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27.

 マリカは姫殿下に相応しいだけの男を探さなくてはいけなくなった。婿になりえる男が望ましい。しかし、いま彼女がメスカ国にいるからといって現地から選ばなければならないわけではない。後々のことを考えると母国ウスワ国から見つけたほうが後のことも進行しやすいはずだ。結婚に至るにしろ、もしかして子がーーともなれば。


「ウスワ国に適任はいないのですか」


 詳しいであろうセナカに訊くも、渋面をしている。


「若者やウスワの将来を見限った者は移住して出て行きましたよ」


 残ったのは年寄りか移住する力もない者たちが多く、あとは国王とともに国に骨まで埋めると決意した忠臣たちだという。半分以上はいつコロリといってもいいように、棺桶を用意して墓場を予約済みのじじばばだと。




 姫に釣り合う身分で、身持ちが固くて献身できる者。


 マリカは国王に話を持っていった。相談、というよりかは裁可を問うもの。


 一晩だけの夫婦をカリスティと演じられる男はいないか、と王の考えも訊きつつ。


「お前がやればいい」


 さらり、と提案されて思考が止まった。それは、あえて考えないようにしていたことだった。考慮に値しない。マリカに姫の相手は務まらない。


 脳裏に鮮明な記憶が巡る。


 嵐の大雨に打たれても流れ落ちない垢と汚れ。頭も体もいつも痒くて、真っ黒くて歪んだ爪で掻けば簡単に出血した。体も栄養不足で育たず仕事を探すのは苦労したものだ。現金など稀で、微々たる現物支給が多くて。(かび)が生えていても食べ物なら妹と分け合い、よく腹を壊した。猫と奪い合ったネズミも捌いたしーー


「気心が知れている。強いし、どの方面にも俊才を見せる」


 王の声で、意識が現実に引き戻される。自分の指先をちらと見た。爪は白く清潔だ。


「私は……、平民ですので」


 両親の名前も言えない卑しいマリカにはできぬこと。


 ようやっと吐き出す。よもやマリカの遺児時代から全てを知っている国王にお前が婿として立候補しろと言われるとは思わなかった。いくら姫殿下が凡庸な町娘のような振る舞いをしようとも、血統は疑いようもなく、心根も気高き姫だ。マリカがどれだけ這い上がっても蹴り落とされてしまうだけだ。


「能力値で考えるとどの高貴な者にも負けないぞ、お前は」


「責任がとれません。私は、あなたさまに忠誠を誓ったのです。おそばにいて生涯仕えます」


 姫がウスワ国のために命を捧げようとするのと同様に、マリカはメスカ国王のために生きるという目標がある。それを覆すことはない。雑巾よりも汚らしい孤児同然だったにも関わらず、取り巻く貴族を押し退けて重用してくれたのはこの王ただ一人。それに報い、恋人や結婚など見向きもせず、身軽に勤めあげると誓った。


「……そうだったな。俺の自慢の臣下だよ、お前は」


 感謝してる、と言う王はどこか嫌味っぽかった。

 それはそうと、とマリカは切り替える。


「私の直属ばかりではありますが、身分も卑しくないうえ機密を守れる者がよいかと」


「ならアイサケ、ソロモネ、カフォアあたりか?」


「まさに」


 いずれもが次期宰相に名指しされても不足はない。


「待て。アイサケは婚約中じゃなかったか?」


 報告を受けていたような気がする。では一名除外。


「あとは、忠義でいえばイシケリが飛び抜けておりますが……」


 アディ殿下の近衛隊副隊長で、カリスティやセナカとも面識がある。命令に忠実なあの男ならば義理堅く、行きずりであっても責任を最後までとろうとするだろう。実家も代々の筋金入りの武家だ。


「まぬけ。体格差を考えろ。姫がかわいそうすぎるだろ」


 例えるのなら岩峰とそこにはんなりと咲く一輪の花。イシケリが姫の腕に触れただけで骨を折りそうだし、寄りかかったりなんぞしたらひとたまりもない。


「…………。考えが、足りませんで」


「まったくだ。お前いまどんな顔してるかわかってるのか?」


 いつになく眉が寄っているのは自覚している。これは容易に解決できる問題ではないから。


「まぁ、お前の人間らしいところが見れて嬉しいぞ」


 王は候補にソロモネとカフォアを指名した。あらかじめ考えていた筋書き通りだ。


 しかしこの後、姫に話をするのはーー気が重い。
















 マリカの出て行った執務室で、ケララニはこめかみを揉んだ。


「断るにしたって『好きではないから』、とは言わんじゃないか。あの頭でっかち」


 宰相の裏も表もよく知る幼馴染みは、尻込む奴の心を見透かしていた。


「はてさて、どう転ぶことやら」


 行儀悪くも頬杖をつく。


「カレオ陛下は、持ち直してくださったが……な」


 拾った当初、こんな風にマリカが人間に恋をするとは予想していなかった。垢まみれでも、よく見ればきれいな顔立ちをしていたから二人とも女の子だと思い込んでマリカとリーニという名をあげた。


 城に連れ帰って支度を、となったときに一悶着あり、名前を変えようか? と訊いても「もらった名前は返さない」と(かたく)なだった。


 そう。マリカは小さい頃から頑固だった。ケララニが勉強を始めればケララニが音を上げても隣で勝手に極めるし、武術を習えば相手役も務める。やるといったらやる。


 それでも妹思いの兄らしく、リーニの嘘泣きに騙されていたのがかわいかった。それも思春期に入るまで。女性が彼を放っておかなくなってきたところで、ぴっちりと心を閉ざした。もとからその傾向は強かったけれども、基本はケララニとリーニ以外に大切な人間を増やそうとせず今に至る。


 がむしゃらなカリスティは奴に似て色恋を一切見せず仕事の話しかしない。自分かわいさ以外、例えば護衛のために泣く情の深い姫に、マリカが惹かれるのは、よいことだと思えたのだが。


 ややこしいことになっている。














 途中で部下のソロモネとカフォアを拾って、マリカはカリスティを訪ねた。部下二人の間で何が始まるのか、という緊張感に満ちていた。べつにマリカが威圧しているわけでもないのに、怯えている。


 カリスティ姫殿下が来る前に応接室で彼らに「極秘だ」と前置きをして事情を説明すると、ソロモネは頭を抱えカフォアは意識を飛ばしたように硬直した。


 その身に神を降ろして、女神と(つが)えとは、さすがに度が過ぎる。


 荒唐無稽な話ではあるが、二人の飲み込みが悪いわけではない。頭と感情は別物であるがゆえ、二の足を踏む。


 そうこうしているうちにカリスティがやってくる時間になっていた。専属護衛と、ちゃっかりリーニも側仕えとしてひっついている。


「姫殿下、おわかりかと思いますが」


「はい。お力を貸してくださる方々ですね」


 紹介が終わった直後、空気は崩れた。


「ご勘弁を……! 私めには恋人がおります」


 椅子から抜け出たカフォアが床に伏して請う。


「カフォアさん」


 床にへばりついたまま、びくりと震えた。


「大事な方がいらしたのですね。ごめんなさい、どうぞ今回のことは忘れてください」


「よ……よろしいのですか?」


 さっさと立て、と指を振ると、カフォアは腰を深く曲げた。頭を上げればマリカと目が合う。


「口外すれば、わかっているな?」


「重々に」


 汗を垂らしながら退室するカフォアを呆然と見送って、ソロモネは孤立した。


 運動というものをしないからソロモネの体は細く頼りなさそうに見えるが、業務上では愚鈍ではない。会議では堂々と高官たちと論理で殴り合っているのに、女性相手では勝手が違うらしい。


「ぼ、僕も無理でございます……っ!」


「ソロモネさんにも、将来を誓った方が?」


「い……いえっ、独り身ではあります、が……」


「無理を言っているのは承知しています。一晩だけです。記憶も残らないでしょう。だから、終わったら何もなかったと、知らないふりをしてくださればいいのです」


 ことさら優しい姫殿下の声は真摯だ。


「……できませんか?」


 女神降ろしなどせずとも、カリスティは座っているだけで神格が滲み出ている。


「ひ、姫殿下が、僕で構わないとおっしゃるのでしたら……」


 そろり、とソロモネが頭を上げる。


 遅い。女性に誘導されてから決意を固めるなど情けないところを見せるな。姫殿下がどれだけの覚悟を構えていると思っている。


 彼女は微笑んだ。


「お頼りして申し訳ありませんが、お願いいたします」


 貴い身分の姫殿下に、これだけのことを言わせるな。



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