25.
セナカが戻れば、カリスティの看病をしていたリーニがおかえりなさい、とお茶を入れてくれる。
「ありがとう。カリスティさまは?」
「今朝よりはだいぶ熱が下がりましたわ」
ベッドを覗くと目を閉じて、ゆったり寝息を立てていた。
セナカの次にやってきたのは宰相マリカだった。神について調べると言ったセナカがこちらにいるから会いにきたらしい。リーニが新しい茶器を手にしつつも、動きを止める。
「別室へ行かれますか?」
これから女神たちの話をするだろうから、そう尋ねた。否定したのはマリカだった。
「いや、よければここで。カリスティ姫殿下がお目覚めになれば……そのときお話しできる状態であればいいが」
「明日がよいかと思いますけれど」
発熱は最高値より下がったというだけであって、平熱より高い。まだ寝かせていたほうがいい。
「昨日のお話しをしているの?」
室内で交わされる会話で目を覚ましたのか、カリスティが重たげに体を起こした。
「カリスティさま、寝ていて」
姫は首を振る。かさかさの唇を見て、セナカは水を渡した。一杯を飲み干して、カリスティは湿っぽい横髪を耳にかける。
「少し覚えているの。わたしの中に、女神ニーティアさまがいらっしゃったこと……」
俯くので、また髪は肩を滑り落ちる。
「いままでも、ああなっていたのね?」
確信に近い形で訊かれて、セナカは肯定するしかなかった。
「ほら、横になってカリスティさま」
「いま話して。気になってゆっくり寝られないわ」
「ほんとうにいまじゃなきゃだめ?」
次の新月までは一ヶ月ある。姫の体調が整ってからでも遅くない。理想的な情報開示ではなかったけれど、女神ニーティアの存在を姫が体感してしまったのなら誤魔化せない。
「知るなら早いほうがいいだろう」
マリカにまで口添えされた。
「失礼ですが、カリスティさまだけにお聞かせしたいので、お二人は遠慮してもらえませんか」
兄妹は立ち上がった。
「そのように」
「わかりましたわ。隣にお邪魔しても?」
隣室は居間のようになっていて、カリスティたちは基本そこで食事をしたり手紙を書いたりする。セナカはどうぞ、と許可を出した。
「終わったら呼びに行きます」
これは協力的なマリカとリーニを追い出してからでなければできない、カリスティにとって悪い話、なのだ。
昨夜は体に乗り移っていた女神と感覚をわずかに共有していた。うすぼんやりでしか覚えていないが、胸を掻きむしりたいような激情に支配され、ぶつけたい怒りがあって、撒き散らす悲しみがあった。その根底に、涙を誘う深い愛情も。それらがぐるぐるとして、とても複雑だった。
「あのね、」
セナカは話し出す。
カリスティが十五歳になってはじめて女神ニーティアをその体に宿したときのことを。
神楽を立派に踊りきったところで、カリスティの木の蜜を煮詰めた茶色だった髪先が、月の光を帯びた。もともと毛先は日に焼け海水で痛み白っぽくなっていたのだが、女神降ろしをすれば女神の色に染められる。そのときのセナカの驚きっぷりったらなかった。幼馴染みは歩き方から別人のように振る舞うし、実際別人ーー女神だったのだけれど。
海からウィドラシャンが現れれば、新婚の男女のように親密にくっつきあっていた。その逢瀬が、毎月続いている。
というような要点だけを伝えた。カリスティは完全には受け止めきれてはいない。
「わたしが? ウィドラシャン神と……男の人と」
赤かった頬から色が抜けていく。やはり彼女が知るには辛い事実だった。
「大丈夫だよ、その心配はないから。わかってるでしょ、あの条件」
処女でなければ、ウィドラシャンが認めない。最後の一線は守っている。カリスティは長く息を吐いた。
カリスティも落ち着いたところで、マリカとリーニを呼び戻した。
「まずはカリスティ姫殿下、船上であたしを助けてくださり、ありがとうございました」
「私からもお礼申し上げます」
兄妹が並んで頭を下げる。
「シャマスに狙われていたのは、リーニだったから。
わたしのほうこそ、助けていただきました」
こちらからも、セナカと揃って頭を下げた。
それで、と本題に入った。
「神たちは、罪を犯したと言うけれど……」
昔読んだ絵本にも「その後二人は離ればなれ」とあるだけで、肝心の彼らが犯した罪状までは言及していない。
「セナカの調べたことと言えばね、」
女神の証言と神話辞典の内容、セナカの考える可能性を並べた。
するとマリカがそれらをまとめてくれる。
結婚したニーティアとウィドラシャンは子ができた。生まれたときかその直前か、クァンガイスは赤子を殺した。逆上したニーティアとウィドラシャンは、我が子の仇クァンガイスをその場で殺してしまう。同族殺しということで本来なら太陽神の裁きを待たねばならなかったが、最高神が駆けつける前に事は終わっていた。今度は夫婦神を裁かねばならなくなった。女神を空に磔にし、男神を水底に沈める。それでも温情か、月に一度は短い逢瀬を許した。
「クァンガイスの動機は嫉妬、って考えるのが自然かな。なるほどなるほどぉ」
慣れない頭脳労働の困憊から、セナカは大口開けてあくびをした。
「神々の愛憎劇を知りたいわけではなかったのだが」
マリカは遠く、海を眺める。いまは穏やかな青色をしている。
「人の身では神を裁けない。神々を統べる太陽神はどう判断するのか」
次の新月の夜に、答えを訊こう。
マリカとリーニは話を終えて出て行った。ベッドの上で、カリスティはセナカの肩に頭を預けている。
「カリスティさまは、もういやになったでしょう?」
「……お役目だと思っていたから、いいもいやもなかったの」
ウスワ国の姫である以上は、災害から民を土地を守るためにと毎月奉ってきた。
「次に明確な答えを聞けるのなら、いやだとは思わないわ」
女神の姿でいる間の奇行をあの兄妹に見られていたことには傷つく思いもした。開き直ることはできずとも、毅然としているしかない。




