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26.

 セナカは太鼓と(バチ)を置く。


 再び訪れた新月の夜に、カリスティは万全の体調で挑んだ。海辺にはマリカとリーニも同席し、もはやカリスティとセナカだけで行う秘儀ではなくなってしまった。はやしたてる民衆や観客はいないけれど、そのぶん海は不穏にざわめいている。


 神々が揃うのを待って、セナカは問いただした。


「お答えを聞かせてもらいます」


 ニーティアは取り乱すことなく答えた。


「太陽神は、わたしたちの消滅を望まれた」


 それが、結末? ウスワの地を削り命を削ってきて、煙のようにすっと消えることが、罰だというのか。


「その前にあと一度だけ」


 女神は繰り返す。


「あと一度だけお願い。体を貸してくれるのならば、ウスワの豊穣を約束するわ。わたしたちの子が恵みをもたらす」


 最後の神楽を舞えば、母国は助かるという。どうやってかもわからないし、にわかには信じがたい。なによりなぜ神の子が話題に出てくるのか。


「あなたがたの子ーーとおっしゃいますと……?」


 彼らの愛の結晶、ニブタールという子は亡くなったというのに。


「わたしにはこの娘がいるわ」


 女神はカリスティの胸に手を置く。それから隣のウィドラシャンと目を合わせた。


「ウィドラシャンにも、誰か貸してほしいの。彼の欠損を埋める存在を」


「どういう……ことですか?」


 わけもわからず、いや、理解したくなくてセナカは尋ねた。


「それって、カリスティさまの体を使って……子どもができるようなことを……」


 まさかまさか、まさか。セナカが必死に守ってきたカリスティを、本人が心を寄せる男以外に渡すなんてことできない。しない。させない。


「勝手な。これだから神というものは傲慢が過ぎる」


 マリカが黙って立っているウィドラシャンに矛先を向ける。一貫して黙している男は、ニーティアの添え物のようだった。


「男神ウィドラシャンは、何も言わぬと」


「ウィドラシャンを責めないで! この人は、喉をかき切られてから声が出せないの」


 夫の前に立って、弁明する。目を凝らせば、喉に傷痕があった。


「ウィドラシャンに求婚をして断られたクァンガイスは逆恨みでわたしたちの子を殺した。わたしたちもまた、恨みを晴らしたわ」


 だから「死して当然」と発言した。

 神々の事情に対するだいたいの推測は合っていたようだ。


「そこで終わったと思ったのに。最近では二十年前……、恨みの強かったクァンガイスの残滓(ざんし)が暴走したわ。ウィドラシャンの喉はその時に」


「残滓……?」


「できる限り散らしてはいるけれど、本体がいなくなってもウィドラシャンにまだ未練があって暴れてるわ」


 ぞぞぞ、と女神と男神の足元が動いた。乾いていた砂が黒ずんで泥へと変化する。


「これよ」


 ぐり、と地面をねじった。片足を浮かせて振れば、ねっとりした泥は金色の砂となり、さらさらと指の間からこぼれる。


 ーー気持ちの悪い砂の動きは、ニーティアの感情によって起こる現象ではなかったのか。


 その昔、カリスティが母を亡くした大災害は、ニーティアとウィドラシャンの怒りではなかった。彼らを逆恨みして襲った、女神クァンガイスが根源だった。


「ウィドラシャンにも人の体があれば……、」


 地面に膝をついて、腰を曲げる。神の矜持など無きに等しい。面を上げたとき、口の動きは「お願い」と形作っていた。


「カリスティさまは、王族ですよ……」


 たとえ衰退の一途をたどる弱小国家、と注釈がついていても。セナカは青ざめた顔を女神ニーティアに向ける。


「春をひさぐようなことは、させられません」


 そんな娼婦の真似事は許せない。いや、もうじゅうぶん体を汚されているに等しいのに、これ以上を差し出せと言うのか。


 カリスティ自身が好きな人に想いを告げて結ばれる。自分の意思で手を繋ぎ、口づけを交わす。平民の娘にとって難しくないことが、こんなにも複雑になってカリスティを苦しめる。


「クァンガイスの怨嗟(えんさ)がまだ残っているわ。完全に始末するにも、わたしとウィドラシャンの体現は必須よ」


 女神は夫の腕を抱いて寄りかかる。


「どちらにせよ、ウィドラシャンを降ろすための祝詞(のりと)を教えておくわ。『最後の一度』のときに使ってちょうだい」


 女神は詩歌のように唱え出した。カリスティが使うニーティアのための祝詞とはまた違う。


「テハイネ アター ハオウト ヒ……」


 とても長いもので、セナカは右から左に流してしまっていたが、さすがというかリーニはすぐさま紙とペンを取り出して書き留めていた。


 その隣でマリカは歯を食いしばりながら耳を澄ませている。


 終わりに「お願いね」と言って倒れた女神の抜け殻を、セナカはしばらく抱きしめていた。

















 新月より二日が過ぎて、再び四人は話し合いをしていた。カリスティはセナカ、マリカ、リーニから女神ニーティアの言葉を伝えられた。


 クァンガイスの怨みの残滓については初耳だった。メスカにそのようなものはいままでなかった、とも聞けば悠長にしていられない。


「セナカ、明日にでもウスワに帰りましょう。メスカ国にはいられません」


 悪神クァンガイスの残滓を持ち込んでしまったのはカリスティだ。女神降ろしをこの国で行って、ウィドラシャンもやってきたから、クァンガイスも追いかけてきてしまった。いまは何も起きていないに等しいけれど、これからもっと酷いことが起こるかもしれない。


 リーニが寂しげに腕を引く。


「カリスティ殿下、ここまで関わってしまった我らを仲間はずれにするとおっしゃる?」


「ですがリーニ……、これ以上迷惑はかけられないのです。あとはウスワに帰ってどうにかします」


 そのまま荷造りをはじめそうな姫をマリカが止めた。


「オグレイン国王子シャマスとの裁判がまだ終わっていません。姫殿下を襲ったのですよ。リーニも被害者です。それが終わるまでは出国の許可は下りないかと」


「裁判にまでなっているのですか?」


「王族が、他国の王族を襲ったのです。国際問題です」


「それでも……」


「カリスティさま、セナカたちだけじゃウスワに戻っても解決できないと思う」


 セナカにさえ反対される。


 足止めを食らってしまった。次の新月、あと一ヶ月は考える時間としてもいいが、裁判はその前に終わるだろうか。


「我らを頼ってくださいませ」


 そう微笑むリーニの後ろにはマリカもいる。




 いままでだって散々神にこの体を捧げてきた。


 たとえウスワが平和で豊かであっても、王族としての婚姻はカリスティの感情を考慮しないもの。性格の一致ではなく、血筋の強化だったり(よしみ)のため。そうして子孫へと繋げなければならない。


 好きでもない男に抱かれるのならば、結局それが世界のどこの貴族でも天上の神でも変わりはなかった。そのための覚悟はしてきたし、今回その時期がやってきたというだけだ。


 駄々をこねて行動をぐずっていればウスワにこの先の未来はないのだから、決断するしかない。他の誰でもない、カリスティが。


「女神ニーティアさま……太陽神さまのご意見を受け入れましょう……」


 セナカがカリスティの手を握ってくれた。


「どなたか、男神ウィドラシャンさまの器になれる方は」


「宰相さま、その頭脳をお使いくださいまし」


 ああ、とマリカの返事は短かった。


 大丈夫だ。


 いままで通り女神に体を貸す。なんら変わらない。カリスティは眠っているだけで、その間にすべては終わるのだから。

 震える手を知っているのは、セナカだけだ。



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