴょこりと姿を現したのが、二人の自慢の王子たち。


「こんばんは、カリスティ姫殿下」


 一人はきれいなお辞儀をしたが、まだ四歳だという末弟は内気なようでカリスティを凝視するのみで口は開かない。


「アディ王子殿下、エペリ王子殿下、こんばんは。ようやくお目通りが叶いましたこと、嬉しく思います」


 小さい王子に膝を折って目線を合わせようとすると、逃げるようにして兄の胴体に張り付き、服をぎゅっと掴む。警戒を深めさせてしまったようだ。


「ごめんなさい、近すぎましたかしら?」


「エペリは家族以外には誰に対してもこうなんです」


 気にしないでください、と言った兄王子は椅子を引いてカリスティに座るように言って微笑んだ。

 壁側に下がったセナカを置いて、カリスティは食事テーブルにつく。


 その家の主人が客や家族に料理を取り分ける。それは漁師の家でも、商家でも、王家でも変わらない風習だった。


 カリスティの家族は父親ひとりきりだから、家族だけでこんなに賑やかになることは珍しい。それで側近や護衛などを常に招いている。今日はケララニとアシリカとその子どもたちとひとまとめで大家族になったようで楽しい。

 晩餐が終われば、幼い王子たちは就寝時間が迫っているために下がった。


「うちの者は失礼をしていないかな?」


「とんでもございません。まだ半日しか過ごしてませんが、わたしが失礼をしている気がします」


「はは、その調子でのんびりしてくれ。それより留学とはいうが、うちに勉強するようなことがあるといいが」


 カリスティが力強く頷く。


「ウスワ国とは大違いの大国でらっしゃるのです。たくさん質問したいことがございます」


「側仕えにしたリーニで及ばないことは、宰相のマリカをなんでも頼ってくれ。そろそろ来ると思うが」


 なんとなく、名前の響きから女性なのかもと思った。数年前から宰相は男性だったと記憶しているから、代替わりしたのだろう。


 狭く開かれた扉から場を乱さないようにすり抜けて入室してきた男性がいた。給仕にしては手ぶらだ。彼は王の側近くにまっすぐやってきて、耳打ちした。伝令役だったのか。


「すまない。少し席を外す。エペリがぐずっているようだ。寝かしつけてくる」


 こっそり言われたはずなのに、赤裸々に笑顔で宣言した。アシリカは自分が行こうとして腰を浮かせたが、「殿下は父をご指名だから」と彼は妻の肩を押さえた。


「やっぱりわたくしが」


 と、アシリカも立ち上がってしまう。


「わたしのことはお気になさらず。今夜はあたたかい歓迎をありがとうございました。お二人とも、よい夜をお過ごしくださいませ」


 自ら子を寝かしつけようとはとても家庭的な国王だ。カリスティは一度立ち上がって、頭を下げた。姫も引き際か、とセナカが近づいてきた。


「いまのうちにマリカとも話してやってくれ」


 王はそれだけを残した。


「マリカさま?」


 どちらにいるのか探して、使用人たちの並ぶ壁側へ目をやる。


「はい」


 すっと視線を合わせてきた男性に、戸惑う。

 この国にしては珍しく肌色は薄く、暗青灰色(スティール・ブルー)の髪は伸び気味で耳の上部にかかるくらい。瞳は梨色(ピアー・グリーン)で涼やかにしている。伝令役か、単なる宮仕えのひとりかと思った人だった。どう見積もっても三十代前半の健康的な男性だった。宰相ならば不健康だろうという意味ではなく。目尻の切れ具合からして鋭利なものは漂っているのだが、どちらかというと軍人に見える。


「あなたが? 宰相の?」


「はい。マリカと申します」


 何重にも尋ねられる意図を図りかねる、が無視もできない相手だから名乗った、といったふうだった。名前を確かめて、カリスティはひとりでわたわたしている。


「どうしてか、わたし、マリカさまを女性だと思い込んでしまっていて……」


 失態だ。名前の響きだけで女性だと勘違いしたことは胸にでも秘めておけばよかったのに、わざわざ口に出してしまった。


「セナカと名前が似ているから?」


 ほわほわと空気を読まないセナカの口出しに今は救われる。


「えっあっそうかも……ああもうすみません!」


「結構です。それよりご用件は」


 怒っていないから、というより心から興味がないといった冷ややかさで本題を促される。



 一つ目に、とカリスティは切り出した。


「新月の夜に浜辺の一角を使う許可をいただきたいんです。毎月のことになりますが」


 カリスティが滞在するうち、六回は使用することになる。


「どういった目的ですか?」


神楽(かぐら)です。神をお慰めするための祭りをお納めします」


「いかほどの広さで?」


「ええと……あのくらいの」


 カリスティは食事テーブルを指差した。大人が三人横になれるくらいの面積がある。


「一晩だけです。準備も撤収も手間をとりません。けれど、人が近づかない場所がいいです」


「浜辺でないといけないのですか? 人払いをお望みであれば宮殿の部屋をお貸しすることもできます」


 こちらの事情を一息に説明するには複雑で、答えるまで悩んでしまった。


「はい。……月の女神ニーティアさまを祀るものです。空と海が見える場所で行うのが決まりです」


「月は出ない日なのにですか?」


「ふだん空にいらっしゃる女神さまが地上に降りられる日ですから」


 むしろ月のない日でなければ成り立たない。月は女神の化身であり、新月は月が隠れる日。


「花火などで騒がれては困ります」


 神に捧げるものではあるが、民衆が騒ぐお祭りの要素はない。


「しません。神楽はわたしとセナカだけで行います。仕切りを作って、その中で祝詞を唱えるぐらいです」


 結界の中に入るのはカリスティだけで、セナカは外で太鼓を叩く。それも唱えるというより歌うに近い。昔は他にも楽器があったが、人手不足で年々簡略化されてしまう一方、神を奉る者も楽器演奏者も、カリスティとセナカ以降に引き継ぐ者がいない。


 母国で行えない、しかし毎月の伝統儀式を絶えさせるわけにはいかないから、と交渉した。


「海のほうへ視察に行きますか。ふさわしい場所を指定していただければ」


 ほっと息を吐く。カリスティが選べるのなら、そのほうが話が早い。


「そのようにお願いします」


「リーニに話をしておきますから、視察の日時はそちらからお聞きください」


 滞在中の活動内容や日程は側仕えの彼女にも伝えておいたから、いい具合に調節してくれるだろう。


「お手数おかけします」


 丁寧にお願いしたつもりだが、マリカの眉間にしわが寄った。失礼ではないはずだけれど無理を言いすぎただろうか。ひとまずの優先事項は神楽の場所確保であり、これ以上の質問はない。沈黙を読み取って、マリカは「では」と退室した。



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